84話 プールでの再会
ゆらゆらと揺れる水面に大きな波紋が広がる。それと同時にバシャッ!と水が弾ける音がした。
「きゃー、冷たぁい!」
瑠璃はそう言って浮き輪につかまる。
「…凪咲、ここ来てよかったね!」
「そうだね、瑠璃。そういえば鈴衛さんは?」
「え、美心乃ちゃんといるんじゃないの?」
「…もしかしたら、流れるプールにいるのかも」
凪咲はそう言って人の多い所を見る。
「あ、やっぱり」
鈴衛音織は久城美心乃と水の流れに流されていた。
「瑠璃も行く?」
「浮き輪ありなら行く!」
「じゃあ行こ」
身長149cmの彼女にとって浮き輪は必須だ。その上彼女は泳げない。本来ならプールに行くことは億劫な彼女だが、凪咲たちと遊べるならと休日1日目に大内市の市民プールに遊びに来たのだ。
ばっしゃん!
瑠璃は人の少ない所へ飛び込むと、凪咲から浮き輪を受け取る。
「凪咲、泳げるんだっけ?」
「泳げるよ。小学校で水泳やってたから」
「へー」
凪咲も流れるプールへ入る。波は前へ前へと止まることなく進む。
「怖いなぁ」
「浮き輪無ければ溺れないから大丈夫だよ」
「そう?」
「心配するな」
そう凪咲は言うと瑠璃の手を掴んだ。そして前へ進み出す。
「…わぁ、片手取られるとバランスがぁ〜」
「あ、ごめん」
瑠璃の浮き輪操縦は不安定なものになっていた。
「あ、できた♪」
しかし流石浮き輪なのか、浮力を維持したまま前へ進みだした。
「そうだ、凪咲」
「ん?」
「どっちが先にナンパされるか勝負しない?」
突然そんなことを言う彼女に凪咲はため息を吐いた。
「そんな事しないよ」
「へへ」
可愛気に笑う瑠璃は既にナンパされてそう、と思った。
「てか、それよりも鈴衛さんから浮き輪を奪還しないと」
「浮き輪奪還作戦…」
瑠璃が張り切る前に凪咲は「あっ」と低い声を出す。その声は低くてひんやりとしていた。
「鈴衛さんったら」
音織はやはり凪咲の浮き輪を使って流れに流されていた。
「…鈴衛さーん」
凪咲が音織の所へ向かったことにより、瑠璃は1人になってしまった。
どうしようか、と思ったその時。
「あら、瑠璃じゃない」
高貴な女性のような口調で話しかける者がいた。
「あ、紅愛お姉様!久し振り」
そこにいたのは、瑠璃と同じ小学校だった月館紅愛だった。ちなみに紅愛は瑠璃に『お姉様』呼びを強要したので、瑠璃はその流れでお姉様と呼んでいる。紅愛は少しばかり変わっていた。
「…アナタ、市営コンクールにいたわね。正直ビビったわ」
「え、何で知ってるの?」
「だって私も吹部だもん。サックスやってる」
「へぇー」
紅愛はピアノが得意だ。確かに吹奏楽部にいてもおかしくはない。
突然の再会に瑠璃は嬉しくなった。
「…ティンパニやってたね。カッコよかった」
「えへへ」
紅愛はまるで姉のように瑠璃の頭を撫でる。小学校時代もたまに撫でてくれた。まるで紅愛は優愛みたいだな、と瑠璃は思った。
「瑠璃ひとり?」
「ううん。友達と来てるんだぁ」
「友達?瑠璃にもそんな友達ができたのね」
紅愛は嬉しそうだった。瑠璃より少しだけ高い背丈。それがより姉らしさを強調する。
「…良かった」
「ううん。紅愛、ありがとう」
瑠璃はそうお礼を言った。
「えっ?どうして?」
「…紅愛は覚えてる?卒業式のときに…」
『お姉様、私ね引っ越すんだ』
『え、どこに?』
『茂華町だよ』
その言葉に紅愛は驚いていた。その時、少し冷たい風が吹く。その風にさらされ少しだけ寂しくなる。
『瑠璃が心配だよ』
