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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
渦巻く鳳月ゆなの過去 東藤町盆踊り大会編
144/208

73話 バケツドラム

「…ふぅ、片付け完了」

解体した楽器をトラックに乗せ終えると、時間は6時30分を回っていた。

優月は辺りを見回す。空は唐紅に藍を落としたような色をしていた。

「優月くん」

その時、咲慧が話しかけてきた。

「あ、咲慧ちゃん」

「天龍、見に行かない?」

そしてこんな誘いをしてきた。

「うん。いいよ」

今から天龍の演奏は第2部だ。そのあと7時から盆踊りが始まるらしい。


ちなみに、女子たちは浴衣に着替えているらしい。3年生女子はもれなく全員が浴衣を着るらしい。

「あ、咲慧ちゃんは浴衣とか着る?」

少し気になった優月に、咲慧は「ごめん!」と言う。謝る意味が分からなくて優月は少し戸惑った。

「浴衣、持ってないの」

黒いひらひらのレースを着た彼女が申し訳無さそうに言う。恐らく、優月が彼女の浴衣姿を期待していたと勘違いをしているのだろう。

「あ、いや、大丈夫だよ。この服着てる咲慧ちゃんもカワイイ…」

優月は誤魔化すあまり、そう言ってしまった。

「えっ…?」

咲慧が硬直する。

「ん?」

「あ、いや何でも。褒めてくれて嬉しい!でしょ?」

しかし咲慧はすぐに自慢気に服を見せびらかした。

「じゃあ、行く?」

「うん、行こう」

優月と咲慧はトコトコとステージへと歩き出した。まるでカップルのようだが、優月は彼女に対して恋情を抱いているわけでは決して無い。


「絶対に付き合ってないから!行ってらっしゃい!」

その時、大橋志靉が海鹿美羽愛の肩を押す。美羽愛の視線の先には、優月と咲慧が歩いている。

「…い、いや、でも…」 

美羽愛は少し怖がっているようだ。実は美羽愛は優月のことが好きだ。しかし積極的にアプローチ等は全くしていない。ただ遠くで眺めているだけ、というやつだ。

その時だった。

「なに?美羽愛ちゃん、小倉君が好きなの?」

美羽愛の全身の毛がぞわりと震え立つ。

「ふ、降谷先輩」

いたのは降谷ほのかだ。ほのかはこちらを見て目で笑う。

「す、好き…ではあります」

「なにそれ」

ほのかは小さく笑った。

「告白したいんだ…」

「え、まぁ、できれば…」

「私もだよ」

その言葉に美羽愛が驚く。まさか彼女も…。

「あの子に、聞きたいことがあって」

しかしそう言って、ほのかは突然消えてしまった。その声には少々殺意のような黒い感情が混じっていたが。



10年前か…。

偶然通りかかった空き地で見た。バケツと缶、そしてシンバルに見立てた円盤を叩く男の子を。演奏は変幻自在で本当に上手かった。

何人か大人たちに紛れて、ほのかはずっと見ていた。とても上手で聴いていても苦じゃなかった。



優月と咲慧は天龍の和太鼓を見ていた。やはり大人は迫力が違うなあ、なんて優月は思っていた。

『そらッ!』

掛け声ひとつも音と音ひとつひとつ掛け合わせているようだ。

「咲慧ちゃんも、あれくらい叩けるの?」

「ま、まぁ、中学時代はねー」

そして隣にいる咲慧は中学時代和太鼓部だった。

「…咲慧ちゃん、このあとはどうするの?」

優月が訊ねると、咲慧は彼を見つめてにこりと笑う。

「ほのかちゃんたちと屋台回るけど、一緒に来る?」

「え、降谷さんと?」

正直彼女に会うのは少し怖いが、友達を増やしたい優月は咲慧に付いていくことにした。


やはり屋台には沢山の人がいた。初芽は妹の花琳と話していた。咲慧は話しかけに行くか迷ったが、ほのかを探すことを優先した。

「はぁ、ほのかちゃん、どこにいるんだろう?」

咲慧と優月が探しても見つからない。ほのかはどこにいるのだろう?

