81話 2度目の裏切り
『…部活かぁ』
当初、ゆなは病院への通院回数が多かった上、ドラム教室にも通っている。だから普通の部活には入ろうと思わなかった。
『吹奏楽部とか…本当に無理…』
音楽室ではガヤガヤと楽器を体験する1年生がいた。フルートの掠れた音やドラムの抜けた適当なリズム。
玖衣華のドラム演奏しか聴いていなかったからだろう。どの演奏も下手に聴こえてしまう。
『…それで、何でアンタは憑いてくんのよ?』
ゆなは機嫌悪そうに後ろを振り返った。
『…咲慧』
ただ咲慧はゆなにずっと付きまとっていた。
『いや、き、気の所為だよ』
『昼休み誘われたけど、私は途中で教室があるから一緒に行けないって』
『そんな!じゃあせめて帰るまで…』
すると、ゆなは音楽室へと逃げるように入って行った。
そんな彼女を見て、咲慧は小さくため息を吐いた。追おうか迷ったが、怒られそうだったので仕方なく諦めた。
ゆなは音楽室を通り抜け、楽器室へ転がり込む。
『ふむふむ、色んな楽器があるのな』
ゆなに気付いたひとりの部員が話しかけて来た。
『えっと、1年生?』
『え、あんた誰?』
ゆなはビックリして口から言葉を吐き出す。
『わ、私は吹奏楽部員で、フルートの…』
自己紹介を聞き終える直前、ゆなは『ある楽器』が目に飛び込んだ。
(…吹奏楽部)
それは数台の使い古された和太鼓だった。欅色の大太鼓や締太鼓、平太鼓など本格的か演奏ができそうだ。
(…和太鼓)
ゆなは、ふたつの単語を足し算する。
(…和太鼓部!!)
その結果がこれだった。
(…私はドラム教室で部活にあんまり行けない。だけど自作の部活なら好きに管理できる。それにスポーツをしながらドラムは面倒くさい…)
なら!と頭の中で方程式ができ上がる。
(ドラム同様、叩く和太鼓なら…面倒くさいも消化できるんじゃ)
そう。彼女は自身に手間が掛からない方法と、自分の為だけの部活を作ろうとしたのだ。その結果がドラムと同様叩く『和太鼓部』だった。
『…先輩、あの和太鼓貸してくれませんか?ざっと数えて10台はあるんで、必要ないやつは』
突然の無茶苦茶発言にフルートの先輩はドン引きでいた。
『私、新しい部活を作ります!』
それから、彼女はドラムを習いながらも、和太鼓部設立の為に放課後は奔走した。先生の手助けがありながらも手続きや具体的な活動内容などを。
半ば力尽くだったが、5月には活動が開始できた。小さな空き教室を部室として、ひとりで叩くつもりだった。ドラムのように複数の太鼓を扱えば、文化祭でも披露することができるから。
しかし、その必要は無くなった。
『…ゆなっ子、和太鼓部って入部してもいいの?』
ある女の子がゆなに話しかけたからだ。
『咲慧』
『私も和太鼓部に入りたい』
咲慧がこう言ったことによって。
『えっ?まぁ、私の負担が減るなら良いや』
ゆなは承諾した。彼女にとっては渡りに舟だったからだ。
『本当?私入る部活がないの』
絶対に嘘だと思ったが、ゆなは敢えて突っ込まずに、
『へぇ。別に良いけど』
と笑顔で了承した。
『やったぁ』
ゆなは口角を上げて、そんな彼女を歓迎した。
『よろしくねぇ。咲慧』
その後も部員が入るようにはなった。
『ここ、大太鼓入れたい』
『齋藤先輩はどうですか?』
咲慧と菅菜は協力的だった。顧問も元和太鼓クラブにいた先生を抜擢したので、少数ながらも上手く事を進めた。
そんなゆなに好きな人ができた。
1年生の文化祭の片付けだった。
『…おんも』
『締太鼓を重いって言う人、初めて見た』
菅菜は涼しい声で大太鼓を担いでいた。菅菜とゆなでは働き具合が違った。
その時、誰かが『持つよ』と言った。
『え、助かる』
ゆなはそう言って、その男子に締太鼓を押し付けた。
『…ゆなちゃん、他に重いものでも持つのかなる優しいね』
『♡』
ゆなはその人物に大きく面食らった。
その男子は吹奏楽部内一のイケメンの1年生だった。
『高久くん』
『和太鼓、カッコよかった。誰よりも』
高久雪哉。
まるで気があるかのように接した態度に、ゆなは少しずつ恋情を抱くようになっていった。
それからも、よく昼休みはふたりで話すようになった。
部活での愚痴や、今夢中なこと、休日の過ごし方など徐々に距離感の近い会話をするが当たり前、というように近づいていった。
『…そっか。妹が』
『うん。それから私、おかしくなったと思う』
『それでも、ゆなは良い人だよ』
『!?』
雪哉は窓枠に乗っかかりながら、こちらを柔らかな瞳で見てくる。
『…どんなゆなでも俺は受け入れる。ゆなは良い人なんだから』
『…あ、ありがと』
ゆなは思わず赤面してしまった。少し恥ずかしかった。
それから半年後の夏祭りで、ゆなと雪哉は付き合うことになった。初めて告白したのはゆなの方だった。
『雪哉、私、雪哉のことが好き』
花火が空を彩る中そう言った。すると雪哉はこちらを見て頬を赤らめる。
『ほ、本当か?』
『…私が精神科行ったって言っても、心配してくれるのは雪哉だけ。それに…どんな私でも受け入れてくれるんでしょ?』
『も…もちろんだ!』
『私と付き合ってくれない?』
『いいよ』
その言葉を耳へ入れた瞬間、ゆなは思わず雪哉へと抱きついた。
その時のゆなは誰よりも幸せな気持ちだった。
告白して良かった、優しくして良かった、生きてて良かった、そう思っていた。
だが、それから数カ月後、雪哉に浮気された。
『…どうして!?』
ゆなが問い詰めると、雪哉はフフッとあくどい笑みを浮かべた。
『…お前、顔は良いんだよな。顔だけは…』
『えっ?』
ゆなは彼の豹変ぶりに耳を疑う。
『それ、どういう…』
ゆなが怒りの問い詰めを行おうとしたが、雪哉の真っ黒な瞳がゆなを突き刺す。
『黙れ』
そのひと言でゆなの足は動かなくなる。
『お前のことが本気で好きになるわけないだろ』
そして、そう言ったのだ。
『…そんな』
告白は全て無に帰ったのだ。それどころか必要ない行為だったのだ。告白は。
また裏切られた。
今度は彼氏に…。
【続く】




