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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
恋は散り華は咲く 夏休み始動編
136/210

65話 剣から楽器に

安っぽいスピーカーからキイキイと音が鳴る。

「…雄成はトランペット、上手いわねぇ」

ここは病室だ。

雄成の母は、肺がんのステージ4で入院している。

「お母さんに言われると嬉しい」

テレビには、先日の地区・県コンクールのDVD映像が流れていた。

「そうだ、お母さん、神平中学校を見てもいい?」

すると母は優しげに笑う。

「私も今、見ようと思ったところ」

母の顔はやつれていたが、笑顔の花を咲かせていることは彼にも分かる。

「それにしても、雄成ったら前より元気になった?」

「そう?」

「なんだか笑顔が増えた…」

母はゴホゴホと咳混じりに言う。

「…気の所為だよ」

そんな雄成の頭に浮かぶは、瑠璃の姿。

『お母さんを信じてあげないと駄目なんだよ!』

わざわざ内なる心情を見抜いてまで、そう言ってくれた彼女に本当に感謝している。

「はい、これだよ」

彼がリモコンを操作する。神平中学校吹奏楽部辺りで早送りボタンを止める。

すると、トランペットやユーフォニアムの柔らかい音が響き出す。病室のテレビのスピーカーからも心地よい音が響いた。

「俺らの中学校、神平に勝たなきゃ全国は行けないんだ」

「そう」

しかし母の表情はあまり変わらない。

「…それにしても、ユーフォニアムの男の子、上手いわねぇ」

「えっ?誰?」

「ほら、あの目が…小さい子」

母の言う人物を、彼は映像から必死に探し出す。

見つけた。

「ああ、そうだよね。俺も思った」

「…あとサックスの音も聴いてて元気になれるわ」

「神平はサックス上手いんだよ」

雄成もこの中学校の演奏を認めているようだ。

「それと、ほらこのドンドンっていう音」

「ティンパニのこと?」

「そう。この音は茂華には出せない気がするわ」

「確かに」

ティンパニの跳ねる音は、生き物の胎動のごとくホールへ響きわたっていた。あの技術は数年そこらで得られるものではない。

「…確かに、瑠璃より上手いんだろうな。ティンパニ」

「…でも、頑張って…」

最後に母から有難い言葉を頂戴した雄成は、手を振りながら病室をあとにした。



その頃、茂華中学校。

トランペットパートでは、午後から参加する雄成に代わって、今日は澪子が指示をしていた。

「…まずは基礎練習から始めましょうか。ではBEから」 

『はい』

トランペットパートは雄成がいないにも関わらず、いつも以上に熱をはらんでいた。


「頑張ってるね、トランペット」

久城美心乃が言うと、鈴衛音織もこくりと頷いた。

「努力で得るが偽りなき実力。とても褒められたものだ」

音織は変わった喋り口調をする。それでもフルートの腕は一級だ。

「ねぇ、音織ちゃんはどうして、そんな話し方をするの?」

単純に気になった美心乃が訊ねると、音織は小さくため息を吐いた。

「それは、私の親戚に変わったトランペット奏者がいたからなんだ」


片岡翔馬。彼とは保育園が同じだった。しかしその保育園は少し変わっていた。

『…面!!』

竹刀が面に当たる。かん!と甲高い音が響いた。

『…はぁ、どうして剣道なんて』

音織は気だるそうに言う。順番に竹刀を正眼に構える。そして深呼吸をする。

『っ!』

次の瞬間、靴底が砂に擦れ砂埃が中を舞う。

甲高い音を立て、面へ竹刀を打ち込む。しかし竹刀は面の頭を掠る。集中しない彼女の一太刀は見事に外れた。

『…あらあら』

それを同い年の翔馬は見ていた。

『鈴衛さん、頑張ってください!』

剣道の先生に叱られる彼女を見て、翔馬は苦笑を溢した。


その後、不貞腐れた音織はひとり砂場で愚痴をこぼしていた。

『はぁ、誰が剣道なんか…』

『仕方ないよ』

『何が?』

『剣道は心身ともに鍛える教育なんだから。言って打ち込みだけだし』

その独特な言葉に、音織は声のする正面を向く。

『えっ?君は誰?』

『酷いなぁ』

『ああ、翔馬くんかぁ』

音織と翔馬は家が近く、保育園に上る前からよく遊んでいた。

『いっつも、ゼツミョーなタイミングで入ってくるよね。何の魔法?』

『まさか。魔法じゃないよ』

『嘘だあ』

