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あからひく  作者: 藤野纏
1/6

花冷え

「いらっしゃいませ。おひとりさまですか?」

「いえ、二名です」

私は愛想のいい男性の店員にピースを作って見せる。店員はちら、と私の後ろを見て、何を納得したのかうなずき、こちらへどうぞ、と案内してくれた。

木目調の落ち着いた雰囲気の喫茶店は、静かで、読書しながら珈琲を飲むのにはもってこいかもしれない。

お冷が私と『彼』の前に置かれる。ご注文が決まりましたらお知らせくださいと店員が素敵な笑顔を浮かべたから、私もにこりと笑った。

マフラーをはずして、コートをたたむ。季節はもうじき春の兆しを見せたようにみえたが、また急に冷え込んだものだ。

あわてて引っ張り出したコートがちょっと薄かったから、何か温かいものを飲みたい気分だ。 

私は甘いものと紅茶のセットにするとして、『彼』は何を注文するだろう?

メニューを彼の方にも広げて、どれがいい?と問いかけた。そこには写真からでもわかる、ずっしりとした重量をもつチョコケーキのセットに、りんごたっぷりタルトタタン、ふっくらふわふわなパンケーキ。甘い誘惑は無限大だ。

横から伸びてきた彼の指はパンケーキを指さした、気がする。それならば私はタルトタタンにしよう。いや、抹茶のマドレーヌも魅力的かも。ぱらり、とメニューをめくって、じっくりと悩む。

きめた、プリンアラモードにしよう。

「すみません」

控えめに手を挙げて、店員を呼ぶ。パンケーキとプリンアラモードと、紅茶のセットを注文した。

お連れ様がいらしてからお出ししましょうか、と店員が聞いてきたけれど、私はいつものことだから、すぐ出してください、と何でもないように答えた。少し戸惑った様子で瞬きをした店員は、承知いたしました、とまたさっきの愛想のいい店員に戻る。

裏へもどっても、ひそひそと私たちの『事情』を噂しないこの店は結構いいかもしれない。

あと2,3回は来られるかな。

「ねえ、どう思う。透」

目の前の空間に問いかける。ガラス窓が向こう側に透けて見える彼の姿が、しらないよと拗ねたよ

うな気がした。

私の彼氏は透明人間だ。透明人間だからもちろん姿は透明で、食事をしない。

声も透明で、体温だって透明だ。名前は(とおる)。からかい半分に呼ぶと、ダジャレじゃないんだからやめてほしいよ、と口も鼻もあいまいな顔で拗ねたように笑う彼はかわいらしい。

私は透の拗ねた笑顔が子どもっぽくて大好きだった。

私たちは外ではあまり会話をしない。それは私と透で決めたルールだった。

透のことがわからない人に、私が変な人に見えてしまうことを透は気にしているらしい。

私は別に気にしないのになあ、と思いながらも、いたずらに目立つのも好かないので、飲食店にはあんまり入らないようにしている。

店に入る時にわざわざ二名って言わずに一名っていえばいいじゃん、と透は言う。

けれど、それは透を全部の中から仲間外れにするみたいでなんだかいやだった。

それに、いくら透が何も食べなくてもいいっていったって彼女の私が目の前で、透の存在を無視したみたいに一人前を食べているのも気まずいじゃない。

まあ、どうせ透の分は私が食べることになるのだけど。

そんな話よりなにより、今日は特別だ。透との二人暮らしが2年になる記念日。

近くに気になるカフェがあったから、久しぶりに外食しようなんて話になった。私が二人分食べる関係で、ご飯ものをがっつり食べに行くわけにもいかないから、二人で相談してカフェにした。