『えっ?』
『…瑠璃、友達以上に大切にしたい人ができたら、家族のように呼ぶんだよ』
『どういうこと?』
教訓のように言う彼女の意味がこの時の瑠璃には分からなかった。
『例えば、女の子の先輩だったらお姉ちゃんとか』
『…紅愛お姉様みたいに?』
『そう。でもそれは瑠璃から誘うのよ』
『やってみるよ』
瑠璃は何でも信じ込んでしまうような子供だ。だから本当に実践したのだ。
…それが優愛だった。
『優愛お姉ちゃん』という呼び方は、優愛との絆をより深めた。事実、優愛との関係が崩れたことは一度たりともなかった。
そんなことを話すと、紅愛は驚いたように手を打つ。
「そうだったわね!瑠璃は記憶力いいよね」
「へへ、よく言われるよぉ」
瑠璃は本当に嬉しそうだった。本当に可愛いなぁ、と紅愛は思った。本当にこの子の姉になりたい、と思ったその時、
「そのお姉様って誰?もしかして榊澤先輩?」
凪咲が音織を連れて話しかけて来た。
「あ、凪咲ぁ!この子ね、私と小学校が一緒だった月館紅愛ちゃん!」
「初めまして。よろしくお願いします」
紅愛の紅い瞳が艷やかに光る。綺麗な顔をしているな、と凪咲は少し気後れしてしまう。
「…よろしくね。えっと中学校は?」
「大内東中学校だよ」
「ここから近いね」
「ですね」
何だかカリスマ性がありそう、と凪咲はなぜか思ってしまった。
「そうだ。向こうのプールでバレーしない?」
そんな彼女はビーチバレーボールを見せる。
「え、紅愛お姉様と!?私行きたい!」
「い、いいよ」
「ふふ、これぞ夏の風流」
ちなみに音織の口調が変わっていることは、今に始まったことではない。
「やっ!」
「わぁあ!」
紅愛はバレーが上手かった。瑠璃は思い切りボールを顔面にぶつける。
「わっ!瑠璃ぃ」
凪咲がカバーして打ち返すが、それも打ち返される。まともに戦えているのは音織だけだった。
「…我は正確を好む。行け」
「ホントに正確!」
足元も不安定なのに正確に紅愛を捉える。しかし彼女は普通に返した。
結果、茂華中学校3人組は無ずすべなく負けた。
「私、ひとりで勝っちゃった!」
紅愛はそう言って喜んだ。
「そっか。紅愛ちゃん、バレークラブにいたもんね」
瑠璃が思い出したように言うと、ズコーと音織が水面に顔を突っ込む。
「まぁね。中学入ってからはサックス一筋だったけど」
「…そうなんだ」
凪咲はそれを聞いて少し驚いた。どこかで見た顔だとは思っていたが、まさか部活関連で会っていたとは。
「茂華、9月の東関東大会出るんでしょ?」
紅愛が訊ねると瑠璃は「うん」と頷いた。
「頑張りなさいよ」
その言葉に3人はつられるように頷いた。
プールの出入り口を出ると凪咲が口を開く。
「良い人だったね」
「ほんと」
すると瑠璃は嬉しそうに笑った。
「まぁね」
瑠璃と紅愛は本当に仲が良いんだな、と思った。
「てか、瑠璃よお土産頼む」
すると音織がそう言った。
「ああー、福島かぁ。うん、赤ベコクッキー買ってくるよ」
「ク、クッキー?」
「うん。チョコレートだと溶けちゃうから」
そんな彼女に凪咲が小さく言った。
「優しいな」
しかし旅行当日。
「えっ、優月先輩?」
「る、瑠璃ちゃん?どうして?」
優月と瑠璃は偶然か必然か、旅先で再会してしまう。
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【次回】 優月視点! 箏馬と騒動に巻き込まれる
そして明かされる『ドラムを始めたワケ』




