古叢井瑠璃と榊澤優愛の決意の章
この物語はフィクションです。
人物、学校名は全て架空のものです。
※今回は茂華中学校編です。本編とは少し違ったお話となります。
新入部員歓迎会から2日後。
「…齋藤さん、レミリンと音が違うから、つられないで!」
「はい!」
東藤高校の音楽室では、部員全員で合奏の最中だった。
「…では、もう一回、行きましょ!」
顧問の井土がそう言うと、全員が各々の楽器を構えた。
一通り、合奏を終えた部員を前に、井土が話し出す。
「はい、今年の7月に行われる吹奏楽の地区大会に今年も出場する訳ですが、自由曲を決めたいです。参考にしたいので中学でやってた曲や、やってみたい曲を決めてきてください」
彼の言葉に、どよめきが起こる。
どうやら、この学校は前のようなポップスしかしていないのだな、と優月は思う。
すると部長の雨久朋奈が、黒板の前へ出る。
「そんな訳なので、明日からの3日間を使って調べてきてくれると助かります」
と同時、井土が声色を高くした。
「明日からは、ゴールデンウィークで、3日間お休みです」
すると部員たちから歓喜の声が走る。
「休日…それはテンションがアガるやつ」
そう言ったのは、ユーフォニアム担当の川又悠良ノ介。その煌めく瞳を見るに、余程嬉しいのだろう。
すると、井土が手を振り、部員を制する。
「はい!ゆっくり休んでくださいし、沢山遊んでください!」
すると、雨久が「起立!」と号令を掛ける。
「…これで今日の部活を終わりにします。お疲れ様でした!」
部員も「お疲れ様でした!」と挨拶を繰り返した。
その頃、もう1人、休日を喜ぶ者がいた。
「…もしもし」
長い髪を垂らし、可愛らしくも美しい瞳を光に宿した女の子が誰かに電話を掛けていた。
『もしもし!おねーちゃん』
その電話の相手は、後輩の古叢井瑠璃だった。電話を掛けた榊澤優愛は、その元気な声にホッ…とする。
「…家帰った?」
『うん!帰ったよー』
すると優愛は「お疲れ」と労いの言葉を掛ける。
『お疲れ様です!』
瑠璃も家で、本を整理し始めたところだ。
『明日、10時集合だから、忘れないでねー』
その言葉に、瑠璃の瞳がキラキラと光を放つ。
「うん!」
実は、瑠璃と優愛は、ショッピングモールに行く約束をしているのだ。
「楽しみだなぁー…」
『私も!』
2人は楽しみを分かち合い、通話を切った。
ー翌日ー
「おねーちゃん、おはようございます」
古叢井瑠璃が、ショッピングモールの入り口で優愛に話しかける。彼女は真っ白なスカートを両手でそっとめくる。まるで、お嬢様と淑女を掛け合わせたかのような様相だった。
「おはよう」
優愛も青いワンピースに身を包んでいた。そして黒い淵のメガネを掛けていた。
「…瑠璃ちゃんの私服、久しぶりに見たぁ」
優愛は、彼女の普段とは違う可愛らしい服装に、思わず笑みが出る。
「おねーちゃんと遊びに行くの、久し振りだなぁ」
2人はそう言って、ショッピングモールの中へ姿を消した。
そして、このショッピングモールにもう1組の友達が来ていた。
小倉優月と小林想大だ。
「…想大君、本当ありがと~…」
優月がそう言うと、想大は「なんだっけ?」と笑う。
「…ドラムスティックを買うんだよ!」
「確かに、めっちゃ叩いてるもんな。何でだ?」
想大が気になり、訊ねると、
「鳳月が下手くそって言ったから、頭に来ちゃって、練習してみたら、意外と楽しくて…。それで」
と恥ずかしそうに答える。
「へぇ…。それを『才能ある』って言うんじゃないの?」
「…それが才能だったら、苦労しないよ」
話している間にも、足は止まらない。
「…才能って『すぐに上手くなる』ってだけじゃないと思うよ。努力するのも、本来苦労することを平然とやろうとすんのも『才能』なんじゃないの」
想大がそう言って優月の肩をポンポンと叩く。
「…そうかもな」
想大の熱弁に優月は、折れるように同意した。
「…因みに、これっぽいの誰か言ってたな。確かトロンボーンの先輩…」
「…へ。明作先輩?」
「多分。めっちゃ可愛いんだけど、タイプじゃない」
真面目な話から一変。
優月は「あはははぁ」と笑った。
しかし、茉莉沙のことは真面目に気になっている。
齋藤菅菜の話しを聞いてから。
山野井楽器店
「…わぁ。マイスティック買うの初めて…」
瑠璃が目をキラキラとさせる
「まぁ、中学校では、学校の使うのが殆どだもんねぇ」
「…」
瑠璃は走り回るように今後使うスティックを選んでいる。
目的は別にあったのだが、行ってみて良かった、と優愛は笑った。
瑠璃は「ティンパニ破壊事件」をキッカケに使う楽器を制限され、不満とストレスが溜まりきっていた。
そんなある日、精神が崩壊した。
練習中も密かに泣くようになったり、乱暴な言動をとったり、優愛には気丈に接していたものの、限界だった。
そして、ついに優愛に泣いていることに気付かれてしまったのだ。
元々、太鼓類を好んでいたはずが全く別の鍵盤楽器を不可抗力で押し付けられたことを、優愛に全て吐露した。
それから少しずつ、状況が変わっていったのだ。
それを考えると、瑠璃は大切な後輩であると同時に実の妹以上でもあるのだ。
「…何がいっかなー…」
未だ悩む瑠璃に、優愛が話しかける。
「瑠璃ちゃん、スティックの先端で選んだほうが良いよ」
