38話 【華高祭】 華の再会
「えっ?」
ひとりお化け屋敷をめぐる颯佚に、背後からぬるりと何かが迫る。その床へ腐った血が落下する。
「なんだ…?…ああ」
その僅かな音を聴いた彼は、恐る恐る振り返る。
「…ぐはっ」
背後を見た颯佚は絶叫した。
「うわぁぁぁぁぁああ!?」
「ったく、颯佚君、大丈夫かな?あ、」
その頃、優月は、美術室にて手作り絵はがきを見ていた。
「これ、綺麗」
その手にはがき2枚を手に、生徒に話しかける。
「すみません、お願いします」
「はい、300円です」
優月は硬貨3枚を置く。すると「ありがとうございます」と生徒は硬貨を受け取った。すると女の子が目を見開く。
「…あ、優月だ!」
「ん?あ、黒坂さん!」
黒坂という女の子は、優月の中学時代の友達だ。美術部繋がりでたまに話していた。
「黒坂さん、高校でも美術部なんだ」
「うん。優月は?」
「僕は吹部だよ」
「あー、そっか」
そうして少し話すと、優月は美術室を出ていった。
「じゃね」
優月はそう言って、階段を降りていった。
その時、颯佚はお化け屋敷から出ていた。
「かぁ、死ぬかと思った」
その後ろには朱雀美玖音。茂華高校吹奏楽部のパーカッションパートのトップランカーだ。
そんな彼女は朗らかな笑みを浮かべる。
「ふふ、びっくりしたでしょう?」
そう言って、彼女のエプロンに付いた赤い液体をひらひらと見せる。
「はぁ」
彼女のネタバラシとしては、こうだ。
美玖音は、段ボールナイフを腹に刺したフリをし、死にかけの怪物の如くうめく。突然の状況に衝撃を受けた彼は絶叫したというわけだ。
「…全く、びっくりした」
颯佚はそう言ってブルブルと肩を震わせた。
「まぁ、さっきので私、最後のシフトだからね」
「えっ?」
「だから、一緒に見に回らない?」
「えっ?優月君がいるんだけど」
「優月君?打楽器の?」
颯佚は頷いた。
「それなら、会ったらで良いでしょう?」
「はぁ。じゃあ、優月君に見つかるまで回るか」
そう言って、美玖音と颯佚は2年教室フロアから去って行った。
「あれ?颯佚君、来るのが遅かったか…」
待ち合わせもしていないので案の定、優月はそう言って颯佚を探しに行った。
ー6年前ー
その時、彼女は小学4年生だった。
朱雀美玖音。小さい頃からそう呼ばれていた。その名に違和感は無かった。
『…失礼します』
その小さい手が開いた先は、音楽室だった。
すると数人の楽器を持つ年上たちがコチラへ凝視してきた。
『あら、もしかして4年生?』
すると楽器を持った女の子が話しかけてきた。その楽器はコルネットと言うらしい。
『う、うん』
美玖音は素直に頷いた。
その後は絵に描いたような歓迎を受けた。
『何の楽器にする?』、『これ吹いてみてよ』と言われる。美玖音は丁寧に全ての楽器を体験した。
『…わぁ!綺麗な音!』
白銀の光を反射するフルートを唇から離した美玖音は、上級生を凝視する。
『そ、そうですか?』
真ん丸の瞳が可愛らしく揺れる。その艷やかな表情に、上級生は頷いた。
『すごいね!美玖音ちゃん。コルネットも、アルトホルンも、クラリネットも、ユーフォも、フルートも吹けるなんて』
すると隣りにいた上級生の友人も同意する。
『これで、神平小の吹部は安泰だな』
『あん…たい?』
『安心ってことだ』
『へぇ…』
やはり、自分は優秀なのかな?と美玖音は思う。
『あとは、打楽器かな?』
『打楽器?』
『ああ、あれだよ』
そう言って上級生が指さしたものは、音楽室内の大半を占める打楽器の群だった。
『…わぁ、大っきい』
美玖音はそう言って、たたた…と打楽器の群れへ歩き出す。
『わ!びっくり!?』
その時、打楽器の上級生が声を上げる。
『…よ、4年生?』
『うん!』
『おっけ!打楽器確保!!』
『きゃー♡』
『えっ!?あっ!ちょっと!?その子は我がコルネットに…』
『何よ?コルネットは事足りるでしょ?』
『打楽器だって4人も…』
『この子にはドラムをやらせるんだ!!』
他の勧誘を断固拒否するのは、何故か打楽器の上級生。
『…ドラムって何ー?』
美玖音は、その会話を打ち破る。
『えっ…?めっちゃカッコいい楽器だよ!』
『わぁーい、私それやろ』
光の速さで決意した彼女は、その後打楽器をすることになった。
しかし、それが後に大きな事態を起こす事になる。
『萌奈ちゃん、もうタンバリンできたぁ!』
『えっ?まだ楽譜出て、1時間だよ!』
美玖音の打楽器の演奏センスは、群を抜いていた。
『えぇ…』
タンバリンを寸分の狂いなく打てる彼女に、上級生の鴨茂萌奈は、指導に困ってしまった。
その時だった。
『じゃあ、本当にドラムやらせますか』
男性が2人に話しかける。この吹奏楽部の顧問だ。
