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1話「運が悪かった魔女の話」

 息抜きのやりたい放題小説です。

 魔女専攻(独学)なんで、多分なんとかなります。

 運が悪かった。

 間が悪かった。

 そんな言葉は、どんな世界にも存在する。それは大抵、どんなに努力しても避けられない自然現象に使われ、諦めの言葉として広まっている。



 1人の魔女──ルーシェという少女も、ただ運が悪い子供だった。国の外れの小さな村に生まれたルーシェは、その村で唯一魔法が使える魔女として村人たちから日々崇められ、慕われ、笑顔のために魔法を使い続けた。

 両親が自分たちの誇りだと言ったのが嬉しかったから、きっと最初はそんな理由。



 小さな村は、ルーシェの魔法により快適になり、食料問題やら野生動物の被害も減って、皆が幸せに暮らしていた。

 だが、夢のような生活が長続きすることはなく、彼女の魔女としての素質に目をつけた国──『帝国』の魔女団に引き取られ、地獄が始まる。



 無理矢理両親と引き離されたルーシェに、魔女団は寄り添うこともなく、人殺しの知識を教え続けた。戦争のため、如何に魔法を使うか、どんな魔法が効率的か。村人や両親の笑顔のために魔法を使ってきた彼女からは考えられない、卑劣で残酷な魔法を叩き込まれた。



 1日、1週間、1ヶ月、1年、3年、5年、7年、10年。齢10歳から始まった人殺しの術の学びは、時を重ねる毎にルーシェの心を壊し、涙が流れることもなくなった。

 地図を見て、自分の故郷を思い出すことが数少ない喜びだったはずなのに、いつしか村は地図から消えてなくなり。後に彼女は、仲間から戦争の影響で自らが村を燃やしたことを告げられる。



 ルーシェは何も覚えていない。

 心の拠り所を自分で燃やしたことも。大好きだった両親や村の人たちを殺したことも、なにも。殺すことが、燃やすことが当たり前になった彼女の日常で、故郷を消したという事件は日々の仕事の1つでしかなく。



 言い換えるなら、そう、運が悪かった。

 もしも、魔法が使えなければ。

 もしも、心が壊れていなければ。

 家族の声が、友の声が聞こえたかもしれない。助けられたかもしれない。何か1つでも違えば、手を血に染めることなく、故郷でのどかに過ごしていたかもしれない。



 けれど、そんなもしもはなく、自分の罪を理解したその日から、ルーシェは笑はなくなった。元々、魔女団に入ってから表情が固くなっていたのが輪をかけて酷くなり、無表情に無感動にただ仕事をこなす歯車が完成した。



 本当に、運が悪い。

 しかし、彼女の苦難はこれでは終わらない。



 世界に、異変が起きたのだ。剣と魔法が支配するルーシェの世界とペンと科学で発展した異世界が融合し、溶け合った。

 ビル群と呼ばれる鉄やガラス張りの都市は、巨大な植物や奇々怪々な野生動物が闊歩する闇の都となり、魔法と科学がぶつかり合う。



 言語も、文化も、技術も、何もかもが違う異世界との融合は2つの世界どちらにも混乱をもたらし、瞬く間に戦火は広がった。誰がかなんて、どちらの世界がかなんて関係なく、引き金を引いた瞬間に和平や交渉は決裂し、星は火の海となる。

 当然、魔女団の一員としてルーシェも戦争に参加、命令に従い全てを焼き払った。



 否、焼き払った──はずだった。

 どこかから響く泣き声。



「おとうさーん!! おかあさーん!! どこー!!」



 両親を探し、泣き叫ぶ子供の声。火に包まれ、そこかしこに傷跡が見える中、少女は家族を探していた。

 悲しい、悲しいことに、ルーシェは運が悪く、それを見つけてしまった。髪色も、瞳の色も、顔立ちも、何もかもが違うのに、彼女には少女が幼い頃の自分と重なって見えた。無理矢理両親と引き離され、途方もなく泣き続けるしかなかった自分に、重なって見えてしまったのだ。



 その瞬間、体は勝手に動きだし、箒で空を駆けてルーシェは少女を連れ去った。それは、明確な裏切り行為。『帝国』の魔女団の名に泥を塗る行動。

 だとしても、ルーシェは止まらなかった。止まれなかった。仕方ないだろう、運悪く、ただその光景が目に入ってしまったんだから。



 もし、良かったことがあるとするならば、彼女は箒を扱う才能なら魔女団の中でもトップだったことだろう。誰に追いつかれることもなく、追っ手を逃げ切りルーシェは姿を消した。



