41話 1年生の秘密
ホール練習の前半が終わり、夕食のための休憩が取られた。優月はひとり、ファミレス『シェスター』に向かった。そこにいたのは…。
「あれ?先輩?」
聞き覚えのある声。ドアを開けて声のする方を向く。
「あ、ありがとうございます!」
「すみません!」
藤原美鈴と國井孔愛だった。そこへ更に、海鹿美羽愛と高津戸日心。
「わっ!優月先輩」
「感謝致します」
1年生4人は、優月より先に店内へ入る。優月も慌てて彼女たちを追った。
『いらっしゃいませ。何名様でしょうか?』
「えっと、5名で」
店員の問いに美鈴がそう答えた。
「えっと、先輩、一緒にどうですか?」
美鈴が言うと、優月は有難そうに頷いた。
「ありがとう」
「いえ。孔愛、行くよ」
「はーい」
その時、背後から視線を感じた。
「…」
「ん?」
そこには少し恐ろしい形相をした美羽愛。その瞳は優月を捉えていた。
「美羽愛ちゃん?」
優月は小さく首を傾げる。しかし美羽愛は何事も無かったかのように、日心と歩き出した。
優月は孔愛と美鈴と共に座ることになった。
「…はい、メニュー表」
優月は机の上に、メニュー表とお子様ランチと書かれたメニュー表を置く。
「あ、ありがとうございます」
美鈴はそう言って、メニュー表を取る。すると孔愛の手元には、お子様ランチのメニュー表だけが残る。
「えっ?お子様ランチ!?」
「いいじゃん!お前にぴったりよ」
慌てる孔愛と対照的に美鈴はケラケラと笑う。
「あ、ゴメンね!」
その様子を見て、優月は通常のメニュー表を渡す。それにしても…これが2人の本性か、と思った。
「そういえば、しーちゃんは?」
しーちゃんとは、大橋志靉のことだ。
「あ、志靉ちゃんなら、朝日奈さんから指導受けてますよ」
「へ、へぇ。偉いね」
「朝日奈さんってイケメンですよねぇ」
美鈴がそう言いながら、メニュー本の冊子を開く。チキン、ハンバーグ、サラダ、パフェ。どれも美味しそうな料理がズラリと冊子いっぱいに広がっていた。
「美鈴ちゃん、何にするか決まったか?」
すると既に食べるものを決めた孔愛が訊ねる。
「おまえは?」
「俺はチキン」
「じゃ、私、ハンバーグ」
そうして談笑する2人に優月は話しかける。
「2人共、ご飯とパン、どっちにする?」
「私はご飯で」
「分かった」
すると孔愛は首を横に振る。
「あ、俺いいんで」
その言葉に、優月と美鈴が凍りつく。
「えっ?おまえ、ご飯食べないの!?」
「俺、家でもご飯を食べないんで」
サラリとそんなことを言う孔愛に、ふたりは苦笑する。
「…じゃあ、ハンバーグ2つ、ご飯2つ、チキン定食1つ、あと…」
「先輩!ドリンクバー頼みましょう!ドリンクバー♪」
鼻歌混じりに美鈴が言うので、優月はドリンクバーも注文することにした。
そうして注文すると、各々飲み物を取ってきた3人は、話すことにした。
「先輩、ホールの練習って、何時まででしたっけ?」
「8時50分までだよ」
それを聞いた美鈴は、体を仰け反らせる。
「ひぇー、まだまだですねぇ」
「ほんと」
優月はそう言って笑った。この後もまだまだ合奏だろう。
そんなことを考えていると、美鈴が突然話を変える。
「そういえば、先輩は古叢井ちゃんと仲いいそうですね?」
「えっ、瑠璃ちゃんのこと?」
古叢井瑠璃。茂華中学校の吹奏楽部で打楽器を務めている。そして偶に演奏のアドバイスも受けている。
「…いやぁ、あの子と同じ小学校だったんですけれどね…」
「えっ?じゃあ、美鈴ちゃんも大内?」
「あ、そうです!!」
そうだったんだ、優月はそう言葉を転がす。
