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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
茂華中学校 夏の合宿編
165/209

93話 トラウマの再来

「…彼女とヨリを戻したい?」

瑠璃は確認するように言って額に滲む汗を手で拭う。

「はい」

相談を持ち掛けた遥翔は、チューバの1年生である土谷菫玲と交際している。しかしお盆前に仲が悪くなってしまったのだ。

「…喧嘩の原因は何かあったの?」

「あ、いや…」

理由は言いたくないのかな?と瑠璃は少し心配そうに遥翔を見る。すると彼は気まずそうに答える。

「それは僕がデートの約束を破ったことですね」

その言葉に瑠璃が頭を押さえる。

「それは、怒るよ〜」

瑠璃は1カ月ほど前まで想大と付き合っていたが、デートの約束を破られたことは一度もないので怒りが湧くことはないが、気持ちは何となく分かる。

「…お互い気まずくて、それで言い合いになって…」

「それは謝るしかないよ」

瑠璃はそう言って肩をすくめた。こちらに非があるのだから謝るのは当然だ、と言うように。

「はい…」

「頑張ってね」

瑠璃はそう言って仕方なさそうに笑った。

「すみません」

そう言って、彼はセルビアを連れて宿舎へ戻った。その後ろ姿はとても縮こまっていた。

「…デートかぁ」

想大との思い出が少しだけ脳内へ再生される。いけない!ここでそれは自爆行為だ、と瑠璃は慌てて首を横に振った。

優月のカウンセリングのおかげで大分心の傷は癒えてきたが、それでもまだ思い出せるほど精神は完全に回復していない。


「…古叢井先輩」

その時だった。静かな風に揺られて声が耳元へ囁かれる。

「え、」

誰!?と瑠璃は一瞬パニックになる。最近は『古叢井先輩』と呼称されていないからかもしれない。

「…さっきの遥翔」

「えっ」

瑠璃は慌てて立ち上がり、彼女の胸元を見る。

土谷菫玲。


「霞江君がどうかした?」

「…何を話してたんですか?」

菫玲の真っ青な双眸は、ただ夜色に呑まれそうな瑠璃だけを映していた。

「え、何を話してたか?」

「そうです。まさか先輩、遥翔と…」

容赦なく疑いの目を向ける彼女に、瑠璃は少しだけ恐怖を感じる。

「ち、ちがうよ!…ちょっと相談されて」

「何のですか?」

「っえ…」

どうしよう?この際、喧嘩の仲直りはどうすればいい?と聞かれたと正直に答えてしまおうか。

「…遥翔に手を出さないでください」

すると菫玲はバッサリとそう言った。その声には嫉妬のような真っ赤な感情がにじみ出ていた。

「う、うん。分かった」

瑠璃は気圧(けお)されたように頷いた。後輩なのに少し怖い。

「…失礼しました」

それだけを置き去りにして菫玲は消えた。


「そりゃあー、怒るよ」

「何が?」

「うっ!」

瑠璃は歯ブラシを口の中へ動かしていた。シャカシャカとブラシで歯を磨く音が洗面所に響く。

「いや、凪咲は大切な彼氏とのデートを忘れられたらどう思う?」

「私?そっち系は瑠璃のほうが詳しいんじゃないの?付き合ってたわけだ…」

凪咲が全て言いかけようとした所で、瑠璃は凪咲へ詰め寄る。

「いいから」

瑠璃はいつになく必死な顔をしていた。瑠璃の脳裏には菫玲の冷酷な顔が浮かぶ。

「ん…、私だったら…」

凪咲は歯ブラシを口から出す。その手で蛇口を捻る。するとじゃーと勢いよく滝のような水が落下した。

「…怒る、かも」

ある意味真面目な凪咲ならそう答える、と分かっていた瑠璃は「やっぱり」と言う。

「もちろん、何か事情があったなら仕方ないよ」

「…え?」

これから自分が言おうとしたことと偶然一致したことに瑠璃は驚いた。

「…そっか」

「もしかして、土谷さんと霞江君のこと?」

「う、当たり!」

「…やっぱりねー。でも霞江君、デート忘れて学校で練習してたらしいよ。選考会が近かったからって」

「え!ほうはの?」

「うん」

初めて聞いたことに彼女は驚きを隠せなかった。

「霞江君、多分デートより練習を選んだんだろうね」

「どうして、霞江君はそれを言わなかったの?」

すると凪咲は歯ブラシをこちらへ向ける。

「それは多分、言いたくなかったから…じゃない?」

「なるほどね」

言いたくない理由、だとしたら一体何なのだろう?


そんなことを考えているので、瑠璃は眠れなくなってしまった。元々ベッドで寝ているので布団では眠りづらい。練習での疲労というものも楽器を扱うことが好きな瑠璃には感じていなかった。

朝だって早起きだったのに全然寝れないな、と瑠璃は布団から起き上がる。


「お化けとかいないよね」

確認するように彼女は廊下を忍び足で歩き出す。廊下はオレンジ色の照明だけが包まれていた。スマホを見れば11時を軽く回っていた。

先生にも遭遇しないまま、先ほど電話をした庭園らしき場所まで行き着いた。そんな彼女はポケットからスマホを出す。

「時代は有線イヤホン♪」

そう言って次に真っ黒なイヤホンを取り出す。旅行の移動中も使っていたイヤホンは瑠璃にとって大切なものだ。

「…古叢井先輩」

「ひぇ!」

幽霊のようなか細い声に瑠璃は驚く。背後にはポツリと立つ菫玲がいた。

「もしかして眠れないんですか?」

「う、うん。眠れないの」 

「…私もです。と言ってもいつも夜中は起きていますから」

そう言って彼女もベンチへ腰掛ける。


「さっきはごめんなさい」

しばらくすると菫玲は攻撃的だった態度を一変させ、謝罪の言葉を掛ける。

「だ、大丈夫だよ。私こそごめんね、不快な思いさせちゃって」

瑠璃は極力笑顔で返す。まだ後輩から言われたショックは抜け切っていないが、謝っているというのにずっと気に病むわけにはいかない。

「はぁー」

すると彼女は大きくため息を吐き出す。その声は夜の静かな空間にひとつ響いた。

「これだから私、遥翔に嫌われちゃったのかな」

「え?」

瑠璃はどういうことか理解出来なかった。先ほどのことと遥翔にデートを忘れられたこと、どんな関係があるのか?

