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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
渦巻く鳳月ゆなの過去 東藤町盆踊り大会編
143/208

72話 彗星と花の子

【前回まで】

東藤町盆踊り大会。そこで天龍と演奏している東藤高校吹奏楽部。和太鼓を演奏しながら加藤咲慧は、自分の過去を思い出していた。

「私が産まれた日お家で育ててた花が開花したらしい」

たった1輪の花が。

桃色の花弁の中心に黄色が波打つ花。名前は『アルストロメリア』という。花言葉は『未来への憧れ』らしい。咲慧の父が贈ってきた花だ。


『…持ってきたぞ』

彼女が産まれた日の翌日、父が持ってきたモノ、それがアルストロメリアの花だった。

『…あら、あら、花が咲いてるねぇ』

父親の話しでは、昨日家に帰った時に花が咲いていたという。

『この子と一緒に花が咲いたんだ』

『あら、そうなの?』

ピンクの中心にレモンイエローが染まった花が、ちょこんと可愛らしく咲いていた。

『…昨日は子供も産まれて、彗星も観られて、今まで咲かなかった花が咲いて、まるで奇跡の日ね』

『…そうだ!』

その時、ボールペンに何かを書き込み始めた。その書き込んだ文字はたったの2文字。


咲慧(さえ)


『それは?』

母が訊ねると、父親は『子供の名前』と言う。

『さえ、いい名前ね。可愛らしいじゃない』

『でしょ』

こうして子供と共に退院してから、『加藤咲慧』と命名して一生懸命に育てた。

「咲慧はお母さんに似て、可愛らしくて、頭が良かったってお父さんは言ってた」


「私はその後、冬馬小学校に入学した。それから暫くして、友達の鳳月ゆなちゃんに妹ができた」

『…玖衣華ちゃん、私も一緒に帰っても良い?』

『いいよ。私も咲慧ちゃんと帰りたい!』

それが『詩島(うたしま)玖衣華(きいか)』っていう女の子。血は繋がっていないからか、ゆなちゃんとは違った可愛らしさを持つ子だった。少ない時期で学年でも人気になったらしい。

でも、その子とある事件で別れちゃった。


それから、ゆなちゃんは変わった。何をするにしても気が抜けたような態度になっちゃう。

ずっと辛そうにするゆなちゃんと、ずっと居たいな、と思いながら私はゆなちゃんと接していた。

「だから、小学6年生のある日…」

『…ゆなちゃん、一緒にサックスやらない?』

って誘ったの。

「サックス?なにそれ?」

「そう!あとで家に…」

「面倒くさい。あと私、病院あるから」

でも、ゆなちゃんには興味が無かったみたい。それよりも、悪目立ちし始めたゆなちゃんが心配で私はずっとゆなちゃんと一緒にいた。


ー中学生時代ー

それから中学生になって、ゆなちゃんは和太鼓部を作っていた。あの子が自分から行動を起こすのは凄く珍しかった。ずっと面倒くさいって何にもしなかったから。

『…私も』

そこで私も、小学校低学年まで和太鼓を習っていたのを思い出した。


『やっ!』

どこかのクラブって訳じゃなくて、公民館で1週間に1回練習をする所だった。でも教えてくれる人は全国でも結構上手かったから、私自身も腕には自信があった。

だから・・・

『…ゆなっ子、和太鼓部って入部してもいいの?』ゆなっ子に話しかける。

『えっ?まぁ、私の負担が減るなら良いや』

そしたら、ゆなっ子は悪びれもせずにこう言った。

『本当?私入る部活がないの』

『へぇ。別に良いけど』

『やったぁ』

ゆなっ子は口角を上げ私を歓迎していた。

『よろしくねぇ。咲慧』

その後、私の入部をキッカケに他の人達も和太鼓部に入ってくれた。

私はその後も、趣味のサックスを続ける傍ら、ゆなっ子を見守っていた。

でも、その間もゆなっ子は彼氏に裏切られた。私もその様子を見て見ぬふりをしたから、ゆなっ子にとは以前のようにいられなくなった。


ー高校時代ー

でも卒業後は、やっぱりサックスがやりたくて、私は私立の凛西良新高校に通った。冬馬高校はゆなっ子の元彼氏たちがいたから選ばなかった。東藤高校も齋藤先輩がいたけど、ゆなっ子と一緒にいられる勇気が無かったから、凛良高校を選んだの。

でもすぐに事件が起きちゃった。

『…では楽器を決めますー』

学校に来て、たまたま知り合った女の子と友達になれたんだけど、その子と喧嘩になっちゃった。

『飯村美玖ちゃんと加藤咲慧ちゃん、どうしようかねー?』

確か、楽器決めの時だった。私はサックスしかやりたくなくて、もしも外されたらパーカッションに行くつもりだった。和太鼓で培ったリズム力を活かすために。

でも、美玖ちゃんはこう言った。

『…咲慧、私と勝負しない?』

美玖ちゃんは、実力で私をねじ伏せようとしてきた。あの子はどうしても譲れなかった。サックスパートの席を奪われることを。だから実力主義に走っちゃったらしい。

『い、いいよ』

『恨みっこなしね』

最後、美玖ちゃんは念を押すようにそう言ってた。でもそれは、まるで自分が勝つことを確信して言っているようだった。

大好きな友達だけど手は抜かなかった。だって、同じくらいサックスが好きだから。

そしたら…

『サックスパートは加藤さんですね』

多数決で私がサックスパートを務めることになった。飯村美玖ちゃんはそれからすぐに退部しちゃった。私の新しい友達も1カ月足らずで失っちゃった。でも美玖ちゃんの為にも私は吹奏楽部にい続けたけど、それでも苦しかった。


