47話 決戦!市営コンクール
「それでは、部活を始めます。ちなみにこの前のホール練習に来てくれた周防先生もいるんで、頑張っていきましょう!」
その言葉で部活は始まった。
指導者の周防結愛。この高校の卒業生である周防奏音の母だ。結愛は吹奏楽の優秀な指導者でもある。
「さて、通しからお願いしますね」
『はい!』
こうして合奏しては指導され、合奏しては指導されを繰り返した。
「はい!加藤さん、そこのバッキングできるようになりましたね」
「は、はい」
咲慧は結愛からの指導が終わりへたれこむ。
「これ終わればムゲンジョー」
「その前に無限指導だな」
颯佚がそう言うと、イライラしてたのか「るせー」と怒るように言った。
そうして、最後の合奏が始まった。結愛が終始手拍子をしてくれたので、最後までペースを落とさず演奏を終えることができた。
「あい、ギターを持って下さい」
井土がそう言って、優月にギターを手渡す。
用途は単純明快。井土がギターを弾く為に使うからだ。
「はーい」
優月は返事と同時に、ギターケースを抱えた。体の小さい優月にとっては、少し重く感じる。
「ゆゆ、それ運んだら、グロッケン持ってけー」
その時、ゆなが言った。
「ああ!」
優月は返事を残し、階段へと姿を消した。
市営コンクールとは、御浦市が主催の吹奏楽コンクールだ。とは言え、ゴールド金賞を獲った所で次の大会へ進めるわけでは無いが、1週間後の地区・県大会へのアドバイスをくれる。
何といっても、小学校、中学校、高校、楽団ごとに結果が下されるが、金賞への倍率が存在しないので、良い演奏をすれば、金賞を穫れる弱小校もある訳だ。
翌日。
優月たち、東藤高校の部員は、御浦市民ホールへ到着した。爛々と向日葵がバスを迎える。
「…あっつー…」
ゆながそう言った。優月はその言葉に「だね」と頷いた。
「…先輩、ここ来るの数週間振りですかね?」
久遠箏馬が尋ねる。優月は「そうだね」と頷いた。他の学校のバスも停まっている。
「日光学園に、足浜中。何で県北の方が?」
むつみが不審そうに言う。わざわざ御浦市にまでコンクールに来ることあったのか?
「日光はともかく、足浜は強いんですか?」
美鈴が尋ねる。すると茉莉沙はこう答える。
「…まぁ、足浜は強豪だからね」
聞けば数年連続金賞を受賞しているらしい。
「じゃあ、早くいきましょう!」
「もう足浜中、終わってるよ」
「えぇ!?見たかった!」
「ちなみに日光ももう終わってる」
「日光がくえーん!」
美鈴が落胆すると、茉莉沙は励ますように彼女の肩をさすった。
一方の優月は、ゆなとバスのトランクに入った小物楽器や機材を取り出していた。
「…来たかぁ」
優月は緊張していた。その時、
「ゆゆ、これコンテナに入らないから自分で持ってけ」
ゆなが優月にスティックを押し付ける。いつも使っているものだ。
「えぇー、無理矢理にでも入らないの?」
「重いから無理。まぁ、他にも沢山スティック入ってたし大丈夫っしょ」
ゆなは他人事のようにそう言って、楽器の入ったコンテナを運び出した。優月は不遜な気持ちを隠し、スティックをリュックに入れた。
しかし、そのスティックが本番で使われることは無かった。
その後。
「先輩、スティックにも名前付けてるんですか?」
優月は志靉と共にいた。ホールの扉前で2人は、次扉が開くまで待っているのだ。
「スティック?」
優月は首を傾げる。
「そうです。ドラムにパールちゃんって名付けてるので、もしかしたらスティックにも付けてるのかなぁって」
まさか、スティックにまで名前を付けている訳がない。
「つ、付けてないよ…」
優月がそう言うと、志靉は「まぁですよね〜」と最初から分かっていたかのように言う。
「…私のガッコーでも付けてた人いませんでした」
「そりゃあね」
優月は力なく笑った。
「でも名前付けると愛着が湧くそうですよ」
「愛着ねぇ」
優月はそう言って、モニターを見つめる。そろそろ曲が終わるだろう。
その通り、冬馬中学校の曲は佳境へ入っていた。
鳴り響くシンバルの音。トランペットの高鳴る音がホールいっぱいへ響いた。
(…冬馬、少し下手なった?)
