34話 唯我独尊
優月は箏馬から、かつて出生と親の秘密について聞かされていた。
「それでは話しますか。俺の小学生時代について」
箏馬はそう言って語りだす。優月も電車待ちの椅子にちょこんと座った。
久遠箏馬は優月の直属の後輩だ。そんな彼は、暴力問題を起こし、当分部活に来ていない。しかし復帰を決意し、その前に過去と自分のことについて話すことになったのだ。
「…小学生時代?天龍に入ってからも何かあったの?」
「まぁ、大変でしたね。小学校でも天龍でも異端児扱いされたんで」
そう言って過去を語りだす。
箏馬は大内市にある大内小学校にいた。
保育園は、御浦市の保育園で過ごしていたが、小学校で再び別の男性と再婚し、大内市に引っ越してきたのだ。
大内市は東藤町と密接で、大内市の小学校が東藤小学校に通うこともよくある事だ。
『…暇なんだよな』
小学1年生の彼は、毎日仏教観のある寺へ通っていた。そこで箏馬は毎日学校で会ったことを相談していた。
寺。
箏馬は石の階段を登り、大きな寺の前で足を止める。そして、とある場所まで歩き出す。
『和尚さん』
箏馬がいうと、人の良さそうな老人がこちらを見る。
『やぁ、箏馬君だね』
箏馬と、和尚様は知り合いだった。それから、よく話すようになったのだ。小学校に大した友達のいない箏馬にとって、寺は心の拠り所のようになっていたのだ。
そんな折に、箏馬は和尚に相談することにした。
『…ほう。友達ができないのかい?』
すると箏馬は『はい』と言う。
『…このまま、俺は流れに乗って、友達ができないで終わるんでしょうか…』
すると和尚は首を横に振る。
『そんなことない』
『本当ですか?』
『…諸行無常』
その時、和尚が静かに口を開く。
『えっ?何ですか?』
『諸行無常さ。だから大丈夫』
『諸行…無常?どういう意味ですか?』
箏馬が食い入るように訊ねると、和尚は優しい顔をした。
『この世の全ては絶え間なく動いている。だからその悪い流れも必ず止まる。永久不変なものは無いのだから』
その言葉に元気づけられたのか、箏馬はその言葉を復唱する。
『いい意味ですね』
『でしょう?』
『…他には無いのですか?』
『他?』
『その諸行無常に近い言葉です!』
箏馬は小学1年生から、仏教観のある言葉を覚え始めたのだ。
それから1年後。彼にとって大きな出来事があった。
『…じゃあ、この言葉の意味が分かる人!?』
新緑の黒板には、四字熟語が書かれていた。箏馬は迷うこと無く、手を挙げる。
『いちにちせんしゅう、です』
『おっ!正解!!』
正解した箏馬は満足気だった。
『…凄いね。久遠君』
高津戸という女の子が褒めるも、箏馬は首を横に振る。
『そんなこと無い。四字熟語なら何でも言えるから』
その時、隣の男子が言う。
『まぁ、箏馬はそれしかいいトコないもんな』
その男子は性格が悪く暴力的だと有名な男子だった。
『…ん』
先生には聞こえていないようで、すぐに授業は再開された。
そんな出来事を、箏馬は和尚に言った。すると苦笑で返される。
『ほう。その男の子がねぇ…』
『はい。どうすれば良いでしょうか?』
すると和尚は彼の瞳を食い入るように見る。そしてこう言った。
『…唯我独尊』
『ゆいが…どくそん?』
『そうさ。意味は2つあるんだけれどね…』
その時だった。
ゴロゴロと遠雷が聴こえる。
『あ、箏馬君、雷が来る。お家に帰りなさい』
『あ、うん。分かりましたー』
それっきり、和尚とは会わなかった。和太鼓クラブ『天龍』が忙しくなったから。
それから数年後。仏教関連の言葉を多く使うようになった箏馬に、ある事件が起こった。
『…ただいま』
『あ、おかえり。遅かったな』
銀之進は同級生と毎日、公園で遊んでいるのだが、この日は帰りが6時過ぎだった。母と義父は仕事だったので、箏馬は食事を作っている最中だった。しかし、そんな彼は、銀之進の姿に我が目を疑った。
『ずぶ濡れじゃないか。大丈夫か』
『だ、駄目かも。少し痛い』
『何があったのだ?』
