12話「いつか、いつか」
遅れてすいません……
夜が明ければ、日常はまた進み始める。
眠ることのない魔女たちと違い、ジェリーや七奈は目が覚めることで世界を認識する。
故に、カリーナというもう一人の魔女がいることに驚き、表情が歪んだ。
「……ルーシェちゃん、これ、どういうこと?」
「ちょっとした取引をしたの。これから、彼女——カリーナはここに住むことになるわ」
「取引って……正気? あたしたちの命を狙ってきた相手だよ?」
「そうね。でも、しっかりと条件は飲ませたし、彼女がこの結果内で好き勝手に魔法が使えないように調整もした。心配しなくても、あなたたちの命は保証されてる」
「そういうことじゃなくて……!」
顔をしかめ、苦言を呈するジェリーに対し、ルーシェは酷く淡々と言葉を返す。そもそもの話、この結界の主……もとい、この家の主は彼女だ。本来、絶対的な決定権は彼女だけにあり、普段はただ意見を聞いて方針を決めてるだけに過ぎない。
もっとも、そのことはジェリーだって理解している。ただ、一言、一言くらいくれてもいいだろう、と言っているのだ。
『まぁまぁ、決まったことにとやかく口出しても仕方ねぇだろ? 姉御だって無策で決めたわけじゃねえんだし、ここは一つ後回しに、な? 朝から揉め事なんて気分悪ぃしよ』
「……わかった。ルーシェちゃん、夜、空けといてね?」
「ええ、ありがとう……それで、七奈はどう? カリーナ……もう一人の魔女がここに住むことになるけど、平気かしら?」
「えっと……」
「気にしないで、言いたいことがあるなら言ってちょうだい。今更、一緒に住むのを取り消しに……なんてのは無理だけど、できる限り善処はするわ」
声色は変えず、されど優しく、ルーシェは七奈に問いかける。無意識の甘さと言うべきか、無償の愛情と呼ぶべきか、明らかにジェリーとは違う対応の差に、カリーナでさえ違和感を覚えている。それは七奈の、幼さを考えての言動なのかはたまた、向けている感情の違いからの行動なのか判別が難しいところだ。
七奈も七奈で、どう言葉にすればいいか悩み表情をコロコロと変えては、口を開こうとしては閉じ、開こうとしては閉じ、言い淀む。
少女にとって初めて会う、ルーシェ以外の魔女。目を向ければ、余裕のある微笑みをこちらに向けて、軽く手を振ってくる。綺麗でありながら、どこか幼く、化かすような振る舞いは恐ろしい。
七奈にとって、カリーナは未知だった。
「……カリーナ、さん? は、ルーシェさんのお友達なの?」
「違うわ。彼女は魔女団に所属する魔女で……私の……そうね、師匠かしら」
「ルーシェさんの師匠? それって、ルーシェさんよりもすごい魔女……ってこと!?」
「まぁ、そんなところかな~? 組織の中でも、序列はワタシの方が上だったしね」
「カリーナ……」
「いいじゃん、そんな怖い顔しなくても。少しお話しするくらい、許してくれてもさ~」
ニコニコとした笑顔で七奈の前に立ったカリーナは、握手のためか手を差し出し、握り返されるのを待つ。不思議な間合いだった。すんなり入ってくるわけでもなく、かといって軽い挨拶では終わらせない。試すが如き所作。
現地の人間なら、魔女を知らないはずがない。
自分たちがやったことを忘れるはずがない。
だから、試す。
世界の違う人間でありながら、魔法を学ぶ少女が、虐殺者にどう反応するのか。
「……握手は初めて?」
「あ、えっと、違くて……綺麗な手だなぁって。爪も、髪の色と同じでかっこいいなって」
「そう? 気に入ってくれてよかった~! ワタシもこれ、結構気に入ってるんだ」
「じゃあ、その、よろしくお願いします!」
「ふふっ、こちらこそよろしくね、おチビちゃん」
今まで関わってきた大人たちと全く違うタイプのカリーナに、七奈はほんの少しの不安感と好奇心をもって、手を差し出した。握った手は、冷たかった。
◇
日は落ち、また夜になる。そして、魔女の——大人の時間がやってくる。
寝室に訪ねてきたジェリーに、ルーシェはカリーナが同居するに至った経緯を語り聞かせた。話を聞いた彼女の顔は、とても一言では言い表せられないほどの怒りと憎しみ、その感情のやるせなさで満ちており、あまりいいものではなかった。
「……とりあえずは、わかった。けど、本当にいいの?」
「どれのことかわからないけど……一度決めたことを覆すつもりはないわ。ジェリーが外に出られない以上、魔女団やその他の動きを知るにはどうしても面倒な手段を取らなくちゃいけなくなる。少なくとも、これが今の最善だと、私は信じてる」
「それはそうだけど……でもさ、魔女のこととか、あの人からバレちゃうかもしれないんだよ?」
「同じよ、それも。遅いか早いかの違いがあるだけ。どうせ、いつかを先延ばしにしてただけだもの。可能な限り、私から話す」
「……もう、元には戻れないかもしれないのに?」
「戻れなくても、構わない。だって、罪には罰がつきものでしょう?」
嘘だ。
後悔するに決まっている。
だとしても、ルーシェが躊躇うことはない。
罪は罰と共にある。
大人になった姿を見られなかったとしても。
嫌われ、憎まれたとしても。
死という終わりが無意味になることはない。
「終わりは、とっくのとうに決めたんだもの」
身勝手で自己満足な贖罪。
望まれたら、望まれたまま終わりにする。
生きて欲しいなら生きるし、死んでほしいなら死ぬ。
魔女は赦されたいのではなく、罪を償いたいだけなのだ。
次回もお楽しみに!
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