14話「告白」
あと1話で一区切りです!
魔女は運が悪かった。
それは、何年経っても変わらない真実。
始まりから終わりまできっと、そう。
だから、告白の結果は決まっていたのかもしれない。
◇
「ルーシェさん、大事な話って……なに?」
太陽が上がり、落ちて、上がり、落ちて。何日か経った頃、七奈はルーシェに呼ばれて居間に顔を出した。そこには、呼び出した本人であるルーシェ以外にも、滅多に一緒に居ることのないジェリーとカリーナがおり、それぞれ距離を開けて座っていた。
息の詰まるような空気で満たされた部屋で、七奈はなるべくいつも通りを装ってルーシェの前に腰を下ろす。
「まずは、先に謝っておくわ…………ごめんなさい。これから聞く話は、あなたにとって苦しいものになるかもしれないから」
「苦しい、もの……」
「私はね、七奈。あなたに隠していたことが2つあるわ」
「……それって?」
「最初はそうね。魔女について、かしら。あなたはよく、眠る前の挨拶をしてくれていたでしょう? 『おやすみなさい』、と」
「えっ? う、うん……それが?」
「あれはね、私たち——魔女がもうしなくなったものなの」
「しなくなった? なんで?」
「……する意味がなくなったからよ。私たちが、もう睡眠を必要としない化け物だから」
誇張している。
不眠の呪いは、魔女の魔法によるものだ。『帝国』の初代魔女団団長が、後継者に代々受け継がせた最悪の魔法。魔法故に、相応の使い手になれば解ける可能性もあるが、そんなことは関係ない。
今、必要なのは魔女が強大な力を持つ存在だと認識させること。独り立ちするにはいささか早いが、頼れる人間は用意した。自分がいなくなっても、どうにかなる手はずは整えてある。ルーシェからしたら、ここが妥当なタイミングなのだ。
長い、長い夜の夢が終わるのは。
「ぁっ……ぇ?」
「3年以上一緒にいて、七奈は私が寝ているところを見たことがあった? ないでしょう? それが答えよ。理解して、魔女はそういう生き物なの。真っ当な人間なんかじゃないのよ。人の形をした兵器が私たち魔女なの」
「け、けど、ルーシェさんも、カリーナさんも、すごくいい人で! ルーシェさんはあの日、わたしを——」
「そうね、あなたをあの炎を海から助けた」
「でしょ! だから——」
「あれをやったのは、私よ」
「……へ?」
「七奈がいた街に火を放ったのは、私。魔女団の魔女として、あの日、私はあなたの故郷を、両親を燃やしたの」
「——————」
告白は、ある意味成功したといえるだろう。ルーシェの秘密は、まだ幼い少女に深々と突き刺さり傷を抉った。声すら出ないまま、七奈の表情はくしゃくしゃになって、涙がポロポロと流れていく。
怒りがあった。
大切なことを、許せないことを隠していたルーシェに、怒りがあった。
憎しみがあった。
もう戻ってこない、自分の大切なものを焼いたルーシェに、憎しみがあった。
悲しみがあった。
怒りと憎しみで溺れそうになった心の中で、もう縋ることすら許せない、悲しみがあった。
全部が、全部が、七奈の涙となって零れ落ちる。
けれど、ここで終わらせるわけにはいかなくて。ぐちゃぐちゃになった心が、頭が、微かに残ったものを信じたくて、少女の口を開かせる。
「な、んで?」
「仕事だったからよ。あの時の私には、それが全てだった」
「違うっ!! わたしが、わたしが聞きたいのは、違う! わたしが聞きたかったのは……どうして、わたしを助けてくれたのか、だよ」
「——偶然よ、そんなの」
「…………そ、っか。そう、なんだ」
嘘は、言っていない。
ルーシェが七奈を見つけられたのは紛うことなき偶然で、そのあとを誤魔化しただけ。間違えないために、終わらせるために、魔女は最後まで誤魔化した。普段の七奈なら気付ける可能性もあっただろう。だが、ルーシェは情報の圧力でもしもを殺し、自分が欲しい結末を手繰り寄せる。
呪え。
憎め。
嫌え。
言葉にしないまま、そう誘導する。
もし、誤算があるとすれば、七奈という少女が優しすぎたことと——
「っ!」
「あっ! 七奈ちゃん!」
「あらら、家出しちゃったね~」
「茶化さないで! ルーシェちゃん! 早く追いかけないと!」
「いいのよ、今は。一人になる時間が必要でしょう?」
「でも! ……えっ」
「……まさかあなた、泣いて——」
ルーシェが弱かったことだろう。
◇
思えば、最初からルーシェの計画は破綻していたのだ。
普通に育って欲しい。
優しさを失わず、普通に幸せになって欲しい。
そんな願いをしながら、彼女は自分を殺させようとしていた。矛盾しているのだ、始まりから。
「呆れちゃうな~。一人の時間が欲しいのは、ルーシェの方じゃない?」
「……それは」
「そもそもさ、矛盾してるんだよね~。好かれたいのに、愛されたいのに、嫌われたくて、憎まれたくて。変わってないよ、ほんと。初めて会った時から、変わらないまま——あなたは弱虫で、泣き虫なまま」
「カリーナ!!」
弟子へ向けていたはずの言葉の凶器は、今度、師匠であるルーシェに向け突き刺さる。正論だった。どうしようもない指摘だった。ただ、ルーシェの目には自分の代わりに怒るジェリーと、呆れた様子で冷めた目をしたカリーナだけがいて、取り繕う必要はなくて。溜め込んでいたものが堰を切ったように、溢れ始める。
「だって、仕方ないじゃない……」
「仕方ないってあなたね——」
「仕方ないでしょ!! 七奈と——あの子といればいるほど! 愛おしくなって、押し殺した昔の自分に戻りそうになるの!! 戻っても、誰も許してくれないのに! 戻っても許されないのに!!」
溢れ出したら、止まらなかった。
抑え込んでいた不平不満が。心を殺して耐えてきた理不尽が。とめどなく溢れて言葉になって、出ていく。
「なんでなの! なんで私なの!? ただ幸せになりたかっただけなのにっ!! ただ、みんなに幸せになってもらいたかったのにっ!!」
「ルーシェ……」
「あなたが、あなたたちが来なければ! 私は普通に生きて!! 普通に幸せになって!! ジェリーとも、親友の、ままで……返してよっ!! 戻してよっ!! あなたの魔法で! 私のパパとママを! 私の故郷を!! お願いだから……返してよっ……帰り、たいよ……」
返して。
帰りたい。
きっとそれは、ルーシェがずっと心の中にしまい込んでいた願いで、想い。
いくら誤魔化すのがうまくなっても、取り繕うことができなかった本音。
泣きながら、心の声を叫ぶ彼女は——最早魔女ではなく。あの日、村を離れることを嫌がり、泣きながらお別れするしかなかったルーシェというただの村娘だった。
次回もお楽しみに!
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