63話 伝説のユーフォニアム
今回から茂華中学校編です!
吹奏楽部といえばコンクールよりも練習ですよね?
皆様の吹奏楽エピソードがありましたらぜひ感想にお書きください!
「…ねぇ、言ったっけ?」
久城美心乃が言う。彼女はオーボエ担当だ。
「ん?どうしたの?」
通学路で出会った古叢井瑠璃は、小さく首を傾げる。
「私のオーボエソロ、何か下手って言われたの」
「えぇ!?美心乃ちゃんのオーボエ?上手いよね?誰?」
彼女を超えるオーボエ奏者も、彼女の演奏を咎める者も、この学校にはいないはずだ。
「…私の親戚。私の親戚さ、綾中巫琴って言うんだけれど、その子の友達に、コンクールでどうだった?って聞いたの…」
そしたらね、と話しを続ける。
コンクールの翌日、部活は休みだった。美心乃は親戚の家に遊びに行った。彼女の家にもオーボエがいくつかあり、美心乃はそのうちのひとつのオーボエを使っている。
『…巫琴ちゃん、私たちの演奏どうだった?』
『えっ?上手いと思うよ。美心乃ちゃんの音は中学生にしては安定してるし…』
その時だった。
『巫琴ー』
楽器ケースを持った男子が、巫琴へ話しかけてきた。初めて見る顔だ。
『えっ?誰?』
『この人ね、私の先輩で…彼氏』
『えっ!?彼氏?』
すると男の子は小さな目を細めて、礼儀正しくお辞儀をする。
『…どうも久下田遥篤です』
『は、はぁ、久城美心乃です』
美心乃も礼儀正しく自己紹介をする。
『そうだ!昨日の演奏の感想、聴いてもらったら?』
『えっ?』
『遥篤くんはね、ユーフォニアム吹いてるんだよ』
『へ、へぇ、ユーフォニアム』
すると遥篤はキョトンと首を傾げる。
『君はどこの中学校なの?』
『えっと、茂華中学校です』
『ああ、あそこか。何の楽器?』
『オーボエです』
『とすれば、君はソロを吹いていたかな?』
『は、はい』
その時、遥篤の顔にシワが寄る。
『正直言って下手だった』
その言葉に美心乃は耳を疑った。
『去年もメトセラでオーボエはソロを吹いてたな?あれは多分君じゃない。そうだろ?』
音だけで吹いた人物が分かるのか?
『は、はい』
『正直言って、その人よりも下手だ』
下手、こう言われるのはいつぶりか。雄成にさえ、指摘はされなかったというのに。
『…音が硬い。普通に吹くだけで感情表現が足りない。あれなら巫琴でも吹ける』
そう言って巫琴を見る。彼女は少し驚いた表情をしていた。
『…あとパーカッション。特にティンパニだが、音が小さい。緩急をうまく付けたつもりだろうが、全国には通用しない。あれなら数年前の吹部の方が上手いな』
何も言えなかった。彼の言うことは多分間違っていない。
『あの先生が来てからは、随分とつまんない演奏になったな』
『…先生のことまで悪く言うつもり?』
美心乃の瞳に剣呑な光が宿る。
『風評被害って感想欄で騒がれると困るから先に言うけど、別に学校を悪く言ってるわけじゃないから』
『それって、先生を悪く言ってるよね…』
『悪く言って何が悪い?つまらないソロしか吹けない人間に何が言える?』
美心乃は言葉に詰まる。
『…以上が感想だな』
そう言って遥篤は巫琴の手を引いた。
『先に言う。このまま、俺ら神平中と評価交えたら、項目のひとつも勝てませんよ。絶対に』
『忠告ありがとう』
美心乃は叫びそうな気持ちを必死に堪える。すると巫琴が優しい声でこう言った。
『遥篤くんは、吹部の副部長だよ』
その言葉には、彼の絶対的な信用が滲んでいた。気付けば2人は消えていた。
その後、彼の河川敷から響くユーフォニアムは、美心乃の思いを叩き潰した。
