表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想い切り覚醒 市営コンクール本編
114/208

43話 無想の悪魔

『お前、何してんだぁぁああ!?』

音楽室に瑠璃の怒号が響き渡る。目の前には、部長の矢野雄成と末次秀麟。

何故、地獄のような状況に陥ったのか?

市営コンクール2週間前。

「そろそろ本番だね」

瑠璃が言うと凪咲も頷いた。コンクールはもう目前だ。

演奏は…と言うと、去年よりもよく仕上がっている。しかし問題はまだまだある。しかしやはり大きな問題を挙げるとするならば、部長である矢野雄成のことだろう。彼は部長になった途端変貌した。後輩にさえ厳しくなり、他パートの演奏面にも口出しすることが多くなってきた。去年の部長、香坂白夜とは全く違う性格(タイプ)に部員は皆、気疲れしていた。

「はぁ、それより矢野だよ、矢野ー!」

「雄成のことか…。どうしょうね?」

「瑠璃も何とか言ってよー。瑠璃なら聞いてくれそうな予感がするんだよね」

「私?私じゃ無理だよ。ライオンの心臓を素手で取るくらい無理ゲーだって」

時々瑠璃はえげつない例え方をする。

「そんなこと言って、打楽器でも噂になってるんでしょ?」

「まぁ、秀麟君たちがよく愚痴を言ってるけど」

「そのうち、取り返しの付かないことになるかもしれないよ」

凪咲の表情は至って真面目だった。

「…例えば?」

瑠璃も彼女の表情を真似するように、真面目な顔をして、首を横に傾ける。そのツインテールが下向きへ揺れる。チョンと髪が空気に触れる。

「…引退するまで、矢野が誰とも話さない…とか」

「あーねぇ…」 

瑠璃は、あり得る、と心の中で言う。確かに、皆はコンクールのプレッシャーがあるから、従うだけで恐らくコンクールが終われば、皆、彼を顕著に避け始めるだろう。それくらい彼の言動はキツイ。

「でも、そういう子って、私みたいに特殊な過去を(くぐ)ってそう…」

「過去?矢野が吹部繋がりで、揉めたことなんて見たこと無いんだけどなぁ」

「…聞いてみようかな?」

「いいんじゃない。でも瑠璃は優しいよね」

凪咲が言うと、瑠璃はにこりと可愛らしく笑う。

「それで楽器を触るのが楽しくなるなら、全然安いよ!」

その声からは、とても優しさが秘められていた。


そして音楽室に着く。

「あ、瑠璃姉ちゃん、こんにちは!」

話しかけてきたのは末次秀麟。1年生だ。

「こんにちは」

瑠璃は笑って返す。秀麟は小学校時代から吹奏楽で打楽器をやっていた。

「…先輩、少し教えてほしい所がありまして、タムタムの所なんですけれど…」

「あー、昨日言ってた所ね。分かったよ!」

瑠璃はそう言って、打楽器を運び出す。


しばらくして、指原希良凛が入ってくる。

「瑠璃先輩、こんにちゃー!」

希良凛の言葉に、瑠璃は「こんにちはぁ」と柔らかい声で笑い返した。

これで打楽器パートは全員が揃った。


「どう?リズム掴めた?」

瑠璃が秀麟に訊ねる。

「ありがとうございます。大分掴めました!」

すると瑠璃は「そう?良かった」と言って笑う。

「それにしても、この学校も鬼ですね。本番(コンクール)が近ければ、水曜日も部活があるなんて」

「コンクール近いから仕方ないよ」

瑠璃は仕方なさそうに笑う。

「ほーんと、水曜日くらいは家に帰って、ゆっくりしたいですよ」

希良凛が言う。

「弟いないし」

すると秀麟が、あ!と声を上げる。

「莉翔君ですよね!」

「あ、そうだよ!指原莉翔!!」

「あの人って、打楽器うまいんですか?」

その質問に、希良凛は顔を顰める。

「…まぁ、秀くんと同じくらいかな…」

「へぇ、そうなんですね」

秀麟はふむふむと頷いた。実を言えば、莉翔の実力差は、あの小倉優月と同じくらいかもしれないが、そこまでは言わない。

「じゃあ、相当うまいんですね」

しかし秀麟はそう言った。どうやら、自分はかなり上手いと思っているらしい。


「何してるんだ?」

その時、譜面台を取りに来た矢野が言う。雑談してないで練習しろ、と言いたげな様子だ。

「…あ、雄成だ」

「古叢井、何してるんだ?」

「えぇ?」

瑠璃は小さく首を傾ける。

「お話してるんだよ」

「…練習しろ」

その瞳は氷そのもの。いや、瞳の奥底には怨念らしきものを感じる。その瞳に怖がっているのか、希良凛と秀麟は楽器に隠れる。

「どうして…」

その時、彼女はそう言って、矢野に歩み寄る。

「…何でそんなに、皆を信頼しないの?」

「…してはいる」

「じゃあ、うるさいよ」

瑠璃は珍しく声を上げる。

「みんなが怖がってるよ。私が何も言わないと思った?」

熱くなった瑠璃は、そう言った。しかし、

「…思った。お前のような妖精っ子が」

と矢野は冷静に返す。

「…!?」

予想外の反応に彼女は仰け反る。

「…これからコンクールだけじゃないの。色んな演奏会、茂華祭だってあるの!なのにコンクールだけで、そんなにピリピリしないでよ。みんなとバラバラに、私みたいになっちゃうよ!」