これは私たちだけの、私たちだけにわかればいい小さな祝杯だ。

「乾杯」

紅茶で乾杯なんておかしいかしら。笑いながら、私はプリンアラモードのクリームをひとすくい。

もう桜が咲き始めているからか、桜をモチーフにした優しいピンク色の生クリームだ。

透はカップを取るしぐさだけをして、私が甘い香りのそれらを食べすすめるのをにこやかに見て

いる。透がおいしい?と小首をかしげて、口のあたりがもやもやと動いた、気がする。

おいしいよ、と答えて、紅茶に砂糖をふたついれる。

窓際席。うららかで午睡を招きそうな日の光に反射しない彼が、あるがままでうつくしい。

私しか触れられない、彼の輪郭。机に置かれた手に手を伸ばして、人差し指で、つう、となぞってみる。空気と体温のあわいがそこにある、気がする。

何、くすぐったいよ、と彼が手を引いて唇をもにゃもにゃとゆがませた。ううん、ただ触れてみたかっただけ。触れたはずの人差し指に、熱はない。それでも触れたのだと彼の表情からわかる。

くすくすと笑い合う私たちを、周りはどう思うだろうか。咳払いで誤魔化して、私は紅茶を一口飲む。透と目を合わせると、透は少しおどけた表情で私を笑わせてこようとするから、やめてよ、と声を潜めて彼の肩のあたりを、手を伸ばして小突いた。


向かい側に置かれたパンケーキも私のお腹にきっちりおさまったころ、透も満足したのか、ごちそうさまと手を合わせていた。お会計を済ませて、ちら、とさっきの店員を見ると、にこやかに「ありがとうございました」と言ってくれたので、ここにはまた来られそうだな、と思った。

店を出ると、びゅう、と冷たい風に吹かれて、同時にぎゅっと目をつむった。びっくりしたね、と笑い合って、私はマフラーを巻きなおす。(はる)、と彼の唇が私の名前をかたちどった。

なに、と返事をすると、彼は私の手に指をからめて、あらためて、僕たちにおめでとう、と唇を動かす。

「うん、私たちにおめでとう」

彼が、私の小指に小指をひっかけて手をつなぐものだから、なんだかうれしくなってしまった。外が寒いから、小指に触れる、特別な温度がそこにある気がした。


透との日々は、彼が透明である事以外は普通のカップルと変わらないと思う。

私が仕事から帰ってきたら一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、隣で眠る。体温の感じられない彼でも寒いや暑いと感じることはあるみたいで、たまに布団をはねのけたり、私の布団を奪っていたりする。ねえ私の布団とるのやめてよ、と枕でたたくと、彼は透明だから枕を通り抜けてぺしゃんこになってしまって、それが面白くていつの間にか笑っている。

朝起こしてくれるわけでもないし、帰ると食事を作ってくれているなんていうできた彼氏ではないけれど(何度も言うようだけど、何せ透明だから物に触れないのだ)私はそれで幸せだった。

起きるとおはよう、と唇を動かす彼が傍にいるし、仕事から帰ってきたらおかえり、と顔をほころばせたような雰囲気で出迎えてくれる彼がいる。

私はそれにいつも飛びつきたい気持ちを抑えながら、ただいま、とすました様子でいうのだ。

だって、お転婆ではしたないと思われたくないじゃない。


そんな普段の調子であいさつを終えてテレビをつけると、映画がやっていた。

そういえば今日は金曜で、もうそんな時間か、と時計を振り返ると二十三時。あ、これこの前見たかったやつだ。録画しそびれた。透の方を恨めしそうに見ると、僕は物に触れないんだから仕方ないでしょ、とため息をつかれる。そうだった。私もため息をつきながら、透の分のビールも出して机の上に置く。プルタブを開けると、ぷしゅ、と気持ちのいい音がした。こつん、と机の上に置かれたビールに乾杯をして、中身をすする。

