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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
渦巻く鳳月ゆなの過去 東藤町盆踊り大会編
140/208

69話 盆踊り大会へ!

車のブレーキの音、クラクションの音、車の排気音が、背後の道路から聴こえてくる。

車通りの多い場所の近くに墓地はあった。

「玖衣華、また来たよ」

彼女は彼岸花を墓石へ手向ける。

「あっちでも元気にしてる?」

そして墓石へ語りかけた。しかし沈黙が返ってくるばかりで声など聞こえるはずもなかった。

「…今夜、盆踊り大会に行くの。本当に面倒臭いなぁ」

そう言いながら、彼女はゆっくりと腰を上げる。すっかり自身の身長は墓石よりも大きくなってしまった、と思いながらゆなは墓石へ笑い掛ける。

「頼りなかった姉でごめんな」

真っ黒な瞳がぷるぷると震える。

「じゃあ、部活に行ってくるね。最近は暑いから昼間は行けないんだよ。じゃあバイチャ」

ゆなはそう言って『詩島玖衣華』の墓から踵を返して学校へと向かった。

時間は8時55分。また遅刻だが仕方ない。


「ゆな、行きまーす」

ゆなは自転車に乗りながら学校へと走り出す。玖衣華という少女の墓は東藤町にある。ここから東藤高校までは20分ほど掛かる。

ペダルを漕ぎ続けていると、東藤町民運動場が見える。朝だというのに櫓台の組み立てが始まっていた。

『こっちだー!』

『違ぇよ!』

『そうそうー。そこに置いといて』

大人たちの指示の声がこちらまで聴こえてくる。

駐車場のトラックには和太鼓が積まれていた。何だか中学時代を思い出すな、と思いながらゆなは信号を一瞥する。その黒い前髪が視界を一瞬遮る。

「ここの信号遅いなぁ」

ゆなはそう吐き捨て少し眠そうに欠伸をする。その瞬間、信号の色が赤から青へ変わる。

「うっ、タイミング悪ッ!」

ゆなは自身の悪運に思わず苦笑が溢れた。

そして東藤高校へと自転車を走らせる。途中、数人の中学生とすれ違うが、恐らくは東藤中学校の生徒だろう。ゆなは興味を示さず横断歩道を渡る。そして緩やかな坂道を走る。全速力で飛ばせば少し息切れするくらいだが、ゆなはゆっくりと漕ぎ続ける。別に急ぐ必要はないから。そう思っていたが、頭の中に先ほど見たホーム画面が(よぎ)る。

「あ、もう9時過ぎだ。今日は寝坊じゃないから遅れの連絡入れてるし大丈夫だ」

恐らく、茉莉沙が井土に伝達しているだろう。彼女は優秀だから。

暫く走らせていると、うっすらと見覚えのある校舎が見えてくる。田圃(たんぼ)の先にそびえ立つ校舎。そこが東藤高校だ。

ゆなは更にスピードを上げながら、緩やかな下りを走る。髪が少し眉を掠める。邪魔だな、と思いながらもゆなは下り続ける。

しばらく走っていれば、河川に掛かる橋が見える。深く黒い波が躍るように揺らめいている。

「川、海…」

何となく川なのに海を連想してしまう彼女。それは海にまつわる記憶が色濃く頭へこびり付いているから。

すると歩行者の男性とすれ違う。少し怪しく見えてしまう黒ずくめの格好。カラスのようだった。黙ってすれ違い、坂を上りながらゆなは、

(今日は悪い日だな)

と何となく心のなかで思った。それは海と黒ずくめの男に既視感があったからだ。

(…玖衣華)

次に出した名前は、先ほど墓参りで花を手向けた相手の名前だ。

その時、一匹の鳥がゆなの頭上で羽ばたき、自由な空へと駆けていく。

鳥のようにどこにでも楽に行けたら良いのに、と思いながらゆなは学校前の坂道を駆け上る。

やっとの思いで学校に到着した。

土曜日だからか、教室や職員室には誰もいなかった。陽の光だけがガラスを貫く。ゆなは黒い靴を下駄箱に入れると、黙って音楽室へと歩みだした。校舎内にコンコンとシューズが擦れる音だけが響いたが、その音は徐々に静まっていった。



