78話 最強のドラム奏者
詩島玖衣華。雪の降りしきる日に出会った。
彼女は親に捨てられた。玖衣華はドラムの技術が相当なものだった。それを親に目を付けられ、金儲けの道具として扱われたのだ。
玖衣華の慟哭混じりの願いを呑んだ鳳月ゆなの母は役所へ届出を出し、正式に鳳月家の一員になった。
玖衣華はよく手伝ってくれる子供だった。そして誰よりも正直だった。
あの雪の降った翌週から、玖衣華は冬馬小学校に通い始めた。
そんな彼女がまず1番にしたことは、桜坂を殴った男の子たちを成敗することだった。
『…ねぇ、君が桜坂君って子を殴った人?』
『あぁ?』
ゆなは坂大吾と帰るつもりで数時間も待ったのだ。
『どうして殴ったの?どうしてゆなお姉ちゃんの気持ちも考えなかったの?』
『し、知るかよ!これ以上うるさかったら、女の子でも…』
しかし玖衣華は小さな手で男の子の襟を掴む。
『私のお姉ちゃん、風引いたんだよ。どうしてくれるんだよ?』
玖衣華の声色はとても低かった。彼女の恐ろしい形相に男子の額からは汗が噴き出す。
『やれんならやってみろよ!!』
そしてその男子へ頭突きをしたのだ。男の子は後ろへよろめいた。
『…ゆなに謝れ!謝るまで殴り続ける!』
『わ、分かりましたぁ!』
年下だというのに勝ち目が無いと悟った男子軍団はその日のうちに、ゆなに謝った。
『ゆ、ゆなさん、俺が桜坂を殴りました』
『ご、ごめんなさい!』
しかし、ゆなはコホコホと咳をしながら、
『別にアンタたちの謝りなんて期待してないから』
冷たく突き放した。
その日の帰り道、ゆなは玖衣華と帰りながら話した。
『なんで、あの男子共が謝ってきたんだろう?』
『あれね、私が2、3発ぶん殴って、謝らせたの。だからあの男子たちは許してあげて』
何も包み隠さず彼女はそう言った。彼女は本当に正直者だった。
『…え、えぇ。そ、そうなの』
『もう大丈夫だよ。ゆな!今度は私がずっとゆなを守ってあげるからね!!』
その何の屈託もない笑顔に、ゆなは素直に首を横に振る。それにしても姉に呼び捨てか、とゆなは思った。
『…私がお姉ちゃんなんだから、そこは私に守らせてよ』
『えー、どうしょっかな?』
玖衣華はゆなのことが大好きだった。自分を救ってくれた唯一の存在だったから。
そんな玖衣華も、休日は殆どバンドハウスにいた。
『もう、私ひとりでも大丈夫だよ。そんなに私が頼りない?』
『ない…わけじゃない』
『今度、来たらゆなにも叩かせるからね』
そう言って彼女が構えた物はドラムスティックだ。彼女の鳴らす音は正確でまるでプロの演奏をそのまま盗んできたかのようなものだった。玖衣華はゆなの1つ下だ。
『…本当、うまいね』
『えへへ。それは当たり前なんだよ』
褒める度、玖衣華は自画自賛の言葉を繰り返していた。
それから翌週。
『あー、お姉ちゃんまた来たぁ』
『だから、お母さんに頼まれたんだって!』
『もう駄目!ゆなもドラムやりなさい!』
この時ばかりは玖衣華は命令口調だった。仕方なく叩いてみることにする。
『まず、基本のリズムのエイトビートやってみるよ』
ゆなは年下に教わることが少し気恥ずかしくて、感情を殺しながら技術を習得していった。だが、培ったドラムの技術をひけらかそうとは当時、思ってもいなかった。
それからゆなが小学4年生、玖衣華が小学3年生になった時、玖衣華は自らの意思で近場のドラム教室に通う事になった。そこは、冬馬小学校から近かったので、ゆなは帰り道がてら、玖衣華と帰っていた。
『…ゆな、ドラムの教室のお迎え来てくれてありがとう』
『別にいいのよ。妹なんだから。それより、またコンテストで1位だったんでしょ?』
『えへへ、県内だけど1位だよ!褒めて!』
『偉い偉ぁい』
ゆなは、正直で素直な彼女の頭を撫でる。
『まぁ、私が1位取るのは分かってたけど』
それから得意気に言う彼女に、ゆなは『そうだね』と言った。物心つく頃にはドラムをやっていた玖衣華は、県内どころか全国でも稀有なドラム奏者になっていた。
『そうだ、お母さんからアイス買うお金渡されてるけど、食べるの?』
『お金有るのに食べないわけないじゃん!』
『少しは遠慮したら?』
『嫌だよーん』
どこまでも明るく正直な彼女に、ゆなの性格も少しずつ伝染していくのだった。
そんなある日、ゆなは玖衣華に訊ねる。
『ねぇ、なんでゆなって呼び捨てなの?』
『えっ、そっちの方が呼びやすいから』
ふぅん、その時のゆなは何となく子供心かな、と思っていた。
そんな彼女との別れは海だった。
別れは半年後、突然に…。




