幕間「魔女の日記」
次の更新からは、恐らく隔週投稿になります!
(私の気分次第で変わる……かも?)
※今回のお話は一人称視点です。
帝国暦XXX年〇月△日
晴れた日。少し雲があるくらいの普通の日。今日は、久しぶりに新しい魔女の勧誘に行った。正直、勧誘とは名ばかりの拉致にも等しい行為だが、お母様や国はそれをあくまで勧誘だという。酷いものだ。
帝国の外れ、他国との境界線ギリギリにある村に生まれた魔女。名前は……そうそう、ルーシェだったっけ。齢は10歳ほどで、その歳とは思えぬ魔法の才能を魅せる少女だったので、よく覚えている。けど、非凡な才能とは裏腹に、両親との別れに涙を流す普通な弱さを併せ持つ娘だった。
──教育係を任せられたからには、そんな彼女を立派な魔女にしなければならない。嫌な役回りだ。何人育てても、何度やっても、慣れない。帝国お抱えの研究者も、こういう苦悩を持っているのだろうか。
自分たちが殺すわけではない、でも、間接的とはいえその殺人に……その虐殺に関わっている途方もない罪悪感や嫌悪感。拭い切れない感情がぽつぽつと心に淀みを作っていく。
時間を操る魔法を得意とする故に死なないワタシは、あと何人の魔女を育て、あと何万の人を殺すのかわからない。
わからないから、終わりたい。
日記を書く趣味は、きっとその気持ちの発散だ。だから、嫌なことは全部ここに書き綴る。
いつか、この日記を手放す時が来るといいな。
いつか、この日記を見て笑える日が来るといいな。
いつかは……いつ、来るのかな。
◇
帝国暦XXX年☆月◎日
昨日、初任務を終えたルーシェがようやく帰ってきた。魔女団に入ってから3ヶ月弱の訓練期間を終え、そこから休みなく始まった初任務だった。難易度は可もなく不可もなく。新米魔女には適当なものだったが、途中で事故でもあったのか、帰還は遅れ、戻ってきた彼女はボロボロだった。
泣いたのか、吐いたのか。
やつれた顔からは、他の正気を失った魔女からは感じられない思いが見て取れた。
報告を聞くに、とある魔獣に助けられ、彼の力を借りながら任務を遂行。その魔獣を使い魔として帰ってきた……らしい。なんとも奇妙な話だが、契約したという魔獣を見て納得した。
ルークと名乗ったその魔獣は古き血の末裔──神々の時代からその名を残す魔獣の1匹だったのだ。
通りで、人間との意思疎通も問題なくできるわけだ。まぁ、一つ問題があるとするなら、少しワタシたちに当たりがキツイことだろう。無理もない。自分の主が危険に晒されるほどの任務を与えられたのだ。反発もする。
ただ、彼も魔女という存在は理解しているらしく、魔女団の存在や任務内容には納得してくれた。
魔女団は意思を持つ兵器であり、平和のための使徒。帝国の安寧を保つため、反逆者を討ち続ける──表向きはそういう組織だ。実態は、帝国が目を付けた技術の回収や、面倒になりそうな火種の処理を任される掃除屋。
ようは体のいい、殺し屋の集まりだ。
家族から離され、魔女として魔法の力に酔ったワタシたちは、使い勝手のいい鉄砲玉に過ぎない。
きっと、全部は話さなかったワタシの言葉も、ルークには届いているだろう。それを知ってもルーシェから離れることを選ばないのは、慈悲か憐憫か。
理解できない部分も多いが、弟子の1人が死ぬ可能性が減るのは……いい事だ。
もう誰かに枕元に立たれるのは、ごめんだから。
◇
帝国暦XXX年△月☆日
出会ってから数年。1人前に育ったルーシェに、ワタシは今日も任務を言い渡す。色々な任務や修羅場を超えた彼女は立派な魔女となり、今では弱音や泣くこともなくなった。誤魔化すことが、上手くなったんだろう。
ただ、今回の任務はそうはいかない。紛争地域の援軍として戦いに参加、争いを終結させろという任務は、幼いこの子にはあまりにも重い。既に先に行った魔女も半分以上連絡が途絶え、戦死している可能性が高い現場だ。
行って欲しくないと言えば嘘になる。だが、任務は任務。いずれ、誰かが、その仕事を引き受けなければならない。
でも、それはルーシェでなくてもいいはずだ。だから……ワタシは自分に与えられていた簡単な任務を渡した。とある村の抹消。聞いたことのある、見たこともある、けど、どこにでもあるような村の焼却。なんでも、最近は魔獣被害が多くなったため、魔獣の餌になる前に燃やしてしまえとの命令らしい。
本当に、酷い話だ。
酷い話だが、死にはしない。
死ぬ危険はない。
例えそれが、自分を生まれ育った故郷を滅ぼす、最悪な仕事だったとしても、死ぬことはない。
最低だ。
自分でもそう理解している。
だけど、命には代えられないだろう?
