54話 瑠璃色の夏祭り
背後から肩を叩かれた優月は大きく仰け反る。ああビックリした…。
「…あ、久しぶり」
来た友達は3人。1人は女の子だった。
「久し振りだな。小倉優月くん」
口を開いたのは、中学時代秀才だった八条龍雅だった。
「身長は相変わらずだけど」
今度は、もう1人の男子が言った。名前は鹿田椿輝。龍雅と椿輝は親友だ。
「…今、身長何センチ?」
「ひ、152…だったかな?」
「あぁ、中学時代から1センチしか変わってないねー」
櫻谷恋詩が言う。
「…櫻谷さんも、身長変わってないね」
「私ゃ成長期終わったのよ」
そう言ってうちわを仰いだ。一瞬だけその長い髪がなびいた。
「あ、堀田は?」
恋詩が訊ねる。しかし彼の行方など優月には分からない。
堀田俊樹。彼は御浦東高校の吹奏楽部に所属している。ちなみに一昨年の茂華中学校吹奏楽の部長だ。
「…まぁ、彼のことや、彼女と行くんだろー」
「か、彼女…」
去年は想大たちと行ったのだが、今年は違うのかな?と優月は思った。
「そうだ!小林君とはどう?」
「えっ?」
恋詩がそんなことを訊いてくる。
「…い、今も友達だけど…」
「あ、そうなんだ。君たちバカみたいに仲いいよね」
彼女にそんなことを言われるとは…。確かに、1年だけとは言え、吹奏楽部に付いてきてくれた。
しかし、彼が吹奏楽部に入らなければ、瑠璃と付き合うことも、今から別れることもきっと無かっただろう。
そうして、屋台が夥しく並ぶ大通りを歩く。
「…あー、サイアク」
「どうしたの?」
「チョコバナナのチョコが溶けてるわ」
椿輝が残念そうに言う。確かに今日は暑い。気温は夕方といえど、30度超えなのだから。
「…そういえば、優月君、最近は絵を描いてるの?」
その時、龍雅が訊いてくる。
「…絵?」
「いや、優月君の絵、すごく上手かったから。高校でも美術部なの?」
彼の柔らかい瞳に期待は無かった。恐らく単に気になっただけだろう。
「今は吹奏楽部だよ」
だから優月は躊躇わずに答えた。
吹奏楽部。最近は慣れず、そう言葉にすることさえ抵抗があった。しかし今は何とも感じない。
「えっ!?吹奏楽部?」
龍雅は驚いたように目を丸めた。
「じゃあ、フルートか!?」
「なんで?」
決めつけのように言う龍雅に、優月の眉が下がる。
「…いや、俊くんがフルート吹いてたって言ってたし」
「あぁ…」
恐らく中学に入学してすぐの部活動見学のことだろう。
先輩方にせがまれて、少し嫌々ながらも、フルートを体験した覚えがある。結局、最終日になってやっと音を出せたのだが、そこを彼に見られたか。
「…フルートじゃないよ」
「えっ、じゃあ何の楽器?」
「打楽器。簡単に言えば、グロ…鉄琴とかドラムとか」
「うぇ!?ドラムやってんの!?」
自分からしたら出来て当然なのだが、やはり一般的には出来れば凄い部類なのだろう。
「そうだよ」
「おぉ、優愛ちゃんと一緒じゃん」
「まぁ、そうだね」
龍雅と優愛は同じ委員会で知り合いだったらしい。だからお互い名前は知っているようだ。
「えっ?追っかけ?」
すると椿輝が無神経に訊ねる。
「違うわ!」
優月は慌てて否定した。別に優愛を追っかけたつもりは全くない。
「…なーんだ」
椿輝は残念そうにそう言った。
「あ、じゃあ、優愛ちゃんは?」
龍雅が訊ねる。
「…凛西の花火大会に行った」
「そうなんだ」
やはり中学時代、優月は優愛にゾッコンだった。しかしティンパニ破壊事件が無ければ、間違いなく告白できずに終わっていた。
あの頃、自分は瑠璃に敵視されてた、今ならそう思う。
その頃、瑠璃は祇園車で太鼓を叩いている。細長い長胴太鼓がリズムを刻む。
ドンドン!と切れの良い音が、締太鼓のリズムを包み込むように響いた。
しかし、隣で締太鼓を叩く凪咲は限界そうだ。腕の振り方が乱雑で、表情は水中をもがくように苦しそうだ。
後ろには音織がいる。彼女に代わってもらった方がいいのか、と考えていると、ようやく一区切りがついた。
「…うぁ、無理」
凪咲は山車の柵にもたれ掛かる。
「強く叩きすぎだよー」
瑠璃がそう言って、彼女のファンを凪咲の顔面へ向ける。扇風機の風が凪咲の髪をなびかせる。
「瑠璃ー、やさちー」
明日もあるのに、と瑠璃と音織は呆れ顔になる。
「頑張れ、クラリネットパートリーダー」
音織が鼓舞するも、凪咲は全く動かない。
「大丈夫?」
他の人に心配の声を掛けられながらも、凪咲は立ち上がる。
「ねーおー、太鼓やってー」
彼女の普段の真面目さは、疲れでどこかに行ったようだ。