「私、小さい時にお父さんに捨てられたんです」

突然、菫玲がか細い声でそう言った。

「そ、そうなんだ」

「お父さん、すごく優しかったんですけど急に家から出て行ってしまったんです」

「…かわいそう」

瑠璃は何と言えば良いか分からなかった。 

「それから、私は大切な人に捨てられるのが嫌で、ずっと一緒にいたいって思い始めて…それから束縛するようになってしまったんです」

「そうなんだ…」

瑠璃は少し悲しい気持ちが喉にまで込み上げる。

「束縛したから、遥翔は私のこと嫌いに…なっちゃったのかな?」

いつのまにか、菫玲は目から涙が溢れていた。そんな彼女の背中を撫でて宥める瑠璃はこう言った。

「大丈夫だよ。菫玲は嫌われてないよ」

「…え?」

「だって霞江君は、菫玲と仲直りしたくて私を頼ったんだもん」

「ほ、ほんと…ですか…!?」

菫玲の瞳がこれ以上にないくらいに大きくなる。どうやら彼女は嫌われたものかと思っていたようだ。 

「…大丈夫だよ。これね、私の元彼氏にも言ったんだけどね…」

瑠璃はすうと空気を溜め込む。

「例え喧嘩していても、お互い思い続けていれば寂しくないんだよ」

「…!」

「違う?」

すると菫玲が瞳を震わせる。

「そんなこと無いです。寂しいです。本当はもっと一緒にいたい」

「ふふ、じゃあ仲直りしておいで」

瑠璃はそう言って晴れやかな笑顔で笑った。その笑顔が遥翔と重なったような気がした彼女は「はい」と頷いた。

(本当はそんなこと言ってないけど…)

そのあとは、よく覚えていない。



霞の先に見えるのは音楽室だろうか?

『ギュッとしてどーん!』

瑠璃は腕に力を入れて太鼓を叩く。浮かぶ小さな太鼓は震え、空気を切りつけるように響く。

その時、満足そうにする彼女の肩が叩かれる。

『あ、優愛ちゃん』

『瑠璃ちゃん、そんなに強く叩かなくても大丈夫だよ』

その優しい声をした声の主は優愛だった。彼女は近くにあったスティックを軽く握る。

『もう少し弱くてもいいんだよ…あ、』

そんな彼女は驚きに目を丸める。

ドラムヘッドにはポコポコと凹んでいた。元々古いものだったので、瑠璃ひとりがやったわけでは無いのだろうが叩くのが強すぎる。

『…弱いね』

『瑠璃ちゃんは叩くのが強いんだよ』

これは手を焼くか、と優愛は少しため息を吐いた。すると瑠璃が優愛の方を見る。

『…ごめんなさい』

素直に謝る彼女へ優愛は『大丈夫だよ』と笑い返した。

『まずは手加減の練習をしよっか?』

『はーい…』

しかし、それから数カ月後、ティンパニの打面を破ってしまった。


『瑠璃ちゃん、ここはね♭が付くんだよ』

それからいつの間にか、使う楽器の殆どが鍵盤楽器になっていた。ビブラフォンやグロッケン、マリンバ。

『え、はい』

『ここは難しいから沢山練習だね』

副顧問の中北によく指導された。隣にいる憧れの姉は自分のやりたい太鼓類を練習している。


そんな日々が続き、もう太鼓がやれないのかな?と瑠璃は俯いた。何故か涙が溢れそうになる。目元から熱のこもった雫が頬を流れた瞬間…。



『瑠璃ぃー!おっきろぉ!』

凪咲が肩を叩いて起こしてきた。そんな瑠璃は慌てて布団から飛び起きる。

「…あ、優愛お姉ちゃん」

「私は榊澤先輩じゃない。凪咲だー!」

「あ、夢か…」

瑠璃は目をゆっくりと擦る。生理的か、感情から流れている涙かは分からないが、目尻に溜まった涙を細い指で拭う。

「朝ごはん食べに行くよ」

「…うん」

瑠璃は自分が寝ていたことにも気付いていなかった。確か、昨日は菫玲と話していたか。


瑠璃たちは廊下へ出て食堂へと向かう。

その道中、

『菫玲ちゃん、ごめんね』

『ううん。私こそ…、嫌われたかと思った』

『そんなことない!俺は菫玲ちゃんが大好きだ』

という声に凪咲が足を止める。

「あら、あの2人、仲直りしたみたいね」

「…みたいだね!」

瑠璃はそんな彼女へニコッと笑った。

(…よかったね。菫玲)

「え、瑠璃?」

「さ、今日も練習だぁ!」

「なんで急に元気になってるの?寝ながら泣いてたのに?」

「え、そうなの…?」

またひとつ問題が解決した。

こうして2日目が無事幕を開けた。


だが、瑠璃に何かあったようだ…。

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