瑠璃もかつて、部員とバラバラにかけ離れた過去がある。

「…古叢井の過去など知ったことか。それでも構わん」

「何があったの?去年までは…」

その時だった。


『古叢井さーん』

顧問の笠松の声が聞こえてきた。瑠璃は「練習しててね」と後輩2人に呼び掛け、音楽室を出ていった。

「先生、どうしました?」

「あの、古叢井さんは3年生でしょ?8月の最後に本番があるんだけれど、ダンスかドラム、どっちがやりたい?」

顧問の言葉に、瑠璃は首を回し考える。ダンスかぁ、でもドラムもやりたい…、その考えが彼女の足を止める。


その頃、音楽室を出ようとした矢野に、秀麟が話しかける。

「あの!瑠璃ね…先輩に言い過ぎだと思います!」

その声は、いつもとは違う、凄んでいた。

「…ちょっ!秀くん!」

希良凛が慌てて制止するが、もう遅かった。

「…末次、何を言ってるんだ?」

「えっ?」

反射的に秀麟が声を出す。

「鍵盤が多少ズレてる、笠松先生は何も言わないからって、バレないと思ったか?」

その言葉が、秀麟の胸に突き刺さる。

「…す、すみません」

秀麟はそう謝る。

「…甘い先輩を持つからだな」

すると矢野がそう吐き捨てる。その時だった。

「そうやって!瑠璃先輩を悪く決めつけないでください!!」

声が音楽室に反響する。大きく肩を上下へ揺らす秀麟に、矢野が眉を曲げる。

「事実だ」

そう言って矢野が、秀麟を見下ろす。秀麟はどうしても視線を外せない。怖い。

「…!」

「もう何も言うな」

その時…、


『お前、何してんだぁぁああ!?』

音楽室に瑠璃の怒号が響き渡る。

「ふざけんなよ」

瑠璃がそう吐くと、矢野は先程の勢いを失う。誰かと姿が重なる。

「あ?」

「私の後輩に何してるの?」

そう言って、瑠璃は右足を矢野の足へ踏みつける。ぎゅう、と痛々しい音。しかし矢野は眉一つ動かさない。

「…別に事実を」

「これ以上なにか言ったら、瑠璃、本当に怒るよ」

すると瑠璃の小さな手が、矢野の胸倉を掴む。

「あ、瑠璃先輩!?」

そこへ希良凛が飛び込む。しかし、それより早く、瑠璃は矢野へ顔を近付ける。

「…何だ?」

「自覚ないなら部長辞めたら?本当は分かってるでしょ?こんなことしても全国は夢物語だって」

そして、低い声で囁く。

「今までの過程はコンテニューできても、結果だけはコンテニューできないんだよ」

その言葉に、矢野は瑠璃を振り払う。

「…古叢井、末次、すまんな」

それだけ言って、矢野はトランペットのパート練習へ戻って行った。その足取りは行きよりも静かだった。


「瑠璃先輩…」

その時、希良凛が瑠璃の肩を引っ張る。

「あ、ごめん?」

瑠璃は何事もなかったかのように、彼女を見る。

「瑠璃先輩、怒ると怖いんですね」

希良凛は、瑠璃の怒った顔など見たことすらない。だから衝撃だった。

「…怒ったつもりは無いんだけどねぇ」

そう言って、彼女は猫のように笑った。

「瑠璃先輩、本当にごめんなさい」

秀麟が謝ると、瑠璃は「大丈夫だよ」と驚いたように言う。

「…じゃあ、練習再開しよっか」

「はい」

希良凛と秀麟が動き出すと、瑠璃は楽器とは別の方向を向く。

(雄成の目、やつれていた。私みたいに…)

先程、顔を近づけた時の違和感が、まだ(まなこ)に残る。


その頃。

(…お母さん)

矢野の脳裏に、ベッドに横たわる女性の姿が思い浮かぶ。

(絶対に…全国へ行くから)

その思いを胸に黄金のトランペットを手にした。

ありがとうございました!

良ければ、

ポイント、リアクション、感想、ブックマーク

をお願いしします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