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あからひく  作者: 藤野纏
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月影

記者さん、こんにちは。はい、私は月宮彰子(つきみやあきこ)と申します。

彼のことを聞きたいと言うのは貴方で間違いありませんか?……そうですか。ええ、彼の生涯を記事にしたいと?ええ、それは結構なことです。彼も宇宙でさぞかし喜んでいることでしょう。

わたしにとっても、とても喜ばしいことです。

……では、早速、彼のことをお話ししましょう。だらだらと話を続けても無意味ですから。

さて、何処から語ればいいでしょうか。え?最初から?そうですか。彼のご両親はもう亡くなられましたから。付き合いの長かった幼馴染のわたしに話が来るのは自然でしょうとも。

それでは、わたしの知る限りのことをお話しします。


久方(ひさかた) (のぞむ)とわたしは幼稚園の頃からの付き合いでございました。家も近所でしたし、お互いの家にもよく遊びに行ったものでございます。

ええ、だから貴方がわたしを訪ねたのはいい判断でございました。わたしの知っている限りをお話し致しましょう。お約束いたします。

彼のご両親はとてもいい人でした。お母様はやさしくて料理好きでいらしたので、よく夕食をごちそうになったりお菓子をいただいたりしました。お父様はお忙しい方でしたが、休日にわたしが遊びに行ってものんびりとした声でいらっしゃい、と言ってくださる寛容な方でした。わたしの家と彼の家は家族ぐるみで仲がよかったものですから、わたしたちは度々お互いの家に泊まったものです。

その時からだったと思います。彼は宇宙に魅せられていました。きっかけは、確か一緒にキャンプに行った時だったかと思います。空気の澄んだ山奥で満天の星空を初めて見て、彼は目をこれでもかと見開いて驚いていましたから。その時から、彼は興奮した様子で彼のご両親に聞いていました。どうして星は明るいのか。どうして夜になると暗くなるのか。宇宙とは何色なのか。そして、“月はどうしてついてくるのか。”

そんなことを何度も聞かれるうちに、彼のご両親は、彼の好奇心旺盛な疑問に答えられず、時折こまっていたようでした。

そうして、わたしは先程、彼のご両親をいい人だと答えましたが、……この時のことだけは、思い出すたびに何とも言えないものが今でも肚の中をのたうちまわるのです。

理由?ええ、なんということはございません。わたしはこれが彼の死因だとおもうのです。

その時にご両親がなんと言ったか?

……「それはね、のぞむくんのことが好きだからよ」と。

星のことも、夜のことも、宇宙の色にだって答えなかったのに。月が付いて回る理由だけはそう答えたのです。

彼はますます宇宙に興味をもつようになりました。何度星の図鑑を一緒に読んだことでしょう。毎晩のように一緒に空を見上げたりもしました。

わたしと彼は、幼い時から、とても仲のいい幼馴染だったと思います。

え?あぁ、ありがとうございます。

記者さん、もう注文しても?ええ、では、わたしはアメリカンコーヒーと抹茶のマドレーヌを。

……記者さんは、この喫茶店にはよく来られるんですか?そうですか。とてもいいところですね。静かで、何より珈琲豆の匂いが良い。……あら、パンもここで作られているんですって。

木造なのも温かみがあって良いですね。今度ここに本でも読みにこようかしら。

……ああ、話が逸れましたね。申し訳ありません。

そうですね、そこからどうということもないのですが……小学校に上がっても、仲は良かったと思います。学年が上がるにつれて、それなりにお互いを意識したりもしました。

中学校くらいかしら。特に喧嘩をした覚えは無いのですが、まあ思春期ですから。少し疎遠になった時期もありました。

その時の彼の得意科目?えぇ、よく覚えています。もちろん、彼は理科と数学が得意でした。

私は理数科目はてんでダメでしたので、彼によく教わっていました。ええ、別に仲が悪かったわけではなかったので、お互いの家を行き来していました。家に帰る時に、誰かにそれを見られるのではないか、と気を使ったりはしましたが。

