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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
渦巻く鳳月ゆなの過去 東藤町盆踊り大会編
139/209

68話 夏休みの午後

一般的な中学校や高校がコンクールに勤しむ中、コンクールには出ない東藤高校は違った。

「ゆゆ、さっきのタム回しもう一度!」

「はい」

白い紙に引かれた五線譜。そこを埋め尽くす音符たち。

優月は楽譜を凝視しながらタムタムを叩く。やはりドラムは少し難しい。

「うーん、大丈夫ですか?」

井土は少し心配そうにこちらを見てくる。他の部員からも心配の視線が集中する。

(あぁ、これじゃあ、自分完全にお荷物じゃん)

優月は恥ずかしかった。メンタルが視線という名のヤスリで削られるのを感じた。

最近は基礎練習しかしていなかったのが裏目に出た。複雑なタム回しなどを避けていたのだ。

「ゆっくりやって下さい。落ち着いて」

焦る優月に井土が声を上げる。再び深呼吸した彼は再びタムを打つ。模範的な演奏だったのか、井土が何度も頷いた。

「もう一度!」

それから3回は確認するかのように打たされた。

「あとはタイミングですね。しっかりと練習して下さいね」

井土にそう注意された優月は「ハイ」と気まずそうに返事をした。

すると今度は管楽器隊の指導に入った。優月はふと同じパートの2人を見る。箏馬はいつもどおり壁によって瞑想している。ゆなはスマホを静かに動かしていた。合奏中はスマホを使わない約束のはずだが間違いなく彼女は忘れているだろう。

ちなみに、ゆなは敢えて音楽室の最奥でスマホを弄っているので誰も気づくわけがなかった。ゆなはいい意味でも悪い意味でも要領が良い。

(僕もあれくらいなぁ…)

やはり要領の良い人間は羨ましいな、優月はふと思ってしまった。


その時、『はい!次の曲いきまっす!』と井土から指示が飛んできた。どうやらゆなのゲームタイムもここで終わりのようだ。

「はぁー」

ゆなの少し苛つきの混じる声とすれ違う。

「よいしょ…」

椅子に座るゆなはスティックを構える。

『じゃあ、セトリの4いきます』

部員は次々と楽器を構える。彼の手が振られるとトランペットの音が響いた。華やかな曲の輪郭を丁寧になぞるように吹き進む。トランペットの音が落ちる頃、優月はマレットでサスペンドシンバルを打つ。ポワァァ…と神々しい音が響くと同時、ドラムのシンバルが打たれる。その音から管楽器隊のメロディーが放たれる。