音楽室に着くと案の定、部活は始まっていた。

「…はぁー」

墓参りから学校に直行した彼女は、少し自分の体が疲労で重くなったような気がした。

そこへ咲慧が手を降ってきた。

「ゆなっ子!」

「あ、やっと来た!」

むつみも小さく睨見つける。ゆなは全く動じる気配もなくドラムへ直行。

「あ、鳳月さん来ましたね!練習して下さい」

すると井土がそう言った。優月も既に練習を始めていた。ゆなはドラムスティックを両手に構え、クロスのポーズを取る。

「分かってる」

本番の日くらい練習しなければ怒られる、と分かっている彼女は練習を始めた。

早いリズム、ハイハットのオープンクローズ、細かいロール、バスドラの高速連打。朝だというのに彼女の演奏は絶好調だった。

優月も突然の爆音に彼女を見ながらも、呼応するようにドラムを打ち始めた。

ゆなは流水のように楽器を操っていた。その能力はどれも飛び抜けていた。改めて見れば、手首の使いこなしが神域だ。流石、慢心できるだけの実力者だ。

パーカッションパート、特にドラムは演奏でかなり目立つ。だから2人は集中的に練習した。



空はうるさいくらいに青い。台風すら来ない地域なので花火も無事に行われるだろう。

東藤町盆踊り大会。東藤町運動公園にて行なわれる盆踊り祭りだ。櫓台の周りで盆踊りをするというもので、そのイベントに東藤高校が呼ばれたのだ。屋台もあるようで最後は小規模ながらも花火大会も行なわれるらしい。

祭りの閉会は8時なので、学校へ帰り楽器の片付けも含んで9時近くに解散となる。

演奏してからは自由時間なので、部員一同楽しみにしている。

これが物語を激動させるとも知らずに…。


しばらく個人練習をすると、最後の通し練習が行われた。

「…では、5曲連続通し合奏します」

井土の一言で部活が始まった。それぞれが楽器を構える。

何度も通し合奏をすれば、時計は2時を回っていた。盆踊り大会は4時30分から。5時には本番が始まる。

優月はラインで送られた盆踊り大会の日程を凝視する。

可愛らしい兎が踊るイラストの下に、スケジュールと文字が印刷されている。

[4時30分〜4時40分 開会式]

[4時45分〜4時55分 天龍(子供の部)]

[5時〜5時20分 東藤高校吹奏楽部]

その文字を見て優月は小さく息を吐く。本番まであと3時間しかないのだ。

『はい、運びますよー』

その時、顧問が指示をする。この後は楽器の運搬作業があるのだ。

「あー、面倒くさいー」

ゆなは渋々と動き出した。動きは他の部員に比べて遅いのだが、働き方は優秀だ。

「鳳月さん、何をすれば良い?」

優月が訊くと、ゆなはこちらへ真っ黒な瞳を向ける。

「譜…」

その時、箏馬を見たゆなの目の色が変わる。

「あいつ、分かってんじゃん」

「えっ?」

優月も彼の方へ視線を向ける。そこには譜面台を畳む箏馬の姿があった。

「…本当だ」

優月も少し感心した。

「ああやって、面倒くさいこと全部やってくれたら良いんだけどねー」

ゆなはそう言いながら、楽器の脚を解体し始めた。

「何でそんなに鳳月さんは面倒くさがりなの?」

つい気になって優月は訊ねる。

「…簡単じゃん。手間かける方が馬鹿だもん」

「そんなこと…」

「そんなの物事だって、人だってそうでしょ?手間を掛けて良いことなんて1つも無いの」

ゆなの声はいつもより低く響いた。

「私、お前みたいに良いキャラばっかりの環境にいたわけじゃないし」

その声に含まれていたのは、まるで嫉妬と怨恨そして後悔など悪い意味を掛け合わせたかのようなものだった。

「…何があったの?」

優月が訊ねると、ゆなは『別に』と小さな声で言う。あの雨の日のことを思い出してしまうから。


その後、無事に楽器の運搬を終えた優月たちは、会場の東藤町運動公園へと向かった。


『本来アウトですからね』

井土が苦笑混じりに言う。ここは車内だ。

「はーい、すみません…」

井土が運転する車の中に優月はいた。

「…他の先生には秘密ですよ」

優月の家族は昼下がりに迎えには行けなかった。部員の車に当初は乗せてもらうつもりだったが、運悪く乗せてもらうことができなかったのだ。炎天下の中、歩かせるのも可哀想ということで井土に乗せてもらったのだ。

