春isポップン祭りの章 [完結編]
描写の都合上、オノマトペが使われます。
この物語はフィクションです。
人物、学校名は全て架空のものです。
ご了承ください。
「に、入部するの?」
優月が想大にそう訊ねる。
「…うん。だから見に来たんだよ。吹奏楽ってどうなんだろうな…って」
なんと、わざわざ吹奏楽部の見学をする為に来たというのか。
「…あと、」
すると、彼がスマホを優月へ突き出す。
「…なるほど」
どうやら、古叢井瑠璃に誘われたらしい。
2人の初めての出会いは、ティンパニ破壊事件という瑠璃が、起こした事件の直後だった。
この、ティンパニ破壊事件は、彼女に闇を落とすと同時、新たな出逢いを生み出した。
「古叢井さん、想大君のこと、まだ好きなんだね」
「…まだ好きって決まったわけじゃないよ」
実際、告白こそされていないが、一度、優愛から聞かされたことがある。
その時だった。
「小倉、出番だよー」
同じパーカッションパートの鳳月ゆなが、優月へ呼び掛けた。
「想大君…行っくるね!」
「ああ!」
想大はそう言って優月を見送った。
優月はゆなと並んで、ステージ脇のテントへ歩き出す。
「さっきは、あの子のことゴメン」
ゆなが小さな声でそう言った。
「…べつに」
すると、ゆなが彼へ耳打ちする。
「あれが…噂の優愛ちゃん?」
そう言って、仲良く話す2人を見る。
『次の演奏です!県立東藤高校吹奏楽部の皆さんです!』
すると、パチパチと拍手がわき起こる。
それは優月の緊張を高めるだけだった。
あ、屋台なんてあったんだな…と緊張のあまり、場違いなことを、考える。
刹那、ゆながシンバルを叩く。
その瞬間、部長の雨久と氷空が、トランペットを吹く。
次々と奏音のホルン、ほのかのクラリネット、颯佚と菅菜のサックスが入ってくる。
瞬く間に、それはひとつの音楽になる。
みんなが知っている曲だからか、ゆなのドラムや優月のタンバリンに合わせているからなのか、手拍子が鳴り響く。
パン!パン!パン!
と優月はタンバリンを天に向けて、打ち出す。
規則的なリズムを打つだけなので、簡単だ。
しばらくすると、曲が終わった。
すると、雨久がマイクを取って、司会を始めた。
『皆さん、こんにちは!!』
すると観客も『こんにちはー!』と繰り返す。
『元気があってよろしい』
雨久が満足気に頷くと、2、3年生が、クスクスと笑った。
『私たちは、3年生5名、2年生6名、1年6名の計17人で、活動しています。さてさて…次の曲に、参りましょう』
すると、ゆながスティックを打ち合わせる。
カッ…カッ…カッ…カッ…!
次の瞬間、ハイハットが踊るように鳴り響く。
美心がメロディーをグロッケンで打つ。
それと同時、雨久と氷空が立ち上がり、トランペットを吹き出す。
雨久と氷空のトランペットは高らかに響いた。氷空のソロが終わると、拍手が起こる。
すると、今度は颯佚と菅菜がサックスを吹きながら立ち上がる。
音がくっきりと空気を震わせる。颯佚の鳥肌を立たせるような演奏に、拍手が止まらない。
ソロの直後、パシィン!とシンバルの音が響く。
拍手は更に苛烈する。
優月が、スネアドラムをスティックで叩く。
パン!パパッパン!
ドラムの音の合間を縫うように、スネアの空気を張り付ける音が響いた。
パァンッ!
優月がスティックを叩きつけると、そのままゆなのシンバルに繋がる。
次はトロンボーンを持った茉莉沙がひとり立ち上がる。
茉莉沙は思い切りトロンボーンのレバーを引く。
すると、大きな音が響いた。
それでも、茉莉沙は眉ひとつ動かさない。
それを見た冬馬高校の部員の1人が、羨ましそうに彼女を見る。
あまりにも、初めて1年とは思えない演奏だ。
恐らく、その場にいた全員が熟練者だと思うに違いない。
各々のソロを終えた演奏は、終盤に差し掛かった。
すると、ゆながフロアタムという太鼓へスティックを振り下ろす。
ドンドン!ドドンド!トドドンドン!
そして優月も同時にスティックを振り下ろす。
ゆながシンバルの連打を終えると、グロッケンへ移動した美心が、グロッケンを打つ。
ドミー、ドミー…
グロッケンソロも終わり、続きに続いたパーカスソロに拍手が巻き起こった。
曲が終わると、本日何回目かの拍手が響いた。
『はい!皆さん、ありがとうございますー。始めまして、顧問の井土広一朗です。さっきのはインフェルノをアレンジしたものに…』
演奏を見た想大は、
「すごいな…。優月君」
と心の中で、賞賛を送る。
『…最後に夜に駆ける、を演奏して終わりにしたいと思います!』
井土と澪がギターを構える。
その時、トランペットの音が鳴る。
聞き覚えのあるフレーズに、観客たちの心が踊る。
ド!ド!ド!ド!ド!
