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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想い切り覚醒 市営コンクール本編
116/210

45話 終業式

夏休みも目前、今日は終業式だ。

「夏祭り会えないのかぁ」

終業式後、優月が残念そうに言うと、想大が同意するように頷く。

「残念だぜ」

「瑠璃ちゃんとも会わないの?」

「いや、会おうと思う」

「そっか…」

古叢井瑠璃との関係はうまくいっているなら良い。この時は、まだそう思っていた。


音楽室。ホール練習を終えて尚、燃え尽きずに部員は、練習に勤しんでいた。ちなみにゆなは、テストの追試課題を受けさせられている。

「…よし!」

優月はミックスナッツを練習していた。夏休みは本番が多い。世間は夏休みだが、東藤高校吹奏楽部員にとっては、吹奏楽のための休みと化していた。

市営コンクール。そして盆踊り大会。その他にも何かがあるらしい。

「頑張って!心音!」

その時、掠れ気味に響くフルートの音が聴こえる。吹いているのは岩坂心音。そんな彼女を先輩の初芽(はつめ)結羽香(ゆうか)黒嶋(くろしま)氷空(そら)が見守っている。ちなみに、氷空と心音は中学は違えど親友らしい。

「息が長く続かねぇ!」

心音はそう言って、投げやりに天を仰ぐ。

「…指回りも少し、課題だね」

初芽が困ったように言う。フルートは大変だな、優月はそう思いながら、月に叢雲華に風を練習し始めた。この曲も暗記できそうになりつつある。

それにしてもフルートか、と優月は思い返す。

茂華中学校の部活動体験で、フルートを吹かせてもらったことがあったのだが、全く吹けなかった。酸欠になりかけ、ようやく止められた記憶がある。


「おっ!昼前なのにやってんねぇ!」

その時、顧問の井土が音楽室へと入ってきた。彼は朗らかに笑う。

「…それで、どうしたんです?」

井土はそう言って、初芽に話しかける。

「あ、心音とフルートが少し不安定で」

「ああ、ソロがある所ね」

そう言って、指回しなどを井土は、初芽に教え出した。

今の時間は11時30分。午後からの練習だと言うのに、部員は次の本番に向けての練習をしている。

ちなみに午後からは、本番を何回か通し合奏する予定だ。


優月もドラムの楽譜を一瞥し、再び練習再開した。ハイハットシンバルのオープンクローズの音が響く。

「さてと」

サビを思い通りに打てたことで満足した優月は、イヤホンを手に取る。

「そろそろ、やってみよ」

そう言って彼はイヤホンを耳に付ける。真っ黒な有線イヤホン。そして流れ出る曲と同時に打ち出した。しかし何故だか途中で(もつ)れてしまう。

「…うーん、部分がいけないのかな?」

縺れたことが不満な優月は、部分を再び見直し始めた。正確かつ素早く打つことが優月の課題だった。


その時だった。

「…そうだ!今回の審査員に、岩坂さんのお父様が来てるんでした!」

井土が思い出したように言う。それに心音が反応する。

「えっ!?お父さんが!?」

「そっか…」

すると初芽の後ろでトロンボーンを磨いていた茉莉沙が思い出したように言う。

「…心音ちゃんのお父さん、フルート奏者でしたね」

茉莉沙の言葉に、心音がこくりと頷いた。

「えっ?そうなんですか?」 

そこへ美鈴が飛び込む。美鈴は事情知りたがりな性格だ。

「うん」

心音は美鈴に動じず頷いた。

岩坂(いわさか)義之(よしゆき)…」

心音が言うと、美鈴は「聞いたことある!」と大きな声で言う。

「まぁ、数年前までは有名な人だったからね」

彼女が懐かしそうに言う。数年前、その言葉には遠く前の過去という意味が滲み出ていた。


「へー…」

優月はその会話を聞いて、心当たりがあった。

確か、中学校の音楽室に貼られたポスターの中に、彼の顔写真があったような。そのポスターは演奏会のものだった。

恐らく心音の言う通り、数年前までは有名な奏者だったのだろう、優月はふとそう思った。


