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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
茂華中学校 夏の合宿編
166/208

94話 瑠璃の記憶

少しの沈黙のあと、波が揺らぐようにクラリネットの音が響く。その音は穏やかで落ち着いていた。そこからフルートたちの音が展開される。

トランペットの軽やかな音に乗るティンパニの音。綺麗な音は残響にもムラがない。するとタンバリンの複雑かつ軽やかなリズムが響く。ティンパニが弾けるように響くと同時、更に音楽は陽気さを増す。しかし徐々に音は穏やかさを取り戻す。クラリネットやオーボエの音がゆるりと辺りに甘い響きをもたらす。するとオーボエの甘く柔らかい音がホール内を突き抜ける。 


曲の前半が終わろうとした所で、笠松の隣にいた指導者は手を止めた。

「はい、ありがとうございます」

尾瀬川(おせかわ)慎太郎(しんたろう)。この日のために呼んだ外部指導者だった。木管と打楽器を専門にしている彼は、去年にも強化練習に呼ばれた。その時も手厳しい指導と結果をもたらした。

「…オーボエ、久城さんでしたね?」

「はい」

久城(くじょう)美心乃(みこの)。彼女はオーボエ担当だ。

「ハッキリ言って、ソロの部分が少し甘いですね。あ、音色じゃないですよ」

彼は真剣に言った、と思い込んでいる部員は誰も笑わなかった。

「ふぅー、真面目ですね」

すると彼は楽譜を見て、美心乃の双眸を見つめる。美心乃は今にも指示を待っている。

「…ソロの前半、ここはとても重要です。前半で詰めが甘くなると後半が失速しやすくなります」

尾瀬川の瞳が少し鋭くなる。

「そうなると、評価に響いてしまいます。ソロは前半勝負です」

「はい」

美心乃の返事に尾瀬川は小さく頷いた。恐らく美心乃はこのあと特別レッスンを課せられるだろう。

「あとは、フルート、そしてパーカッション。まずはパーカッションから。寝てませんよね?」 

秀麟はまじまじと彼を見る。寝てないですよアピールだ。

「ふふっ」

「尾瀬川先生、厳し〜」

そんな光景に瑠璃と希良凛は、苦笑気味に感想を残す。

「…タムタムもですが、タンバリン!やはりタンバリンのリズムもかなり見られます。指原さん」

「はい!」

希良凛が体育座りから立ち上がる。

「ええ、タンバリンのリズムに少し空間があります。分かりますか?たぁんたん、っていう所が指原さんは、たぁん、たん、ってなってます」

瑠璃は冷や汗を流す彼女を見て、心のなかで苦笑を溢す。

確かに希良凛のタンバリンの技術はまだまだだ。中学生にしては上手いのだが、演奏技術とそれは別だ。リズムが得意な彼女は厳しい指導をされながら克服していった。

「では、次はフルートです」

集中指導から解放された希良凛はヘナヘナと座り込む。

「尾瀬川先生、厳し過ぎるよぉ…」

「瑠璃も思ったぁ」

彼女たちの視線の先にあるフルートパート。部員は彼の手厳しい指導に必死に食らいついていた。

「ここの伸ばす部分ですが、鈴衛さんに合わせてください。指回りのせいか、僅かにズレてます。指回りとタイミングをしっかりして下さい」

やはり木管のプロだからか、彼は笠松にさえ気付かれなかった僅かな欠点(ミス)をも見抜く。

「…では、続き行きましょう」

すると部員たちは一斉に楽器を構える。次の瞬間、陽気なリズムとメロディーがホール内へ響き渡った。


「…はい、ストップ!」

すると尾瀬川は再び希良凛の方を見る。

「シンバルの止め方に少し雑味があります」

クラッシュシンバルを持つ希良凛はビクリと体を震わせる。

「響かせるように止めるのではなく、しっかりと止めてください。雑な所で止めても減点にしかなりません」

「はい」

希良凛は顔を引きつらせながらも頷いた。

「あと古叢井さん、音が小さいです。管楽器に埋もれて聴こえます」

「…ッはい」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした瑠璃は、マレットの方見る。ティンパニの打面にマレットを置くのはタブーなので、小物台の上にぽつりと転がっている。