 これが、3年も前の話。

 長く続くと思われた戦争は、魔法と科学の拮抗によりお互いに手酷い傷跡を残して終了。減りに減った人類たちは、各地で小競り合いをしながら終末の世界を歩むこととなった。



 これは、そんな世界で過ごす1人の魔女と少女の話である。


 ◇


「ルーシェさーん! わたし、もうつかれた〜」


「……はぁ。あなたが服が欲しいってわがまま言ったんでしょう? しかも、都まで行きたいって」


「だって、こっちの方がかわいいお洋服いっぱいあるし……! それに、ほら! ルーシェさんの好きな本だって!」


「私は近所の古本屋を漁れば十分よ」


「うぐぐ……」



 なんでもない会話をしながら、2人は歩く。1人は魔女のルーシェ。絵本や物語の世界から出てきたような魔女そのものであり、黒のローブととんがり帽を被った20代前半の女性。金色のウェーブがかった髪は胸ほどまで伸び、澄んだ碧色の瞳が世界を映す。身長は170に届かないくらいで、体の凹凸がはっきりした大人の女性だ。化粧っ気のない雰囲気からは想像できない整った顔立ちで、美人の部類だろう。



 そして、そんな彼女の後ろをあるくのが10代前半の少女、天崎(あまざき)七奈(なな)。ルーシェと同じローブととんがり帽を被る彼女の身長は130にも届かず、小柄だ。服装と同じ黒髪をストレートに腰まで伸ばし、黒の瞳で世界を見る。顔立ちは幼く年相応に見えるが、終末の世界を生き抜いてきた証か、子供らしさは薄い。今も、歩くことに文句を言っているのに、足を止めないのがその証拠だろう。



 場所は東京都新宿。コンクリートジャングルは、その名の通りコンクリートとジャングルが融合したような場所となり、視界は悪い。野生動物や他の悪意がいつ襲ってきても対応し辛い道だ。

 もっとも、普通の理性が残っている人間なら、箒に大きいバッグを運ばせて、魔女の姿をした2人組みに挑むなんて無謀はしないだろう。



 それほどに、魔女は世界の恐怖だった。



「……まだ大丈夫? 目的地まで、あと1日は歩くわよ?」


「うぇ……箒は? 乗っちゃダメなの?」


「七奈が荷物を持ったまま箒の操縦をできるなら、いいわよ」


「酷い! 私が箒乗るの苦手なの知ってるくせに! 鬼! 悪魔! 魔女!」


「魔女ですもの。ほら、大人しく休みなさい。少し休憩してから、また歩きましょう」


「はーい……」



 ルーシェの言葉に大人しく従い、七奈は近くの木の幹に背を預け腰を下ろす。

 運命の日から、約3年。ルーシェと七奈の仲は時間を重ねて、今の形に落ち着いた。言葉を学び、文化を学び、技術を学び、2人はお互いに寄り添って、歩み寄った。最初は上手くいかず、喧嘩も絶えなかったが、なんとか理解を深め絆を紡いだ。



 魔法や箒の乗り方を七奈が知っているのもその結果の1つ。偶然か必然か、世界が融合したことで、魔法を使える才能が七奈たち科学の世界の人間にも芽生えた。これを幸運ととるか不運ととるか、その答えはルーシェしか知らない。少なくとも、七奈は幸運だと捉えているが、真相はわからない。



「……ルーク、いる?」


『なんだぁ、姉御? お呼びか?』


「周辺の探索に行ってきてちょうだい。面倒そうなのがいたら即報告で」


『へいへい、お使いね。んじゃ、ちょっくら行ってくらぁ』



 そんな、どこか飄々としたやる気のなさそうな声が響くと同時に、何もない空中から黒いスライムのようなものが地面に落下する。落下したスライムはやがて1羽の鳥に姿を変えて飛び去り、空を往く。

 彼はルーク。ルーシェが飼っている使い魔の一体であり、最も使い勝手のいい変身生物だ。何にでも変身できる代わり、何物でもない。オスメスの区別すらなく、喋り方や声を踏まえて便宜上彼と呼んでいるが、ルークはルーク。それ以上でも、それ以下でもない。