『桜がこんなにきれいなのにさ、終わらなきゃいけないんだね、わたしたち』

女が泣きながら、男に問いかける。男の顔は映らない。いったいどんな顔をしているのだか。

そもそも、桜が綺麗なことと、その恋が終わることになんの関連があるのだろう。ねえ、透。と問いかけると、しらない、と言わんばかりに首をふられた、気がした。

彼の肩によっかかることはできないから、私はソファの肘置きに体を預けた。

「なんだ、もっと幸せそうな映画かとおもった」

エンドロールを眺めながら、そうだね、と透が同意する。

まあ、人の不幸は蜜の味というか、こんなきれいな女優と俳優を使っていれば、みんな見たくなるのかな、とか。でもツイッターで検索してみると、評価はまばらだった。

「私は泣けるよりちょっとでも笑えるほうがいいなあ、」

またビールをすすりながらつぶやく。

仕事終わりのビールは体に染みわたるようで、どこかわびしい。ちゃんとごはん食べなよ、と心配するような口調の透に、はいはい、と返事をした。

背後で、すっかり出すのを忘れられたごみ袋たちが音を立てて崩れた音がする。ああ、めんどくさい、と思いながらごみ袋を積み上げ直して、頭の奥に居つく眠気に目をこする。

どうせ明日は土曜日だからお風呂はサボって、メイクだけ落として眠ってしまおうか。透が眠いの?と首をかしげている。

「透、私がお風呂を一日サボっただけじゃ嫌いにならないよね」

そりゃ、ならないけど。でも、疲れをとるには入ったほうがいいと思うよ。なんて正論を言われちゃこちらはたまらない。

それはそうなんだけど。残業が長引いて、お酒も入って、眠たくて。

まあ、朝に入れば問題ないよね、なんて慌てて入ったフォローはやさしさと呼んでいいのか、悪魔のささやきと呼ぶべきか。

まあなんでもいいか、と思いながら、透が頭を撫でてくれるような感触を感じながら、私はそのままソファで目を閉じた。


   ●

「あたしたちもさ、そろそろ現実見なきゃね」

喧噪の中でひときわ目立つようなその言葉は、心の柔らかいところをぎゅっと握りしめる。

「何、急に」

現実。その動揺が悟られないように、レンコンのはさみ揚げを咀嚼しながらその言葉も一緒に飲み込んだ。

「今日部長たちが話してたの。まあセクハラもいいとこだけどさ、言ってることは尤もな気がしちゃって。ほら、適齢期ってあるじゃん。遅れてるとか思われたくないし、そろそろ彼氏なりなんなり作って結婚しなきゃね」

お金の心配もあるし、と友人が続けるのに、そうだね、ともつれる舌で答えた。

ぐい、と傾けたビールジョッキが驚くほど酒臭くて一気に酔っ払いそうだ。

私、彼氏いますって言葉は、とっさに出てこなかった。

彼氏と言ったって、透は写真の一つにすら映らない。彼の存在は証明できやしないのだ。

私たちの間にそんなものはいらない。いらないけれど。けれど、他人には証明できないのだよな、とふ、と思った。

ビールジョッキの冷たさが手にしみる。冷えたしずくが、グラスを滑ってゆく。

それをただ、じっと見つめている。

「そうだ、真美と合コン開くって話になってたんだ。晴も来るよね?」

どうせ暇でしょ、決定と無理やり入れられた予定日は、透と水族館に行こうと約束した日だった。

冷えたしずくをみつめたまま、首を横に触れなかった私を、透は怒るだろうか。

透のことだから怒ってくれないんだろうな。いつものように笑って許してくれるんだろう。怒られたら私は困るんだけど、ちょっとくらい怒ってくれたって、私は嬉しいのに。

余った水族館のチケットは友達に譲るしかないか。二枚分あるからきっと貰い手はいるだろう。

家に帰ると、やっぱりいつものとおり、透はおかえりと口を動かして微笑んでいる。

「水族館、いけなくなっちゃった」

ただいまの前に、そんな言葉を投げつけた。半ばやつあたりだ。案の定、彼は怒らないで、

そっか、しかたないねと笑っている。

「なんでわらうの、」

私がこんな気持ちになっても、僕は透明なのだから、きみの予定が最優先なのはあたりまえでしょ、と彼はあいまいな輪郭で、優しげに笑うだけなのだった。

じゃあ、彼が透明じゃなかったらよかった?

