104話 メイド姿再び
「そもそも、茂華が全国に行けないほうがおかしいんだよなぁ」
突如、夏矢颯佚は茂華中を褒めちぎり始めた。
「…どうして?」
「だって、別に神平と変わらないから。ただタイプが違うだけで」
「どういうこと?」
「茂華中はざっと聴くと表現力が優れている。それに引き換え、神平中は技術力が圧倒的に高い」
「…つまり評価のされ方が違うってこと?」
「ああ。やはりコンクールは技術が評価されやすい傾向にある。だから神平の方が強いんだろう」
「…なるほどね」
すると颯佚の顔が少しだけ強張る。
「あと、このままじゃ間違いなく神平には勝てない」
「…えっ?」
颯佚の顔は確信に満ちていた。
「ど、どうして?」
「…それはな」
その時だった。
「おふたりさん、どうしたんですか?中学校の話しをしてて」
突然、顧問の井土が話しを遮る。
「え、あ、いやー、コンクールどうなるかな?と」
優月が正直に答えると、井土は目を細めて笑う。
「まぁ、ふたりの中学校はお互い強豪ですもんね」
「あ、はい」
すると井土は立ち去っていった。
その時、ふたりは部活終わりだったことに、ようやく気が付いた。
「てか、小倉は帰らないの?」
「鳳月さんがご飯食べ終わったら、メイド服に着替えるんだ」
颯佚の問いに優月はそう答えた。次の瞬間、颯佚は瞳をまん丸にする。
「…それなら俺、残ってるわ!まだ話そーぜ!」
「え、うん?」
優月の女装&メイド服姿は、何故か同級生から人気だ。
その後、休憩室で優月は黒いシャツに白いエプロンを身につける。
その間、ずっと脳裏に颯佚の声が響いていた。
『どうして勝てないの?』
先ほどの会話の続きだ。
『それは、演奏に対する本気度だな。去年までは東関東大会出場だったからか、かなり演奏に洗練度がなかった。今年もあれなら正直、落とされる』
『…本気度か』
『あと、朱雀が言ってたが、ティンパニは思い切りが足りない。強弱はうまくついているが、もっと思い切り叩いてもいい』
『それか。でもあの子、トラウマあるみたいなんだよなぁ…』
『それは、本人に早急に克服してもらいな』
そう彼は言っていた。
茂華中学校が全国大会に行けるかもしれない。だが、打楽器パートだけでも向こうには、比嘉悠介と相馬冬深がいる。あの2人を瑠璃たちは超える演奏ができるのか?
そう思っているうちに、メイド服へ着替えは終わった。
今はむつみのヴィッグを拝借していないので、メイド服姿だけで再び音楽室へ登場する。
「き、着替え終わりましたー」
メイド服を身に包んだ優月は、そう言って井土の方を見る。
「おっ、いいじゃないですかー」
井土は満足そうだった。
「これ、腕は捲くらないほうが良いですか?」
優月は少し太くなった二の腕を擦る。成長期に加えて、ドラムが普段使わない筋肉を鍛えたらしい。女の子みたいな体形が…。
「それは、お任せします。ただ熱中症とかになったら困りますから、自分の体調に合わせてください」
「はい」
彼は返事すると颯佚の方を向く。
「うん、いいんじゃない?」
「…なら良かった」
最初にこの姿になったのは文化祭でのメイド喫茶だ。優月自らがメイド姿になったのだ。それは少し女の子寄りの顔をしている彼に似合っていた。
「でも、本当にメイド姿になるのか?定期演奏会とかじゃなくて、今回は色んな学校の人も見るんだろ?」
「まぁ、大丈夫でしょ。まさか男子がメイドだったなんて誰も思うまい」
優月はそれだけ言って白シャツの第1ボタンを外した。少しだけ苦しかった喉元が解放される。
「…確かに」
颯佚もそう言って笑った。本番はヴィッグも被るので多分、バレないだろうと彼も思ったのだ。
「じゃあ、明日は鳳…ゆなっ子たちと合わせてみましょうか」
井土がこう言って、優月はメイド姿を解除した。
翌日。
「…鳳月ゆなクランクインですー」
