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全ては神の導きのままに  作者: 葉月猫斗


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12/16

全ては神の導きのままに⑫

「お出かけになっていたとは知らず申し訳ございません」

「かまわん、急用で伝えそびれただけだ。また直ぐに出かけるが今は休みたい」


 本当は亡命する算段だったとは言えず急用という事にした夫妻に対して、メイド達は普段は横柄な夫妻の妙に優しい態度に一瞬首を傾げる。

 しかし機嫌が良いだけなのだろうと深く考えずに夜食用のスープの用意をすると言って一旦部屋から退出した。


 その隙に夫妻は例の小箱を入れている引き出しを開けた。一見は便箋や封筒などが折り目良く入れられているが奥の奥、完全に開けないと見過ごしてしまう仕切りに区切られた空間に小箱は鎮座していた。

 公爵が小箱を手に取り蓋を開けると指輪は変わらずそこにあった。使われている金も宝石も本物で偽物にすり替えられた可能性も無い。

 無事が確認出来た瞬間夫妻の身体から力が抜け、ホーッと安堵の溜息が漏れる。緊張が解けた瞬間今まで感じていなかった疲れが2人の身体に押し寄せて来た。此処まで休み無しの強行軍だったのだ、無理もない。本当は夜中の見張り番の交代を狙ってまた出る予定だったが、疲れ過ぎてそんな気にはなれなかった。


 公爵は今度は忘れないようハンガーに掛けられた外套の内ポケットに小箱をしまうと運ばれて来た夜食に手を付ける。スープやサンドイッチなどの簡単なものばかりだが落ち着けた場所で食べられるだけでも大分気分は解れていった。

 そうしてすっかり気が緩んだ夫妻はもう少しゆっくりしても十分間に合うだろうと油断してしまい、ぐっすりとベッドで眠ってしまったのである。


 一夜明けると状況は一変していた。

 バキバキと大きな破壊音で一気に目が覚めた夫妻はベッドから飛び起きるとすぐさま外套を羽織る。このような音を聞くのはこれで3度目だ。1度目は出て行かざるを得なかった屋敷で、2度目は野蛮な平民共が食料を略奪しに、今回の音は過去のものよりも更に大きかった。


「外へ出してくれ!抜け道があるのだろう!?」

 

 雪崩れ込むようにドアを開けて入って来た兵士に公爵が抜け道を案内するよう命じる。目的の指輪はもう手にしているのだ。隠れた所に馬車も待機させているし、外に出てさえしまえばこちらのものである。

 だが夫妻の思惑は脆くも崩れ去ってしまう。


「駄目です!外への出口は全て民衆達によって塞がれています!」

「何だと!?」

 

 奇妙な事に外へと続く抜け道は全て武器を持った民衆達が待ち構えており、とても突破出来そうにない状態らしい。いくらこちらには兵士が居ても抜け道のような狭い場所では思うように剣が振るえず無事では済まないだろう。


「それなら……。私達をアイラが居る所まで連れて行って……」


 カサンドラが震えるような声で兵士に懇願する。目の前の危機にさしもの夫妻も娘を心配したのかと言えばそうではなく、単に王城の中で1番守りが固い部屋で籠城しようという算段だ。娘を心配する素振りを見せればまず断られないだろうと踏んで。

 演技は上手くいったようで然程疑われずに事は運んだ。幸い別の部屋への抜け道は生きているらしくアイラとの合流は直ぐに叶ったが、そこにはレオナルドは兎も角として何故だかアダムの姿もあった。

 寝間着姿で普段は後ろに撫でつけている髪も自然のままになっている事から寝起きのまま此処まで来たのだろう。付き人らしき神官も一緒だ。

 

「アダム様、教会にいらっしゃる筈の貴方が何故此処に?」

「それが教会も襲われた」


 アダムは忌々しそうに先に教会が襲われ、案の定外への抜け道が抑えられていた為仕方なく王城の抜け道を使おうと地下通路で此処まで来た事を説明する。結局それも失敗に終わり此処に籠るしかなくなったそうだが。