ぱたぽた、と床にこぼれる涙の音だけが孤独に反響する。透の指先が私の頬に触れても涙はすり抜けていくだけだ。拭われることのないそれはむなしく落ちていく。

私は立ち上がって、ソファ横の間接照明をつけた。そして引き出しを開ける。二枚ある映画の半券、遊園地のチケット、美術館の入館証、博物館の入場券。お揃いの指輪。ふたりぶんあるそれらを抱きしめた。

旅行先で二人で選んだお土産、食器棚の中のお揃いのマグカップ、二人掛けのソファに、ダブルベッド。

ひとがふたりずつの生活感が、そこにある。

私はゆっくりと息を吐いた。

「とおる、」

なあに、と私の前まできて、彼は唇を動かした。彼は心配そうにこちらを見ている。

ああ、彼は無声映画みたいだ。ふ、とそんなことを思った。

「とおる、」

うん、と彼はわらっている、ような気がする。

鼻づまりの声でもう一度名前を呼べば、彼は困ったように笑いながら腕を広げて待っている。

そこに飛び込んでしまいたいのを抑えながら、彼の胸にそっと触れた。鼓動のない、透明。

私と彼の間にある言葉に出来ない隔たりが、彼に体重を預けるのを許さない。

そっ、と彼のいる場所の酸素を抱く。彼も、私の背中に手を回したようだ。

なんのぬくもりも感じない抱擁こそが、今の私の幸福だった。すすり泣く私の頭のうえを、なにかが通った気がして、ああ、撫でてくれているのかなと思った。

それだけで心が満ちて、それだけでいいのに、と間接照明だけが付いた部屋の中でひとりごちた。


   ●

合コン当日。

透のためじゃない髪をまいて、透のためじゃない可愛い服を着て、透のためじゃない香水をつけて、透のためじゃないメイクをした。

他のおとこのための可愛いを身に纏う気持ちはあんまりにもみじめだ。断り切れなかった私が悪いのだけど。これも付き合いと諦めなければならないのかもしれない。

現実、という言葉がまたもや背後から殴りつけてきて、口の中が砂利の味がする。ねえ、可愛い?と聞くと、いつでもかわいいよ、と透は唇を動かしてにっこりと笑った。複雑な気持ちだ。

「透のためじゃないのに?」

とすこし意地悪を言うと、彼は困ったように眉と唇のあたりをもにょもにょと動かして、でも、かわいいよと笑う。

これが透とのデートならよかったのに、とつぶやくと、頭のあたりを何かが通過した。多分、撫でてくれたんだと思う。今日はまた寒いそうだからきをつけてね、と彼は見送りをしてくれた。

私はマフラーをまいて、ぶすくれながら目的地へと向かう。ちょっとくらい、行かないでなんてかわいらしいことを言ってくれたっていいのに。彼はいつだって私の予定の都合のいいようにふるまってくれるから、ちょっぴり不安になる。愛されているのは、わかっているのだけど。

ポケットの中から手を出して、空にかざしてみる。お守り代わりに右の人差し指にしている指輪は、透が私に似合いそうだねと言った指輪だった。彼は指輪に触れられないけれど、そのふちをなぞるようにして私の目を見ていったのだ。お揃いで買った給料三か月分の指輪はふたりの愛の証明のように輝いている。その指輪をとおすと、似合うよ、と彼は本当にうれしそうに笑うのだ。

