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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想い切り覚醒 市営コンクール本編
113/209

42話 夜凪の覚醒

優月たち東藤高校吹奏楽部は、市営コンクールで金賞を目指し、御浦市民ホールで午後練習を行う。前半が終わり、夕食兼休憩に、優月は後輩と食事に行くことに。1年生の様々な話しを聞きながら、いよいよホール練習は後半戦を迎える…。

ファミレス『シェスター』から、ホールに戻ると、茉莉沙と志靉が談笑していた。

「えっ?先輩も、パーカッションやってたんですか?」

「はい。実はやってたんですよ…」

すると美鈴が彼女たちへ駆け寄る。

「えっ!?先輩、パーカッションやってたんですか?」

「は、はい…」

にこやかに談笑する少女たちに、優月は小さく笑った。しかし美鈴と話す茉莉沙の顔が少し引きつっている気がした。


それからもホール練習は続いた。何度も何度も、細かい部分を確認して、ようやく完成へと近づけたのだ。

「はい、では休憩のあと、合奏をやってみましょう!」

「私、寝るわー」

ゆなが欠伸しながら言う。すると井土は「お好きにー」と返した。

優月も正直眠かった。満腹だからだろうか、眠気が毒のように体中に染み渡る。

「く…く…」

座席に腰掛けて、眠気を抑えようとした時だった。

頭の中が眠気から真っ白になる。

「……」

眠さは、感覚を支配する。半分瞼が下がろうという時に、箏馬が話しかける。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

