61話 色は匂えど散りぬるを
《作者から》
8月9日。
今日は東藤高校クラリネットパートの『降谷ほのか』さんの誕生日です!
えっ?誰?と思う方へ、近い未来、めちゃくちゃ活躍するのでお楽しみに!
by 降谷ほのかより
あと過ぎてしまいましたが、8月3日が『榊澤優愛』さんの誕生日でした!その日は投稿してなかったのですっかり忘れてました。優愛さんいなきゃ今頃、瑠璃ちゃんは吹部にいなかったので、相当重要な存在だったというのに…。
良かったら、優愛さんの誕生日も祝ってくれたら嬉しいなぁ。
by瑠璃ちゃんには祝ってもらった優愛より
以上、作者からでした!
新章をお楽しみ下さい!!
幹部会議の3日後。今日から部活だ。
3連休も休めば8月に突入していた。
「あっつー…」
優月は額に汗をにじませながら音楽室に入ってきた。本当に暑い。
「あれ、鳳ちゃんは?」
すると井土が音楽室に入ってきた。彼は楽譜の束を手にしていた。ああ、また譜読みかあ、と思いながら優月は身構えた。
「…連絡しても繋がらないですね」
茉莉沙が言う。
「寝てるのでしょうかね?」
井土はそう言って、丸椅子に腰かけた。
「では、部活を始めましょうか」
時間になったので、そう言って部活が始まった。
「ゆゆは、基礎練習をしておいてください」
ドラム練習を始めた優月に、井土がそう言った。
「…その、テンポがズレてるようなので練習するしかないですね」
「は、はい…」
瑠璃にも同じ事を言われた。優月は基礎打ちから始めることにした。
練習を始めてしばらく経ったが、彼女はまだ姿を現さなかった。何かあったのだろうか?他人事ながら心配になってきた。
そんなことを考えていると、ゆなは欠伸混じりに登校してきた。
「おはよ」
「ゆな、遅刻だよ」
むつみが苦笑混じりに言うと、ゆなは「へい」と頷き返した。その謝罪に申し訳なさは皆無だ。
「…あ、鳳月さん」
優月はそう言って、ゆなに数枚の楽譜を渡した。
Restartと紙面には書かれていた。この曲は爽やかな曲調で元気が出る。最後のリズムが特徴的だ。ちなみに茂華高校も華高祭で演奏していた。
結局、今日は『Restart』の合奏をした。
「やっとこさ幕開けだ、ここはトランペット気をつけてくださいね。國井君は特にです」
「久遠君、鍵盤の入るタイミングが少し早いです」
井土は、できていない部分を徹底的に指導した。
「お手を拝借は、2回拍手をしてくださいね!」
「間奏は、声入れますよ!」
「練習では良いですが、本番では拍手をしてくださいね!」
この曲は盆踊り大会で演奏するらしい。その為パフォーマンス等も指示が飛ぶ。
少しスパルタな合奏はあっという間に終わった。
部活が終わると、1年生は全員帰ってしまった。
3年生は悠良之介以外の3人全員が練習している。
「はぁ、眠い」
ゆなは欠伸しながら、咲慧と音楽室を出て行った。
すると井土がこちらへ歩み寄る。
「ゆゆ、ミックスナッツの所ですが、少しいいですか?」
井土は彼が居残り練習をすることを見越しているかのように訊いてきた。
「は、はい」
優月は頷き慌ててスティックを渡す。
「…はい」
井土は慣れた手付きでスティックを握る。そしてスネアを乱打する。その音は正確で迫力が優月の心を震わせる。
「ここのハイハットは右で打ったら間に合わないので、左で打ってくださいね。効率よく」
井土はそう言った。
盆踊り大会まであと1週間だ。
もうすぐなのだ。
翌日も部活はあった。
「えぇ、今日も素敵な新曲を配ります。コンサートまであと数日ですが、簡略化してあるので頑張ってください!」
「略してキスマーク」
心音がボケの言葉を放つ。するとゆなは、
「浮気した男の肩によく付いているやつね。クソだわ」
恨みがこもった声で言う。まるで浮気や不倫を心底恨んでいるかのように。しかし咲慧は、その反応にクスリと笑った。
「では、配りますね。ちなみに部長直々のリクエストです。略してブリ」
するとそれぞれのパートリーダーが楽譜を取る。