あぁ、この時は彼とはまだ恋人ではありません。

彼とそういう仲になったのはもう少し後ですね。順を追ってお話しますとも。


ああ、あのインタビューですか。確か、あれが彼の最期のインタビューでしたね。

ええ、わたしも見ました。彼があの時に口にしたのは、(しゅん)()の和歌です。秋の月の和歌。

……はい、たしかに彼はあの頃から古典も得意でした。国語の成績もよかったです。お互いに本の貸し借りもよくしました。彼がどんな本をよく読んだか、ですか?ええ、そういうことも重要でしょう。確かあれは、有明(ありあけ) (まどい)という作家の本だったかと思います。酷く珈琲を嫌っている作家だとかで、彼女の表現がこれまた面白いのだと彼は笑っていました。私は特に作家に拘りなく読むので、彼と様々な本を交換し合って読み合いました。

私の貸した本で好んでいたもの、ですか?ええと、作家の名前は忘れてしまいましたが、たしか、心に蛹を飼う女の話、でした。ええ、細部は忘れてしまったのですが。

ああ、蛹といえば、印象的な先生が居ました。彼はその先生ととくに仲がよかったので、よろしければ取材してはいかがでしょうか。

生物を担当されている、星野先生という方です。あとで彼の務めている学校の住所をお教えしましょう。


話を戻します。

高校は、お互い違う所へ行きました。ご近所付き合いもかなり減って、私は学校が遠かったものですから、朝に挨拶をする回数が減りました。

彼も天体部に入っていたようですから、同じ時間に帰ることもそう多くありませんでした。

しかし、彼は満月の夜だけは、窓を開けてジッと空を眺める癖がありました。

満月の夜に窓を開けると、必ず彼はわたしより先に月を眺めていました。その時に声をかけると、短いながらも返事があり、そこからぽつりぽつりと会話を交わすことはあったので、やはり仲は悪くなかったと思います。

そんな生活が長く続いたある日でした。

彼は「月が綺麗だ」と言いました。今思えば、その時から彼は呪われていたのです。

いえ、ずっとずっと前から呪われていたのでしょう。その時の私は、『めぐり逢ひつつ 影を並べん』と返しました。彼は曖昧に笑いました。

そうして一言二言交わして、また月を見て。そうして、気づくと彼と私は恋人になっていました。

ええ、世間はロマンチックだと言うでしょう。幼少の頃を知っている友人たちも、私たちの仲を面白がって囃し立てていたころでしたから、流されるまま、という面もあったかと思います。

今思えば、あれは青春の熱病だったのだと思います。ですが、あれが、彼が最後に戻れるチャンスだったとも思います。

彼が私を何と呼んだか?

「ツキ」です。

………………ええ、わたしの苗字は月宮ですから。月宮のツキ。

昔から呼ばれていたので、その名残でしょう。ええ。学生同士のカップルなんてこんなものです。

甘酸っぱい恋人生活を期待しましたか?いえいえ、そんなものはございません。強いて言うなら

元のようによく本を交換して、宇宙の話をまた彼からよく聞くようになったくらいです。

そうして私たちは恋人の形をしたまま、彼は無事、宇宙飛行士になって、私は国語の教師になりました。結婚の約束はしませんでした。

……どうしてか、ですか。私は彼が哀れでならなかったからです。

そして、私は彼が死ぬことをわかっていたのです。ずっと前から。

ひょっとすると、あの幼少の記憶が始まった時から。

結局、彼が死んだ理由は事故ではなく自殺なのです。

「君ならわかってくれると思ったんだ」

彼はこう言いました。

彼はきっとわかっていたのです。自分がそうなる定めであることを。

そして、彼はずっとまえから、死ぬつもりだったのだと思います。

自殺をほのめかす言葉、ですか?いえ、彼が吐いたのは「ツキ」に対する愛の言葉だけでした。

彼は宇宙という墓場で、死んだのです。

……どうして自殺だと思うのかって?

女の勘ですよ。



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