『えっと、冬馬小の人に追っかけられて、小川に落とされた』
そう言って、銀之進は泥に濡れた袖を振り払う。
『…なんだこれは』
箏馬は全身が怒りに支配される。弟は体が弱いというのに。
『…まぁ、逃げ切れなかった僕が…』
『銀之進。一切皆苦、人生願ったように行かぬもの』
そして箏馬の表情が変わる。殺意に近い何かに駆られた表情だ。
『そいつらの特徴を教えろ』
『え、うん』
銀之進は静かな覇気に押され、泣く泣く頷いた。
「…弟君にそんな事が…」
優月が信じられなさそうに言う。すると箏馬は自嘲気味に笑う。
「因みに、両親は動こうともしませんでした。愛情の欠片も無い奴らなんで」
「…酷い」
その後の展開は絵に描いたような復讐劇だったらしい。
男子たちが地面に転がる。虐めていた人物は、やはり箏馬よりも少し年上の年齢だった。
『お前らの存在は無価値だ。弟に手を出すな』
しかし、それから報復合戦のように、虐めては返されるという展開になった。
『…全く、またやられたのか』
銀之進は度々、傷を負って帰宅する。
『あんな子供なんか怖くないって』
銀之進が苛めっ子に言ったことをそのまま言うと、箏馬は全く、とため息をついた。
『待ってろ。仕返しするから』
『えっ!?そしたら箏馬君もやられるかも…』
『このままやられっ放しでいられない。唯我独尊。それが俺の生き方だ。そして、輪廻の輪へ還るんを待つ。好きに生きて死せば後悔は無い』
それからも、箏馬への逆恨みで、銀之進が虐められることが更に増えた。その上、ついには、中学生や高校生までが彼を襲う。
当然、これを重く見た箏馬は両親に相談したが、
『やり返せば良いじゃないか』
の一点張りだった。その時、彼が返した言葉は、
『分かりました』
だった。これが今後の事態を大きく変えるとも知らずに。
ー数年後ー
体格に恵まれた彼は、銀之進を虐める人間の溜まり場へと向かった。
すると、今日は不思議なことに、苛めっ子の声が響いていた。
『全然強かねぇぞ?俺、野球部なのに』
その声を聞いて、箏馬は音もなく走り出す。すると、目の前には屈強そうな少年と銀之進。そしてもう1人の小学生を囲む男子たちがいた。ひとことで言えば愚連隊。
『弟を狙う悪因よ…』
箏馬は怒りの混じった言葉で、苛めっ子らしき男子に呼びかける。
『その代償は、ここで払って貰う成り』
その時、箏馬は容赦なく男子を蹴りつける。
その隙に、少年は2人の男の子を連れ、路地裏を出て行った。
『暴虐非道』
彼は瞬く間に、苛めっ子全員を薙ぎ倒していた。
『悪の道こそ邪道成り』
そう言って、トコトコと少年へ歩み寄った。そしてぺこりと頭を下げる。
『すみませんでした。うちの弟を助けていただいて』
律儀な態度に、少年は困ったように首を横に振る。
『いえ。無事なら良かった』
彼が言うと、銀之進は箏馬へ抱きついた。
『筝馬お兄ちゃん、怖かったよ』
『全く、だから1人には、なるなと言ったのに…』
『あれ?お兄ちゃん、天龍には行かないの?』
銀之進が訊ねると、箏馬は首を横に振る。
『今日はお休みだから帰るぞ』
そうして、男の子数人を制圧した彼は、弟と共に家に帰ったのだ。
この事件から、関連の冬馬高校の悪餓鬼に、2人は目を付けられたのだ。
ー現在ー
「まぁ、俺がやり過ぎたから、報復合戦ってことですね」
「暴力は誰も幸せにしないよ。代償は必ず返ってくる」
「分かっています。しかし、もう大丈夫です。冬馬高校の悪餓鬼たちは、退学処分にされたらしいので」
退学、あまりその言葉を聞きたくなかった優月は、小さくため息を吐いた。
「でも小学生時代から大変だったんだね」
優月はそう言って優しそうに笑った。すると箏馬は改まった表情をする。
「…それと…もう1つ話しておくことがあります」
「えっ?」
「俺が…吹部に入った理由です」
ありがとうございました!
良ければ、
リアクション、感想、ポイント、ブックマーク
をお願いします!
【次回】 この世は移り変わる。 箏馬の想い。




