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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
渦巻く鳳月ゆなの過去 東藤町盆踊り大会編
142/208

71話 アンコール 

東藤高校の演奏が終わろうとした時だった。誰かが、

『アンコール!アンコール!』

と声を上げてきた。

その人物の正体を優月は知ってる。

(…安本さん)

その人物の名を優月は心の中で呼ぶ。


安本とは井土と知り合いの男性だ。今日、出店しているお好み焼き店の店長で、わざわざ見に来てくれたのだ。

そういえば演奏中、どこか不遜な顔をしていたな、と記憶のどこかに残っていた。


すると、井土がこちらを向く。そしてこう言った。

「もう1回やりましょう」

その言葉に一同は凍りついた。

「え、今やるの?」

ゆなが小さな声で言う。しかし渋々状況を理解したのか、ドラムスティックを構える。

(これ、正気(マジ)だな…)

優月もそう悟り、スレイベルを構えた。


色は匂えどいつか散りぬるを…♪

トランペットの音が再び響く。その音が夕日のように静まると、太陽の光が闇を照らすような勢いで音が響く。ドラムの細かいリズムに様々な管楽器の音。優月は音に合わせてスレイベルを振る。天に向けて鳴らすその音はよく響いた。特にミスもなく3間奏へと進む。

優月はタンバリンを一定のリズムで打つ。みるみるうちに音は高まる。優月はパーカッションスティックを構えてチャイナシンバルへと狙いを定める。そして音が跳ね上がる瞬間、チャイナシンバルを一振り。かぁん!!と空気も切り裂く音が華やかに響いた。そしてスレイベルを再び構えると観客の前に出る。先ほどよりも前にステージに立つ。そこは管楽器奏者との誰とも重ならないところだ。

これはつい先ほど井土に指示されたものだ。パーカッションはとにかく目立つ、が彼の信条らしいので優月はその通り、目立つことにした。彼は音の切れ目に合わせてスレイベルを大きく振る。

最後の一音、スレイベルを高らかに掲げ大きく振る。しゃらららら…と涼やかな音が夜色の空へと響いた。

無事に終わった。無事にセンターで演奏し終えることができた。



「はい、準備〜」

その時、井土が柔らかい声で部員に言う。

(あ、そっか)

これで終わりかと思っていたが、そんな事はない。今から天龍と合同演奏なのだ。


和太鼓がステージの大半を覆い、管楽器隊はステージ前に立つ。

そして何度か通し練習と出だしを練習する。

『吹奏楽部さんがメインだから、あんまり大きな音出さないように』

天龍の指導者らしき人がそう言っているのが聞こえる。やはり和太鼓も大変なんだな、なんて優月は思った。

そして紅い法被を着た数人の大人がステージへと歩き出す。絶対に音量ヤバいことになりそう、と心配していたが、大丈夫だろう。


「きゃー、ゆなっ子と本番で和太鼓叩くなんていつ振りだろう?」

咲慧は思い切りはしゃいでいる。

「…中3の文化祭以来でしょ」

しかし、ゆなはバッサリと切り捨てるかのようにそう言った。 

「緊張しないの?」

ゆなが訊ねると、咲慧は、

「楽しみ!」

と目を煌めかせる。中学時代とは大きく変わったなぁ、と思いながらゆなはバチを構えた。


『それでは、東藤高校と天龍で「夏祭り」です!』

司会が終わると同時に、井土の指揮で音楽が始まる。

次の瞬間、トランペットの柔らかな音がベルから飛び出す。よく知るイントロが再び夕方の空気を突き抜ける。リハとは違う本気の演奏。音が静かに沈むと、スネアドラムの音が空気を切り裂く。そこに続く和太鼓の音。優月は後戻り出来ないこの状況に、冷や汗を流しながら必死にリズムを刻んでいく。それからハイハットシンバルのオープンクローズ。先程のリハーサル同様、テンポズレを起こさないように意識する。それにしても和太鼓の真隣だからか、野太い音が耳を突き抜ける。

(本当に手加減してんのかな?これ…)

ゆなと咲慧は殆ど小振りで打っているので良いのだが、取り敢えず大人の演奏の方がうるさいと感じた。

殆ど力加減を小さくして打っているからだろうか?殆ど自分のドラムの音が聴こえなかった。見失いそうになるリズムを必死に頭の中で追い続ける。

ここで集中できたら楽だろうな、なんて思い始めたその時、

頭の中で何かが弾けたような音がした。

「…こうなったら成功だな」

集中力がみるみる高まっていく。優月は自分が集中し始めたことにさえ気づいていない。

途端、音が大きくなった。先程とは違う熱の籠もった大きな音。辺りの管楽器の音も大きくなったような気がした。

集中した優月は、一定のテンポと音量でリズムを刻んでいく。少し前横では茉莉沙がトロンボーンのスライドを引いていた。恐らく今刻んでいるリズムと周りの演奏は完全に合致している。

それから瞬発力が弾けたようにスティックを振る。白い皮が弾けるように鳴り響いた。

2番に入ると、和太鼓の音は少し小さくなる。ここは管楽器がメインだからだ。初芽と心音のフルートがハッキリと響く。心音の音色は少し硬いが、初芽は柔らかい音色を辺りに浴びせていた。そこにオーボエが裏メロを取っている。優月もハイハットからロータムへの連打も完璧に打つ。本能のままに動いたその演奏は途切れることなく刻まれた。すると和太鼓の音がズンズンと大きくなっていく。そこに便乗するようにトランペットが力強く吠える。そして吹き切ると、ビブラフォンの音だけが辺りを包んだ。箏馬はぎこちない動きながらも、ソロを完全にやり切ってみせた。

そして最後に連打の嵐が浴びせられると、辺りは一瞬で静まり返る。シンバルと和太鼓の残響だけが辺りに残った。


「よく頑張ったほうだよ、みんな」

優月はそう言って辺りを見回した。その言葉は自分の技術を過信しているかのようだった。

その時、ほのかがこちらを向く。

しかし彼はその視線に気づくことなく、スティックを右手で束ね、先端を左手の中で転がし全長を合わせる。整ったスティックを左手に預け腰へと回した。

『!?』

その動きにほのかが反応した。

優月が片付けに動こうとしたその時だった。

『アンコール!アンコール!』

再び声が掛かった。その声にビックリした優月は我に返る。

「えっ?」

その時、優月の司会が色鮮やかな世界に戻る。

「…って、僕、片付ける気でいたんだ」

優月の集中はまるで泡沫のようだ。集中した時の記憶がすぐに失われてしまう。

「…もう1回、アンコールに応えますか?」

その時、井土がそう言ってきた。優月は、まぁいいや、と思いながら再びスティックを両手に構える。それと同時に皆も楽器を構えた。


咲慧もゆなの方を見ながらバチを構える。

「面倒くさぁ」

「いいじゃん。別に裏切られるものなんてないし」

その言葉にゆなの表情が一瞬変わった。

「そうだけど…」

「じゃあ、やろう」

「はぁ、全く」

ゆなは咲慧と同じようにバチを構える。


ゆなっ子とバチを構えるのはいつ振りだろう?

確か…。

         【続く】

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