現在。
「嫌だなぁ」
瑠璃は顔をしかめていた。
「…でも評価は確かに的を得ているの」
「うーん、出来ないところは練習だね!」
瑠璃はそう言うしか無かった。
打楽器パート。
『やっぱり木管なら尾瀬川先生ですよー』
指原希良凜がそう言った。今日は楽器室を整理したり清掃する時間が設けられている。
「尾瀬川先生ねー」
瑠璃は床を雑巾で磨きながら、その名を口の中で転がした。
尾瀬川慎太郎。木管とパーカッション専門の指導者だ。去年、オーボエソロや打楽器ソロがあったので、学校にお呼びして指導してもらったのだ。
「…でもビックリです。久城先輩って新村先輩の叩き上げなのに」
希良凛が言う。すると1年生の末次秀麟が、
「神平は根底から違うんですね」
と何かを思い知ったかのように言う。
「…そりゃあ、吹奏楽界の重鎮的立場にいますからねー。校長が」
希良凛がそう言って、埃が積もった床を履く。
「えっ?そうなの?」
瑠璃が訊ねると、
「そうですよ。校長も吹奏楽関係者なんです」
と希良凛は答えた。
「…そうなんだぁ」
瑠璃は少し驚いた。
その時だった。
「ごみ袋は要りますかー?」
「あ、桜ちゃん!お願い!」
トロンボーン担当の蓮巳桜が白い袋を持ってきた。中には要らない楽譜が入ってある。
「…先輩、これも入りませんか?」
すると秀麟が必要なさそうな書類や楽譜の束を持ってきた。
「わっ、重そう!手伝うよ!」
「瑠璃お姉さん、ありがとうございます」
瑠璃は小さな手で紙の束を掴む。しかしその瞬間、瑠璃は紙の束を床へ置く。
「ちょっと秀麟くん、いい?」
「あ、はい」
瑠璃は紙の束から何かを取り出す。写真だ。
「あ、」
瑠璃の頬が一瞬にして赤くなる。
「優愛…お姉ちゃん…」
「えっ?」
瑠璃は数枚の写真を棚に隠すと、もう要らないと判断した楽譜を袋へ入れた。
「袋、ありがとうねー」
「いいえ、失礼します」
そう言って桜はどこかへいなくなった。
そして瑠璃は、棚から写真の束を取り出す。その写真は優愛と照れ笑いを浮かべる瑠璃の写真だった。恐らく中北に撮ってもらったのだろう。何枚も写真はあるが、瑠璃のポーズはどれも違っていた。
「先輩、それは?あっ!可愛い♡」
それを見た希良凛が黄色い声を上げる。
「…これ、私が1年生の時の写真」
「先輩、やっぱり可愛いですね」
写真の中の瑠璃と今の希良凛は、希良凛の方が年上だ。
「これ、一昨年のアンコンですか?」
秀麟が訊ねると、瑠璃は「そうだよ」と言う。
瑠璃の脳裏に一昨年の、アンサンブルコンテストの記憶が思い浮かばれる。
『瑠璃ちゃん、頑張ろうね』
『うん!お姉ちゃんとギュッとしてドーンする』
黄昏色の光が舞い込む舞台裏で、そんな会話をしたな、と懐かしくなった。
そうして盛り上がっていた時だった。
「打楽器パート、片付け終わった?」
矢野雄成が話しかけてきた。
「あ、ごめん!まだ」
瑠璃が謝ると、雄成は怒るかの思いきや、ニコリと笑った。
「そっか。あと10分くらいあるから、ゆっくり終わらせてね」
その言葉に、希良凛と秀麟の2人の後輩が頷く。しかしそんな後輩へ雄成は冷たく言い放つ。
「君たちは遊んでないで瑠璃の言うことをちゃんと聞いてね」
そのヒンヤリとした言葉に後輩2人は震えるが、彼は無言で楽器室を通り抜けて行った。
「相変わらず、先輩との温度差が凄い…」
希良凛はそう言って力なくヘタレ込む。
「…あはははは」
瑠璃は苦笑することしかできなかった。何故か、市営コンクールで金賞を取ってから、雄成は瑠璃に懐き始めたのだ。