それを思い出してすこしばかり機嫌を持ち直した私は、真美と香里との待ち合わせ場所に着く。

「真美、今日気合入れてきてんね」

「もちろん!今日アイライン最強の出来だし!」

「香里、今日アイシャドウ、ラメ入り?可愛いね」

「わかる?流石晴!晴は今日のリップ新しいやつ?」

「うん、わかる?」

合コン前の女同士の励まし合い。今からおとこを奪い合うんだろうにこんなに和気あいあいとしていていいのだろうか。

「あれ、晴。その指輪、どうしたの?」

真美が携帯をいじる私の指を見て、見たことない指輪してるね、と言った。

「……もしかして晴、彼氏持ちだった?」

「え、」

「え、嘘。彼氏いたの!?」

「……い、いや、ただ、自分用に買っただけ」

自分の発言に、なんで、と口をついて出そうになった。

別にいいじゃん、彼氏にもらったって言ったらよかったじゃん。

口からまろびでた言葉が信じられなくて思わず口をふさぐ。

でも、だって、彼氏いるって言って写真みせて、会わせてって言われたら困るじゃん。

だから、これでよかった。良かったんだよね、と動悸のする胸を押さえた。

どうした?気分悪い?と顔を覗き込む香里に、だいじょうぶ、と愛想笑いをかえして、やけに渇く口内を自覚する。左手の薬指に指輪をとおしてこれなかった事実が、今更ながらに襲い来る。

真美と香里は彼氏持ちを合コンに誘ったかもしれないという事実から目を背けるように、自分で買ったんだという私の言葉を信じたみたいだ。じゃあいこっか、と真美と香里は店へはいっていく。指輪をしている人差し指がじくじくと痛む。

ああ、今から、私は私の中の最大の何かを裏切るのだな、ともうとっくに遅すぎる後悔をした。


   ●

合コンは三次会でお開きとなり、真美と香里はおとこの人と夜の街へ消えていった。

私はなんとかおとこの人の誘いを断り、酔い覚ましに公園でブランコを漕いでいる。

花冷えの季節。空気が、あかくなった頬に冷たくて、少しだけ気分が落ち着いた。ぼやぼやになった頭の中は、酔っぱらって気の大きくなったおとこの人の耳に障る声でいっぱいだ。

私を晴と呼び捨てして、どんどんお酒を注いで、それで。ぬるい体温が二の腕や太ももを滑る。

指の感触までが記憶されていて、一度まとわりついた他人の温度は、ぐちゃぐちゃに交わったみたいにそう簡単に私の体を離してくれないようだ。それに身震いして、体を搔き抱く。ぬるい息を涙とともに吐き出せば、涙はすぐに冷たいしずくへと変わる。ふ、と顔を上げると

「……迎えに来てくれたの、」

透が、目の前にいた。

「とおる」

前に転びそうになりながら彼に駆け寄る。

指先で透の輪郭をなぞろうとする。指先が、通り抜ける。

「あれ、なんで、」

透の名前を呼ぶ。彼は返事をしなかった。いや、もとからそうだったのだ。

ずっと、ずっと前から。私は、彼の声を知らないでいる。彼の体温を知らないでいる。

わかっている。一度だって、私たちの存在は交わったことなんかなかったのだ。

わたし、もう、夢ばっかり、見ていられない。ただ私はちいさな幸せを抱えて居たかった。

その恋があると信じているだけで幸せだった。

あのうつくしいあわいはどこかへ消えて、指先はくうをきる。

もう二度と触れられない。もう、わたしの心は、透の存在を信じ切ることができない。

ぱちん、とはじけたような視界は案外鮮明で、ああ、なんだ、私が必死に守ってきたものはこんなものだったのかと落胆した。

夜の星の輝きには街灯が邪魔で、光に虫がたかっている。明日の予報は雨で町には傘の花が咲く。明後日には折れたビニール傘がそこらに投棄されて、寂しげに風に揺れるんだろう。

すべては、らりるれろ、と意味なくつぶやいたときの口内みたいにまわるのに。

それでも、桜の花のあるがままのさまはひどく、ひどく美しくて。

あの時、透と見たロマンス映画のひとかけらが、あれからずっと離れないでいる。


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