大丈夫、と優月は答えた。しかし眠すぎて全ての行動が本能任せになってしまった。

数分ほど、談笑している声を聞いていると、井土が「再開しまーす!」と呼び掛ける。しかし、ゆなは本当に寝ているようで、むくりとも動かなかった。

「むっつん、起こしてきてー」

井土が苦笑しながら言うと、むつみは「了解」と観客席の方へズカズカと歩いて行った。

やはり、みんな眠いのは同じなんだな、優月は眠気に襲われながらも、無意識にそう思った。


優月はドラムを前にスティックを構える。眠いがまだ叩ける。

トランペットやフルートのイントロを越え、優月は大きく振りかぶる。

スティックの腹で、ハイハットシンバルを叩く。両足を上下に動かして、最大限の音を響かせる。

その頃、ゆなは起きたようで、ビブラフォンに張り付いていた。

『瞼、焼き付いた顔♪ 理解者の証さえ♪』

優月は眠気を振り切ろうと、必死に叩く。やはり食べ過ぎたのがいけなかった。

ド、ド、ドドン!!とフロアタムにスティックを叩きつける。大きな音が床を震わせる。

音量重視のぶっきらぼうな音。その音のまま、曲は終わってしまった。

「うむ、皆さん、眠いんですねー」

井土は何も口にすらしていないのだろうか、欠伸ひとつしない。睡眠欲よりも食欲が勝っている状態なのだろう。だから冷静な判断ができる。

「…ゆゆ、ドラムが大き過ぎますね。眠くて疲れてるでしょうけれど、音量はもう少し落としてください。あと振り過ぎです」

矢継ぎ早に注意される優月は、こくりと頷いた。

もう少し、振りを小さく、音量も周りに合わせて…。

言われれば言われるほど、眠気が徐々に抜けていった。


「あと鳳月さん、思いっ切り打つ所がズレとります。気をつけしょうね」

「…ぐう」

ゆなは可愛らしい声を出しながら、眠りの世界へ半身入り浸っていた。

「鳳月さぁーん!!」

井土が声を上げるも、ゆなが気を取り戻す気配はない。

「…うーん、仮眠が足りなかったんでしょうかね?」

井土が困ったように首を傾げる。こうなれば、どうしょうもない。

仕方ないので、再び細部の確認が行われた。その間もゆなは眠りこけそうになっていたが、辛うじて立っているので、寝てはいないのだろう、と誰もが思った。

「はい、それではもう一度、休憩を取りましょう。鳳月さんは、しっかり寝てくださいね!」

井土が指示をすると、ゆなは首を縦に振る。

休憩時間、優月は眠気と格闘しながら、ホールの天井を見つめていた。暇だ。


しかし、その時、ある光景が浮かんだ。

先の優愛との会話だ。

『…優月くん、私のスティックいる?』

『えっ?スティック…』

『そう。優月くん、ドラムこれからもやるでしょ?』

優愛はそう言った。

『えっ?貰っていいの?』

『私、もう使わないし。全然スティック、擦り切れなかったから良いよ』

『あ、ありがと!』

優月が礼を言う。ハッキリ言って嬉しい。

『…大事に使ってよね』

優愛は最後、そう言っていた。

『じゃあ、金賞穫る穫る為に頑張って!』

その言葉が、何故か今になって蘇る。


「…!!」

次の瞬間には、優月はリュックや荷物が置かれている観客席の方へ向かっていた。

そして自身のリュックの中を見る。

真っ白な木材で作られたYARAHAのスティック。それをぎゅっと握る。

「これ、使ってみるか」

昨日、これを触ってから霊感に敏感になったように、何か恐ろしいものを感じたが、優月は優愛のスティックを使うことにした。

まさか、友達の女の子から貰ったスティックとは言えず、優月はそのまま、ステージへと戻った。


それから、眠気を覚まそうとストレッチをすること5分、練習が再開された。

「はい、ではもう一度、月に叢雲華に風と恥ずかしいか青春は、をやってみましょう!!」

『はい!』

優月は、自身のスティックを小物台という場所に戻すと、新たなスティックを握る。そして、ドラムセットを一瞥する。その時、何故だか、優愛の光景が浮かび上がる。

コンクールか、コンテストか、コンサートか?ホールで打楽器を演奏する彼女の姿が浮かぶ。

その幻想を見て、優月は思い返す。自身が吹奏楽部を始めた理由を。

そうだ、優愛に憧れたのだ。必死に演奏する彼女の姿に。そして今、手にしているものは、その憧れの原点と言うべきものだ。

「…なら、本気で」

その時、優愛の言葉の意味が分かったような気がした。大切に使ってほしい、と言う彼女の言葉の本当の意味は、きっと…。


演奏が始まる。何度も聞き慣れたイントロ。そして何度聞いても素晴らしいトランペットとフルートの音。

そして、ドラムが先導するように入り込む。優月は先程とは違う、手首を使って、テンポ良く刻み出した。入りはまるで完璧。音も材質のせいか、先程とは違って聴こえる。だが、スティックが重い。思い切り叩けば、間違いなく腕が麻痺する。だから優しく触れるように打つ。きっとそれが最適解だ。彼は確信しながら、他の管楽器の音を聴く。流水のように、流れ込むように、自然に音を鳴らす。ハイハットシンバルの技術と、先程とは違う。まるでゆなが鳴らしているかのような音だ。

そしてフロアタムのリズムへ突入する。

ド、ド、ドドン!

スティックの先端から腹にかけて、太鼓の打面を大きく震わせる。驚くほど良い音が出た。しかし優月の神経は演奏に注ぎ込まれている。成功すれば良い、そんな腹づもりでの演奏は案外、上手くいくものだ。

優月にとって、このスティックとは相性が良かった。シンバルも良い角度で鳴らせる、タムも打つ面積が広い。音を効率的に鳴らせるのだ。

無我夢中で、ハイハットを打ち続ける。様々な管楽器隊が、ドラムの間を駆け抜ける。そして最後の1小節。シンバルからスネアの連打。スティックが皮を打ち鳴らす。

演奏が終わると、瞳を開きすぎて、生理的な涙がこぼれ出る。

「…終わった」

それと同時に優月の肩から力が抜ける。すると今まで握っていた持ち手が冷たくなる。さっきまでは燃えるように熱かったのに…。


「うん!ゆゆ、ドラムはそれくらいで良いよ!」

すると井土は優月に称賛を送る。

「は、はい…」

覚醒していて気付かなかった。本番も、このスティックを使うべきか?

「さて、では次の曲をやってみましょう!」

そうして、1時間ほど練習をすると、あっと言う間にホール練習は終わった。


楽器の片付けを終え、井土が言う。

「さて、皆さん気をつけて帰ってください!夜遅くなのでどこにも寄り道しないように!」

『はい!!お疲れ様でした!』

優月は、優愛のスティックをリュックに隠し、ホールを出た。すると夜凪と生ぬるい風が、優月の頬を叩く。

「…ふぅ、終わりかぁ。ホール練習」

また行きたいな、優月は何故だかそう思った。

その時だった。

「優月さん」

誰かが背後から話しかけてくる。それは諸越と居たはずの降谷ほのかだった。

「…えっ?降谷さん…」

ほのかに話しかけられるのは、初めて…かもしれない。

「…ど、どうしたの?」

「君さ、ドラムやってた?ここ来る前」

「えっ…や、やってないよ」

「じゃあ、質問変えるね。何か太鼓やってた?」

「…やってないよ。この吹部に入るまでは絵を描いてたから」

心当たりは1つある。だが、敢えてそれは言わない。

「本当に?」

「…う、うん」

「…そう」

すると、ほのかは風がなびく間に消えた。

「太鼓…やってた…」

先程の言葉を復唱する。その時、あの幼少期の記憶がフラッシュバックする。

ん?あの少女!?

優月は幼少期、ほのかをどこかで見たことがあった。


こうして、午後から夜にかけてのホール練習は無事、幕を閉じたのだった。


ありがとうございました!

良ければ、

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【次回】 矢野vs秀麟 瑠璃がブチ切れる…。

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