春isポップン祭りの章 [準備編]
描写の都合上、オノマトペが多用される場合があります。
この物語はフィクションです。
人物、学校名は全て架空のものです。
ご了承下さい。
合同練習の翌日、春isポップン祭りの当日。
制服に身を包んだ優月たちは、早朝7時30分、東藤高校の音楽室へ集合する。
「急いでー、急いでー!」
そんな彼らを待ち受けていたのは、楽器の運搬だ。
「…がんばー」
小物楽器や譜面の入ったコンテナを運ぶ優月や、譜面台を折り畳む美心たちを見て、ゆなが応援する。
「…鳳ちゃんもやるんだよー!」
それを見た顧問の井土広一朗が、鋭い声で突っ込んだ。
「私、重いの持てなーい!」
ゆながそう言って、欠伸をする。
この人に説教は無意味だ、と優月と美心は肩をすくめた。
それに引き換え、1人、楽器の運搬に力を入れる者がいた。
「俺の筋肉、部内1ぃ!」
そう言って、部員全員の譜面台を運ぶのは、チューバ担当の朝日奈向太郎だ。
彼が筋肉を隆起させる度、くっきりとした割れ目が浮き出る。
「…相変わらず、朝日奈は凄いね」
周防奏音がそう言いながら、ホルンケースを抱えると、
「…向太郎って呼べよぉー」
と気さくに返した。
重そうだと言うのに、こう何時ものように会話ができる彼を見て、優月は、
(シロクマみたい…)
と、コンテナの重さに顔をしかめながら思う。
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30分程経つと、楽器の積み込みも終わり、部員全員がバスに乗り込んでいた。
「夏矢君、おはよー…」
優月が欠伸を、疲れた右手で押し殺しながら、隣の席の男の子へ言った。
「ああ…。おはよう」
彼は夏矢颯佚。超強豪校の神平中学校吹奏楽部出身のサックス奏者だ。
「…晴れたねぇ」
そう言って、優月が窓を撫でる。
天気は快晴。風は少し吹きつけるだけだった。
その頃、茂華中学校も準備を、始めていた。
「…グロッケンとドラムは、冬馬高のを借りるから、持ってかなくていいよ」
顧問の笠松明奈の言葉をあとに、優愛が瑠璃と準備を始める。
「おねーちゃん、スティックまとめておいたよ!」
瑠璃がそう言うと「助かる!」と優愛が礼を言う。
「…あと、楽譜も纏めておいてー」
「分かったー!」
2人の連携もあり、パーカッションの運搬はすぐに終わった。
町営のバスに乗り込んだ数人の部員は、最終確認を取る。
「人数、9人、全員です!」
部長の香坂白夜がそう告げると「ありがとう」と笠松が、後方の席を見る。
「では、お願いします!」
すると、白夜が「お願いします!!」と運転手に言う。
『お願いします!!』
部員もそう繰り返した。
すると、ゆっくりバスが動き出す。窓の景色が、みるみるうちに変わりゆく。
しばらくすると、少ない部員での会話があちこちから溢れ出した。
「…うぅ…。ドラム、緊張するー…」
そう言ったのは古叢井瑠璃。彼女は先日まで鍵盤楽器がメインだった。それ故、皮楽器は慣れていない。
「壊さないでね」
先輩の榊澤優愛が冗談めかして言う。
「うん…」
しかし緊張のせいか瑠璃には、冗談が忠告のように聞こえてしまった。
その時、東藤高校もバスで移動の最中だった。
「…小倉君は、どうして吹奏楽部に入ったの?」
突然、颯佚が優月へ尋ねてきた。
「…っえ!」
彼はイヤホンで音楽を聴いていた筈だ。いきなり話しかけられてドキッとする。
しかし友達を作るチャンスだ。ここは答えねば。
「…うーん。井土先生の影響もあるけど、元々は好きな人に憧れたことかな…」
「なるほど。そういうキッカケもあるのか」
颯佚がフムフムと首を縦に振る。
「…茂華も強豪校だものな」
「ふふ…知ってる」
優月はそう言って、懐かしそうに笑う。
その話しを、優愛から何度聞かされたか…。
「夏矢君も、サックス上手いのに、どうしてここの高校に入ったの?」
優月はふと気になってそう訊ねる。入学式のあの時、『下手くそ』と言ったのは間違いなく彼だ。
吹奏楽なら、神平高校や茂華高校、御浦高校等に入学した方が間違いなく上を目指せるだろう。
彼より上手いサックス奏者を優月はまだ知らない。彼の実力なら、問題無く他の高校でも通用しそうなものだが…。
すると、颯佚が不遜な声で答える。
「俺は元々、吹部に入る気は無かった」
「…っえ?そうなの?」
すると、彼は嫌そうに辺りを見る。
「…で無けりゃ、こんな下手吹に入る訳ないだろ…」
言い方は散々だが、確かに…と優月は納得する。
…あとで話してやるよ、そう言って彼は、スマホをいじりだした。
もしかしたら彼は分かっていたのかもしれない。
このあと、この吹奏楽部に退部者が続出することを。
ー道の駅色桜ー
道の駅、色桜は、桜の名所で有名な道の駅だ。プールや温泉、レジャー施設やホテルまである万能施設だ。
「挨拶します。ありがとうございました!」
部長の雨久朋奈が言うと、全員が繰り返す。
すると、トラックは何事もなかったかのように去って行った。