朝からむつみの声が響く。
「クランクインって何?」
朱色の巫女服に変装したゆなはそう言って首を傾けた。
「映画の撮影を開始する業界用語のことです」
それまでトロンボーンケースの点検をしていた茉莉沙がそう答えた。
「映画作ってないだろ?」
「いちいち気にするな」
お互い軽口を言い合うふたりに、丁度登校した優月は苦笑を溢した。
優月も追うようにメイド姿へと変貌を遂げる。
「…ん、できた」
胸元の第1ボタンだけを外し、井土の目の前へと登場する。
「あれ、ヴィッグは?」
その時、井土が首を傾げた。
「え…と、まだ借りてないんですけど…」
身動ぎする彼に、ゆなが紙袋を押しつける。優月が来る前にむつみから渡された物だ。
「これ」
「あ、ありがと…」
「ふん」
ゆなは素っ気なさそうに返事する。
「…今、付けれます?」
「あー、はい」
そして優月は真のメイド姿へと変身したのだった。
「…やっぱり似合いますねえ」
井土も何度か見ているが、何度見てもやはり可愛らしかった。
「この姿でドラム叩けるん?」
その時、むつみが心配そうに訊ねる。その地毛である白髮がしゅんと揺れる。
彼女は生まれつきのアルビノ体質だ。毎日の登校と下校も車らしく、式典時は黒いヴィッグを付けなければならないので、かなり不便そうだ。
「ゆゆ、大丈夫そう?」
井土も心配そうな視線で彼を見る。
「まぁ、だ、大丈夫だと思います」
と優月は答えて、真っ黒なスカートをパンパンとはたく。その時、ゆなが鼻で笑った。
「お前、足短いからめちゃくちゃに股を開くことになるけど」
ゆなは何かを警戒しているようだった。
「え、それの何がまずいん?」
しかし、優月は気づいていない。それどころか、あっけらかんとした表情で辺りを見回す。
これには、後輩の美羽愛や志靉も驚きを隠せない。
こいつまじか…、という視線が優月へ向けられる。
「え、え?どうかしました?」
その怪奇な雰囲気を打ち破るかのように、井土が大人のから咳で黙らせる。
「ま、まぁ!本人が良いならそれで…」
ゆなは「かっこわる」とだけ言ってスマホへ視線を埋めた。
「…そうかな?」
女裝が完璧なだけに、残念なのだろう。
「ちなみに、まさか思いっきり叩きませんよね?」
すると井土がそう尋ねてきた。
「…え?駄目ですか?」
思い切り叩いてやろうと思っていたのだが…。
「そりゃ駄目ですよ。てか、恋で思いっきり叩くはヤバいでしょ。淑女の如く軽やかにお願いしますね」
「は…はい」
無理だ、と優月は思った。
まず、そんなことを言われて実現できる奏者は優愛くらいだろう、と思った。
「じゃあ、合奏はじめます!今週末が本番ですから、うかうかしてられませんよー」
井土は焦るような仕草でギターを手にした。
ギターサークルに所属していたらしい彼は、お盆期間もずっとギター練習をしていたそうだ。
「…精神一到」
箏馬はそう言ってマレットを構えた。できる所まではやる、と指示されたビブラフォンの譜面を見つめる。
優月は最初は颯佚と演技だ。タンバリンを打ちながら彼と手を繋いだりするらしい。優月が女裝をしているからか、颯佚は少しだけ緊張した。それは元カノに似ているからだろうか?
「…夏矢君は右手で、僕の左手をつかんでね」
と言う優月の手には、赤いタンバリンが提げられていた。今回、片手は塞がれているので残った右手でタンバリンのリズムを刻むのだ。
(てか、矛盾してないかこれ?)
彼はスカートと太ももにタンバリンを軽く当てる。ぱん!と軽い音がした。こんなことをしている方が女子力が損われるのではないか?
そんな心配も置き去りにするように、合奏が始まった。
そして…本番の日が迫るのだった。
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【次回】 いよいよ本番へ…




