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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
心が激動!? 鳳月ゆなの過去編
150/208

79話 絶海での惨劇

※生々しい表現がございます。

※鬱展開注意

※事件展開がございます。

ご注意ください。

玖衣華が妹となり1年以上が経ち、ゆなが小学5年生の夏のことだった。

夏休みということで旅行に来ていた。

『…海だぁー』

『着いたね』

ゆなたち一家は県外のある海岸に遊びに行った。

『夕日だ!』

父の言葉にふたりは、水平線の先を見つめた。真っ青なカーペットのような海に唐紅の斜陽が掛かる。空はオレンジ色に包まれていた。

『…お父さん、お母さん、ちょっと砂浜まで行ってくるね!』

すると、ゆながそう言った。

『ああ』

『気を付けてね!』

ゆなは玖衣華の手を掴んで、階段を降りていく。そして広がる絶景へふたりは入り込む。

『玖衣華ぁー!』

ゆなは目を細め喜んでいた。玖衣華の表情もそれ以上に笑っていたが。


素足になった2人は、白波に足を浸らせながら夕日へ顔を向ける。

『本当に楽しい!』

『…私も楽しい』

玖衣華はまるで幼子のように喜んでいた。ゆなも玖衣華の嬉しそうな顔を見て、更に表情が和んだ。

『私ね』

ざぶん、ざぶん、波がぶつかり合う音が、ふたりの耳元を優しく撫でる。海鳥は2匹仲良さそうに、仲間の住処へ戻ろうと翔んでいた。

『私、本当にゆなの妹で良かった』

玖衣華はそう言いながら、ゆなに歩み寄ってくる。ゆなはただ玖衣華を見つめて両手を大きく広げた。その頼りある存在に玖衣華は突然、突っ込んで行く。

ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷ、小さな足が波を蹴り抜く。

『ゆなー!!』

玖衣華はゆなを抱き締める。助走の勢いにゆなは『うっ』と体勢を崩すと尻もちをついた。

『…私も玖衣華が妹で良かった』

『でしょー?』

玖衣華はそう言って、更に強く彼女の体を抱き締める。

『…あ、ズボンが濡れた』

『ごめん』

ゆなは玖衣華の手を引いて立ち上がる。

『…じゃあ、靴履いて帰る?』

『うん!』

ふたりはただ幸せだった。可愛い妹、頼れる姉の関係はずっと続く…はずだった。


『…幸せそうにしやがって』

あの事件が起こらなければ…。



靴下を履いたゆなと玖衣華は、夕日を少し眺めていた。ふたりが出会ってから2年近くが経つのだ。

最初は玖衣華とふたりで住むなど考えもしなかった。しかし彼女はゆなと住みたいと言っていた。ゆなは人に本気で必要とされて嬉しかった。だから手間と愛を沢山掛けた。

すると彼女はドラムを始めた。実力はプロすら顔負けにする程の実力だった。

初めて、コンテストで彼女が優勝したことは、今でも覚えている。

素早いロール、シンバルとスネアの切り替え、タム回し、バスドラの四連打ち。言われたことは、すぐに何でも出来ていたと褒められていた通りの実力を、玖衣華は存分に発揮していた。小学生だというのに世界に行けるとも噂されていた。

そんな妹を持てて、ゆなは本当に誇らしかった。


『…じゃあ、帰ろう』

少し回想したゆなは、玖衣華の手を握る。ほんのりと温かった。

『ゆなの手、冷たいね』

『玖衣華は温かいな』

『子供体温ってやつかなぁ?』

『知らなぁーい』

しかしこれが最後の思い出だった。



ふたりを引き裂く凶刃は、すぐ傍まで迫っていた。

ゆなと玖衣華が3歩踏み出したその時だった。

『うわぁぁぁああ!』

誰かが襲い掛かってきた。

『…っえ?』

ゆなが何が起きたか気付いていなかった時、

グサッ…

隣で何かが崩れ落ちる音がした。

『えっ?』

嫌な予感がしてゆなは直に隣を見る。

『!?』

そして、隣の光景を見たゆなの表情が、一瞬で色を失う。


彼女は背後から包丁で背中を刺されていた…。

『い、痛いよ…』

玖衣華は胸を押さえて苦しんでいた。額からは尋常では無い汗が流れていた。

『…玖衣華!?』

次の瞬間、後ろにいた男性が奇声を発しながら、包丁を向ける。ぐしゃりと玖衣華の筋肉が弾ける嫌な音がした。男性の瞳は真っ黒で何を考えているか分からなかった。

『お前も死ねぇぇえッ!』

男性は狂気を爆発させて、包丁をゆなの胸へ突き出す。しかしゆなは足を引かれて砂へ倒れた。

どさっ!痛々しい音と一緒にゆなの体が地面へ付けられる。

『ゆ、ゆ…な…っ』

玖衣華は刺された痛みを必死に堪えながら、ゆなの足を引いたようだ。

しかし男性は止まらず、包丁の切っ先をゆなの心臓目掛けて振り下ろす。

グサ!