「はい」

優月は申し訳無さそうに返事をする。彼の車内には音楽がついていた。月に叢雲華に風、自分のよく知る大好きな曲から変わる。

「ゆゆ、ハイハットの部分は無理しなくて大丈夫ですよ」

その時、井土がそう言った。

「は、はい」

恐らくミックスナッツのことだろう。中間にあるハイハットの複雑なリズムは経験者でさえ困難を極める。

「あそこは難しいからね」

優月はこくりと頷いた。 

「今回は、私の打ち込んだ原曲があるので無理はしないで下さい。定期演奏会までに出来れば良いですから」

優月は「分かりました!」と言う。恐らく、ゆななら簡単にやってのけてしまうだろう。それくらい彼女の実力は凄い。 


「…それにしても、この学校に来てから私は随分と甘くなりましたね…」

その時、彼がそう言った。

「えっ、と…、どういうことですか?」

沈黙が苦手な優月は話しを繋げようと、思わず問いを投げ掛けてしまう。

「…いや、私はあの高校に来て、もう6年目ですが、最初はもっと厳しかったんですよね」

え、と優月は耳を疑った。絶対にそれは無いかと思っていた。優月の中で彼の理想像がガラガラと音を立てて崩れていく。

「…そ、そうなんですか?」

「はい。来た当初は毎日怒ってばかりでした。出来ない子には休日返上で練習に来させたり…」

今の彼からは考えられなかった。

「あ、みんなには内緒ですよ。鳳ちゃんにバレたら何と言われるかあ…」

「ほ、鳳月さん…、分かりましたぁ」

優月は苦笑で誤魔化した。まさか彼がそんな人間だっただなんて。


バン!車のドアを閉める。

「ありがとうございました」

優月が礼を言うと、井土は手招きをする。

「このギターをテントまで運んで下さい」

「あ、はい!」

重いギターは彼の物だ。どうやら数十万円する物だったらしい。

「では、私は主催者さんと話してくるので、部員たちと待っていて下さい。あと久遠はいないので心配なく」

「あ、えっ?」

優月は小さく首を傾げた。忘れてたのかい!と言わんばかりに井土が苦笑する。

「彼、天龍でしょう?演奏があるので本番までは来ないの」

「あー、そうでしたね…!」

優月はようやく思い出し「ありがとうございました!」とお礼を言って、テントのあるグラウンドまで歩き出した。


(ゆゆったら…)

彼の後ろ姿が自分と重なったような気がした。



会場は大きなグラウンドだ。真ん中には櫓台がありお手本のように太鼓が鎮座している。誰が叩くんだろう?なんて思いながら優月は3年生のいるテントへ歩いた。それまでに様々な屋台の香ばしい匂いとすれ違った。

真っ白なテントの下には『東藤高校吹奏楽部様』と紙が張り付けられていた。

「…お疲れ様です」

優月はギターを机上に置くと、茉莉沙はこちらを見る。

「あ、お疲れ様です」

茉莉沙も遅れて返す。彼女は年下でも敬語を使う性格をしている。それから茉莉沙はスマホを慌ただしく動かし始めた。恐らく、井土と分からない部分で連絡を取り合っているのだろう。

「…優月くん」

その時、背後から誰かが話しかけてきた。

「あ、咲慧ちゃん」

そこにいたのは、鳳月ゆなと申し訳無さそうにする咲慧だった。

「ごめんね。乗せてあげられなくて…」

咲慧はとても申し訳無さそうだった。

「あ、いや、大丈夫。こっちこそゴメンね」

優月も呼応するように謝り返した。

「本番、頑張ろう!」

咲慧がそう言うと優月も「うん!」と頷いた。

それをゆなはつまらなさそうに見ていた。


そのうち、全員が集まった。打楽器の組み立てを舞台裏で始めていると、天龍の演奏が始まった。どん!どどん!かっかっ!どんどど!

