50話【最終回】 結果
市営コンクールの結果が出る。
『10番、東藤高校 金賞』
刹那、全員が顔を上げた。
は?嘘だろ?と誰かが言う。
その時、っしゃぁぁぁあ!と歓声が鳴り響く。ゆなが叫んだのだ。心の底から叫んだ喜びの叫び。それに伝染したように優月も叫んだ。
『やったぁ!!』
それぞれが喜びの声を上げた。
他の高校の生徒もこちらを見るが、全く気にしない。
「やりました!」
井土も嬉しそうに何度も頷いた。
「…やった」
心音も崩れて喜んだ。
「…心音、頑張ったね」
初芽はそう言って、心音の背中を叩いた。
『12番、茂華高校 金賞』
『13番、冬馬高校 銅賞』
やはり皆、予想通りの結果だったのか、反応は少し小さかった。
だが、東藤高校は違った。
「…金賞か」
優月は嬉しかった。金賞を穫れたことが。
出入り口。
集合していたのは、先程演奏していた御浦ジュニアブラスバンドだった。
「流石、東藤。やはりポップスには強いな」
そう言ったのは薬雅音乃葉。トランペットの実力が高すぎる余り、ウラ奏者のひとりだ。
「まぁ、私もビビッと来ましたからね!フルートの音は柔らかかったし、ドラムの音は弾けまくりだったから!」
独特な感想を述べるのは、鈴木燐火という女の子。彼女は赤みがかった短髪に色黒の美少女だ。そんな彼女のオーボエは技術が最高で、巷では『焔のオーボエ奏者』と呼ばれている。
そこへ1人の男の子が歩み寄る。
「鈴木さん、よく聴いてましたね」
片岡翔馬。彼は音乃葉直属の後輩だ。トランペットの実力は、クラブ内でもトップだ。そんな彼は集中が高まると、話し方が武将のようになる。まるで音織のような人間だ。
「そりゃ、メイちゃんがいるんから、あの方のトロンボーンを聴かねば損でしょうが!!」
メイとは明作茉莉沙のことだ。
「そうだ、鈴木さん、新人の綾中さんは?」
その時、片岡が燐火へ訊ねる。
「…綾中?ああ、あの子ならー」
すると数人の人の束を指さす。
「向こうに」
すると髪を長く伸ばした可愛らしい女の子がいた。
「綾中さんのオーボエ、よかったですね。聴いてて分かりました」
「まぁ、綾中は本番になると、ちゃんとできるバーサーカープレイヤーだからな」
「貴女のファイアープレイヤーも兼ね、それは違うかと…」
片岡が否定すると、燐火はフフンと笑った。
「…どうした?君は綾中が好きなのか?」
その時、音乃葉が聞いてくる。
「え…いや…、好きでは無いです。ただ上手いなぁ、と」
「本当か?私と綾中、どっちが好きか?」
絶対に答えろ、そんな意味も含められた問いに、片岡は迷うこと無く、
「…そんなの!薬雅さん、一択です!!」
と答えた。その瞳に濁りは無い。
「…だろーなー」
その反応に燐火は両腕を組んで呆れたように、そう吐き捨てた。
綾中巫琴は燐火直属の後輩だ。今年から入ってきたのだが、中学1年生にしては上手い。しかも神平中学校吹奏楽部にも所属している。コンクール等は中学校で出ているが、演奏会などには参加している。
その時だった。
「…燐火さん」
誰かが彼女の肩を叩く。その相手を見て、燐火は嬉しそうに言う。
「おぉ!?メイちゃん!」
「さっき、冬樹くんにも会ってきた」
「君の熱き彼氏か!」
「…ちげーよー」
茉莉沙がげんなりと突っ込むと、音乃葉も歩み寄る。
「トロンボーン、とても良かったぞ。3年間お疲れ様でした」
音乃葉が労いの言葉を掛けると、「どうも」と茉莉沙は返した。
「てか、帰らなくて良いのかい?」
「…今、楽器運び終わってバス待ちなんです。私の後輩もあっちにいますよ」
「君の後輩か。メイにも後輩はできるんだなぁ」
「できますよ」
茉莉沙が苦しそうにも笑い掛ける。
「…そうだ!金賞おめでとう!本当に良かったぞ。曲は知らんけどな」
そこへ燐火と片岡も同じ事を言う。
「私も知らんな!ただ情熱はあった」
「初めて聴いた。良き曲であった」
ふたりも知らないのか、と茉莉沙は少し驚いた。
「…そうだ!沢柳には会ったのか?」
すると燐火がそう訊ねる。
「ああ、手は振られました。知らないフリしたけど」
「えぇ!」
茉莉沙は「冗談ですよ」と笑い飛ばす。
茉莉沙があまりにも笑うので、ふたりも緊張を忘れて大きく笑った。
その時、優月は優愛といた。
「さっき瑠璃ちゃんと話してきた」
優愛が嬉しそうに言う。優月は「そうなんだ」と言う。
「金賞、おめでとう。結果が出て良かったね」
優愛がそう言ってクスッと笑う。優月は嬉しそうに何度も頷いた。
「実は、優愛ちゃんのやつ使ったんだ」
その時、優月がカミングアウトする。すると優愛は信じられなさそうに目を丸める。
「…それは、」
すると優愛はにんまりと目を細めた。猫のようだ。
「…穫れて当たり前だろ!!」
優愛はまるで自分が金賞を掴み取ったかのようにそう言った。
「あはははは」
優月は小さく笑うしか無かった。
そうしていると、スマホから通知音が鳴る。
《全員、エントランスに集合してくださーい》
部長茉莉沙からの通知だった。
「…じゃあ、楽器戻るね」
「うん!お疲れ様!」
優月はそう言って、ロビーへ続く階段を下って行った。
「…瑠璃ちゃんも、優月くんも、結果が出て良かったね」
優愛はそう言って、スマホを握りしめた。
そうして駐車場へ部員が集結する。
「…全員、いますか?いる方は手を挙げてください」
茉莉沙が呼び掛けると、全員が手を挙げた。18人。全員だ。
「では、挨拶をします!お願いします!」
『お願いします!』
するとバスはゆっくりと砂利道を歩き始める。タイヤが砂利を踏むたび、嫌な振動が車内にまで伝わる。
バスは静かに向日葵の花壇を越えて、車道を走り出した。
ゆなは寝ている。優月と箏馬はまた同じ席だ。
「今日は御赤飯ですよ。先輩」
箏馬は金賞を穫れたことに喜んでいる。
「…そうだね」
優月も優しく笑い返した。
その時だった。
『御赤飯のおにぎり、食べるの忘れてたよ〜』
横にいるゆなの声がする。
「す、すみません、起こしてしまいましたか?」
慌てて箏馬が謝ろうとしたその時…。
『玖衣華』
ゆなの目元から一筋の雫が溢れる。少し日焼けした皮膚を優しく滑る。
「…鳳月さん?」
玖衣華?誰だ?そしてどうして泣いている?
