107話 ゆなとの共演
冬馬中学校の演奏が終わった。
「…冬馬、まあまあだなあー」
ゆなはそう言って肩をすくめた。某スライムアニメを再現した曲だった。しかし新顧問を迎え入れてから、あの中学校は弱体化しているらしい。
「…あの大内東のインパクトが強すぎたのがねー」
むつみも同意の意見を投げる。
そうして、名も知らぬ中学校の演奏が幾つか続いた頃、ようやく茂華中学校になった。
真っ暗な舞台に、ひとつの影が浮かぶ。
優月はその先にいる人物を知っている。
「茂華中って、東関東行くんですよね?」
美羽愛が口を押さえて訊ねる。
「え、うん」
「なのに、出てるんだー」
流石に美羽愛は驚いていた。確かに、東関東コンクールもあるというのに、他のコンクールへも出場しているのは凄いことだ。
しかし、どんな事をするのか?辺りは緊迫に包まれた。
一歩…。
「ほんとに茂華いるやん…」
「何するんだろ」
このコンクールに命をかける勢いで練習してきた東藤中学校は、緊張の糸で張り巡らされていた。
「…何するんだろ?千本桜としか書かれてなかったからなァ」
そう言ったのは部長の東雲妹月だった。
「そだね」
初芽花琳もドキドキと胸を高鳴らせながら、ステージを見つめる。
間もなくして、アナウンスがホールへ響く。
『プログラム6番、茂華町立茂華中学校。曲は千本桜。指揮、笠松明菜』
母校の演奏に、優月の胸が高鳴る。よく知る人間は数えるくらいしかいないけれど、母校の演奏を見守る彼は全員を応援していた。
すると一斉に楽器を吹き出した。
それと同時に、瑠璃が踊り出す。ふわりとツインテールが揺れる。その動きに無駄はない。
イントロだというのに、一瞬で手拍子が湧いた。
1番のメロディーに入ると、瑠璃はゆっくりと横へ右手を伸ばす。その動きはメロディーに合わさっている。完璧なタイミングだ。
『…考えたなぁ、茂華中』
妹月が悔しそうに見る。
『確かに、ダンスだけなら時間を掛けて練習する必要ないし…、演奏面も評価しやすいからね』
花琳も頷いた。
これなら、パフォーマンス面と演奏面どちらも評価されやすいだろう。
思わずの演技にふたりは驚いた。
瑠璃は腰に片手を当て、もう片方の手をくるくると中へ振りかざす。それと同時にステップを踏む。目立ちやすい赤のベストと白いシャツが一層彼女に光を与える。
そしてサビ、シンバルが鳴り響くと同時に、瑠璃は弾けるようにジャンプする。まるで花が散るように。
それからも激しいダンスを踊り続けていた。
『やば…、かわいすぎる』
今まで黙って見ていた美鈴さえも、黄色い声を出してしまう。
『…ほんとに変わったな』
隣の孔愛も驚いている。
各楽器のソロや秀麟のグロッケンの早打ちなど、演奏もさることながら、瑠璃のダンスも別格だった。そんな彼女は一礼してドラムセットの方へと歩き出す。
ぱちぱちぱち、とたったひとりへの拍手が鳴り響く中、当の彼女は細い指で楽譜をめくっていた。そしてドラムスティックを構える。
(すぅー…)
瑠璃は緊張しながらも、スティックを振りかぶる。今まで練習してきたのだ。大丈夫だ。
3サビに入り、曲は更に激しさを増す。瑠璃はスネアを打つ左手のみに力を入れる。するとバランスの良いリズムの完成だ。
(瑠璃ちゃん…)
優月も心の中で称賛を送った。
ハイハットシンバルの細かい打音が鳴り響く。素人でも難しいと分かるだろう。更に楽器の音色同士が絡み合っていく。
そして最後のスタッカート。たた、たたん!という音と共にドラムの管楽器の残響が鳴り響いた。
難解なリズムを打ち切った彼女は、安心したように顔を和ませる。