優月もパートリーダーという訳では無いのだが、面倒臭がりなゆなと後輩の箏馬の代わりに、楽譜を受け取りに行く。
「ゆゆは、パーカッションか鍵盤、どっちか選んでいいよ。鳳月さんはドラムで」
いつもの采配だな、と思いながら優月は「はい」と返事をした。
そして、ゆなに楽譜を渡す。
「…はい」
「あ、ありきゅー」
ゆなは独特の御礼言葉を吐く。
「箏馬君は鍵盤でいいかな?」
「はい。御心のままに」
「じゃあ、お願いします」
優月は丁寧に鍵盤の楽譜を渡す。野外演奏なので楽器はグロッケンだ。
「はい、行き届きましたね?曲は幽閉サテライト様の『色は匂えど散りぬるを』です。ちなみに月に叢雲華に風と同じアーティスト様です」
「また東方」
美鈴はどこか嬉しそうだ。
「色は匂えど散りぬるを、それは恋の終着点」
悠良之介がそう言うと、ゆなが小さく舌打ちした。その音は低く響いた。
「随分とロマンチックな事言いますね」
すると井土がそう言った。
「…ちなみに意味は『美しく咲き誇っている花もやがては散ってしまう』という意味ですね」
「良き言葉よ」
ホルンを手にした日心がしみじみと言う。
「いわば諸行無常」
箏馬もこう言った。ちなみに彼は四字熟語に詳しい。
「…諸行無常かぁ」
優月は、想大と瑠璃のことが頭に浮かぶ。ふたりの仲も良かったが、恋としての花は散ってしまった。
この世は諸行無常、そう思った。
その思考を打ち破るように、井土が話しを締めくくる。
「まぁ、練習してください!」
『はーい』
「…オーボエとフルートソロは頑張ってください!今回は屋外イベントなので小型マイクを付けるか考えていますので、今回は演奏面を意識して練習をしてください」
そうして練習が始まった。
それから暫くすると初見の合奏が始まった。
「色は匂えど♪いつか散りぬるを〜♪彷徨う♪」
彼の歌はとても分かりやすい。むつみのオーボエがメロディーを吹く。初見ということもあって、その音は手探りだったが上出来だ。
優月が盛り上げるようにシンバルを連打すると、ドラムの音が響く。ハイハットシンバルが大きな音を立てる。放たれる音は正確無比だった。
「咲き誇る花はいつか♪」
ドラムが入らない部分は井土の歌でメロディーを形付けていた。
彼の歌はうまい。
そして、ゆなが再びドラムを叩く。少しずつサビへと近づいていく。そんな所で井土は止めた。
「はい、トランペットのハリが足りないです」
「はい!」
「あとは、ユーフォ。特にゆら君ですが、他の管楽器と合わせてください。少々ズレています」
「は、はい!」
悠良之介が注意されるのは、別に特別なことではない。
「では、サビにいきましょう!心躍らせるばかり♪からです」
そしてサビを一斉に吹き出した。
優月はリズムに合わせてタンバリンを叩く。タイミングは楽譜を見ないでも分かるが、井土に凡ミスを指摘されるのも嫌なので意識する。
這々の体、という言葉が似合うくらいにギリギリな演奏を続けながら、ようやく間奏に突入した。
優月は小さくスレイベルを鳴らす。銀色の鈴玉からは振る度に、しゃんと優しい音が鳴り響いた。
そして間奏へ入る。
「…はい!ストップ」
3サビに入る所で止められてしまった。
「加藤さん、少し音が外れてますね。最初のうちは無理しなくても大丈夫です」
そして井土は言葉を続ける。
「今回はコンクールでは無いので、小型のマイクをスピーカーに飛ばそうと考えています」
彼は何ともない様子でそう言うが優月は知っている。
『もう少し人数と楽器がバランスよく入ってくれればなぁ…』
そう言って悩みに悩む井土の姿を。彼は甘いので、楽器の希望を何でも呑んでしまうのだ。とは言えその結果、この東藤高校吹奏楽部は、異色ながらも地元に愛されている。
「なので屋外の本番とは言え、今回は音量は問いません。音程を外さないことを意識してください」
その言葉に、部員がこくりこくりと頷いた。
盆踊り大会は外で行われる。本来なら音量は重視すべきだが、小型マイクからスピーカーへ音を飛ばす、という工程で音量面はクリアする。
