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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
恋は散り華は咲く 夏休み始動編
134/209

63話 伝説のユーフォニアム

今回から茂華中学校編です!

吹奏楽部といえばコンクールよりも練習ですよね?


皆様の吹奏楽エピソードがありましたらぜひ感想にお書きください!

「…ねぇ、言ったっけ?」

久城美心乃が言う。彼女はオーボエ担当だ。

「ん?どうしたの?」

通学路で出会った古叢井瑠璃は、小さく首を傾げる。

「私のオーボエソロ、何か下手って言われたの」

「えぇ!?美心乃ちゃんのオーボエ?上手いよね?誰?」

彼女を超えるオーボエ奏者も、彼女の演奏を咎める者も、この学校にはいないはずだ。

「…私の親戚。私の親戚さ、綾中巫琴って言うんだけれど、その子の友達に、コンクールでどうだった?って聞いたの…」

そしたらね、と話しを続ける。



コンクールの翌日、部活は休みだった。美心乃は親戚の家に遊びに行った。彼女の家にもオーボエがいくつかあり、美心乃はそのうちのひとつのオーボエを使っている。

『…巫琴ちゃん、私たちの演奏どうだった?』

『えっ?上手いと思うよ。美心乃ちゃんの音は中学生にしては安定してるし…』

その時だった。

『巫琴ー』

楽器ケースを持った男子が、巫琴へ話しかけてきた。初めて見る顔だ。

『えっ?誰?』

『この人ね、私の先輩で…彼氏』

『えっ!?彼氏?』

すると男の子は小さな目を細めて、礼儀正しくお辞儀をする。

『…どうも久下田(くげた)遥篤(はるあつ)です』

『は、はぁ、久城美心乃です』

美心乃も礼儀正しく自己紹介をする。

『そうだ!昨日の演奏の感想、聴いてもらったら?』

『えっ?』

『遥篤くんはね、ユーフォニアム吹いてるんだよ』

『へ、へぇ、ユーフォニアム』

すると遥篤はキョトンと首を傾げる。

『君はどこの中学校なの?』

『えっと、茂華中学校です』

『ああ、あそこか。何の楽器?』

『オーボエです』

『とすれば、君はソロを吹いていたかな?』

『は、はい』

その時、遥篤の顔にシワが寄る。

『正直言って下手だった』

その言葉に美心乃は耳を疑った。

『去年もメトセラでオーボエはソロを吹いてたな?あれは多分君じゃない。そうだろ?』

音だけで吹いた人物が分かるのか?