「スティックの…先端?」
瑠璃が首を傾ける。
「そ。先端が丸いの。チップって言うんだけど、丸いと、叩いた時の音が全体に広がるから、初心者にいいんだって」
優愛がそう言うと、瑠璃が「そうなんだ!」と言う。
「…コンクールだと規制があるみたいだけど、演奏会なら使えるから」
すると、瑠璃が、2本のスティックが入った袋を手に取る。
「…これだ」
メーカーはYAMAHA製。ヒッコリーで作られているらしい。
「…2000円かぁ…」
「買えそう?」
優愛がそう彼女の顔を覗き込む。
「1万貰ってきたから余裕だよ」
しかし、瑠璃はそう言って、満面の笑みを向けた。
「…お小遣い多っ!」
その言葉に驚いた優愛が、小声で叫んだ。
「えっ?月5000円だよ。月のお小遣い、半分貯めてればそれくらいは貯まるよー。大体、部活でどこにも行けないし」
なんか部活の皮肉が聞こえたような気が…。
マイスティックを購入した瑠璃は優愛と、楽器店を後にする。
「でも、おねーちゃん、今日、これ買いに来た訳じゃないでしょ?」
そう言って彼女は、スティックの入った白い袋を持ち上げる。
「…うん!瑠璃ちゃんとやってみたいことがあってさ…」
「何ぃ?」
すると、優愛が可愛らしく舗装された店を指差す。
「…一緒にネルチ買わない?」
その数分後、優月と想大も、同じ楽器店に到着した。
「…着いた。さーて、どれにしょうかな?」
優月が、想大の方を見る。
「…いや、俺は太鼓やらんから…」
「…何にするんだ?」
想大がそう言うと、
「井土先生には、スティックは消耗品だから高い物はあまり買わないほうが良いんだって」
そう言って、優月は、迷わずスティックを、手に取る。
「少年、妄想中…」
優月はそう言ったっきり、何も喋らなくなった。
舞台はコンサートホール。何百人もの観客。
そこで、ドラムを演奏すると思うと……?
「…決まった!」
妄想から冷めた優月はそのまま、レジへと歩いて行った。
「…結局、何にしたんだ?」
想大が訊く。
「Pearl製のドラムスティック」
「…へぇ」
そう言って、想大は何かを見る。
それは重厚な光を放つホルンだった。
(に…200000…)
「そういえば、想大君はホルンにしたんでしょ?」
「…ま、まぁ。美術で何回か描いてたから…」
「じゃ、お昼食べに行こ!」
そう言って2人は、下りのエスカレーターへと乗り込んだ。
コーヒーショップの客席で2人は、指に着けたネイルチップを煌めかせる。
「…綺麗ぇ」
「でしょ?」
優愛が笑うとスマホを立て、シャッターを押す。
「はい、チーズ」
刹那、カシャッ!とシャッター音が響く。
「上手く撮れた…。インスタに載せていい?」
「いいよ!」
瑠璃は、頼んだオレンジジュースをストローで吸い込む。少し大人の味だ。
「…瑠璃ちゃん、あのね、今しか言えないかもなこと言ってもいい?」
優愛が真面目な顔つきで言った。
「いいよ…」
すると、優愛が瑠璃を一点に見る。
「…瑠璃ちゃん、部活…吹部…辞めようって思ったことは…ある?」
「…ごめん。ある」
それ以上は何も聞かない。
「…ごめんね。私のせいで寂しい思いを,させちゃって」
優愛が謝る。すると、瑠璃が「違うよ」と笑う。
「…私ね、黙ってようかと思ってたんだけど言うね…」
すると瑠璃の目が細くなる。優しい、となぜか思ってしまう。理由は分からない。
「…私、優愛お姉ちゃんが太鼓やってる度思ってたんだ。私は私でいるのかなって…」
「…!」
優愛はその言葉に、何も言えなくなる。
実は彼女とは2つの約束を結びつけて入部した。
ひとつは『お姉ちゃん呼びができること』もう1つは『優愛と同じ楽器をやること』だ。
「…毎回、思ってたの。私、優愛お姉ちゃん意外には自分として接していないって…。それで分かったの。ああ、私強がってたんだな、って…」
店内の薄暗い雰囲気に、ついに2人は飲まれてしまった。
「…ごめんね」
優愛は思い出す。瑠璃が保健室で泣きながら、明かしてくれた本音を。
「…それで、お姉ちゃんに相談があるの!!」
「なぁに?」
優愛のその声は、いつもより何倍も優しかった。
「…先生に本当のことを打ち明けたい…」
それは、彼女の決意だった。
それは自分も、ドラムやティンパニなど、優愛と同じ楽器をやることだ。
「…私もいいと思う。先生に直談判しょう」
その時、瑠璃の目が赤く腫れていたことに初めて気が付いた。
今まで瑠璃は心が痛かった。
痛みのせいで、誰にも本音を打ち明けられなくて、毎日、心の傷を癒やすように泣いていた。
本当はそんな自分が嫌いだった。
「…瑠璃ちゃん、頑張ろう。私も頑張るから」
優愛がそう言って、優しく微笑んだ。
「うん!」
瑠璃はそう言ってニコッと微笑んだ。
優愛をみて思う。
絶対に東関東のコンクールまで、一緒に演奏したいなと。
ずっとずっと優愛といたい。
瑠璃は彼女を見て、そう決意した。
「…ごはん食べたら、どこ行く?」
「えー…どこに…行こうかな?」
2人の指に着けられた、可愛らしいネイルチップが、淡い光に輝いた。
しかし、この後、大きな波乱が、そんな彼女を襲う。
ありがとうございました!
良かったら、
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