「ルークは本当になんにでもなれるよねぇ。この前なんか、動物図鑑を見せてあげたら、即興で色んな動物になってくれたんだよ!」


「あなた、そんなことしてたのね……まぁ、全部真っ黒だから模様とかは真似できないのが欠点だけれど」


「でもでも! 毛並みとかは真似できるよ! サモエドのルークはもっふもふだったし!」


「ふーん、そうなのね」



 今度枕代わりに試してみようかしら、なんてくだらない考えに思いを馳せながら、ルーシェも箒に寄りかかり水分を補給する。彼女の姿に似合わない、スポーツ用の大容量の水筒は持つのは中々に手間で、絵面がなんとも不思議だ。

 生きていくのに必要だからと割り切っている彼女だが、もう少し持ち運びやすく軽量なものはないかと悩むのが最近の悩みである。



 そして、そんなこんなで休むこと十数分。七奈が水分補給を済ませ、ルークが戻ってきたのを合図にルーシェは歩き出す。



「今日中に大きいお店に入りましょう。どこかでしっかり体を休めたいし」


「はーい!」


『なぁなぁ、姉御? なんか美味いもんあるかな?』


「あなたはなんでも食べるでしょう……まぁ、ついでに食料も漁りましょうか。備蓄はどれだけあっても困らないし」


「やった! わたし、フルーツ食べたい!」


『オレは肉! あっ、魚でもいいぜ!』


「はいはい。考えておくから、さっさと歩くわよ」


「『はーい!』」



 まるで遠足にでも来てるかのようなテンションで1人と1羽はルーシェに続く。終末世界の遠足は、どこか不思議で明るさに満ちているのだった。


 ◇


 夜。ようやく辿り着いたとある大型ショッピングモールの家具屋にて、2人と1羽……もとい1匹となった一行は展示品のベッドに体を寝かせていた。

 話に聞いた通り、サモエドに変身したルークのお陰で枕要らずの寝心地だが、ルーシェは眠ることなく読書に耽ける。明かりもないというのに、わざわざ魔法で夜目を効かせて読んでいるんだから筋金入りだ。



「……ルーシェさん、寝なくていいの?」


「ちゃんと寝るわ、七奈が寝たらね」


「……本当に?」


「本当よ。今はまだ眠くないだけ。もう少ししたら、ちゃんと寝るわ」


「……そっか……じゃあ、おやすみなさい」


「えぇ、おやすみ」



 母が子にやるように、ルーシェは優しく七奈の頭を撫でて眠りを促す。母親が自分にやってくれたように、優しくゆっくり、眠りに導く。

 やがて、警戒も解けた七奈の呼吸は寝息に変わり、静かに静かに音が消えていく。



『……姉御は、嘘つきですねぇ』


「魔女は嘘をつくものよ」


『それも、そうっすね』



 魔女は、眠らない。

 正しくは、『帝国』の魔女は眠らない。人としての三大欲求である睡眠は、とうに魔女団から剥奪され彼女たちは不夜の集団として戦争を勝ち抜いた。

 眠りを必要としない殺戮兵器として、魔女は転生させられたのだ。おぞましい魔法によって。



 今となってはルーシェ自身、寝ずの番等などの面倒がなくて困ることはないが、最初は困惑したし、自分がどんどん人間から遠ざかっていくのを恐れていた。



(……寝なくていいと色々考えられて便利だし、それに……いつ、どんな時でも七奈を守れる)



 黙っていることが、多くある。

 きっと、自分が彼女の両親を殺してしまったこと。大切なものを壊してしまったこと。何も、ルーシェは伝えられてない。だから、いつか、いつか七奈が自分なしでも生きていけるようになったら、全部話して、終わりにする。そう、決めている。



 これまでのことを知れば、七奈は自分を殺してくれるとルーシェは信じている。何故なら、ルーシェ本人でさえ、両親を殺した自分を殺したいと願っているのだから。



(あと何年後か、わからない。けど、その時が来たら、終わりだ)



 紡いだ絆も、生も、いつか終わる。終わらせる。ルーシェの決意はそういうものだ。彼女の中にある目標はただ1つ。七奈が自分なしでも立派に生きていけるようにすること。ただ、それだけ。



 その時が来るまで、ルーシェは待つのだ。長い夜の夢が終わるのを。


 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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