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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想い切り覚醒 市営コンクール本編
119/209

48話 覚醒!市営コンクール

月に叢雲華に風。

確かに聞いたことはあった。しかし曲は聴いたことすら無かった。それでも有名な曲だ。

この曲を初めて聴いたとき、何故か衝撃が走った。

歌詞、メロディーが自分と重なった。


これなら金賞を穫れる。数あるポップスの中でもこの曲なら、絶対に他の学校へ匹敵する。

優月は確信していた…。

吹奏楽は課題曲や自由曲を演奏するだけでは無い。

御浦東高校の次が、東藤高校の演奏だ。管楽器隊はチューニングを終えると、全員が舞台袖へ集結する。

「…そろそろです」

井土がそう言う。その視線の先には楽器を構えた生徒達がいた。

「…打楽器、大丈夫そうですか?」

彼女がパーカッションの子達に声を掛ける。

「…大丈夫です」

久遠箏馬が答える。

「そうですか」

打楽器の群を見て、茉莉沙はコクリコクリと頷いた。

「…皆さん、頑張りましょう」

茉莉沙はそう言って、指を天井へと突き出す。1を表す人差し指。

「…はい」

部員たちは一斉に人差し指を挙げた。


その時、演奏が佳境に入った。

和太鼓とティンパニの激しいリズムが、管楽器隊を包み込む。あまりの爆音に、こちら側の人達は息を呑む。その空気が唸るような迫力に、優月はただ凝視する。

この迫力。まるで昔の自分が叩き鳴らしていた音のようだ。あの頃の強い感覚が途端に戻る。

当時、この演奏者以上の技術は、間違いなく有していた。それは今だから分かる。途端に自信が湧いてきた。

「…そろそろ演奏が終わる」

優月はそう言って、優愛のスティックを強めに握った。熱を帯びる持ち手。緊張で沸いた焦燥が抜けない。

「…何か特別なことをしようとしなくて良いからね」

その時、初芽が心音にそう言った。

「えっ?」

心音は首を傾ける。

「…無理しないで頑張ろう」 

初芽はそう言って、硬い表情をする心音の頭をゆっくりと撫でていた。

しかし何を話しているかは優月には聴こえない。打楽器のソロだけが辺りを包む。恐らく至近距離へ行かねば、よく聴こえないだろう。

優愛からの形見。これを使うからには失敗は許されない。

その時、優愛との会話が脳裏に去来する。

『何より楽しいから優月くんでも出来ると思う』

出来る、優愛はそう言って笑っていた。その言葉を信じて今まで努力してきたんだ。

大丈夫。感覚を鋭敏に研ぎ澄ませ、集中しろ。優月は自身へ言い聞かせる。

『…優月くんなら絶対できる』

優愛の幻影が幻聴が、優月の脳内を包む。かつて想いを寄せていた相手に言われたその言葉は、他の何よりも強い。

(そうだ。俺はもう大丈夫)

そしてこの太鼓の音が、幼少の頃の感覚が呼び覚ます。そのせいか、緊張は徐々に自信へと変わる。


「…先輩、緊張してますか?」

その時、箏馬が話しかけてきた。彼はゆなと同じくらいの長身だ。彼の問いに優月は清々しい顔で答える。

「…緊張…しない。ワクワクしてきたわ」

優月はそう言って小さく笑った。その様子に安心したのか、箏馬も小さく笑い返した。


その時、パチパチ…と拍手が鳴る。

「いよいよですね…」

箏馬が言う。

「ポップスって言えば、冬馬高校もMelaやってましたね」

Melaは緑黄色社会の曲だ。東藤も同じだが。

「…そうだな」

優月はサスペンドシンバルを手にする。そしてステージへと歩き出した。



観客席は人々がいた。前列席には生徒。後方には一般の観客がいた。(ゆう)に300人はいるだろう。

「…すっ」

優月は一瞬、その人数の多さに戸惑った。これだけの人数は定期演奏会でも居なかった。多い!