咲慧はそう思いながら、楽器を吹く生徒たちを見守った。
「ふー、やっと入れた」
ようやく優月と志靉は、中へ入ることができた。2階席はよく見える。
「おっ…、僕の母校だ」
すると諸越冬一が嬉しそうに呟く。
「えっ?冬一くん、どこ中だったの?」
「中学校は野村中だった」
「へぇ」
志靉が納得すると、野村中学校の演奏が始まった。野村中学校の演奏は、茂華中学校のように何かに秀でている訳でもなく、冬馬中学校のように何かが欠けているわけでも無く、ごく普通な演奏だった。
(…普通だなぁ。野村中)
恐らく今回の結果は、良くても銀賞だろうな、と思った。これなら東藤中学校の方がきっと上手い。
優月はそう思っているが、何かをミスしている訳ではない。だが、人の心を動かすまでの何かが無かった。
こうして中学校の演奏は、従順に過ぎ去っていく。
茂華中学校の演奏だ。
「すご…」
「…だね」
優月と孔愛が言葉を失う。トランペット以外のオーボエたちの音も最高だ。
希良凛のタンバリンは聴いていて心地よい。優月の技術に匹敵しそうだ。
そして曲は佳境へ入る。盛り上がる。
タムタムの音とシンバルが鳴る。それを一言で表わせば勇敢。管楽器の音と上手く融合している。
「…ほぉ」
茉莉沙も言葉を失う。
曲は一度も落とすこと無く、終わりへと進む。
オーボエやフルート、サックスなどの音が優しくホールを包んだ。
何より特筆すべき点はトランペットだ。上手い。言葉では表せない。何だか強い信念が籠もっているかのようだった。
そして瑠璃のティンパニの技術も至高の領域だ。音を抜かすこと無く、一音一音心が籠もっている。去年とは全く違う必死な演奏。打ち鳴らされる正確な音。その音は何人もの観客の心を打ったことだろう。優しい管楽器の音に包まれ、茂華中学校の演奏は幕を閉じた。指揮者の笠松が観客たちへ向くと、割れんばかりの拍手が送られた。流石、茂華中学校、と誰かが言った。
その後、休憩時間になった。優月とゆなは、共に部員たちと合流しょうと歩いていた。
「…前から思ってたけど、茂華のツインテールの子、欲しいなぁ」
ゆながふとそう言った。その言葉に優月の心臓がドクン!と波打つ。
「…まぁ、上手いもんね」
優月は相槌を打つ。
「…ティンパニもだけど、ロールとかも上手い」
ゆなが素直に認めるということは、瑠璃の実力は相当なものなんだなあ、と優月は感心した。
「ゆゆ、あの子さ、東藤に来ない?」
ゆながそう尋ねる。
「え、分からない」
瑠璃の進路は想大からも聞いていない。
「まぁ、誘っといて」
ゆなはそう言って、先に階段を降りて、集合場所へとズカズカと歩いて行った。
それと同時に、茂華中学校の部員とすれ違う。
「…瑠璃ちゃん」
凄いな、と彼は思った。その時、瑠璃とすれ違う。
「優月先輩、こんにちは!」
「あ、お疲れ様…。またね」
優月は手を振って、適当な言葉を返す。労いの言葉に彼女は、笑顔になる。
「うん!ばいばい!」
瑠璃は演奏が終わって、気が抜けたのか、足取り軽く階段を上っていった。
階段で数秒の再会。しかし何故か、優月は彼女の表情が気になった。まるで不穏な未来を示すかのように。
そして時間は過ぎ、いよいよ本番へのリハーサルも終わった。
「さて、では楽器を持って行きましょう」
井土の言葉に、全員が舞台袖へ続く通路を歩き出す。様々な制服の生徒とすれ違う。
「…心音ちゃん、大丈夫?」
緊張するだの、騒ぐであろう心音を見つめる氷空だが、目を丸める。
「大丈夫」
心音は今までにないほどに真剣な表情をしていた。そしてパッと瞳を開くと彼女の短髪が揺れる。
「…絶対にやってやる」
そんな独り言を心音はひとり浮かべた。
父に評価されるのだから力が入るのだろうな、と氷空は少しだけ笑った。
「…先輩、緊張しますー」
諸越もほのかにすり寄っていた。
「緊張…するよね…」
そう言ってほのかはクスリと笑った。幾つもの本番を乗り越えた彼女は、そうでも無かったが…。
「頑張ろうな、加藤」
颯佚が言うと咲慧も「うん」と震えながら頷き返した。
そうして各々が緊張感を持って会話していると、舞台袖へと到着した。
後ろには茂華高校吹奏楽部がいる。
「…ふぅ、やっぱり御浦東は上手いな」
ゆなはそう言いながら、スティックを構える。その表情は今までになく真剣だ。どこの中学校や高校も完成度が高い。自分もしっかりしなければ。
そう決意したゆなは、ステージを重い視線で見つめた。
優月は緊張を紛らわす為なのか、素振りしながら他校の演奏を聴いていた。ティンパニと和太鼓の力強い音は、去年の茂華中学校を思い出させられる。
茂華中?そういえばスティックがやけに重い。
「…あ?」
その時、彼の握るスティックが、いつものスティックでは無いことにようやく気が付いた。
「…あ、忘れた」
それを聞いた井土は「何を?」と聞いてくる。舞台裏だからか、その声は驚くほどに低い。
「あ、いや、マイスティックを…」
「…でも、今持ってるやん」
井土は、大丈夫そうに柔和な笑みを浮かべる。
「まぁ、使い慣れてない物なんで…」
すると井土は諦めたように肩をすくめた。
「まぁ、忘れた物は仕方ない。それで頑張ってください」
井土はそう言った。
優愛から貰ったこのスティック。ジンクスがあるのであまり使いたくなかった。優月は正直不安になった。
いよいよ本番…。
果たして金賞を穫ることはできるのか?
ありがとうございました!
次回へ続きます!
【次回】
月に叢雲華に風 小倉と岩坂の覚醒。
恥ずかしいか青春は 鳳月の本気。
金賞を穫れるのか?




