8話「捨てるものあれば、拾うものあり」
いくら世界が混ざろうと、終末世界にだって季節という概念は存在する。複雑に融合したことで四季のサイクルは崩れてしまったが、春も夏も秋も冬も変わらぬように訪れる。
現在の季節は冬。その初めであり、段々と肌寒さを感じるようになり、冬服を準備し始める時期だ。
もちろん、それは魔女だって変わらない。七奈は日課になりつつあるルークとの散歩にも、過剰にモコモコした防寒着をルーシェに着させられている。
『お嬢、暑くないか? 汗ばんだら、余計に冷えるからな。適度に脱いだり、前を開けとけよ』
「わかってるよ。……にしても、ルーシェさん、びっくりするくらい寒がりだよねぇ。今日だって、毛布にくるまって囲炉裏の前から動こうとしなかったし。わたしが散歩に出るって言ったら、これでもかって、ジャンパーやらマフラーやら渡してくるし」
『あっちの世界にも四季はあったが、こっちよりいくらか温暖な気候だったからな。冬だってもう少し暖かったんだよ。仕方ねぇさ』
いつもの散歩。
下らない雑談をしながら、1人と1匹がとぼとぼ歩いていると、1軒のドラッグストアが目に入る。シャッターは開いているが、荒らされた形跡はなく酷く綺麗だ。罠でも張ってありそうな気配だが……七奈は迷うことなく店に入り、店内を物色する。
特に探し物はなく、ウィンドウショッピングのように軽く見て回るつもりだった彼女の目にあるものが映り込む。
それは一節によると淑女の嗜みであり、冬の季節の楽しみの一つ。
──入浴剤だ。
◇
「というわけで! ルーシェさんお願い! 入浴剤、一緒に作ってください!」
「はぁ。散歩から帰ってきて何を言い出すかと思えば……」
「ふふっ。まぁまぁ、ルーシェちゃんのために見つけてきてくれたんだし、付き合ってあげてもいいんじゃない?」
『そうだぜ姉御! 偶には、ゆっくり湯浴みをするっつうのも悪くねぇだろ?』
「それは、そうだけれど……」
散歩帰りの戦利品を渡され困惑するルーシェは、箱裏の成分表を見ながら、思考する。彼女は魔女。物の素材や、それらを構成する要素さえわかれば複製やら創造は可能だが、自分たちの世界になかったものをポンっと作れるかと言われたら、答えはNo。
ただでさえ、複数の要素が絡むものは難易度が高いのに、それを安全に尚且つ弟子でも作れるように魔法を調整するのは些か無理がある。
ルーシェからしたら、何とかして断りたいところだったが──どうがんばっても七奈のお願いには敵わない。絆や親愛とは、決して朽ちぬ盾であり、矛。情に絆された彼女では、娘や妹のように思う少女からの懇願など到底防げるものではない。
「……一緒にやるのは一回だけよ? 上手くいかなかったら諦めて、普通にお風呂に入りなさい。わかった?」
「やった! ありがとう、ルーシェさん!」
「はいはい。お礼はいいから、さっさと解析を始めるわよ。構成要素はわかっても、使用用途やら使用時の反応を見ないと完全な複製はできないんだから」
「2人とも、がんばってね!」
『ファイトだぜ! お嬢、姉御!』
「……ほんと、呑気なんだから」
人の苦労も知らないで。そんな漏れ出そうになった本音は心にしまい、ルーシェは七奈を連れて風呂場に向かう。
──地獄の如き入浴剤作成は、ここから始まった。
まず最初に行われたのは、実際にお湯に入れた時の入浴剤の反応の確認。製造から3年以上経っていたため、本来の反応と多少誤差はあるが、それは現地人である七奈の感想を聴き、誤差を修正。
次に行ったのは、純粋な複製。見た目と構成要素、全てをそのままそっくり複製する魔法を使っての実験。これが、2人にとって中々にシビアな戦いとなった。魔法は想像力と連想力の世界だが、魔法の練度そのものに関してはどれだけその魔法を使ったかによる。
想像力や連想力が乏しくても、繰り返せば繰り返すほど魔法の精度は高くなり、速さも変わるのだ。
故に、苦戦は必死。
複製魔法なんて使う機会がなかったルーシェや、そもそもそんなことが魔法でできるなんて知らなかった七奈は何度も失敗を繰り返し、風呂場で大惨事を起こした。
泡まみれになったり、香りが強すぎて匂いが臭いに変わったり、お湯がドス黒い色に変わったり。様々な事故が起こったが、失敗こそ成功の母。繰り返した分練度は上がり、徐々に完成に近付いていく。
そして最後に行ったのは──複製からの構成要素の変化。つまり、香りを変える魔法だ。純粋な複製じゃない分、匙加減一つで事故に繋がるが……積み重ねた経験は裏切らない。
丁寧に丁寧に、2人は調整を重ね、そして……
「できたー! できた! できたよ! ルーシェさん!」
「……そうね。長い、長い道のりだったわ」
「やったね! これで冬のお風呂がもっともーっと、楽しみになるよ!」
「魔法をこんな風に使うなんて、ほんと、ダメな弟子ね、七奈は」
「……えへへ」
口から出た言葉とは裏腹に、ルーシェの表情は柔らかく、七奈を見つめる目には慈愛が見える。
魔女団に所属していたルーシェにとって、魔法は殺すための道具であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。みんなを笑顔にする魔法は、故郷を燃やした時に全て消えてしまったはずだった。
はずだったものを、七奈は拾い上げて、自分に渡してくれる。悪意など微塵もない、幼さが持つ純粋な善意が、彼女にはただただ温かかった。
温かかったんだ。
「じゃあ、偶にはみんなでお風呂に入りましょうか。今日は私が、七奈の髪を洗ってあげる」
「ほんと!? ならなら! わたしが、ルーシェさんの背中流すね!」
「あら、頼もしいわね。それじゃ、この汚れたお風呂場をとっとと洗いましょうか。早くお風呂に入りたいでしょ?」
「うん!」
笑顔のまま、忙しなく働く七奈とそれに続くルーシェ。掃除もほどなくして終わり、入ったお風呂は温かく……そして、3人と1匹で入るのには少し狭かった。
けど、そんな思い出もきっとかけがえのないものだから。
また一緒に、と。誰からともなく口にして、笑った。
温かい1日だった。
次回もお楽しみに!
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