62話 パーカッションの片鱗
「えっ?何?何?何?ゆなって彼氏いたの?」
むつみの声が心なしか大きくなる。
「ねぇ、どんな人?」
その時だった。
ガン!!
ゆなが机を思い切り叩く。思わずむつみが震える。
机を叩いた彼女はワナワナとむつみを見る。
「いたわ…」
その声は本気で怒っているものだった。
何が彼女をそこまで怒らせたか、むつみは全く分からなかった。
次の瞬間、むつみに歩み寄る。
「ゆなっ子!!」
次の瞬間、ゆなの腕を咲慧が掴む。彼女は先程まで楽器室にアルトサックスを片付けていた所だった。
「…咲慧」
その時、ゆなの怒りに燃える瞳が細められる。
「別に何でもないから」
ゆなはそう言ってむつみに1枚の何かを手渡す。
「リード落ちてたよ」
「あ、ありがと」
「以上」
ゆなはそう言って音楽室を出て行った。
「はぁー、怖かったあ」
咲慧はへなへなとピアノの椅子に座る。
「咲慧ちゃん、ありがとう」
むつみが礼を言う。
「いや、ゆなっ子に元カレの話は厳禁ですよ」
咲慧はそう言ってピアノの蓋を開ける。
「何かあったの?」
むつみがそう訊ねると、
「ゆなっ子の彼氏、結構最低な人で。仲いい人とかには話したがらないんです」
「…そうなんだ」
むつみは少しだけ納得した。
「…あとでゆなに謝らなきゃなぁ」
「別に大丈夫です。今のは怒ったフリなので」
「えっ?そうなの?」
「だって、あの子が本気で怒ったら机なんて叩きませんから」
「…ならいいけれど」
安心するむつみを尻目に、咲慧はピアノを弾き始めた。
色は匂えど散りぬるを、その優しい旋律を奏でる。
(…井上先輩には…ね)
居残り練習を終えた優月は、咲慧と一緒に駅まで帰ることにした。
「なんか、2人で帰るの久し振りだね」
「確かにね」
何だか恋人のような雰囲気だが、ふたりはただのクラスメートだ。
「ドラムとか大丈夫?」
「やっぱり、基礎打ちとかをやれって言われちゃった」
それを聞いて咲慧は小さく肩をすくめる。
「でも上達は早いよね」
「そんな事ないよ。毎日反復練習してるからね」
「確かに」
咲慧は演奏面の心配をよくしてくれる。
「…そういえば、今年も茂華中は代表入りしたんだって?」
「うん。東関東大会に出るって」
「凄いよね」
「本当」
茂華中学校は県内でも強い。そもそも学校全体の部活動が盛んで、どの部活も優秀な成績を収めている。
「…それより、さっき鳳月さん、ぶち切れてなかった?」
「あぁ、まぁね」
咲慧は苦い顔でそう言った。
結局あれから、ゆなは無言でゲームをしていた。
「あの子、彼氏にハメられちゃってね」
「ハメられた?」
「そうなの」
優月はどういう事だろう?と少し気になった。
「そのせいで、ゆなっ子、自殺未遂したから大変だったの」
ちょっと待て、今とんでもない事を言わなかったか?優月は目を大きく丸める。
「あ、言っちゃった」
咲慧は頭を押さえる。
「…今のは忘れて。私がゆなっ子に殺されちゃう」
多分比喩だが言うのは辞めておこう。いや、そもそも言えるほどの間柄でもない。
「じゃあ、この前、彼氏に裏切られたって言ってたのは?」
「そういうことだよ」
咲慧はそう言ってハンカチを取り出す。そして汗ばむ肌を拭く。気温は30度。アスファルトを踏みしめる度に熱が足にも伝わってくる。
「…僕、1年の時は鳳月さんと同じクラスだったんだよね」
「うん、知ってるよ」
「えっ?」
「ゆなっ子、よく君の話しをしてたから」
「えっ?そうなの?」
こわ、と思ったが一体なぜ?
「そうだよ。ちなみに定演にも行ったよ。で、君が小倉優月くんかぁ、って」
定期演奏会にまで来てたのか、優月は今更ながらに驚いた。
「…で、『優月くんは中学校からやってたの?』ってゆなっ子に聞いたら『高校から始めたらしい』って言っててビックリした」
誰もが言うな、この台詞、と思いながら優月は笑った。
「…優月くんは素質あるよ」
そしてそう言った。
「…だと良かったんだけどね」
しかし優月は彼女の言葉を跳ね返した。
自分が上手いだなんて、端から思ってもいない。
そう思っていると駅前の道路に出る。田舎の構内は人がいない。踏切の前で別れる。
「優月くん、また明日」
「うん、またね」
「バイバイ」
そう言って咲慧は振り向くことなく歩いていった。優月もイヤホンを手に駅へと歩いた。
その頃、ゆなはとある記憶を思い出していた。
中学時代か、記憶はあるのにどこか朧気だ。
『黙れ』
『お前のことが本気で好きになるわけないだろ』
『顔は良いんだよな』
数々の暴言がゆなの脳を深く突き刺す。
ギリギリと拳を握りしめる。
(ちっ)
どこまでも報われない人生。
ゆなの過去は壮絶そのものだったのだから。
翌日、盆踊り大会についての詳しい説明をされた。
「では、盆踊り大会について説明しますね。まずセトリ(セットリスト)です」
優月は配られた予定表の1枚を見る。
[1、Restart]
[2、炎]
[3、ミックスナッツ]
[4、色は匂えど散りぬるを]
[5、夏祭り (天龍合同) ]
こう書かれていた。
「セトリは今の所、こうなります」
そして次々と話しが進む。
「服は自由で。浴衣ある人は是非らしいです」
すると辺りは少し騒がしくなる。
「茉莉沙、浴衣一緒に着よ!」
「えっ?良いよ」
「美鈴ちゃん、浴衣持ってる?」
「探してみるわ」
その会話はまだ続きそうだったので、井土は独特な手振りで制止する。そして次の話を話し出す。
当日の日程、具体的な手順。全てを話した。
「…日程は以上です。では、練習を始めてくださーい」
彼がそう言うと、個人練習の時間に入った。
「…はぁ」
ゆなは少しドラムの練習をしただけで、すぐにスマホゲームを始める。
そんな彼女とは対照的に優月は必死に練習をしていた。井土や瑠璃に言われた個人練習から曲の通し、全てを始めた。
しかし今日はなぜだが上手くいかなかった。
盆踊り大会への練習はまだ続く…。
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【次回】 対立!神平中学校…最強のユーフォニアム奏者