『…咲慧ちゃん、昼休み練習来てるんだね』

私は殆ど毎日、みんなに食らいつく為に昼休みも費やして練習した。

『はい…』

私は先輩からの褒め言葉に頷いた。でも正直上手くなりたいだけじゃなくて、美玖ちゃんの代わりに頑張らなきゃっていう気持ちの方が大きかった。

それが辛くてずっと辞めたかった。親友と言うべき美玖ちゃんとも話さなくなって、学校でも殆ど1人になっちゃったから、もう学校に行くことも、部活に行くことも辛くなった。


そんなある日。

『…定期演奏会?』

『そう。来る?1月だから、あと3カ月くらいあるから』

ゆなっ子が吹奏楽部の定期演奏会に誘ってくれた。でも本心は申し訳なかった。ゆなっ子が彼氏に裏切られても何もしてあげられなかったから。内心は怒っているのかもしれない。でも、電話越しからでも、ゆなっ子はまるで忘れたかのように接してくれた。


それから1カ月後、私に転機が訪れた。

『…えっ?県立に?』

お父さんの言葉に私は驚いた。

『…ああ。学費もだが、毎日早起きをして行くのも大変だろ?学校だけ引っ越さない?』

『う、うん!』

その話しは私にとって渡りに船だった。

こうして、私は1年生の終わりに凛良高校を中退した。そして今、ここにいる。



《現在》

「ゆゆー、楽器畳んで!」

「うん。りょ!」

ゆなの指示に優月が粛々と動く。箏馬も優月から指示を仰ぎながら楽器を片付けている。

咲慧はゆなと天龍の使う和太鼓を運んでいた。

「ホントありがとね」

指導者らしき男性の言葉に、咲慧は「いえ!」と笑顔を振り撒いた。

「うまかったよ!ふたりとも」

「あ、嬉しいです!」

咲慧はニコニコと笑いながら接していたが、ゆなは「当たり前です」と小さな声で言った。

「…でも疲れたね?」

「うん。疲れた。だから着替えない」

今、ゆなは赤いTシャツを着ている。これは去年の部員おそろいのTシャツだ。

その可愛らしいデザイン。咲慧が初めて見たのは、定期演奏会の時だった。



《半年前》

『みなさん、定期演奏会にお越しいただきありがとうございます!』

当時部長だった雨久がマイクで観客に声を掛ける。その美しい表情はライトに当たって煌めいていた。

咲慧はその定期演奏会に来ていた。

『わぁ…』

その時、ひとりの奏者が目に入る。

タンバリンを天に向けて、ぱん!と片手でリズムを刻む少年、小倉優月だ。

『…あの子、楽しそう』

咲慧はふとそう思った。今まで咲慧は、本気で楽しんだことは無かったから羨ましく思えた。

そして見ている側を楽しさの海に引きずるかのようなパフォーマンスに咲慧は惹かれた。  


舞台が終わり、部員たちの中から優月を探そうとした。するとあっさりにも彼はいた。

『あ、』

しかしもう1人のホルンの男の子と、女の子2人と仲良さそうに話していた。するとホルンの男の子がこちらの方へ歩み寄ってくる。

『あの…』

咲慧は、男の子に話しかける。

『えっ…、あ、はい?』

男の子はぎこちない様子だった。ちなみにその少年が小林想大だ。

遠くでは、『茂華中学生でも通用してたのにー!』と女の子の声がうっすらと聞こえてきた。可愛らしい声だな、と思いながらも咲慧は口を開く。

『あの、緑の服の子と知り合いですか?』

『えっ、友達ですけど、だ、誰ですか?』

しかし当然怪しまれる。

『あ、いや、何でもないです。失礼しました』

結局、咲慧は優月に話しかけたかったが、想大の不審げな視線に耐えきれず、ゆなにも会わずに会場を後にした。


だが半年後、優月と出会うことができた。

『…あれ?キミ』

優月の声に咲慧は振り返った。

『…小倉優月君だったかな?』

『う、うん。えっと、誰から聞いたんですか?』

彼は恐る恐る聞いていた。

『えっ?クラスメートがそう言ってたよ』

『ク、クラスメート?』

すると優月の表情が少し変わる。咲慧はそんな彼へ自己紹介をする。

『私は、冬馬中学校出身の加藤(かとう)咲慧(さえ)っていうの』

彼女はくすりと可愛らしく笑ってみせた。

「かとう…さえ…」

優月にとっては初めて聞く名前だった。

『私、元和太鼓部だったの。それでさ、鳳月ゆなって子、知ってる?』

『う、うん。てか、僕と同じ打楽器パート…』

『え?キミ、打楽器だったんだ!』

彼の言葉に彼女は初耳そうにそう言った。まさか彼だったのか。

『私、アルトサックス吹くの好きでさ、もしかしたら吹奏楽部に入るかもしれないの。だから、その時は宜しくね。優月くん』

『う、うん…』

優月は小さく頷いていた。




《現在》

「優月くんに、あなたの過去話したら?」

咲慧が訊ねる。するとゆなは一瞬黙り込んだ後、こう言った。

「私もさっき、同じこと思った」

そして咲慧の方を振り向く。

「…そうする」

いよいよ今日の最後、ゆなの過去が明かされるのだ。

         【続く】

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