「…仕方なし。ゆるりと寛ぐと良い」
そんな凪咲とは対照的に、音織の表情は真面目なものになる。しかし、その話し方は何とかならないのか。
音織は慣れた手付きで締太鼓を叩く。
トコトコトコ…と心地よい音が響いた。
移動した瑠璃も真似るように締太鼓を叩いた。
祭囃子は8時まで。明日もある。
「まつりばやし、きつー…」
「凪咲ちゃん」
仕方無いので、篠笛を他の大人へ預けた美心乃が、凪咲をうちわで涼めることにした。
恐らく部活動での疲れが溜まったのだろう。
優月たちは、想大と会っていた。
「小林君!」
椿輝が、法被姿の想大に駆け寄る。想大も嬉しそうに椿輝の肩を叩いた。
「おぉー!」
彼の皮膚には汗が滴る。
「…想大君、お疲れ様」
優月がそう労いの言葉をかけると、
「ういー!」
と独特な返事をされた。
「そうだ!君の後輩と黒嶋さんがいたぞ」
「黒嶋…?トランペットの」
優月は、孔愛と氷空であることに気付いた。
「…誰?」
椿輝は首を傾げる。
「あ、そうだ。優月君にお願いがあって…」
想大は優月に耳打ちをする。
《瑠璃ちゃんに花火大会、8時過ぎに華幽山で良いかな?って》
〈えっ?スマホで連絡しなよ〉
しかし法被にスマホを仕舞えるわけが無い。しかも神輿を担ぎながら返信は無理か、と優月は思ったので、渋々了承した。
本当に悪運が繋がっているな、と優月はつくづく思う。悪い状況が良い状況を覆う。まるで月を雲が覆うように。
仕方がないので、花火大会の件を伝えに行くことにした。
しかし瑠璃は電話に出ない。
(あー、電話に出んわ)
つまらない洒落を心の中で吐きながら、祇園車地帯へと向う。
(…確か、東窪だっけ)
そんな地名が書かれた祇園車へ歩き出した。やはり祇園車地帯は、煌々と鮮やかな暖色の光が包み込む。祭囃子と暖色の光。音と光の世界。
「…あ、いた」
意外にもあっさりと見つかった。彼女は締太鼓を叩いていた。佇まいから上手いことが一目で分かった。
「…すげー音」
長胴太鼓と締太鼓の音が、彼の脳をガツンとぶつ。やはり吹奏楽として聴く和太鼓とは、根本的に違うな、と優月は思った。
手を振ると、瑠璃はアイコンタクトで返す。数分ほど待っていると、瑠璃が直接下りてきた。珍しくツインテールではなく、髪をひとつに束ねている。
「瑠璃ちゃん、急にごめんね」
「大丈夫です!もしかして想大くんから?」
「そうだよ」
やはり瑠璃は想大からの伝言を期待していたらしい。もしかしたら、こうなることが、予め分かっていたのかもしれない。
「花火大会だけどね、華幽山で8時過ぎに…って」
彼女は髪をツインテールに縛りながら、その言伝を聞いていた。
「…分かった!ありがとう。って伝えておいてくれますか?」
瑠璃がそう言うと「もちろん」と優月は頷いた。
「…てか、今日はツインテールじゃないんだね」
優月が言うと、瑠璃は「戻そ」と髪をほどいた。
「えっ、いや!?戻さなくても大丈夫ってか…!」
優月は慌てて止めようとしたが、瑠璃の長い髪が肩から下へ落ちる。
え、可愛い…優月は反射的に思ってしまった。
目の前の美少女は、再び左右の髪を器用に束ね始めた。
「…いいの。どの道、想大くんに会いに行くときは、髪を戻さなきゃいけないし…」
いや絶対ロングヘアーの方がモテるだろ、と優月は心の中で突っ込んだ。それくらい美貌の衝撃がとんでもない。顔は童顔なのに、どうしてか大人びて見える。
そんなことを考えていると、瑠璃の頭はツインテールが完成していた。
「私、小さい時からツインテールで。優愛お姉ちゃんからも、ツインテールの方が可愛いって言われたから、中学校上がってからも、ずっとこの髪型なんだけど」
そう言って瑠璃は、祇園車を一瞥する。少し眩しい。黒鉄の闇など何処吹く風だ、という感じに。
瑠璃は本気で優愛を神格化している。彼女がいなければ、間違いなく今頃潰れていたから。
「…そうなんだ」
「あ、ボブカットは死んでも嫌です」
すると優月を一点に見つめてそう言った。
「髪を縛っていないと落ち着かないので」
「は…はぁ…」
だからロングヘアーにもしないのか、と思った。
すると…
「瑠璃ったら、修学旅行で寝落ちした時も、髪を下ろさなかったのはそういうこと?」
凪咲が聞いてきた。彼女は先ほどまでダウンしていた。
「まぁ、そうだよ。小さい頃に親戚から髪を引っ張られたことがあって…」
瑠璃はか細い声で言うと、優月に小さく手を振った。
「じゃあ、ありがとうございました」
瑠璃は礼儀正しく言って、再び祇園車に乗る。
その時だった。
ドーン!!
