70話 夏夜に響くメロディー
第1曲目が始まる。Mrs.GreenAppleのStaRtだ。
ゆなの打つフロアタムの音が空気をびりびりと震わせる。それと同時にぱん!と弾けるように管楽器の音が響く。爽やかなメロディーが夏の空いっぱいに響く。
《やーっとこさ幕開けだ!ほら寄ってたかってお手を拝借》
歌詞を頭の中で反芻しながら、むつみと初芽が手を前に出す。ぱんぱん!と手拍子が響く。
しばらくすると、周りの観客も手拍子をしてくれる。ドン!とサビ前で一瞬沈黙が訪れるが、次の瞬間には賑やかなサビのメロディーが響いた。
《ぱっ!ぱっ!ぱっ!晴れた町に…》
管楽器のタンキングに合わせ、優月はスプラッシュシンバルを打つ。外だとよく響く。
爽やかな音楽はあっという間に間奏へ飛ぶ。
『皆さん、間奏でご唱和ください!』
指揮に回っていた井土が言う。すると優月と箏馬、そして楽器から手が空いている茉莉沙が片手を天に挙げる。
『うぉ、お、お、お、おー♪ハイ!』
茉莉沙と優月の声が主なものだった。すると数人の子供と法被を着た大人たちは唱和してくれた。
取り敢えず、空振りでなかったことは安心した。優月は再びパーカッションスティックを構える。
《 I Can You Can We Canって♪》
ここはリズムに合わせて2枚のスプラッシュシンバルを叩く。それからミスは特になく、1曲目は無事に終わった。原曲をスピーカーから僅かに出しているので、ミスがあったとしても気付きにくいのだろうが。
次に優月はドラムを使う。『炎』だ。サックスとフルートの優しいイントロが響く。ゆなの打つグロッケンが規則よく響く。チャイムの役割だ。
トランペットとフルートの音がより大きく響く。ここは各パートソロがある。
優月はスネア、ロータム、フロアタムを一発ずつ打つ。ここは本番前何度も練習した所だ。それからはエイトビートにバスドラを1拍2拍に刻む。井土のプログラムした原曲には、ベースやバイオリンなど、普段は聴かない楽器の音が含まれている。より非日常感が漂う。
サビは最も盛り上がる場面だ。優月はタムタムを正確に打ち込む。すると管楽器の音が後から付いてくるように響く。トランペットの大きな音が響く。主に氷空のものだろう。
2番目に入り、優月はスネアの縁にスティックを押し当てる。バスドラを刻みスティックを押し当てる。より穏やかな曲調が強調される。それからは、初芽のフルートソロ、悠良之介のユーフォニアムソロ、茉莉沙のトロンボーンソロ、むつみのオーボエソロだ。スピーカーからも音は放たれる。そのメロディーは会場いっぱいに響く。
やはり皆が知っている映画の主題歌だからか、訪れた子供は足を止めてこちらを見ていた。
ドドン!ドン!ドドドド…!