「…はぁ。疲れた」
そう言ったのは、テナーサックスパートの齋藤菅菜だった。
「そだねー」
弦楽器担当の奏澪もそう言った。
行きは喋りが多かったので、帰りはぐっすり寝ようと思う。
「…わぁ…」
4月の下旬だと言うのに、道しるべのように植えられた八重桜は誇らしげに咲いていた。
「小倉、綺麗だな…」
ゆなが言うと「だね」と優月は頷いた。
「…ほら、早く、準備するよ!」
そんな2人に水を差すように、美心が注意する。
「…もう着いてるの?」
ゆなが不満気に訊ねると「うん」と頷いた。
「…てか、何運ぶの?」
しかし、絶えず続くゆなの質問。
しかし美心は的確に指示を出す。
「小物楽器と譜面台!小物は小倉君で、ゆなは譜面台持ってって!!」
そう言って、美心は雨久や奏音のいる所へ戻って行った。
「…美心。お疲れえ」
奏音が労いの言葉と共に、彼女の肩をポンポンと叩く。
「奏音ちゃん、ありがと~…」
と美心はよろよろと蹌踉めいた。単に2人の扱いもあるが、疲れの原因は寝不足だ。彼女の瞼に、クマがくっきりと浮かんでいる。
「あれ、もう1人の副部長は?」
すると、雨久が辺りを見回す。
「朝日奈なら、こき使われてるかもね…」
奏音がそう言って、口角を上げた。
朝日奈向太郎と齋藤菅菜は、荷物持ち要員として部員から持て囃されている。
「…奏音、レミリン置いてきて、ついでに朝日奈君を呼んできて!」
雨久が奏音へそう指示をする。
「了解!」
そう言って、奏音はスキップするようにホールのある建物へと入って行った。
地下室のような薄暗い空間を下った先には、小ホールがあった。
「齋藤先輩、ありがとうございます」
楽譜を、持ってもらった降谷ほのかが菅菜へ礼を告げる。
「大丈夫よ」
そう断って、菅菜は譜面台を床へ立てる。
ゆなも「ありがとー」と気さくに向太郎に感謝した。
どうやら、向太郎に手伝ってもらっていたらしい。
ゆなは美しくも可愛い容姿だ。それ故、男子にも甘え上手である。ズルいな…と優月は、どこか心の底で思っていた。
多分、こういう人間は大人になったら、大成するか、苦労するかの2択だろう。
時を同じくして、既に茂華中学校の演奏は、始まっていた。
ミセスの曲だからか、手拍子で盛り上がる。
優月たちも準備を終え、ステージへと行く。
すると丁度、何の偶然か、部長の、香坂がマイクを片手に何か、話していた。
『…今から、私たちと一緒にリズムを真似しましょう!』
すると、優愛がバスドラムのペダルを踏みつける。跳ね上がったビーターは正確に音を刻んだ。
ド、ド、ドド、ドン!
すると、香坂たちが手拍子で真似するように同じリズムを打つ。瑠璃はタンバリンを前に突き出し拍手と同時にタンバリンを叩く。
パン…パン…パパ…パンッ…!
観客も、まばらに拍手を繰り返す。
『あれれーぇ、元気がないぞぉ?』
その時、香坂がわざとらしくそう言った。普段は真面目な彼女の言動に、優愛含めた3年生が笑ってしまう。
元気はあるんだ、やる気がないだけで、と優月はド正論を突っ込みたくなったが、口には出さなかった。
『…もう一回、行くぞー!』
すると優愛が、踵をペダルへ落とす。
ドン!ドン!ドドド…ドンドド…ドン!
さっきよりも大きなバスドラの音。すると、香坂が更に天へ、両手を突き出す。
優月たちは、やらせでもされているかのように、
パン!パン!パパパ…パンパパ…パン!
と手拍子を打つ。
優月は、何度も演奏を聴いているが、この演奏は初めて聴く。恐らく、少数ながらもこれが1番盛り上がるからだろう。
「茂華はドラム下手なのね…」
しかし、ゆなが率直に感想を述べた。
「黙ってみてろ」
優愛のことを言われた優月の口調が鋭くなる。
「…はいはい」
しかし、あれでも下手なのか…。
ゆなは確かにドラムが上手い。だが、他の楽器は?と訊かれると、遥かに優愛の方が上だ。
優月は本来、生真面目な性格だ。大切な人を貶されれば、流石の彼でも怒りたくもなる。
その時だった。
ヌッと誰かの手が、優月の肩を掴む。
「…誰!?」
優月は怖くなって後ろを振り返る。
すると、そこにいたのは、親友の小林想大だった。
「…そ、想大君…」
「優月君、見に来たよ」
刹那、桜を散らすほどの強い風が吹きつける。
「…実はな、僕も吹部に入ろうか、迷ってるんだ…」
想大の一言に、優月は信じられなさそうに彼を見た。
彼としばらく話していると、出番が来た。
「…小倉、本番だ」
冬馬高校の演奏が終盤へ、差し掛かったその時、ゆなが彼へ呼び掛けた。
「…分かった」
優月が返事をすると、想大の方を振り返った。
「優月君、頑張ってね」
想大の激励に優月は「ありがとう」と返して、ステージ脇のテントの方へ歩いて行った。
そしてこの後、彼らの暴走が始まるのだ。
ありがとうございました。
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次回
優月と瑠璃、奏音が暴走…。
春isポップン祭り 完結!!
新東藤高校吹奏楽部始動