『ゆな!!』

しかしゆなの胸へ到達する前に、再び玖衣華が胸を庇う。

『き…玖衣華ぁああ!?』

ゆなが思い切り叫ぶ。直に立ち上がり『やめろぉっ!』と叫びながら男性の握る包丁を蹴り出した。

『…ごほっ、ごほっ…!?』

口から吹き出す血を手で覆いながら、玖衣華はゆなの背中を押す。

『…玖衣華っ!?それ…』 

『いっかいめ…肺…ごほッ、にかいめ、肩だから…大丈夫だよ…ゲフ!』

大丈夫と言い張り玖衣華は、ゆなと小さな階段を上る。今は通り魔から逃げなくてはならない。

逃げなければ、玖衣華が死んでしまう…。



だが、通り魔は再び血塗れの包丁を持って迫る。

『…わあぁ!』

ゆなはもう駄目だ、と思った。

『面倒くさいなぁー…』

その時、胸を押さえながら玖衣華が通り魔へ飛びかかる。その光景は一瞬だった。

どん!!

体と体がぶつかる音と同時に、ふたりはその場から姿を消していた。

ゴン!激しい音が間もなく響いた。骨が砕けるような鈍い音。


『玖衣華ぁぁあああっ!?』

ゆなは無我夢中で階段から飛び降りる。玖衣華は逃げる為の時間を稼いでくれたのだろうが、満身創痍のゆなは叫びながら落ちた玖衣華を追い掛ける。

『…玖衣華!!玖衣華ぁ!』

無我夢中でゆなは岩礁帯まで走る。すると引き潮の岩礁帯に、ふたつの人影が横たわっていた。

『…あっ!!』

ゆなの瞳はそれを捉えてしまう。


『…そんな!お願い!お願い!お願いだから死なないで!』

半泣きでゆなは彼女へと駆け寄る。

『…はぁ、はぁ、はぁ』

息を切らし、真っ先に玖衣華へ駆け寄る。しかし玖衣華の腹部は血塗れ、首は落下の損傷を受けたのか皮膚まで変色していた。

どう見ても助かる傷では無い。それでもゆなは思い切り叫ぶ。

『玖衣華、玖衣華っ?返事して!』

玖衣華は目を閉じたまま動かない。安らかな表情をしていた。まだ生きていると信じて、まだ幼いゆなは玖衣華を抱き締める。


『…ゆ、ゆな…。よ、良かったぁ』

その想いが玖衣華に通じたのか、玖衣華は小さな瞳を潤わせながら震えた手を伸ばす。

『…ゆな、最期に言いたいことがあるの…』

『な、なに?』

ゆなは『最期』の意味を理解していない。それを承諾しようとする。

『正直に生きて…ほしいの。嘘はつかないでほしいの』

玖衣華は震える声でそう言った。

『私ね、ゆなに拾ってもらえて、本当に嬉しかったの。ゆなの妹になれて本当に良かった』

すると彼女の手から体温が失われていく。ゾワゾワと変わる感覚にゆなは泣くことしかできなかった。

『玖衣華、お前は拾われたんじゃない。神様に選ばれたんだ、だから、守ってあげられなくて、ごめん…!』

ゆなも悲しくなって涙を流す。

『…ううん。それだけで満足だよ』

玖衣華はそう言って、僅かな力で手を握る。


その時、うっすらとサイレンの音が耳に入る。

『…もう駄目だね。ゆなの泣いてる顔しか見えないや…』

『…見えてんじゃん!』

ゆなは、彼女を温めようと必死に抱き締める。

『これからは…私はいなかったふりをして生きてね』

それでもゆなは首を横に振る。辛い別れ方をしたとしても、忘れることなどできない。

すると玖衣華は最期の力を振り絞って、口元に優しい笑みを浮かべた。

『それが嫌なら…私みたいにドラムをやってほしいなぁ。ゆなのカッコいい姿、天国で待ってる…から…ね…』

玖衣華の目がゆっくりと閉じられる。そして全身から力が消えた。

…もう限界だったのだ。



その時、玖衣華の最後の意識の中に走馬灯が写る。

本当は捨てられたんじゃない。母は生まれてすぐに亡くなり、父はゆなと出会う1カ月前に亡くなったのだ。

両親ふたりは、愛情をかけてくれた父親は、もうこの世にいない。

もう一度、親の愛を受けたくて、ゆなに引き取ってもらったと、最期まで言えなかった。

『…玖衣華!どうした!?』

『お父さん、ごめん。私、お姉ちゃんを守って…』

目の前に見えるものは、現実か、幻か、父の姿だった。

『天国でも家族3人だな』

玖衣華の父は仕方なさそうにこちらへ手招きをしてきた。もう戻れない…私のお父さんは分かっていたんだね。

『お父さん…、ごめんなさいっ…。捨てられたなんて、嘘をついてごめんなさい…っ』

玖衣華は父に抱きつき泣き叫んだ。

みるみる感覚が消えていく。ああ、もう死ぬんだな、玖衣華は唯一の嘘を悔やみながら自身から感覚が抜けるのを感じた。



ゆなは、死なないで…と泣きながら玖衣華に抱きつく。

『玖衣華っ!玖衣華あっ!』

駆けつけた両親も、変わり果てた玖衣華に膝から崩れ落ちた。

『守れなくて、最後でお姉ちゃんできなくてごめんっ!!』

もう玖衣華に息はなかった。

天才ドラム奏者でもある詩島玖衣華は旅行中、通り魔からゆなを守って突然に…この世を去った…。


ありがとうございました。

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