曲は徐々に舞い上がり、リズムも少しずつ複雑になる。

「うん、少し気になるのが、オーボエとフルートは別の動きをしてることかな」

初芽と心音、そしてオーボエのむつみを見つめた。

「…ここも少しー」

そうしてまた指導に入ったのだった。



部活後、むつみが初芽の肩を叩く。

「結羽香、家来るでしょ?」

「うん、もう行こうかな?」

「うん、一緒に行こ」

初芽とむつみは早めに帰って行った。茉莉沙はそれを意に介さずトロンボーンを吹き続けていた。


「なんだ、茉莉沙は来てないのかー」

何かを茹でながらむつみは残念そうに言う。

「この後は友達と約束があるんだって」

初芽も残念そうに言う。

「…それって、音乃葉ちゃん?」

「多分ね」

するとむつみは茹でた白い糸のような面をザルへ移す。作り慣れているのか工程が早い。

「…冷や麦、食べる?」

「えっ、いいの?」

「うん。ご飯、食べてないでしょ?」

「うん。食べてない」

「じゃー、食え食え♪」

そうして2人は一緒に昼食を取ることにした。つるっとした感覚が舌を撫でる。

しかし、むつみは何故か麺を見ると思い出す。

「ねぇ、結羽香、ゆなのことなんだけど…」

「えっ?ゆなちゃんのこと?」

「うん、この前ブチ切らせちゃってさ」

その言葉に初芽は思わず苦笑した。

「えっ?どうして?」

「…元彼の話しで、どういう人?って聞いたら…ね」

「ふぅん。ゆなちゃんの彼氏ねぇ。確かに変わり者を好きになる人も、もっと変わってそうだし」

初芽もどうやらゆなの彼氏はタダの人では無いと思っているようだ。類は友を呼ぶ、という感じに。


「はぁ、余ったな。作りすぎちゃったかぁ」

むつみは、まだまだ余った冷や麦を見つめる。半分以下も残っている。

「…はぁ、4人分は多すぎたかぁ」

「多いよ」

初芽が苦笑した。どうしよう?と考えていると、むつみが自然な仕草でスマホを取り出す。

「残すわけにはいかないから、アイツ呼ぶかぁ」

「…え、誰?」

「私の近所。驚くなよ」

むつみはそう言って、とある相手に電話を掛けた。



その頃、そんなゆなは家のベッドで寝ていた。部活中からずっとひどい眠気がしたので今日ばかりは家に帰って寝ることにした。

「…きいちゃん」

ぼんやりとした脳裏に可愛らしい少女が思い浮かばれる。雪の中出会った可愛らしい妹。

「守ってあげられなくて、ごめん」

布団の中でひとり声をこぼした。



その時、むつみの家のリビングに誰かが入ってきた。

「むつみーぃ!私をお昼ご飯に呼んでくれてありがとうございますぅ」

その少女の容姿に、初芽はあんぐりと口を開く。

「え、この子も…」

むつみのように白く長い髪に、紅蓮の瞳をしていた。するとむつみが少女の説明を始める。

「…この子、どこかの民族の末裔らしい」

異色な経歴に初芽は目を何度も瞬かせる。

「へぇ。名前は?」

東雲(しののめ)妹月(もつき)って言う子」

「へぇ」

初芽は東雲妹月へ視線を向ける。

「もつき、って珍しい名前だね」

「まぁ、そうですね」

妹月は何度も頷いた。

「コイツ、東藤中吹部の部長なの」

「へぇ。私も東藤中だよ」

「…じゃあ、先輩じゃないですか!」

妹月も随分と変わっているな、と初芽は思った。

「…あ、それで妹月、冷や麦食べる?」

むつみが訊ねると、妹月は大きく頷いた。

「昼飯まだなんです!むつみありがとー!」

結局、残った冷や麦は妹月が全て食べた。


「…ごちそうさまでーす」

妹月が満足そうに言う。流石に食べすぎだろうと初芽は心配になったが、妹月は満足そうに笑っているばかりで全く気持ち悪そうに見えない。

「すごい食べるね…」

初芽がむつみに耳打ちする。

「そりゃ、大食いだもん。この子」

「そ、そうなんだ…」

もしかしたら、ゆなよりも食べるのでは、と初芽は思った。

ゆな?

「!」

初芽は、ゆなのある言葉を思い出す。


『…あれ?ゆなちゃんって妹さんいるんじゃ…』

『いないよ。…亡くなった』

と同時に舌打ちしていた。

『そ、それは聞いてゴメンなさい』

初芽が丁重に謝ったら、ゆなは指を慌ただしく動かし続けた。

『…私のせいで』


市営コンクールの日、ゆなはこう言っていた。

「…ゆなちゃん」

初芽は何かが気になった。

その時、むつみが大きなペットボトルを持ってくる。それを透明なガラスのコップへトクトクと注ぐ。濃紫の液体が円のコップを満たす。

「…飲む?」

「あ、グレープジュース!」

「悠良之介が持ってきてくれた」

「えっ?河又君が?」

「そ。美味しいからって」

「優しいじゃん」

「まぁね」

むつみは悠良之介と幼い頃からの知り合いだ。

「でも、河又君がここまで部活を続けてきてるの意外だよね」

「まぁ、アイツ、面接で部活頑張ったって言いたいみたいだし」

「へぇ、河又君は就職なんだ」

「向太郎先輩と同じ企業に就職したいらしいよ」

「…そうなんだ」

朝日奈向太郎。ひとつ上の先輩でチューバを吹いていた。彼は祭り男のようだった。

「…てか、明後日だな、盆踊り大会。8月9日の土曜日」

「そだね」

初芽自身は楽しみだ。最後は小さな花火を見られるらしい。それに浴衣もOKなのだから茉莉沙と浴衣を着る予定だ。

「あー、私も浴衣着ようかなあ」

「私の貸そっか?」

その時、妹月がそう言った。

「…うん、元からそのつもりだよ。妹月!」

「へへ、尊敬するむつみ先輩の為なら、浴衣くらい貸しますよー!」

むつみと妹月の絆は凄いなあ、と初芽は思った。


ふたりは宿題を終わらせ、夕方前に別れる。

「…じゃあ、むつみちゃん、ありがとね」

「結羽香のお陰で半分くらい終わった。お礼を言いたいのはこっちだよ」

むつみはそう笑って深紅の瞳を煌めかせる。その白い髪もゆらりとなびく。


その時、妹月がこちらへ歩み寄る。

「ねぇ、花琳(かりん)は東藤高校、来るかな?初芽のお姉さん」

馴れ馴れしい口調で投げ掛けるその問いは、自身の妹に対する問いだった。

「花琳は…茂華高校行くみたいだよ」

「そっか…」

「妹月ちゃんは東藤高校?」

「ああ、うん。東藤行くつもり」

「そうなんだ」

井土が喜ぶ情報だな、と初芽は思いながら彼女に手を振った。

東雲妹月。フルートパートとして来年、東藤高校に来るのだろうか?


こうして3年生は夏休みの午後を過ごしていた。

ありがとうございました!

良ければ、

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【次回】 盆踊り大会へ!

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