井土の手が振られた瞬間、優月はスネアドラムとフロアタムを同時に振る。先程までの間奏の穏やかな寂しいメロディーからは一変、勇敢な音調へと豹変する。それに呼応して楽器も増える。ここまで来れば、あとは基礎打ちを繰り返すようなものだ。もう2曲目が終わってしまうのだ。1カ月はこの曲を練習していたので、大きなミスはなく終えることができた。
箏馬のウインドチャイムが優しく曲の終わりを教えてくれる。楽器が次々へと下ろされる。
すると浴衣に身を包んだむつみがマイクを手に前に出る。
『みなさん、こんにちは!東藤高校吹奏楽部です!今日は東藤町盆踊り大会にお越しいただきありがとうございます!』
むつみはそう言って深く礼をする。
『先程までの曲は、『StaRt』そして『炎』でした。楽しんでいただけたでしょうか?』
さて!むつみの声がスピーカー越しにも響く。
『私たち東藤高校吹奏楽部は、3年生4名、2年生7名、1年生7名の18名で活動しています!人数は少ないですが、流行りのポップスを中心に演奏しています!さて、次の曲の準備が整ったようなので行ってみましょう!』
むつみの真紅の瞳が捉えた先は、ギターを構える井土だった。
『次の曲は、「ミックスナッツ」です!手拍子で楽しんで下さい!』
すると優月がスネアとシンバルを叩く。それと同時にギターの音が弾ける。すると必然的に手拍子が起こった。
ハイハットを一定のリズムで打ちながら周りを見る。段々人も増えてきた。周りの光景に浸る間もなく乱打する。ジャンジャカジャンカ!皮が震え鳴き声のような音が響く。練習に比べれば上出来だ。颯佚がサックスを吹き鳴らす。彼の演奏は強豪でもお墨付きの実力だ。あっという間に会場を白熱させる。複雑なパッセージも捌いていく。この曲は難しいからと集中的に練習した。その成果が演奏に滲み出る。
サビへ続く速いリズム。優月はそれを必死に打つ。速いシャッフルは優月も克服している。あとはテンポがズレないように意識するだけだ。
その時、優月の目にあるものが飛び込む。
(あ、)
突然現れたハイハットの連打。バツ印の上に丸と十字線が書かれている。意識し過ぎて忘れてしまっていた…。
優月は必死に身を捻り、スティックを振る。左足を必死に動かすが、ハイハットはあらぬ場面で跳ねてしまった。
……失敗だ。
一瞬、こちらに視線が集まったような気がしたが、ミスを悔やめるほどこの曲は簡単ではない。
一度ミスしてしまった自分に出来ることは、ただ無事に演奏を終えることだけだ。
そう考えながらタムタムを連打する。
そしてサビに入る。優月はシャッフルを続ける。パンッ!とスネアの弾ける音が響く。再びスネアを乱打する。それから、ロータム、ハイタムそしてバスドラをドンッ!と踏みつける。
2番はミスれない。優月は楽譜だけを凝視してドラムを演奏する。自責の念が自分を襲うが、そんなものに構っていられない。
簡略化された楽譜を必死に捌く。そしてここは、颯佚と咲慧のソロだ。そして再びハイハット地帯へ入る。優月は必死にスティックを振りかぶる。意識したその演奏は先程より上手く行った。ここまで行けば、あとは同じ繰り返しだ。
傍ら、茉莉沙のトロンボーンソロが響く。やはりミスは無く、完璧に吹ききっていた。凄いなぁ、と優月は思った。
気付けば曲は終わっていた。拍手の音だけが辺りを包む。少しミスをしてしまったが、定期演奏会までには克服しなければ。
そう思っていると、最後の曲へと突入した。
『最後は、色は匂えど散りぬるを!皆さん手拍子で楽しんで下さい!』
茉莉沙が言う。すると氷空と孔愛がトランペットを吹く。華やかなイントロがベルから飛び出す。その中にむつみのオーボエ。経験と努力が裏打ちされている。
そして優月はマレットをサスペンドシンバルへ振る。神々しい音が辺りへ響き渡る。
その音を掻き消すように、シンバルの音がぱぁん!と弾ける。ハイハットの複雑なリズムを叩き切るゆなは明らかに実力者だ。
クラリネットの音が響く。少し切れ目がありながらも、伸び伸びとした演奏を見せる。優月は再びシンバルをパーカッションスティックで叩く。先程とは違い歯切れのある音から、サビへ続くメロディーが始まる。茉莉沙と美鈴のトロンボーンが主にメインのメロディーは、やがてソロに入る。
《心躍らせるばかり…ばかり…》
そしてサビに入った。勇敢な感情に含まれた優しいメロディーが辺りへ響き渡る。優月は直前の打ち合わせ通りに、管楽器隊の前に立つとスレイベルを構える。
そして間奏に入る。それと同時に優月は天へスレイベルを向け、しゃん!と振る。
小節の切れ目に鳴らすスレイベルは綺麗に響いた。
あっ、と言う間に3サビだ。
音が跳ね上がり、再び勇ましいメロディーが放たれる。茉莉沙のトロンボーンのスライドが跳ねる。彼女のトロンボーンはより一層大きく響いた。優月はスレイベルを観客たちへ向け大きく振る。すると小さな拍手が鳴り響いた。
掃けようとしたその時だった。
『アンコール!アンコール!』
誰かがこちらへ声援を向けてくる。
【次回へ続く】