そして彼は優月へ視線を向ける。
「あと、ゆゆのスレイベルですが、今は良いので本番は天へ向けて振ってください」
優月は即座にスレイベルを胸元から、天へと上げてゆっくりと振る。しゃぁん…。
「そうです!宜しくね!」
「はい!」
井土のお気に召したようで良かった、と優月は安堵した。
優月が演奏会で小物楽器を扱う時は、一工夫入れられる。難しく見せたい、やお客さんの目を向けるため、が顧問の言い分だ。
「あ、あとベルを鳴らすタイミングですが、もう少し遅くですよ。あとで原曲をちゃんと聴いて楽譜も見てくださいね」
「えっ?はい」
優月は慌てて楽譜を見ようとする。ポップスは原曲を聴いて曲調を意識することが重要になる。
再び1番の間奏から、井土は手で合図する。合図通りに優月はスレイベルを振る。
音が僅かに区切られる、その間に優月はベルを鳴らした。微妙だがズレてはいた。
無事修正できた彼を見て、井土は満足そうに何度も頷いた。少し気恥ずかしいが安堵する。
「…あとは、冒頭のオーボエソロですね。むっつんはしっかり練習して下さいね」
「はーい」
いつも通りラフな雰囲気で部活は終わった。
優月はあまり聞き馴染みのない曲だがいい曲だ、と心から思った。
「…じゃあ、先輩帰ります」
「あ、箏馬君!」
優月はグロッケンの蓋閉めをした彼に手を振る。
「またね」
「さようなら」
箏馬は静かに音楽室を出て行った。
優月も小物楽器を整理していた時だった。
「先生、俺のこと、トウモロコシ呼びはどうでしょう!?」
諸越冬一が井土に何やら話しかけている。
「ふふ、諸越君はそう呼ばれたいの?」
彼は穏やかな口調でそう尋ねた。
「は、はい」
諸越は、1年生からは『トウモロコシ』と呼ばれている。
「…分かりました」
すると、直属の先輩であるほのかへ向き直る。
「ほのか先輩も、トウモロコシ呼びしてくださいよ」
「えっ?私?」
ほのかはビックリした様子ながらも、こくりと頷いた。
「いいよ。諸越く…トウモロコシがそう言うなら…」
すると井土もクスリと笑う。
井土は、基本苗字呼びだが、心を許した相手にはあだ名で呼ぶことがある。
先生と生徒の距離が近いな、と優月は思ったが、そちらの方が何かと打ち明けやすいのだろう、と思いながら楽器を片付けた。
それからも1年生はあっという間に帰ってしまった。
「はぁ、今日も暇だぁ」
ゆなは気だるそうに言う。
「じゃあ、練習したら?」
むつみはそう言って、湯の入ったカップ麺を机の上に置く。
「おっ!ありきゅー!」
ゆなはスマホを机へ置くと、割り箸を手にした。彼女はラーメンが好きらしい。
「そういえば、東藤中はコンクールどうだったの?」
ゆながむつみに訊ねる。むつみは東藤中学校出身で初芽と同期だった。
「銀だって」
彼女の見せるスマホには[東藤中 銀]と書かれていた。
「…冬馬は?」
「銅賞」
「相変わらず雑魚」
ゆなが小さく言う。その瞳には1人の男の子が浮かぶ。地球上で1番嫌いな人間。
「雑魚って言うなよ。人数少ない中でも頑張ってるんだし」
「それは、知ってる」
そう言って細麺を啜る。
「…何?嫌いな人でもいるの?」
「いる。てか菅菜から聞いてなかったのか」
「菅菜から?何の話?」
「私の元彼氏のこと…、いや、菅菜は卒業してたか」
「えっ?何?何?何?ゆなって彼氏いたの?」
むつみの声が心なしか大きくなる。
それを聞いた優月は心の中で、
(いるなぁ…)
と彼女の言葉を思い出していた。
その時だった。
ガン!!
ゆなが机を思い切り叩く。思わずむつみが震える。
机を叩いた彼女はワナワナとむつみを見る。
「いたわ…」
その声は本気で怒っているものだった。
何が彼女をそこまで怒らせたか、むつみは全く分からなかった。
次の瞬間、むつみに襲い掛かる…。
ありがとうございました!
良ければ、
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【次回】 ゆなが激怒したワケ…