音織は集中力の欠けていた子供だった。

『集中すれば会話に自然に入ることなんてスグだよ』

翔馬はそう言って笑った。

『集中?』

『そう。集中!』

『どうやってやるの?』

『えっ?』

音織の訝しげな質問に、翔馬は困ってしまった。

『それは、それは…』

音織にどう説明すれば良いのだろう?全く分からない。しかし、その時、頭の中にある思考が一閃する。

『し、喋り方を変える!だよ!』

『喋り方を変えるー?』

『そうだ』

『よくわかんない』

翔馬の言うことがイマイチ分からない。

『例えば…だなぁ、例えば…だなぁ』

『集中しなきゃ分かんないっしょ?』

音織の冷たいツッコミに動じず、翔馬は口を静かに開く。

『…美しく太刀を振ることこそ、剣士の心得…とか?』

この台詞は昨日見た時代劇で聞いたものだった。

翔馬は冗談のつもりで言ったようだ。しかし…

『…カッ、カッコいい』

音織は意外にも気に入ったのだ。

『良き良き良き!』

思わずの反応に、翔馬の全身から力が抜ける。

『な、ならよろしー』

当時からこの武将口調が音織には染み付いていた。


「…そ、そういうことだったんだ。てか、片岡ってそんな人だったの?」

「あ、美心乃ちゃんは知らないか。彼のこと」

「へぇ。引っ越したの?」

「そうだね」

音織は目を細めた。それが変わった口調の始まりだった。

「…それから私、剣道を小学3年生までやってた」

「剣道…。やってたんだ。意外」

美心乃は江逆小学校で、音織とは違う小学校だ。

それにしても、音織は楽器を始めても、その変わった口調は変わらず使っているのだ。


その時だった。

「あ、音織!美心乃ちゃん!」

瑠璃がこちらへ歩み寄ってきた。

「あ、瑠璃ちゃんだ!」

瑠璃はツインテールを揺らしながら、こちらへ駆け寄ってきた。その金色混じりの髪は太陽の光を反射する。

「ねぇ、中北先生見なかった?」

「えっ?楓先生?見なかった」

「何か起こった?」

瑠璃の問いにふたりは心配する。

「…うん。少しティンパニさんの調子が悪いから見てもらってーって」

「あぁ、笠松先生に?」

「うん。笠松先生、今は木管見てるから」

「ちょっと待て。木管?」

途端、音織と美心乃の表情が真っ青になる。

「音織ちゃーん!」

「やばいやばい!!笠松先生に怒られる!」

フルートとオーボエは木管だ。マズイマズイ!とふたりは瑠璃から去って行った。

「…あ、そっかぁ」

後になって思い出した瑠璃はふたりを見送った。



それから数分、職員室まで歩くと、中北はすぐに見つかった。

「あ、中北先生!!」

「うん、どうしました?」

中北は部員からも懐かれている先生だ。そんな彼女は副顧問で、学生時代はコントラバスや打楽器をやっていたという。

「先生、ティンパニさんの調子が悪いみたいなんですけれど…」

「ああ、ティンパニサンねぇ」

中北は柔らかい笑みを浮かべながら、瑠璃に付いていく。


音楽室。

ティンパニの不調の原因はネジが外れていたことだった。

「先生、ありがとうございます!」

「大丈夫だよ。これで練習始められるかな?」

「はい!」

そのまま音楽室を去るものかと思ったが、中北はそのまま口を開く。

「そういえば、少しだけ気になった所、いいかな?」

「あ、はい?」

「ロールと音量の緩急なんだけど。ロールは技術を磨くしか無いけど、音量の緩急が小さいのは直ぐに改善できると思うの」

「緩急…ですか?」

中北はマレットをティンパニに構える。そしてドロドロドロ…と軽く連打する。正確かつ模範的な打ち方だ。そして腕が隆起する。

ドド!ドドド…ドンドン!バン!

マレットを大きく振りかぶったり、撫でるように叩いたり、目まぐるしい技術が連立する。

「瑠璃ちゃんは、正確さを重視したくて、優しく叩いているけれど、それだけだと完璧完璧フルパーフェクトとは言えないの」

「完璧完璧フルパーフェクト♪」

瑠璃は無邪気に両手を挙げる。

「それで、まずは小さく振る、それから大きく振る練習をしてくれる?」

「あ、分かりました!」

瑠璃は中北からマレットを受け取ると、ティンパニの練習を始めた。応用を出来るようにならなければならない。


それから間もなくして合奏が始まった。

ありがとうございました!

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