「まぁ、片付け終わらせちゃおうか!」
「…先輩、演奏会のポスターとか取っておきます?」
希良凛が困ったように訊ねると、瑠璃はそのポスターを手にする。
「久下田光慶のコンサート?もう終わってるから捨てちゃお」
「分っかりましたー」
瑠璃の指示に希良凛が粛々と動く。
それと同時、笠松が入ってくる。
「古叢井さん、あの奥にある段ボールを持ってきてくれますか?」
「あ、はい」
笠松が指差した先には、古びた鍵盤楽器たちに隠れた段ボールがあった。その段ボールは埃が被っている。
瑠璃は、様々な物がごちゃまぜになった重そうな段ボールを持ち上げる。
「これですか?」
瑠璃は重そうに持ってきた段ボールを床に置いた。
「…段ボールの中の楽譜たちも捨てちゃってください」
「分かりました」
その指示をあとに笠松は楽器室を去った。瑠璃は段ボールの中を見る。
「うっ!」
しかし瑠璃の表情が一瞬で冷める。
中には楽譜だけでなく、穴が空いたり、傷ついたドラムヘッドや壊れたチューナー等があった。
瑠璃は以前に、ドラムヘッドを破壊したことがある。
「ヘッド割れてますねー」
「はい」
しかし何も事情を知らない希良凛と秀麟は、驚いたように段ボールの中身を見た。
「…それ、私がやったやつだよ」
その時、瑠璃が気まずそうにそう言った。まさか破れたり傷ついた打面が処理されていなかったとは。
瑠璃はかつて叩く力が強く、楽器の打面をよく駄目にしていた。それからもティンパニ破壊事件を起こしてしまい、それ以降は冬あたりまで皮楽器を任されなくなった。だから部員から彼女は『破壊者』と揶揄されていた。
「…せ、先輩。ボコボコに穴あいてますよ」
秀麟は信じられない様子でそう言った。どう叩けばここまでの傷がつくのか?
「まぁ、こんなの誰にでもあることだし!」
すると希良凛がそう言って、気に病みそうな瑠璃に笑いかける。
「そ、そうだよね!」
瑠璃はそう言って無理に笑った。
(あったらマズイんだけどね)
そんな2人に秀麟は心の中でそう突っ込んだ。
段ボールの中身を全て処理して、ようやく楽器室の掃除と整理は終わった。
「終わったぁ」
瑠璃はそう言って近くにあった楽器を撫でる。
「…このあと、すぐ練習ですよね?」
そんな彼女に希良凛が訊ねる
「そうだよ」
瑠璃はそう答えて音楽室へとドアを開ける。やはり冷房が効いて涼しい。
「おっ、戻ったかー」
「掃除は成長への一歩」
「まーた厨二病発言」
「地味に名言じゃね?」
凪咲、音織、葵たちが話している所へ瑠璃も駆け寄る。
「ただいまー」
「瑠璃、おかえり」
すると笠松が口を開く。
「さて、東関東大会に向けて練習を始めましょうか!」
『はい!』
笠松は満足そうに頷き「パート練習にして下さい」と言うと、音楽室を出て行った。
「じゃあ、始めますかー」
凪咲が言うと、音織もフルートケースを手にする。
「練習こそ勝者の日常」
「鈴衛は地味に名言集とか綴ってそう…」
3年生が個人練習を始めようと席を立つと、下級生もトコトコと練習場所に向かい出した。
美心乃もオーボエを手に音楽室を出た。
(…久下田遥篤)
ユーフォニアムを持った男子生徒の姿が目に焼き付いて離れない。
「神平に勝って、絶対に全国に行ってみせる」
全国大会出場。
そうしてまた1人、本気で志す者が現れた。
その波紋はやがて部内にも広がってゆく…。
ありがとうございました!
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