締太鼓に乗っかかるように他の太鼓の音が色鮮やかに響く。

「下手くそ」

ゆなはそう言って組み立てたドラムセットやパーカッションセットを調整する。

「ハハハハハ…」

優月は苦笑しながら譜面台を立てた。

子供の演奏だからか、音に対する深みもあまり無い。

「鳳月さんって、どうして和太鼓部に入ってたの?」

優月が訊ねると、ゆなはこちらを見る。

「どうしてって、面倒くさかったから」

「そうなんだ」

これだけで納得してしまう自分がいた。

「そうだ、お前は邪魔だから、天龍んとこ見に行ったら?久遠いるし」

「あ、うん」

ゆなの言い方はツンツンしている。優月はそれを真に受けながらも、ステージの方へと歩き出した。



「…ここに瑠璃ちゃんがいたんだ」

子供たちが必死そうに和太鼓を叩いているのを見ながら、優月は彼女のことを想像する。

古叢井瑠璃。茂華中学生吹奏楽部の打楽器パートリーダーだ。そんな彼女も引っ越す前に天龍に所属していたらしい。

『誰も喋ってくれないからもう1曲叩こっと』

ただ彼女は孤独に飢えていたらしいが。


優月はトコトコと屋台を見て歩くことにした。戻るかも考えたが、楽器の準備は殆ど終わったし戻ってもゆなのゲームの邪魔をするだけかな、と思ったので屋台を見て歩いてる。

「…あ、井土先生!」

その時、井土とほのかと諸越の姿を見つけた。

優月は思わず3人の所へ向かった。


「あ、小倉先輩」

最初に気づいたのは諸越冬一だった。

「何してるの?」

口当たりのいい言葉が思い浮かばず、優月はこう言ってしまった。

「あー、屋台の人と話してたんです」

確かに見れば、井土と屋台の店長が話している。

「…ここ、お好み焼き屋さんなんだ」

確かに香ばしい匂いがする。

「へぇ!この子たちも吹奏楽部さん?」

すると店長の男性が話しかけてきた。

「あ、はい!」

優月が1番に返事をする。

「はい」

「そうです」

続けて諸越とほのかも言う。

「何の楽器やってんだい?」

「打楽器です」

「クラリネットです」

「私もクラリネットです」

すると店長は何度も頷いた。

「そうかそうか!頑張れ!」

『はい!』

その時、優月はほのかの方を見る。少し顔色が悪そうだ。

「…先生、この方は?」

つい気になった優月が訊ねると、井土は店長を手のひらで示す。

「ああ、お好み焼き店の店長、安本さん。ちなみに私がいたギターサークルの先輩です」

「そうなんですね」

確かに、井土と歳はかけ離れていないように見える。

「ちなみに、毎年定期演奏会に来てくれてるんです」

「そりやぁ、東藤高校の定期演奏会は曲が多いし、見てて元気が出るからねぇ」

店長の安本はそう言って朗らかな笑みを見せる。

「…じゃあ、井土さん頑張れ!」

「はい」

井土も嬉しそうに返事をした。

彼も人望が厚いのだな、と優月は思った。

「俺、聴きに行くからな!」

「えっ、お店は…?」

諸越が心配するように言うと、

「女房に任せるから大丈夫!」

と言った。

何とも言えなくて、諸越と隣りにいた優月は笑うしかなかった。


4時50分。そろそろ準備の時間だ。

優月は再びゆなと合流する。

「じゃあ、まずドラムからね」

「うん」

天龍が終わったら楽器をステージまで運ぶ。

そして演奏が終わった。


「よし…!」

優月はサスペンドシンバルを両手にステージへと歩き出した。

茉莉沙たち管楽器隊もチューニングを始めている。その後、箏馬、孔馬、日心も合流する。

いよいよ時が来た。


井土が前に立つと、部長の茉莉沙がマイクを手にする。

『皆さん、こんにちは。東藤高校吹奏楽部です。では早速1曲目、いってみましょう!』

曲は前置きもなく始まった。

       【次回へ続く】

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