「…こうなれば思い切り叩いてください。大き過ぎるのももちろんいけませんが、小さ過ぎてもティンパニの良さが伝わらないので」

「はい」

その時、彼女の瞳がぷるぷると震える。

思い切り叩くのが怖い。

さっきの夢が現実になりそうで…。


瑠璃は生まれつきの『アドレナリン過多体質』らしく、一瞬で血流を上げることができ、一発の破壊力がかなり上がるのだ。

その力を駆使して、低学年ながらも、和太鼓の能力は無双の域だった。

そのせいか入部した直後に、ティンパニの皮を破ってしまったあの光景が脳内へ飛び込んだ。

『ギュッとしてどーんってしただけなのに…』

そのあとは、鍵盤楽器しかできなくなった。思い切り叩いたら楽器は壊れる。分かっていたはずなのに何故か思い切り叩いてしまった。制御できなかった。

コントロール出来なければ、また壊しちゃうかもしれない…。



それだけを考えていると、いつの間にか部活は終わっていた。

『せーんぱぁい』

「あ、」

気付くと食堂にいた。目の前にはデミグラスソースがたっぷり塗られたハンバーグがあった。

「…大丈夫ですか?練習の時も途中から寝そうになってましたよ」

秀麟が心配そうにこちらを見る。

「…大丈夫だよ」

と言いつつ彼女は顔を引きつらせた。

「午後はポプ吹の練習をするらしいです」

「あ、うん!」

すると希良凛も心配するように手を振る。

「…先輩、ちゃんと寝ました?」

「ね、寝たよ寝た」

「なら良いんですが。すごく疲れてるように見えたので」

「だ、大丈夫だよ」

すると希良凛は茶髪の髪を下ろす。その普段はあまり見ない姿に、秀麟のみならず瑠璃までもが見入ってしまう。かわいい、と秀麟が小さな声で言った。

「あー、もうタンバリンのリズムが難しいですよ!小学校では皮付きタンバリンしかやってなかったので」

「え、そうなんですか?」

すると瑠璃が小さく笑う。

「さっちゃん、ドラムも最初はできなかったもんね」

「はい、瑠璃先輩と優愛先輩のお陰でやっと…」

「は、はぁ」

そうなのだ。

希良凛が本格的にドラムを練習し始めたのも、瑠璃から教わったことが始まりだ。

「…4時まで練習はキツイなぁ」

希良凛はそう言いながら髪を束ねる。珍しく彼女は愚痴ばかりを溢していた。

そんな彼女を見かねてか、秀麟は話しを変える。

「…そういえば、合宿所の近くに湖がありましたよね?」 

「え、うん」

「あそこには行くんでしょうか?」

それには瑠璃が答えた。

「私の時は、湖の砂浜で花火やったよ。もちろん許可が出ている場所でね」

「そうなんですか!」

そんな楽しい話しをしていると、午後の練習に入った。 


打楽器パートはずっと大ホールだ。木管は第二ホール、金管は小ホールでの練習になった。

「…最初を意識、もう一度」

美心乃はオーボエのソロを重点的に練習する。さきほどより満足な演奏ができている。

「練習こそ至高の底上げよ」

「は、はい」

フルートも音織を中心に指回りの練習をしていた。尾瀬川から言われた課題を少しずつこなす。

 


やがて、課題曲と自由曲から、聴こえる曲は『千本桜』へと変わった。

希良凛のドラム練習を見守る中、瑠璃はあることを考えていた。

尾瀬川から注意されたあの言葉。

『この程度で強めなら思い切り叩いてください』

無理だ、と瑠璃は思う。恐らく思い切り叩けば絶対に壊してしまう。それでいて、強く叩くことが怖い。

どうすれば良いんだろう?と瑠璃はティンパニに問いかける。

当然、答えなんてものは返ってこなかった。

ふつふつと湧き上がる疑問に答えられないまま、午後の合奏が始まった。

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