魔女として、魔女団としてルーシェの力は強力だ。その使い魔も、魔法の才能も、箒捌きも。全てが一線級で通じる強さがある。経験さえ追いつけば、魔女団でも上位に食い込むことは間違いない。
故に、死なせられない。死なせたくない。
愛想が悪くても。憎まれていても。彼女は、ワタシにとって唯一の癒しだから。心を失ってない、数少ない魔女だから。
可能なら、生きていて欲しい。
叶うなら、死なないで欲しい。
いつか、ワタシが死ぬまで、その時まで。
◇
帝国暦XXX年△月〇日
今日、紛争の終結を見届け、魔女団に帰還してすぐルーシェがワタシの下にやって来た。ぐしゃぐしゃに泣きながらワタシを罵倒し、何故とどうしてと力ない拳でワタシを殴った。
理解していたことだ。
理解していたとしても、吐きそうになる。零しそうになる。
口から出る言葉に感情が乗りそうになる。
無意味で、無価値な私情を出しそうになる。
けど、魔女として誤魔化さなければ生きていけないから。
ワタシは普段通り飄々と受け流して、ルーシェを宥めた。眠ることのない彼女が気絶し、落ちるまで、言葉のナイフを受け続けた。
誰かの涙を止める方法を、ワタシは知らなくて。魔法しか、わからなくて。昔、お母様がワタシにそうしてくれたように、寄り添い続ける。
少し、疲れた。
◇
帝国暦XXX年◎月◇日
世界が交わり、新たに生まれ変わってから数日。混ざり合った世界は混沌としていて、争いの火種はすぐに燃え広がり、星を覆った。
あの日以来、笑うことすらなくなったルーシェと一緒に、ワタシは今日も街を焼く。任務だから。どこかから響く悲鳴も、全部が騒音でしかなくて、その音を消すように火を付ける。
戦って、戦って、戦って。
元の世界とも変わらない争いを繰り返している。
歳をとり過ぎると、やっぱりダメだ。
綺麗だったものへの憧れすら儚く消えてしまう。笑わなくなった弟子すら、満足に支えてやれなくなる。
生きている意味すらわからない。
生きている意味すら考えられない。
惰性で歩いて、道端に転がる石を蹴っている。暇を潰すように、目の前を横切ろうとするアリを踏んでいる。
だから──ルーシェが隊から離れて独断行動をした時も、追おうとは思えなかった。魔女団というしがらみから抜け出して羽ばたこうとする彼女を、ただただ見守っていた。
どうせ、追いつけたとしても殺すしかない。なら、どこか、ワタシの知らない所で生きていてくれた方がちょっとはマシだから。
さよなら、ワタシのかわいいルーシェ。
いつか、死ぬ時まで、元気で。
◇
「……いつ見ても小っ恥ずかしいこと書いてあるなぁ〜、これ」
過去の自分の日記を眺めては、ワタシはそう呟く。
おチビちゃんの家出事件も終わり、ルーシェはあの子の手を引いて家に帰ってきた……らしい。ルークが連絡役を引き受けてくれなかったら、ワタシは夜通し結界外を探し回っていたわけだが……まぁ、結果よければ全てよし、と言うべきだろう。
久しぶりに日記を見返す時間もできたし、今日は悪くない夜だ。
「……また読んでいるのね、それ」
「ん? どうしたの、ルーシェ? 今日はおチビちゃんと一緒に休む〜って言ってなかった?」
「別に……あの子が眠ったから、少し話をね」
「話って?」
「……七奈のこと、探してくれてありがとう。ただ、これだけ伝えたかったの」
「……そ。どういたしまして〜」
あぁ、よかった。
ちゃんと、笑えるようになったんだ。
お礼なんて律儀にしちゃって、昔より可愛げがあるじゃないか。
……けど、本当によかった。笑えるようになって、本音を出せるようになって、よかった。
やっぱり、ルーシェは魔女には向いてない。誤魔化すのが下手過ぎる。
ワタシみたいな最低な奴にも、恩義なんか感じちゃって。本当に──馬鹿な弟子だ。
「……ワタシが死ぬまで、幸せにね」
どうか、ワタシが見える範囲では、このまま。このままで。
次回もお楽しみに!
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