優月は少し気になったが、触らぬ神に祟りなし。彼はゆなを放って箏馬と話すことにした。
バスが学校に着くと、楽器を音楽室に運ぶ。去年はティンパニがあったのに、今年はドラムだけなので全然楽だ。
そう思いながら優月は、スネアドラムを運ぶ。去年は優月ひとりがティンパニを使っていたのに、向太郎たちが運んでくれたことに、罪悪感があったので今年は気が楽だ。
そうして、楽器を運びに、数回階段を上り下りすると、楽器や機材は空になる。
音楽室に再び全員が集結する。
「…はい!市営、お疲れ様でした!せっかくなので賞状はデカデカと飾って、音楽の生徒に延々と見せびらかすのでご安心を。略して伊勢海老」
井土がそう言うと、ゆなが「食いてー」と言う。
「まあ、いいや。てことで今日の部活を終わりにします!」
そして本番と部活が終わった。最高の形で幕を下ろしたのだ。
音楽室から少し離れた階段で、ゆなと咲慧は話していた。
「ゆなっ子、来週こそはどっか行く?」
すると、ゆなは不機嫌そうに彼女を見る。
「ごめん。来週は行きたい所がある」
「そ、そう」
「あとゆゆに話した?私のこと」
「えっ、どうして?」
するとゆなは咲慧に向き直る。
「…さっき、玖衣華って誰?って聞いてきたから」
「玖衣華?ゆなっ子の妹じゃん」
そこで咲慧は納得した。
「何も話してないよ」
咲慧が小さな声で答える。
「…そう。それは疑ってゴメン」
ゆなはそう言って目を逸らした。
「どうして、ゆゆ達に過去を話そうとしないの?」
「…それは、」
その時だった。
「咲慧ちゃん?一緒に帰ろう?」
優月がそう言った。優月と咲慧は一緒に帰る約束をしていた。
「あ、うん。じゃあね、ゆなっ子」
「ああ、お疲れ」
ゆなは雑に手を振り、階段を滑るように降りていった。
「咲慧ちゃん、鳳月さんと何を話してたの?」
「ううん、何でもない!」
優月が尋ねようと咲慧は何も答えなかった。
『…あの、鳳月さん』
『何だよ?』
『玖衣華って誰?』
『はっ?』
『いや、気になっちゃって…』
その会話を思い出したゆなは、憎々しげに後ろを見る。何故か彼が『義妹』のことを知っている…。
何でも心配して、知ったフリをして過去を燻り返す彼が嫌いだ。
(目障り…)
そう吐き捨て、ゆなは学校を出て行った。
それから、優月は瑠璃から連絡が来ていた。
『お疲れ様!金賞おめでとう!みんな褒めてたよー』
彼女からの文言が脳内で聴こえる。
(…瑠璃ちゃんたちこそ)
優月は嬉しそうに返信した。しかし少し気になった。
瑠璃からの連絡量が増えた気がする。
その時、咲慧が「どうしたの?」と覗き込んでくる。
「いや、友達から」
「小林って人から?」
「ううん。違うよ」
「…てか、夏祭りは来週なんでしょう?一緒に行く人はいるの?」
咲慧は何故か、夏祭りのことを心配している。
「…まぁ、他の友達を誘ってみるよ」
優月はヘナヘナとしながらそう言った。
それにしても…
「ああ、コンクール終わったねー」
優月が言うと、咲慧も「だねぇ」と言う。目が合うと、ふふっと笑った。
「…あとは盆踊り大会と、演奏会だね」
「そうだね」
盆踊り大会。
しかし、そこで混沌の波紋が広がるということは、彼らは知る由もなかった。
そして、再び退部者が出てしまう危機に陥ることも…。
それにしても…同じ頃、きっと瑠璃もコンクールの結果に喜んでいることだろう。
それを想像すると優月は、自然と優しい笑みが溢れ出た。
だが、夏はまだまだこれからだ。
ありがとうございました!
良ければ、
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【今後の予定】
51話 鳳月ゆなが小倉優月にキレ出す…。 (・・;)
52話 吹奏楽部初!?ゆながツインペダルに挑戦!
53話 瑠璃激震 占い師 蓮巳桜
54話 瑠璃と想大 最後の日