しかし、次の中学校が迫っていた。
「あ、次は東藤中か!」
むつみがキラキラと目を輝かせる。
「いや、次は野村中で、その次が神平中。そのあとが東藤中だって」
「なんだよー。ちぃー」
「…てか、東藤中はなにするの?」
「さー、なんか剣士が打ち合うーって」
「なにそれ…」
ゆなは、むつみが何を言っているのかわからなかった。
その後、東藤中学校の演奏を見たかったのだが、準備の時間に入ってしまった。
ゆなはひとり、衣装を持って舞台裏に繋がる通路へ向かっていた。
「まじで広ぉ」
その時、がしゃん!と何かが落ちる音がする。
「あー、まずいまずい」
「しまったー!」
「大丈夫!?」
どうやら中学生は運ぶ小道具を落としてしまったらしい。
「ん、あのツイテ」
ゆなはそのうちの1人に迷うことなく話しかけに行く。
「大丈夫ー?」
「あ、鳳月先輩!?」
すると女の子は驚いたように目を丸めた。
「むらこいだよね?大丈夫?」
「あ、大丈夫です!」
すると後輩ふたりも軽く会釈する。
「一気に持つから落とすんだよー。持っていく時は無理なく焦らないでやってね」
ゆなは珍しくアドバイスをしながら、瑠璃に落とした小道具を手渡した。
「はい!」
瑠璃は返事しながら、小道具を受け取った。
「鳳月先輩は、今から本番ですか?」
「そうよ。私たちは今から本番」
すると彼女は、猫のように目を細めてこう言う。
「あの、優月先輩と頑張ってください!」
「…ゆゆと?」
「応援してます!あと頼みます!」
楽しそうに言う彼女に、ゆなは頷き返した。
「じゃあー、来年楽しみにしてるから」
ゆなはこう言葉を残して、着替え場所でもある楽屋の通路へ向かった。
(…1個、むらこいに恩を売っちゃった♪)
今のうちに、瑠璃に恩を売れたことにゆなは満足した。
そして東藤高校は、発表への準備をしていた。
「…やばい」
しかし、優月はメイド服の背中の紐を結ぶことに苦心していた。
楽屋に箏馬の姿はなく、ゆなだけだった。ゆなは巫女服の変装が終わったようで、控室の入り口で欠伸をしながら待っていた。
「…やばい」
怒らせるかもしれない。
そう思っていた時だった。
「動いたら結べないでしょうが」
突然誰かが紐を手に取る。
「え…」
その声に、優月の背中にぞわりと悪寒が走る。
一体なぜ?
「ほ、鳳月さん?」
後ろにいた人物。それは鳳月ゆなだった。いつの間にか背後へいたのだ。
「これでよし。行け」
ゆなは満面の笑みでそう言った。
「あ、やっぱストップ」
すると彼女は、優月の白いヴィッグを整え始めた。まさかのゆなとゼロ距離。
「…え、ごめん」
「ここをこうして…、変装バレるよ」
ゆなはいつになく、優月の仮装を丁寧に施してくれた。
「あと、声はもう少し高く」
「あ、うん」
ゆなはそれだけ言って優月の手を引く。彼女の美しい肌が嫌にも見えてしまう。凛々しく真っ黒な瞳に不安気な自分が写った。
「これでバレない!行け」
そして優月を声で押しだすと、困ったように笑いながら頷いた。
「き、急にどうしたの?」
「むらこいに頼まれた。ゆゆを頼むって」
「え、瑠璃ちゃん!?」
「そ。行くよ」
こう言って彼女は優月に付いていくように通路を歩き出す。
「さ、頑張るよ」
ゆなはそれだけ言って、通路をズカズカと歩いていく。瑠璃のせいなのか、演技に本気になったゆなに、優月は口元を緩め「ああ」と言った。
本気のゆなの演技と演奏、楽しみだ。
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【次回】 メイドの優月&巫女のゆな 大暴走!
瑠璃は葉菜と再会!