しかし時間は非情に、演奏の時間へと移りゆく。

『高校の部 東藤高校吹奏楽部 曲、月に叢雲華に風、恥ずかしいか青春は』

一介の吹奏楽コンクールでポップス曲を演奏するのは、ほんの少し勇気が必要だ。

優月はドラムスティックを構える。いつも使っているものより、やや大きい。ペダルに足を乗せる。

井土は指揮台近くにギターを置き、両手を構える。実は今回、ある仕掛けをしている。


次の刹那、トランペットとフルート、そしてオーボエの音が響く。オーボエが尚目立つイントロだが、吹奏楽さを演出する為にトランペットたちも入っている。音程はバッチリだ。

そして箏馬がウインドチャイムを鳴らす。シャラララ…と涼やかな音。

そこからイントロでドラムが入る。優月はハイハットシンバル目掛けて、スティックを振り下ろす。両足を規則的に動かしリズムを刻む。グロッケンやタンバリンとは全く違う感覚だ。乱立するシンバル地帯を越えれば、音は一時小さくなる。フルートたちのメロディーがホールへ響く。

しかし優月は気を抜かない。

(休符も気を抜くな…)

自身に言い聞かせる。

その時、綺麗に揃ったフルートの音色が轟く。初芽だけでは無い。心音も完璧に吹いている。しかもその演奏は今までにないほどの綺麗さだった。最近から努力するようになった彼女だが、審査員である父への執念、努力も実を結んでいる。何十回に1回の演奏。それくらいのレベルの演奏を心音はしている。

(やるじゃん…)

しかし今の優月は超が付くほどの集中状態だ。覚醒状態なのだ。感嘆に呑み込まれることなく、シンバルを叩き散らす。他の楽器の音程に合わせる。意識しながらも観客席の方を見る。観客は案外驚いているようで、手拍子をする者も居た。上手い、優月はこの演奏を皆に誇りたくなった。

そんなことを考えていると、サビへ直結するメロディーへと到達する。

フロアタムのリズム、ここは管楽器のタンギングに合わせる。

(…ここは完璧に合わせる…。簡単だ)

普段はおざなりな場所だが、今の覚醒状態の優月には苦労無く合わせられる。

そしていよいよ、サビへと突入する。だが、信じられないことが起こる。

《月には♪叢雲♪華には♪風と…♪》

空耳が彼を襲う。誰か歌っているのか?そう思うほど、耳に色濃く残る。

だが、その空耳歌に合わせるようにハイハットとスネアを打つ。すると管楽器隊の音も更にくっきりと響いた。空耳歌という現象は彼のリズムを固定した。

何だかやるせない感情を紛らわすように、彼は一瞬固まっていた表情を崩す。笑って叩きたい、そう思っていると、サビからクラリネットのソロが響く。

そこへ箏馬のトライアングル。寸分違わず正確な音。チーン…と鉄特有の涼しい音がホールへ響く。さらにゆなのグロッケン。メロディーを打ち抜く。彼女の鍵盤テクニックも少々だが上がっていることが分かる。ふたりも完璧だ。

ハイハットをスティックの先端で打ち抜く。

ツッツツツン!

驚く程に綺麗な音が鳴る。その驚きに飲まれる間もなく、ハイハットのオープン・クローズを響かせる。2番も同様に、それぞれが完璧な演奏を見せた。

そしてCメロへ到達する。それまで感覚に身を任せた優月だが、ついに自身が完璧な演奏をしていることに気づく。

(あっ…、もう終わりか)

3サビが終わり、アウトロが終われば、この曲は終わりだ。寂しいな、と優月は思う。

そんなことを考えていると、再び同じ現象に襲われる。

《盲目、消えた安らぎに、出会って、芽生えた…》

歌詞が、そして歌詞の意味が脳裏に、深く突き刺さる。

孤独に過ごしていた時に、出会った相手。それが優愛だ。彼女には一瞬で恋に落ちた。中学時代はいつもこう思っていた。

(恋情、譲る気はない…)

その時、ギターのぎゅうううう!という激しい音が鳴り響く。

来たな、と優月は心の中で笑いながら、シンバルを軽く打つ。そして両手足を動かす。

井土のギターメロディーが最後に入る。これが最後の仕掛けだ。ちなみに大会関係者に許可は取ってあるらしい。審査に影響無ければ良いが…。

あとは同じメロディーを繰り返すだけだ。ここは少し音量を落とす。今回はバンド大会では無いからだ。すると開きっぱなしだった瞳が熱くなる。ここにきて、ようやく手が熱くなる。優愛は『怨念』と笑っていたが、本当ならば逆にありがたい。優愛に支えられているような気がして。