その時、井土が心音に言う。

「…あと、岩坂は息を吹き込む速度が課題ですかね」

「速度?…はい」

どうやらソロをするには、まだ程遠いレベルだったらしい。彼女は練習よりも友達と話す割合の方が高いのだから当然なのだが。

「…心音はもう少し、基礎練習の時間増やそっか?」

初芽が覗き込むと、心音は「は、はい」と黙って頷いた。その声は優月には聞こえなかった。


12時。

「…夏休みだね。明日から」

優月がおにぎりを頬張りながら、咲慧に言う。彼女は手作りの弁当を口にしていた。

「…そうだね。まぁ、お盆以外部活だけど」

「そうだねぇ」

確かに今年はどうやら練習日が多いようだ。明日からも市営に向けての練習だ。

「…でも、盆踊り大会とか楽しそうじゃん!私、和太鼓楽しみ!」

そう言って咲慧は笑う。

「そっか。夏祭りで咲慧ちゃん、和太鼓だもんね」

「優月くんだってドラムでしょ」

「そうだった」

最近は『月に叢雲華に風』と『恥ずかしいか青春は』の2曲しか練習していない。

「…でも去年はコンクールだけだったのに、今年は本番多いなぁ」

「コンクール出ない代わりでしょ?」

咲慧が確認するように言うと、優月は小さく頷いた。去年は、定期演奏会に向けての練習をしていたので、夏休みの練習はそれ程多くなかった。

「…そういえば、夏休みの最後も本番あるらしいよ」

その時、咲慧がそう言った。彼女の言葉に優月は大きく目を見開いた。

「えっ!?」

「ちなみに中学校や小学校のマーチングバンドも出るらしいよ」

「誰から聞いたの」

「飯岡先生。さっき中庭で吹いたら、言ってた」

「…副顧問か」

飯岡は去年来たばかりらしい。そんな彼はそのせいか、打ち上げの日程を伝える事さえ忘れていた。

その時だった。

「ゆゆ、少しいいですか?」

井土が優月へ話しかけてくる。彼の身長は170cmほどだ。

「…はい」


優月は休憩室へ入る。2年生以降、ここへ入ることは少なくなった。1年生の時はドラムの個人練習で、よく出入りしていたのだが、2年生になり、ドラムが移籍されたので、入る機会が減ったのだ。

「あ、マンゴー杏仁食べますか?」

井土は開口一番そう言った。彼の右手にあるカップには、黄色と白い艶が光る個体が鎮座している。

「あっ!いただきます!」

優月は遠慮なく頂くことにした。そして彼から受け取った優月は、大事そうにそれを抱える。

「それで話しというのは、来月のことなんです」

井土はそう言って語り出す。

「…実は来月、8月末、凛西市で大会があるんです。そこに出場するんですけれども、2曲やりたくて」

その言葉に優月は「はい」と言う。

「…一曲はドラム、もう一曲なんですけれど…」

すると井土が申し訳なさそうに、こちらを見る。

「…メイド服になって、演技してもらえませんか?」

「え?」

井土の願い出に、優月の体は一瞬凍りついた。

「…いや、実はその大会、演技や手品などをすることが条件で。その名も『ポプ吹コンクール』ですけれども…」

「つ、つまり、メイド服を着て舞台上で、演技してほしいと?」

「そです!」

その返答に優月は目尻を下げる。

「…分かりました」

仕方ない、と優月は承諾した。すると井土の表情が穏やかになる。

「ありがとうございます。練習は市営が終わったらです」

その言葉を背に、優月は休憩室を出た。


「…はぁ」

グロッケンの鍵盤を叩きながら、優月は小さくため息をついた。未だ濃厚なマンゴーの風味が、脳裏へ色濃く焼き付いている。

「大丈夫かな。8月の本番…」

メイド服に変装。そして舞台で演技。

まだ本番は続くのか。


1学期が終わったとしても、まだ吹奏楽物語は続く。

この日の終業式は、終わりではなく、始まりの合図なのだ。

ありがとうございました!

良ければ、

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【次回】 古叢井瑠璃と小林想大。地獄が始まる…。

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