「…私、大変だったんですよ!!あの子に40発くらい殴られました!!」
「えっ?何したの?」
「いや、ただ古叢井ちゃんの作った砂の城を壊して…。私、小さい頃から、人の積み上げたモノを壊すの好きだったんで」
「分かる!」
美鈴に孔愛も同意する。中々やばいな、と心の底で思いながらも、笑いを作る。
「そりゃ、怒られちゃうよ」
「でも殴ること無かったんじゃないですかね!?」
「まぁ…確かに…」
優月はそう言って、コーラをストローで吸う。メロンの風味が口へ広がる。
「…まさか、茂華に行ってたなんて…」
「瑠璃ちゃん、本当に変わり者だったんだね」
「はい、まぁ、根は優しい子なんですけれどね」
箏馬、孔愛、日心、美鈴までもが、瑠璃を知っている。そして全員が口を揃えて『変わっている』と言っている。そんな彼女の心を開いた優愛を心の底から尊敬する。
「あ、先輩!怖い話は好きですか?」
それからも彼女のマシンガントークは止まらない。今度は彼女の過去話を聞かされることになった。
「私、小さい頃にオッサンから連れ去られそうになったんですよ」
「ふふ、美鈴ちゃぁん可愛いからな」
「お前は黙れ」
美鈴と孔愛の会話は漫才のようだ。2人は相性が良いんだろうな、と思いながら話を聞いてみる。
「それで、私が小5の時だったんですよ。私、帰り道、オッサンに話しかけられたんです。飴食べる?って」
「うん」
「で、私は当時、飴が欲しかったので『食べる』って言っちゃったんですよ」
「美鈴ちゃん、可愛い!」
「スルーするね。それで何度か、学校の帰り道に飴を貰ってたんですけど、それを仲のいい友達に見られちゃいまして…」
そこで彼女は、数秒間ストローを啜った。ごぽぽぽ…とコップ内部の水分は露だけになる。
「誰から貰った?いつから貰ったんだ?って、その友達に詰められたんです」
「…へ、へぇぇ」
「私は、そのオジサンのことを正直に話したんです」
「う、うん…」
「そしたら、そのオジサンが、いつも君のあとを付けてるよって言ってたんです」
その時、優月の背筋が凍る。嫌な予感がする。今ここにいて、元気に暮らしているということは、大した事態に陥ってはいないのだろうが、怖い。
「…いや、嘘だろ!って思って、放置してたんですけれど、冬のある日に私はそのオジサン…いやジジイに連れて行かれそうになったんです」
「おお!美鈴ちゃん、大ピンチ!」
孔愛は結末を知っているのか、話を持て囃している。
「で、私は、ああ、ジジイの家に監禁されんのかぁ、って思ってたんですよ!そしたらですね!!」
その時、彼女の表情が明るくなる。
「雲突き抜け、風切り裂いて、その友達が助けに来てくれたんです!!」
「へ、へぇ」
最初のフレーズはとても人類が出来そうにないことを、と内心思ったが、多分彼女なりの誇張だろう。
「その友達は、トロンボーンケースで、ジジイの頭を殴りました!」
「…トロンボーンのケース…で?」
「はい!私、それからトロンボーンに興味を持ちました!」
トロンボーンを始めた動機がめちゃくちゃだな、優月はそう思いながら苦笑した。
「美鈴ちゃん、大変だったんだね…」
「まぁ、私は全然。その頃はアホだったんで」
そう言って、優月の言葉を美鈴は、高笑いで弾き飛ばした。
「まぁ、そんな事があって、私は髪を切らされました。ロングヘアだと可愛すぎるって言われたんで」
「いや、美鈴ちゃんはボブだろうと可愛い!」
「はいはい」
孔愛は相変わらずのテンションだった。
「…だから、ボブカット」