雲突き抜け、風切り裂いて…、この歌詞は優月が恋の終わりへ羽ばたく言葉、そのもののようだった。歌詞と優愛への元恋情が重なり合う。そしてスネアのロールからのシンバルを叩く。これでドラムセットの仕事は終了だ。

あとはフルートやクラリネット、そしてゆなや箏馬の打楽器を聴き守るだけだ…。

終わってしまった。


しかし、ゆなが迫る。

2曲ともドラムを使うとなると、やはり大変だ。

するとトランペットと、井土のギターの音が響いた。そしてライドシンバルがキン!と音を鳴らす。それからフィルイン。ゆなのドラムは安定している。

それから、バスドラムの一定のテンポに合わせて管楽器の音が鳴り響く。

優月はグロッケンを打つ。咲慧から教わった早打ちだ。打ち終わり咲慧を一瞥する。彼女は視線に慣れたのか、平然と吹いている。すごいなぁ、と優月は思った。

そしてBメロで一斉に管楽器隊は左を見る。楽器ごと左を向いたのだ。そして次の1小節で右を向く。それと同時にロールが響く。すると3年生4人は、トコトコとステージ前へ歩く。

サビの手前、ピタリと止まる。するとパッと弾けたようにサビのメロディーが響き渡る。茉莉沙たちは楽器を2階席へ向けての演奏だ。悠良之介はユーフォニアムを少し苦しそうに吹いているが、他の部員たちは全く問題無さそうだ。

茉莉沙のトロンボーンのスライドが上下する。彼女は集中して吹いている。音程が外れること無く安定して大きな音を出している。

むつみもオーボエのキイを押しながら、器用に吹き切る。彼女の黒髪の鬘が少し靡いた。

初芽の演奏技術も至高の領域だ。優しい音が音楽の良さを引き出している。その上、心音の奇跡的な演奏も兼ねて、フルートの音はホールいっぱいに響いた。

しかし結局は、ゆなのドラムが全ての安定さを引き出している。彼女の実力が今の演奏を支えているのだ。

優月は必死にタンバリンを打つ。一糸乱れぬ音が響く。集中している彼の演奏は、正確さに全振りされている。

1番が終われば、いきなり3メロだ。スネアドラムのシャッフルと共に管楽器隊は移動する。全員がステージの最前列にいる。

優月はタンバリンを左手に、右の手のひらでパン!と打つ。歯切れの良い音。

そして再び一瞬の沈黙。それを破るかのように管楽器の音が、ぱちん!と弾け出す。

優月は手が痛くなりながらも、必死にタンバリンを打ち続ける。キレの良いリズムと同時に、箏馬がトライアングルを手にした。そしてチリチリと間の空間を打ち鳴らす。

2人は同時に一音を打ち鳴らす。するとホルンたちの音と共に音が静かに消える…。

音が完全に消えると、茉莉沙、むつみ、結羽香、悠良之介が前に立ち、井土と共に深く礼をした。


演奏が終わった。

演奏の余韻が抜けたのは、楽器の搬入口いる時だった。

優愛は聴いてくれたのかな?成功したのかな?

様々な感情が入り乱れた優月は、頬を両手でパチン!と叩いた。そして…

「先生、どうでした?」

井土に尋ねると、

「良かったですよ」

と答える。しかし彼はあまり満足げな表情をしていなかった。

「やっぱり、ギターの音外れてましたかねぇ」

彼が言うと、ゆなが小さく頷いた。

「…恥ずの最後のトコ、音量小さすぎて、向こうまで聴こえてたかどうか…」

ゆなが冷たく言うと、井土は子供っぽく落ち込んだ。顧問も指揮だけでは無く演奏する。かなり稀有な学校だよ、と優月は誇りたかった。

「…金賞、穫れそうですかね?」

箏馬が尋ねると、優月は、

「…穫れるよ。きっと」

と言った。 

今日の為だけに命を賭ける勢いで練習したのだ。きっと、きっと、良い結果…金賞が穫れるはずだ。


次回、結果が判明します。

ありがとうございました!

良ければ、

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【次回】 『嘘…でしょ…?』

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