106話 お姉様は吸血鬼♪
月館紅愛という少女の話しを聴いていた優月が、率直な感想を述べる。
「…月館さんって変わった子なんだね」
「まー、変わってますよねー」
志靉も大頷きで同意する。
「でも、すごい優しくてお姉さんっぽいんですよ」
「へえー」
お姉さんぽいということは、優愛とはまた違ったタイプなのだろうか?
そんなことを考える間もなく、大ホールで鑑賞となった。
「茂華中も来るんだっけ?」
そう言ったのは加藤咲慧だった。
「うん。金賞が狙えそうだがなんだかで」
すると咲慧と同じサックスパートの、夏矢颯佚が少し呆れたように肩をすくめた。
「このコンクール、神平中も出るらしいぞ」
「へ、へえー、そうなんだ」
瑠璃たちはこの事を知っているのか?少し気になったが、まあ大丈夫だろうと心のどこかでは安心していた。
丁度、小学校が終わったようで今は中学生の演奏中だ。
「大内東中学校か」
東藤町からほど近い所にあるこの学校は、吹奏楽はそこそこ強いらしい。
ちなみに瑠璃がもしも茂華中に来ることがなかったら、この中学校に通っていたという。
「わぁー、ギターいんの羨まし」
顧問の井土はそんな言葉を溢していた。
「ヴァンパイア…って曲らしいね」
ゆなが言うと、むつみも少し首を傾げる。
「何すんだろ」
「さぁ、吸血鬼がグニングル持って暴れまわるとか?」
「なんじゃそりゃあー」
むつみは少し呆れているようだった。
その時、音が迸る。主旋律を担うトランペットとサックスがけたたましく鳴り響く。
そこに乗りかかるように、ドラムセットのバスドラとタムタムの音が鳴り響く。そこに激しさなどは一切ない。
「うーわ、あれは絶対簡略化してるわ」
ゆなは小さな声でなじるように言う。まるで自分なら楽々に出来るとでも言いたいように。
「本来、あれが普通なんだけど…」
小声でむつみが言った。
その時、吸血鬼のコスプレをした少女がアルトサックスを構える。真っ白いシャツに真っ赤なヒラヒラのスカート、背中にはプラスチックで出来たであろうおぞましい形をした羽を携えていた。
その可愛らしい吸血鬼は、激しい音をホールへ吐き出すように吹く。
「…サックスうまいな。どこの誰だ?」
「どこの付ける必要ある?」
「…いや、大内東のどこに住んでるのかなーって」
「まさかの住所特定!?」
このふたりは声にならない声でも会話が成立していた。
そんなゆなはようやく音の主を見破ったようだ。
「…あの吸血鬼もどきか、バカ上手い」
「もどきとバカ付ける必要ある?」
「黙れい」
吸血鬼役の完璧な演奏に、ゆなは目を奪われたようだ。
激しいリズムや複雑なメロディーを揺らぐことなく吹き続ける、ひとりだけ実力は中学生離れしていた。しかも、踊りながら吹いている。これがまた難しいことなのだ。
「…市営コンクールにあんな人いたっけ?」
ゆなが率直な疑問を投げるも、誰も答えなかった。
「あの吸血鬼の子、うまー」
優月もゆなと同じ感想を述べていた。木管に、ましてやサックスに詳しくないはずなのに、その演奏が大人顔負けレベルなのはすぐに分かった。
東高のサックスも充分優秀なはずだ。なのに、全く東藤の奏者に劣らない演奏とパフォーマンスを見せている。
その時、ふたつ左の席にいる美羽愛が、か細い声でそう言った。
「…あれですよ、月館紅愛ちゃん」
「え?」
確かに、彼女の青みがかったロングヘアーが、ステップを踏む度に左右へ流麗な動きで揺れる。
「…そうなんだ」
ここまでの実力。茂華中学校の奏者以上ではないかと思った。なのに、どうして東藤に来るという話しになっているのだろう?彼女ほどの実力なら他の強豪校でも通じるはずなのに。
「…あの子、ポップスとかに強いんです」
「え、そうなの?」
「…だから東藤高に行きたいって言ってるんですよ」
そういうことか、と優月は納得した。
たまにクラシックか、ポップスかで巧さが変わる人はいるらしい。ちなみに優月も同じだが、本人は気づく由もない。
曲が後半に突入すると、彼女は小型のサックスを胸元に置く。次に、手に取ったのは真っ黒な剣だった。
「うわー、ゆなの言う事当たった…」
「…まじか」
グニングルではないものの、偶然にも大半を言い当てたゆなも少し驚いた。
吸血鬼の姿をした紅愛は、真縦に剣を振り下ろす。それから手首を回転させるように動かし、燕返しをする。綺麗な動きに皆の目が紅愛に集中した。
「かっけー…」
優月は小さな声で感嘆を漏らす。
「…絶対、紅愛お姉様やりたいって言ったよね」
志靉が言うと美羽愛も分かってなのか、迷うことなく頷き返していた。
フォービートに合わせて、紅愛が動く。彼女は、まるで観客に攻撃するかのような刺突を繰り出す。曲に合わせて動く彼女の姿はカッコいいのひと言だった。
そして最後の1小節で、紅愛の握る剣が頭上へ突き上げる。全ての楽器が上を向いたタイミングで、彼女も剣を振り下ろして、剣を前へと突き出した。それと同時に音がぱん!と静まり返る。
数秒の沈黙のあと、彼女たちに盛大な拍手が送られる。
優月たちも称賛の拍手を送る。
「…かっこよかった〜」
美羽愛たちも満足そうに言った。志靉に限ってはそのままフリーズしていた。美羽愛が彼女の肩を突くと彼女ははっ!と何度も瞬きを繰り返した。
時を同じくして、ある中学校も彼女たちの演奏を賞賛していた。
「…お姉様、流石」
「瑠璃先輩と少し似てますねー」
それは茂華中学校だった。
打楽器パートの古叢井瑠璃と指原希良凜がそれぞれの感想を口にしていた。
小学校時代から瑠璃は紅愛と知り合いだ。
無邪気そうに歩き去る友達を見て、瑠璃は思わず笑みをこぼした。
「…月館さん、やっぱ上手かったね」
その時、凪咲がそう言った。
「そうだよねー」
「…高校、一緒になれるかな?」
「さぁ?」
凪咲は当の本人の事情など知る由もないので、進学先に来るのかと期待していた。
その頃、吸血鬼の姿から制服姿へ戻った彼女は、次の中学校の演奏を聴いていた。
「…この音、冬馬中学校ね」
ご苦労なこと、と彼女は褒めの言葉を溢して、舞台前の長廊下から立ち去った。
(さて、瑠璃の演奏楽しみだわ)
今、紅愛が唯一考えていること。
それは旧友の瑠璃の演奏だけだった。
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