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7話「帰れなくなっても、戻ることはある」

「人生ゲーム? そんな大層な名前のものがこの板でできるの?」


「そう! 子供時代から始まって、学校に行ったり、就職したり、あとは結婚して子供を育てたり……人生の全部がこれに詰まってるの!」


「不思議な板なのね……」


『まぁ、ようはボードゲームだな。オレたちの世界にもあったろ?』


「「……そうだった(っけ・かしら)?」」


「あはは……こ、細かいことはやりながら説明できるし一緒にやろうよ! こういうのはいっぱい人数がいたほうが楽しめるからさ!」



 二人の喧嘩が終わり、ジェリーが来てからまた少し日が経った頃。休息日の暇を埋めるように七奈から誘われ、遊びは始まった。異世界の文化には精通していても、娯楽に対しての知識は薄いルーシェと、そもそも最低限の読み書きで精一杯のジェリーにとって——人生ゲームとは未知の体験だった。



「……『運悪く交通事故を起こしてしまい車が廃車に。通勤の足を失い、出費が増え八万円失う』……」


『あっはっは! 姉御、これで三回は運悪くって事故やら事件に巻き込まれてるなっ!』


「っ! そういうルークこそ! 株で大損して借金まみれじゃない!」


「ま、まぁまぁ、ルーシェちゃんは結婚してお給料日の収入も安定してるんだし……」


「そうだよ! わたしなんか、もう二回も結婚からの不倫離婚コンボ喰らってるんだから、全然大丈夫!」


「……いえ、その励ましは喜んで受け取れないから困るのだけど」



 盛り上がる人生ゲーム。

 現状、独り身でトップを独走し、高収入と安定した株の売買で稼ぐジェリーが一位。二位が、運悪い事故や事件に巻き込まれながらも幸せな結婚生活パワーでなんとかプラス収支を保っているルーシェ。三位は結婚不倫離婚のコンボを二回も成功させて、慰謝料と給料で稼ぐ七奈。最下位は趣味で始めた株で負けに負けて借金地獄に陥っているルーク。



 人を嗤いながらも最下位からさらに下に転げ落ちるルークには一種の無敵感があり、二位につけているルーシェよりも余裕を感じるのは年の功なのか、はたまた何も考えていないのか……恐らく後者だろう。

 だらだらと、それでいてハプニングの絶えない人生ゲームはその後も続いた。



「……今度は4マスか。いーち、にー、さーん、よん!」


『ふむふむ。『年末に買った宝くじが一等の大当たり。もう一度ルーレットを回し、出た目の数×百万円をもらう』、か。すげぇじゃねぇかお嬢!』


「なら、パッパッと回しちゃわないとね。ほら、七奈ちゃん」


「いい目~! 出ろ!」



 クルクルと回るルーレット。出た目の数次第では一発逆転もあり得るこの状況。全員にある種の緊張が走る中で出た数は——MAXの10。まごうことなき大逆転である。はしゃぐ七奈と拍手しながら微笑むジェリー。ルークも猫の姿で頭をぐりぐりと押し付けて称える中、ルーシェだけが独り自分の駒を持ち憎らしそうに表情を歪めていた。まるで、負けず嫌いな子供のように。



「やった! ルーシェさん! 銀行からお金ください!」


「……はい、どうぞ」


「えっと、その、ルーシェさん? 手、離してくれないと、お金もらえないんだけど……」


「力は抜いてるわ」


「そ、そうかな……? ふっ! ふぬっ!」



 師匠と弟子が必死にお金を取り合う寸劇、もとい子供同士の幼稚な喧嘩は数分続き、残りの一人と一匹はのんびりとそれを眺めていた。



『……クールっぽいけど、やっぱ負けず嫌いというか勝負事は負けたがらないよなぁ、姉御』


「村にいた時も、年上の子たちと勝負しては喰らいついてたからね……そこら辺は成長しても変わらないのかも」



 と言って、ジェリーは微笑み膝の上で丸まるルークを撫でる。

 日常が、少しずつ変わり始めていた。


 ◇


 夕暮れ時。

 窓から微かに差し込む夕日と、静かになった七奈の寝息だけが部屋にあった。ゆっくりと時の流れに身を任せるように、ルーシェとジェリーは他愛ない話で暇をつぶす。

 幼い子供らしく眠る弟子の頭を自分の太ももに乗せ、偶に寝顔を見つめては、優しく頬を撫でる。



 師匠と弟子、そんな言葉には抑え込めない関係だった。



「かわいいね、七奈ちゃん」


「手のかかる子よ、まったく」


「でも、昔のルーシェちゃんはもっと酷かったよ? 村の決まりを破って夜に森に行くし、洞窟に探検に行ったら迷子になって捜索隊まで出る羽目になったし」


「……あれは、その……」


「わかってる。魔女の修行でしょ?」


「まぁ、ね」


「けど、あぁ、今日はよかった」


「どうして? 散々ボコボコに負けたのに」


「そういうことじゃないよ。うん。そういうことじゃ、ない」



 多くは語らない。

 言葉は時に人を惑わせるから。それは、裏の世界で生きるしかなかったジェリーの学び。嘘も真実も、言葉にすることで相手に伝わる。彼女にとっての言葉は、魔法だ。ルーシェの魔法と同じく、時に人を傷つけ、時に人を助ける。

 人は面と向かって話すことで、互いにナイフを向けているのだ。



 いつ、何を言われてもいいように。

 言葉が真実だろうと、嘘だろうと、迷いなく次の刃を入れられるように。口は閉ざさない。それは、敗北の証明だから。何をされてもいいという降伏だから。



「あたしができなかったことでも、七奈ちゃんはできるんだなって」


「意味がわからないのだけど……それはなに?」


「ひ・み・つ! 情報屋の情報は高いんだから。いくら居候させてもらってるとはいえ、ただではあげられないよ!」


「そう。なら、また今度ね」


「うん、また今度」



 壊れてしまった魔女としてのルーシェを変えたのは、七奈のなんだったのか。


 言葉だったのか。


 行動だったのか。


 もしくは、その両方だったのか。



 傍に居られなかったジェリーにはわからない。わからないが故に、それ以上は気にしない。今はただ、久しぶりに見た親友の素顔に笑みを零し、あの日を重ねる。帰ることのできない、けれど戻りかけている過去を。

 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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