ゆながバスドラを踏みながらカウントをする。
次の瞬間、高らかな音楽が鳴り響いた。
ベースの低音が地面を伝って伝わる。
『さよならだけだった…』
再現度の高い演奏に、想大は思わず口ずさんだ。
ドラムがしっかりしているからか、演奏がくっきりと聴こえる。入学式に聴いた交響曲とは大違いだった。
そして、東藤、冬馬、茂華中の合同演奏が始まった。曲名は宝島だった。
ゆなと優愛のドラムスティックでカウントが始まる。
コンコンカン…ココンカコン…コンコンカン…ココンコカン…
瑠璃と苺がカウベルを叩く。すると、トランペットやトロンボーンの音が響く。
(瑠璃…ちゃん、ナイス)
そう呟いたのは、伊崎凪咲。手にしているクラリネットを構え、リードを口にする。
カウベルの音の直後、伊崎がクラリネットのソロを吹く。すると、拍手が響き渡る。
続いて、トランペット、トロンボーンのソロが続く。
優月も、ゆなと優愛のタム回しの直後、タンバリンを天へ突き上げ叩く。
すると、周防奏音と茂華中の隅沢がホルンを持って立ち上がる。
奏音たちは力の限り、ソロを吹き切った。
『続いて最後の曲です!』
冬馬高校吹奏楽部の部長の市村がそう言うと、
苺と瑠璃が同時に、シンバルを打つ。
すると、優月がタンバリンを叩いて煽る。
パン!パン!パン!パン!
初芽、心音、香坂もフルートに息を吹き込む。
それに、続くように管楽器の音が響きゆく。
どこまでも続く伸びやかな音。
瑠璃が叩くドラムも、激しく音がくっきりと鳴り響く。彼女もどこかうれしそうだ。
(…すげぇ)
そんな彼らの演奏が終わる頃には、想大の気持ちは決まっていた。
昼時、ようやく解散になった。
「…部長!フルートカッコよかったです!」
クラリネットの凪咲がそう言って香坂に駆け寄る。
「ありがとう。みんなも頑張ってたね」
すると瑠璃が彼女たちに歩み寄る。
「瑠璃ちゃん、よかったよー!」
「ありがとう!」
瑠璃と凪咲は互いに喜びあった。
「…瑠璃ちゃん、頑張ったね」
そう言って、香坂が褒めると、瑠璃は「はい!」と笑った。
一曲だけでも、できただけ良かったというのに、褒められるとは…と瑠璃は嬉しかった。
優月も、屋台で買った唐揚げを想大とシェアしながら話していた。
「優月君、太鼓、カッコよかった!」
「…ありがとう」
優月はそう言って、唐揚げを口の中へと転がす。
「才能有るんじゃないか?」
想大がそう言った瞬間、優月は驚きのあまり、咳き込んだ。
才能だなんて…。
「…だって、半月、練習しただけであんなに上手いんだから、打楽器、極めてみたらどうだ?」
「…極めて」
優月は、その言葉に瞳を輝かせる。
打楽器を極める。
「…そして俺も入部する。来週の火曜日、入部届を出す!」
「…っええええ〜〜っ!」
優月が目を丸める。
まさか、彼も入るとは…。
「が、楽器は?」
「…それは、あとで」
その時だった。
「優月くん、お疲れ様」
優愛が話しかけてきた。その横には瑠璃。
「…お疲れ」
すると、瑠璃が2人へ手を振る。
「先輩たち、お疲れ様です!」
「久し振り〜」
優月と想大がそう言うと、瑠璃はニコッと笑った。
「…次はコンクールだね」
瑠璃がそう言った。
「…そうだね」
優月と想大が言った。
「あれ?どうして、小林先輩が?」
彼女が訝しげに問う。すると、
「俺も入部するから」
と想大が笑った。
「意外〜」
優愛もそう言って、笑った。
「優月くん、カッコよかったよー」
「ありがと~」
あれで本当に付き合っていないのか、と想大と瑠璃は思った。
「また、コンクールで会おうね」
こう言って、優月は、優愛と瑠璃、そして想大は別れた。
その頃だった。
「茉莉沙、アイス分けてー」
「いいよ」
茉莉沙と初芽はアイスを食べながら話していた。
そんな彼女たちに横槍が入る。
「明作さん」
誰かが話しかけてきた。
その人物に、茉莉沙の紅い瞳が歪む。
「…はい」
茉莉沙は珍しいことに、拒絶するような口調で接する。
「…トロンボーン、上手かったですね」
「…」
その男の子は、彼女の元を通り抜けていく。
「…まだ意地を張るんですか?先輩…」
その時だった。
「ごめんなさい。私たち、急いでいるので…」
「…ああ」
初芽が茉莉沙の腕を掴んで、逃げるように去って行った。
『速水さん、言ってましたよ。組織には貴女が必要だと…』
しかし、茉莉沙は、
「…私は、もう抜けました。追うのは違うんじゃないですか」
とその男子の言葉を容赦なく弾く。
すると、その男子がニタァと笑った。
「…やっぱり、アイツら、来てるじゃない…。なんとか…」
熱弁する初芽を茉莉沙が手で制した。
「…もう私、いいんだ」
すると決意に満ちた紅い瞳を2人へ突き刺す。
「…私、吹奏楽、辞めるから」
「はっ…」
初芽はその言葉に息を呑んだ。
どうやら、優月たちの知らない所で何かが蠢いているらしい。
その日の帰りのバスで音楽を聴きながら、優月は先の会話を思い出していた。
『また、コンクールで会おうね』
この言葉を胸に優月は、頑張ろう、と決意した。
恐らく、本当の吹奏楽はまだまだこれからだ。
しかし、大きな闇が迫っているとは、誰も知らなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。
良かったら、いいね、コメント、ブックマークを、お願いします。
【次回】 新章開幕。 茉莉沙の『トロンボーン』…。