「ファティア公爵、実は残念な知らせがあるんだ」


 顔色の悪いアイラを抱き締めて宥めていたレオナルドが顔を公爵の方へと向ける。


「宰相の姿だが部屋にも何処にもなくてな。どうやら此処が襲われる前に既に城を出ていたらしい」

「何ですと!?」


 本来機密扱いの城や教会の抜け道が平民に漏れているのと姿が消えた宰相、彼が裏切ったのだと悟るには充分であった。

 夫妻は鬼の首を取ったように「裏切者」や「臆病風に吹かれおって」など好き勝手に罵る。自分達だって娘や王家を見捨てて亡命しようとしていたくせに節操がない。それに宰相の行動は裏切りなどではなくレオナルドやアイラを思っての事である。


 新しい時代の流れはすぐそこまで来ており最早権力で平民を押さえつけるのは不可能。そう判断した宰相はせめて主君達の無事は確保しようと、城の構造の情報と引き換えに王太子と聖女は丁重に扱うよう革命軍と取引をしたのだ。

 革命軍も目的は教会ありきの政治体制の変更であり、王家の打倒は望んでいない。彼等の間で取引は成立し宰相は今も革命軍の監視下に置かれている。


 宰相は主君も民も真実想っている。革命が長引けばそれだけ血が流れ王家の立場も悪くなる。それを避ける為の最善の行動なのだが、彼自身が主君や聖女に恨まれても構わないと何も言い訳をしなかったのもあり、夫妻に引きずられてレオナルドとアイラの空気も重くなっていく。


 今は兵士が抑えてくれているが突破されて踏み込まれるのも時間の問題である。その前にと一か八かの脱出を唱えるアダム達神官とファティア公爵夫妻、王族として毅然としているべきだと動こうとしないレオナルド。それを黙って見詰めるしかないアイラと2人の侍女。

 そんな混沌と化した場に唐突に彼女は現れた。

 

「あら、皆さんお揃いで」


 然程大きくもない声なのにそれはいやによく通った。場違いな程のゆったりとした声に振り向けば、一瞬前まで誰も居なかった筈の所にアレクサンドラが悠然と佇んでいた。

 彼女の姿は追放前から何も変わっていなかった。髪は艶やかに伸ばされ肌は一切くすみがない。ドレスは一目見ただけで一級品だと分かる代物で、追放された苦労など知らぬようだった。


「貴様!一体何の用だ!」

「嗤いに来たのね!?何処まで小賢しいの!?せめて私達の代わりに捕まるくらいは役に立ちなさいよ!」

 

 夫妻は血を分けた娘との再会だと言うのにここぞとばかりに罵倒をぶつける。髪が乱れ萎えている夫妻が完璧な佇まいのアレクサンドラを罵る様子はいささか滑稽である。


「話が進まないわねぇ、少しだけ静かにしてくださらない?」


 アレクサンドラは億劫そうに夫妻に視線を向けるとパチリと指を鳴らす。するとどうだ、口はおろか身体全体が時が止まったかのように動かなくなってしまった。


「ファティア公爵!?ファティア公爵!2人ともどうしたんだ!?」

「安心してくださいな。動けないだけでこちらで起こっている事は見えているし聞こえています」


 肩を掴んで揺らすレオナルドにアレクサンドラは事も無げに流す。その台詞に周囲は驚愕の表情を隠し切れない。彼女は簡単にやってのけたが麻痺の魔術は対象と穏やかな会話をしている事が必要など、複数の条件を満たしていないと失敗するものだ。それを彼女は更に無詠唱で発動させてみせた。腕が良い魔術師でさえ不可能な芸当をいともたやすく行える彼女は間違いなく天才だ。


 それなのに何故才能が無いふりをして周りからの嘲笑を甘んじて受けていたのか。魔術士としての腕の良さがステータスのこの国で彼女のやっている事は全く意味が分からなかった。

 