『は、はい』

『正直言って、その人よりも下手だ』

下手、こう言われるのはいつぶりか。雄成にさえ、指摘はされなかったというのに。

『…音が硬い。普通に吹くだけで感情表現が足りない。あれなら巫琴でも吹ける』

そう言って巫琴を見る。彼女は少し驚いた表情をしていた。

『…あとパーカッション。特にティンパニだが、音が小さい。緩急をうまく付けたつもりだろうが、全国には通用しない。あれなら数年前の吹部の方が上手いな』

何も言えなかった。彼の言うことは多分間違っていない。

『あの先生が来てからは、随分とつまんない演奏になったな』

『…先生のことまで悪く言うつもり?』

美心乃の瞳に剣呑な光が宿る。

『風評被害って感想欄で騒がれると困るから先に言うけど、別に学校を悪く言ってるわけじゃないから』

『それって、先生を悪く言ってるよね…』

『悪く言って何が悪い?つまらないソロしか吹けない人間に何が言える?』

美心乃は言葉に詰まる。

『…以上が感想だな』

そう言って遥篤は巫琴の手を引いた。

『先に言う。このまま、俺ら神平中と評価交えたら、項目のひとつも勝てませんよ。絶対に』

『忠告ありがとう』

美心乃は叫びそうな気持ちを必死に堪える。すると巫琴が優しい声でこう言った。

『遥篤くんは、吹部の副部長だよ』

その言葉には、彼の絶対的な信用が滲んでいた。気付けば2人は消えていた。

その後、彼の河川敷から響くユーフォニアムは、美心乃の思いを叩き潰した。



現在。

「嫌だなぁ」

瑠璃は顔をしかめていた。

「…でも評価は確かに的を得ているの」

「うーん、出来ないところは練習だね!」

瑠璃はそう言うしか無かった。


打楽器パート。

『やっぱり木管なら尾瀬川先生ですよー』

指原希良凜がそう言った。今日は楽器室を整理したり清掃する時間が設けられている。

「尾瀬川先生ねー」

瑠璃は床を雑巾で磨きながら、その名を口の中で転がした。

尾瀬川(おせかわ)慎太郎(しんたろう)。木管とパーカッション専門の指導者だ。去年、オーボエソロや打楽器ソロがあったので、学校にお呼びして指導してもらったのだ。

「…でもビックリです。久城先輩って新村先輩の叩き上げなのに」

希良凛が言う。すると1年生の末次秀麟が、

「神平は根底から違うんですね」

と何かを思い知ったかのように言う。

「…そりゃあ、吹奏楽界の重鎮的立場にいますからねー。校長が」

希良凛がそう言って、埃が積もった床を履く。

「えっ?そうなの?」

瑠璃が訊ねると、

「そうですよ。校長も吹奏楽関係者なんです」

と希良凛は答えた。

「…そうなんだぁ」

瑠璃は少し驚いた。

その時だった。

「ごみ袋は要りますかー?」

「あ、桜ちゃん!お願い!」

トロンボーン担当の蓮巳(はすみ)(さくら)が白い袋を持ってきた。中には要らない楽譜が入ってある。

「…先輩、これも入りませんか?」

すると秀麟が必要なさそうな書類や楽譜の束を持ってきた。

「わっ、重そう!手伝うよ!」

「瑠璃お姉さん、ありがとうございます」

瑠璃は小さな手で紙の束を掴む。しかしその瞬間、瑠璃は紙の束を床へ置く。

「ちょっと秀麟くん、いい?」

「あ、はい」

瑠璃は紙の束から何かを取り出す。写真だ。

「あ、」

瑠璃の頬が一瞬にして赤くなる。

「優愛…お姉ちゃん…」

「えっ?」

瑠璃は数枚の写真を棚に隠すと、もう要らないと判断した楽譜を袋へ入れた。

「袋、ありがとうねー」

「いいえ、失礼します」

そう言って桜はどこかへいなくなった。


そして瑠璃は、棚から写真の束を取り出す。その写真は優愛と照れ笑いを浮かべる瑠璃の写真だった。恐らく中北に撮ってもらったのだろう。何枚も写真はあるが、瑠璃のポーズはどれも違っていた。