「…確かに屋台を回ってもいないよね」

優月も少し不安になった。すると心音と氷空の姿が見える。

「あ、心音さん!」

優月が話し掛ける。

「ん?ゆゆやん、どうしたの?」

「降谷さん見なかった?」

「…さぁ、俺は見てないよ。トウモロコシといるんじゃないの?」

すると氷空が心音に顔を近づける。

「諸越君は孔愛くんといたよ」

「えぇっ!?ホント!?」

「ホントだよー」

この2人も知らないか、と優月は咲慧の方を見る。ちなみに優月はもちろん、咲慧もほのかと連絡先を交換していない。

「…ちょっとトイレの方とか、探してくるよ」

優月がそう言うと、咲慧は「お願い」と言った。

「見つけたら連絡するね」

優月はそう言って、言葉通りにトイレのある建物へと歩き出した。


「降谷さん、どこに行ったんだろう。咲慧ちゃんとの約束、忘れてるのかなぁ」

優月はほんの少し心配になってきた。

『はぁ、はぁ…』

その時、啜り泣く音が聴こえてきた。華奢な可愛らしい声。普段は聴くことのない声だが、すぐに分かった。ほのかのものだ。

「…ふ、降谷さん?」

優月はトイレから少し離れたベンチでうずくまるほのかの姿がいた。


咲慧にメールを入れた優月は、トコトコとほのかへ駆け寄る。

「降谷さん、大丈夫?」

するとほのかは真っ青な瞳をこちらへ向ける。優月は思わず震え立ってしまった。

「何かあったの?」 

「…私、私…」

ほのかは思い詰めているようだった。

「太鼓の音が…苦手…で…」

「えっ」

優月は思わず驚きの言葉が口から飛び出す。

「聴いてたら、お腹痛くなっちゃうから、本当に苦手で…」

「そ、そうなんだ」

ほのかの言うように、太鼓の音圧で気分を悪くする人は少なくないようだ。

「…3歳のときから…太鼓の音がダメになっちゃって」

「そうだったんだ」

特殊な性質をしている彼女に驚きながら、優月はリュックからポケットティッシュを取り出す。

「はい、拭いて」

突っぱねられたくなくて、優月はぶっきらぼうにティッシュを渡す。その態度に押されたほのかはティッシュを1枚、目元を拭った。

「…じゃあ、さっきの演奏は大丈夫だった?」

「うん。大丈夫だった」

「太鼓の音が無理ってことは、ドラムとかも無理だったの?」

優月は咲慧が来るまで、彼女と話すことにした。

「…最初はキツかったけど。最近は大丈夫になった。慣れたもん」

今まで和太鼓が使われる度、ほのかの調子が悪そうだったのは、そういう意味だったのかと納得できた。

「ねぇ、小倉くんってさ、やっぱり…」

「えっ?」

「バケツドラムが上手かった子だよね?」

そして、ほのかは彼の正体を破った。


「…え、どういうこと?」

優月は確認のように彼女の言葉の意味を伺う。その時、少し涼しい風がふたりの髪を静かに揺らす。

「今から10年くらい前だけど、私の家の近くでドラムみたいに太鼓をやってた子供がいたの。それが私と同い年…」

優月は確信した。絶対に自分だ、と。



ー10年前ー

実は、優愛と出会う少し前まで、優月はドラムをやっていた。本物の太鼓ではなく、バケツやオイル缶を太鼓代わりにして叩いていた。きっかけは本人は覚えてすらいないが、どこかの祭りで太鼓演奏を見たのが大きなキッカケだった。

『よっ…と!』

太い木の棒をバチ代わりにリズムを刻んでいた。

確か、上手いだとか言って相当な人数が見物しに来ていたという記憶が朧気ながらも残っている。

ただ当時は楽器として叩いていたわけでは無かった気がする。

だが、技術は確かに相当なものだった。


数カ月前、優月は加苗から動画を渡された。その動画を渋々ながらに見ていると、自分でも目を見張るほどの技術力だった。

連打や細かいロール、先の読めない複雑なリズム、腕や手首を使いこなして大人顔負けの演奏をしていた。普段は自己肯定感が低い優月でも、この時ばかりは過去の自分を思い切り妬んだ。


そして親も、彼が年中の時に和太鼓教室に誘ったらしい。だが優月は、

『別にそういうのがやりたい訳じゃないから。放っといて…』

冷たく突き放していたらしい。

元々、優愛に出会うまで優月の人間性は最悪だった。

しかし、この技術は優愛と出会ってから、こぼれ落ちる砂のように落ちていった。優愛は音楽に殆ど興味を示さなかった。絵やサッカーなどに熱中していたので、いつの間にかドラムはやらなくなっていた。



ー現在ー

「私、あの演奏がまた聴けるかと思って吹奏楽を続けてきたんだ」

ほのかはそう言った。しかし、それが苦い思い出になっている優月にとっては、あまり嬉しくなかった。

「…まぁ、忘れて。あの演奏はもう出来ないから」

集中力を上げて、更に心を殺意のような感情に満たさなければ、もう過去のような演奏はできない。でも…

そんな演奏はもうしたくない。自分が憧れた優愛も楽しそうに演奏していた。あの姿に惚れて打楽器を始めたのだから。

「うん」

優月の気持ちを受け取ったほのかは小さく頷いた。そして最後にこう言った。

「最後にそれが気になっただけ。それが聞けたら私は、この部にいる必要はない」

          【続く】

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