美鈴はどこか可愛らしい表情をしている。その容姿がロングヘアだったら、本当に可愛いのかな、と優月は少し気になった。
『おまたせしました』
その時、優月と美鈴のハンバーグが運ばれる。孔愛のチキンはまだのようだ。
「じゃあ、早く食べて、ホールに戻りましょう」
そう言って、美鈴はフォークでハンバーグを切り始めた。しかし肉塊はゴロゴロと乱雑に崩れる。
「うわっ!難しい!」
「えっ?大丈夫か?」
孔愛が慌てて突っ込んでくる。
ややあって、孔愛の料理も運ばれてくると、話しが更に盛り上がる。
「そういえば、箏馬!箏馬をどうやって部活に戻したんですか?」
「えっ?箏馬君?」
孔愛の話しの切り出しに、優月は答える。
「それは…、少し話を聞いて、頑張れ!って」
「なるほど。アイツの親、やばいですからね」
「…まぁ、確かに」
箏馬は大変だっただろうな、と苦笑した。
「そういえば、先輩は中学から吹部だったんですか?」
すると、美鈴の問いに優月は首を横に振る。
「ううん。高校から。好きな人に憧れて」
その返答に「きゃー」と美鈴は口元を手で押さえ、黄色い声を出した。
「その気持ち、分かります。俺も好きな人に憧れて、楽器を変えようとしたんで」
優月は、彼の恋事情など知らない。
「へぇ。何の楽器?」
だから、こう尋ねた。
「ユーフォ…」
孔愛が、悪びれも無く答ようとしたその時だった。
「!?」
背後から殺意を感じる。その誰かからの殺気に、孔愛は震え上がると、苦笑で誤魔化した。
「…で、でも小倉先輩、1年目にしてはドラム上手いですよね」
「そ、そう?1年生の時から練習してたからかな」
「そ、そうなんですか…」
孔愛が納得しようとすると、優月は重々しく口を開く。
「まぁ、ちっちゃい時にバケツドラムをやってたから…ってのもあるけど」
「バケツドラムって何ですか?」
孔愛が訊ねる。
「バケツを太鼓代わりに叩いてたって事ですか?」
そこに美鈴が質問を重ねる。
「そうだよ。小さい頃はすごく暇だったから、物を叩いて時間を潰してたんだ」
「それで、どうして吹奏楽を始めなかったんですか?」
すると優月が目を細める。
「それはね、好きな人に出会ったからだよ。それからは、絵を描く方が好きになって。それに好きな人と遊んで、暇な時間が消えたしね」
その瞳は、もう戻れないくらい遠い先を見ているようだった。
「…まぁ、もしあの好きな人と出会わなかったら、吹奏楽はやっていなかったかもね」
「そんな、小さい頃に叩いてた経験が」
美鈴が名残惜しそうに言う。しかし優月の顔は、少し沈む。前までは心ごと拒絶していたはずなのに、今は何とも思わない。
逆に無邪気ながらも、本気で叩いていた。リズムも自在に刻めたあの頃が、今は懐かしい。
その時、優月がリュックの中へ手を突っ込む。するとカランと木と木がぶつかるような音がした。
(だよね、優愛ちゃん)
そして、料理が食べ終わると、優月たちは一足早く、ホールへ戻った。
「先輩、お会計しておきますね」
2人から食事代を徴収した美鈴が、会計をしにレジへ向かった。
「うん、ありがと」
優月は礼を言う。
その時だった。
「先輩」
なんと美羽愛が話しかけてくる。
「ん?」
「お先ですか?」
何故か彼女の声は掠れていた。何かに怯えているようにも聞き取れる。
「あ、うん。先帰ってるね…」
「分かりました」
美羽愛は小さくため息を吐いた。優月に言いたいことがあったのに。
それでもホール練習はまだまだ続く。
ありがとうございました!
良ければ、
リアクション、ブックマーク、ポイント、感想
をお願いします!!