「先輩、それは?あっ!可愛い♡」

それを見た希良凛が黄色い声を上げる。

「…これ、私が1年生の時の写真」

「先輩、やっぱり可愛いですね」

写真の中の瑠璃と今の希良凛は、希良凛の方が年上だ。 

「これ、一昨年のアンコンですか?」

秀麟が訊ねると、瑠璃は「そうだよ」と言う。


瑠璃の脳裏に一昨年の、アンサンブルコンテストの記憶が思い浮かばれる。

『瑠璃ちゃん、頑張ろうね』

『うん!お姉ちゃんとギュッとしてドーンする』

黄昏色の光が舞い込む舞台裏で、そんな会話をしたな、と懐かしくなった。


そうして盛り上がっていた時だった。

「打楽器パート、片付け終わった?」

矢野雄成が話しかけてきた。

「あ、ごめん!まだ」

瑠璃が謝ると、雄成は怒るかの思いきや、ニコリと笑った。

「そっか。あと10分くらいあるから、ゆっくり終わらせてね」

その言葉に、希良凛と秀麟の2人の後輩が頷く。しかしそんな後輩へ雄成は冷たく言い放つ。

「君たちは遊んでないで瑠璃の言うことをちゃんと聞いてね」

そのヒンヤリとした言葉に後輩2人は震えるが、彼は無言で楽器室を通り抜けて行った。

「相変わらず、先輩との温度差が凄い…」

希良凛はそう言って力なくヘタレ込む。

「…あはははは」

瑠璃は苦笑することしかできなかった。何故か、市営コンクールで金賞を取ってから、雄成は瑠璃に懐き始めたのだ。

「まぁ、片付け終わらせちゃおうか!」

「…先輩、演奏会のポスターとか取っておきます?」

希良凛が困ったように訊ねると、瑠璃はそのポスターを手にする。

「久下田光慶のコンサート?もう終わってるから捨てちゃお」

「分っかりましたー」

瑠璃の指示に希良凛が粛々と動く。


それと同時、笠松が入ってくる。

「古叢井さん、あの奥にある段ボールを持ってきてくれますか?」

「あ、はい」

笠松が指差した先には、古びた鍵盤楽器たちに隠れた段ボールがあった。その段ボールは埃が被っている。

瑠璃は、様々な物がごちゃまぜになった重そうな段ボールを持ち上げる。

「これですか?」

瑠璃は重そうに持ってきた段ボールを床に置いた。

「…段ボールの中の楽譜たちも捨てちゃってください」

「分かりました」

その指示をあとに笠松は楽器室を去った。瑠璃は段ボールの中を見る。

「うっ!」

しかし瑠璃の表情が一瞬で冷める。

中には楽譜だけでなく、穴が空いたり、傷ついたドラムヘッドや壊れたチューナー等があった。

瑠璃は以前に、ドラムヘッドを破壊したことがある。

「ヘッド割れてますねー」

「はい」

しかし何も事情を知らない希良凛と秀麟は、驚いたように段ボールの中身を見た。

「…それ、私がやったやつだよ」

その時、瑠璃が気まずそうにそう言った。まさか破れたり傷ついた打面が処理されていなかったとは。


瑠璃はかつて叩く力が強く、楽器の打面をよく駄目にしていた。それからもティンパニ破壊事件を起こしてしまい、それ以降は冬あたりまで皮楽器を任されなくなった。だから部員から彼女は『破壊者』と揶揄されていた。


「…せ、先輩。ボコボコに穴あいてますよ」

秀麟は信じられない様子でそう言った。どう叩けばここまでの傷がつくのか?

「まぁ、こんなの誰にでもあることだし!」

すると希良凛がそう言って、気に病みそうな瑠璃に笑いかける。

「そ、そうだよね!」

瑠璃はそう言って無理に笑った。

(あったらマズイんだけどね)

そんな2人に秀麟は心の中でそう突っ込んだ。


段ボールの中身を全て処理して、ようやく楽器室の掃除と整理は終わった。

「終わったぁ」

瑠璃はそう言って近くにあった楽器を撫でる。

「…このあと、すぐ練習ですよね?」

そんな彼女に希良凛が訊ねる

「そうだよ」

瑠璃はそう答えて音楽室へとドアを開ける。やはり冷房が効いて涼しい。

「おっ、戻ったかー」

「掃除は成長への一歩」

「まーた厨二病発言」

「地味に名言じゃね?」

凪咲、音織、葵たちが話している所へ瑠璃も駆け寄る。

「ただいまー」

「瑠璃、おかえり」

すると笠松が口を開く。


「さて、東関東大会に向けて練習を始めましょうか!」

『はい!』

笠松は満足そうに頷き「パート練習にして下さい」と言うと、音楽室を出て行った。

「じゃあ、始めますかー」

凪咲が言うと、音織もフルートケースを手にする。

「練習こそ勝者の日常」

「鈴衛は地味に名言集とか綴ってそう…」

3年生が個人練習を始めようと席を立つと、下級生もトコトコと練習場所に向かい出した。


美心乃もオーボエを手に音楽室を出た。

(…久下田遥篤)

ユーフォニアムを持った男子生徒の姿が目に焼き付いて離れない。

「神平に勝って、絶対に全国に行ってみせる」

全国大会出場。

そうしてまた1人、本気で志す者が現れた。

その波紋はやがて部内にも広がってゆく…。


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