花火が空へ炸裂する音と、火花が弾けるような音がした。
「…わぁ」
優月はその光景に目を輝かせた。
暗く沈んだ空に上がる光の花。上がるたび白い白煙が、行く当てもなく風と彷徨う。
「…あ、花火か。風情あるな」
音織はバチを瑠璃に押し付けると、花火の見える場所まで移動した。
「ちょ…、音織ー」
瑠璃は困ったようにバチを構える。この時間、大人が締太鼓を演奏している。瑠璃は仕方なさそうに太鼓を叩き始めた。
「才覚あふれる淑女よ」
まるで騙されたと笑うように音織が言う。そして、空に上がる大量の花火を見上げた。
優月もその場から動かず、花火を撮影した。
(咲慧ちゃんに送るか…)
親友の加藤咲慧に写真を送ることにした。多分、彼女はゆなと行動を共にしていることだろう。
空に上がる赤や青そして金。様々な色の花火が空へ打ち上がる。
「…しゃ、終わった」
神輿の仕事を終えた想大は、華幽山へと歩き出した。ここから歩けば15分くらいか?
その前に瑠璃を迎えに行く。
9時までは上がるので、全く問題はない。
「…すみません、りんご飴ふたつお願いします」
「あい、600円」
今は7時45分。瑠璃の囃子は8時に終わる。
りんご飴を2つ購入した彼は、祇園車地帯へと急いだ。
その頃、優月は親からのメールに顔をしかめていた。
「…はぁ、駐車場は沢山なので、華幽山で9時に集合…はぁ」
華幽山へ行くのか、と優月はげんなりとした顔をした。
その時、こちらへ駆けだす音がする。
「いや、着いた!!」
「!?」
優月は信じられないものを見るように、その人物を見つめる。
「そ、想大君!?」
「おぉ、優月君じゃ。どうして此処に?…あ!」
想大が天空を見上げると、空に無数の花火。
「…綺麗」
「でしょ?」
優月はそう言って、想大の肩をポンと叩いた。想大は何か言っていたが、祭囃子の音で全く聞き取れない。
「…瑠璃ちゃんなら、後ろにいるから」
そう言って優月は消えた。想大は後ろを見ると、太鼓を必死に叩く瑠璃がいた。
(…ふふっ)
可愛らしいな、と想大は思った。
それも今夜で終わるのか、そう思うと儚い気持ちのように見えた。
優月は、友達を探そうと辺りを見るが、友達など誰もいない。最も、茉莉沙や初芽は何度かすれ違ったのだが。
やはり御浦の方に行く友達も多いのか?
そう思っていると、
「小倉先輩!」
と誰かが呼び止める。声の主を辿ればふたりの少女。
「あ、指原さん」
いたのは、希良凛と桜だった。ちなみに希良凛とは、何度も会って話している。だが、隣の桜という女の子は知らなかった。
「…こんにちは。市営でドラムやってましたよね?」
その女の子が優月に詰め寄る。彼は必死に頷いた。それにしても、距離が近い!と思った。
「…あなた、恋愛の女神が纏わりついてますよ」
「い、いや、占い師みたいなこと言うね…」
すると希良凛がはしゃぐように、
「この人、占いできるんですよ」
と言った。
「へ、へぇ…」
そうなのか、と思った。
「私、トロンボーンパートリーダー兼占い師の、蓮巳桜って言います!」
優月もまさか、他校の生徒に自己紹介されるとは思わなかった。
いや、それよりも友達を見つけたい。
「…先輩、今年は1人ですか?」
去ろうとした優月に、希良凛が訊ねる。
「ううん。友達を探しているよ」
「なら、華幽山とかどうですか?結構人いますよ」
「な、なるほど。い、行ってみるね」
「…では、また会う日まで」
希良凛や桜と別れた優月は、花火の上がる川とは反対方向の山を見つめる。
(…行ってみるか)
探してもいないのなら行く価値はある。
仕方無いので、優月は合流兼友達探しに、華幽山へ行くことにした。
しかし、あの悲劇を目の当たりにしてしまうことを、この時は全く考えていなかった。
ありがとうございました!
良ければ、
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【次回】 瑠璃が泣いてしまう。居合わせた優月は…?