『えっ…?』
『わぁい!やりたぁい!!』
『小学4年生でドラムやってる子は、初めてだけどね』
美玖音のあまりのスピード出世に、萌奈は自身の表情が引きつった。
それから、コンサート、コンクールでも演奏技術のレベルが高い曲を任された。高い壁に当たる度、顧問の付きっきり指導をされながらも、演奏技術を伸ばしていった。
『先生、ありがとうございました』
『いやいや、美玖音ちゃん程、自主練したがる子は初めてですよ』
『だって、楽しく演奏したいんですもん』
『ふふ、いいことです』
そうして彼女は、小学校卒業時点で、既に中学生レベルの演奏を身に着けていた。その頃には、努力というより遊び感覚で演奏するようになった。
○ ○ ○
そして中学校に上がってからも、彼女の成長は驚くものだった。
『先輩、そこのティンパニ、少しズレてますよ』
こうして先輩に教えることもしばしあった。
『い、いや、ティンパニの調子が悪いだけじゃない?』
『…では、部活終わりに調子良くしておきます』
その会話を聞いて、サックスの音羽妹夕は『フフッ』と笑っていた。
いつの間にか、先輩が言い訳すら出来ない環境を、美玖音は作り上げていた。
彼女の打楽器のチューニングの技術は、とても高かった。まるで高級な楽器を使っているように思える程だった。
「おーい、朱雀?」
その時、美玖音の視界が白い光に包まれる。その横には颯佚がいた。
「あ、ごめんね」
美玖音はそう言って、目をゴシゴシと擦った。
「ちょっと、昔を思い出してた」
「それ、年取ってんじゃないの?」
颯佚がケラケラ笑う。美玖音は「かもね」と言って、両腕を天に挙げた。
「あ、そういえば、妹夕ちゃんね」
「うっ!何だよ?」
突然、颯佚は眉をひそめる。
「あなたに会いたいと」
「…はぁ」
颯佚は当時のことを思い出す。あまり良い話ではない。
美玖音の入部から2年後の夏。颯佚と妹夕に事件が起こる。
『ねぇ、美玖音ちゃん』
『妹夕ちゃん?どうかしたの?』
『私、颯佚とね』
『颯佚?ああ、夏矢君ですか』
美玖音と颯佚は、同じ吹奏楽部だった。
『別れろって、川傘に言われたの』
『えっ?玲海さんに?』
川傘玲海は、いわゆる支配者だった。
『そんなの断りなさい。そっか!』
美玖音は思い出したように手を打つ。
『あの人、夏矢君のことが好きなのか』
『そうなの。それで私を妬んで』
『はぁ。それは放置しなさい』
美玖音はそれだけ言って、彼女とは反対の方へ歩き出した。しかしその1カ月後。
『はぁ…!』
颯佚が、頭を押さえながら音楽室へ入ってきた。
『…ん』
彼は妹夕に話しかけること無く、サックスを手にする。
『なぁ…』
しばらくした時、颯佚が口を開く。
『…誰が、俺と妹夕ちゃんがキスしたなんて嘘流したんだろうな?』
『川傘さん…だと思う』
『なるほどな。アイツ、影響力はあるからな』
その2人の声は、とても小さかった。まるで何かに恐れているかのように。
『…このまま私ら、2人で居たら、きっと友達以外にも進路にも影響するかもしれない』
『…えっ?』
『別れない?噂が広まるのも嫌だし…』
その言葉は颯佚にとっては、大分ショックだった。
『はぁ。そうだな。川傘が今度、どんな噂を流すかも分からないしな』
『うん』
『もっと一緒に居たかった』
この日、3年続いた交際に幕が下ろされた。川傘という1人の人間の嘘によって。 それからは噂はパッタリと消えた。人間というのは本当に都合が良い。
しかし、颯佚は自分の恋を忘れることが苦しかった。いつしか、もう会いたくない、そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
そんな事件から2年。
「…はぁ。もう嫌だ。あの子と居て、今度はどんな目に遭わされるのか」
それは颯佚の本音だった。また同じ噂が付きまとわれることが怖い。
彼女がトラウマだ。
「まだ好きなくせに」
そう言って美玖音はくすりと笑う。まるで彼の心情を見透かしているかのように。
「ね」
その時、颯佚、と彼の名を呼ぶ声が聞こえた。そして声のする方へ向いた彼は、大きく目を見開いた。
「妹夕」
その頃、優月はかつての友達と話していた。
「お茶、全然苦くなかったよ」
「まじ?」
茶道部の茶会を終えた優月は、茶道部員の友達に言う。
「なんか、水飲んでる感覚だった」
「すげぇな」
「へへへ」
「じゃあな」
「うん!頑張ってね!」
そうして、優月は再び颯佚を探しに歩き出した。
たった1人で。
ありがとうございました!
良ければ、
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