「何故……今までその力を……?」

「幼子同士の力比べにわざわざ『自分の方が強い』と入って行く大人は居ないでしょう?つまりはそういう事です」


 傲慢甚だしい発言だった。だが彼女の魔術の腕を見てしまえば反論も出来なかった。

 レオナルドは目の前の彼女の言動が信じられなかった。容姿も知性も人より優れておきながら決して驕り高ぶる事無く、魔術師として失格だと潮笑われても常に前を向いていた気高い精神の持ち主の筈だった。だからこそ自分はあのパーティで、肩身の狭い思いから逃れるように庭のバラを眺めていた彼女に「魔術が全てでは無い。2人で手を取り合えばきっと良い国を築ける」と言って、目を丸くした彼女に少しおかしな気持ちになりながら抱き締めたのだ。

 でもあれは彼女にとっては。

 

「小蝿の羽音を聞くよりも庭のバラを眺めていた方が面白かっただけなので『この人は突然何を言っているんだろう』と思いましたね。あの時は」


 心の声を見透かしたように残酷な真実を朗らかな笑みで告げられたレオナルドは金縛りにあったかのように固まってしまった。

 

「それは置いておきまして。いつまでも濡れ衣着せられるのは気持ちが良くないので、今からある映像をお見せしますね」


 彼の心を置き去りにアレクサンドラは何処からか一抱え程の大きさの鏡を取り出すと、鏡面を彼らが見えるように掲げる。彼等を写していた鏡面は波打つように波紋を広げたかと思うと代わりに別の様子を写し出した。

 鏡に写ったのは無人の家政婦長の部屋だった。すると鏡台に置かれた小箱の側にアダムが突然現れる。ドアから入った形跡は無くまるでテレポートをしたかのようだ。


 彼は部屋を一通り見回すと陶磁器が保管されている棚へと真っすぐ足を向ける。この城では貴人が使用する食器などの銀製品は執事長が、カップを始めとした陶磁器は家政婦長が管理をしている。

 一体この部屋に何の用があるのだろうと見続けていると彼は棚を開けて1本のスプーンを取り出した。持ち手から匙部分にかけて見事な草花の意匠が彫られたティースプーンはアイラ専用のティーカップの付属スプーンだ。そもそもアイラにカップを贈ったのはアダムであり、贈った際カップの絵柄とスプーンの意匠が同じとなるよう作らせたと話していた。なのであのスプーンを使うのはアイラ1人しか居ない。


 更に彼は懐から取り出した小瓶の蓋を開けて中身の液体を細い筆でスプーンに塗ると元の場所に戻す。そして先程のようにまた一瞬で彼の姿は掻き消えた。


「消滅の魔術を使ったのか……!」


 レオナルドが呻くように呟く。何故その発想に至らなかったのかと彼は当時の自分を殴りたい気持ちでいっぱいになった。

 消滅の魔術はあらかじめ細工を施しておいた小箱まで一瞬で移動が可能な魔術だ。おまけに箱は複数作成も可能で、手間さえ惜しまなければ便利な移動手段として貴族達に重宝されている。

 思い起こせば鏡台に置かれていた小箱は、以前アダムが世話になっている礼だと家政婦長に贈った小物入れにそっくりだ。彼女が皺の刻まれた顔を更に深くして大司教様から頂いたと嬉しそうに話していたのをよく覚えている。


 小物入れは彼女に贈られた時点で魔術的な細工が施されていた。同じ箱をもう1つ用意しておき、彼女が部屋を空けている時間帯さえ押さえておけば後は誰にも見られずに部屋の行き来が可能という訳である。

 

「こっ、こんなのは出鱈目だ!この女はアイラ様を害しておきながら罪を私に被せようとしているんです!」

「もし私が本気で彼女に手を出すのであれば、遅効性の毒を使うか毒を少しずつ盛って病死に見せかけますよ」


 そう、毒を使うメリットは暗殺の技量が不要の他にも誰が下手人か不明にさせる隠蔽力にある。アレクサンドラの言う通り自分が居る場所で相手に倒れられては折角の毒の意味が無いのだ。

 

「何故彼女に毒を盛ったのか代わりに答えてあげましょうか?貴方は教会の権威を高める為にそこのファティア公爵夫妻と結託し、私に濡れ衣を着せてアイラ様を王妃に就かせようとしたのでしょう?そして夫妻の方は魔術の使えぬ娘を追い出す代わりに聖女を娘に出来る。実に双方に利益のある取引ですね」


 アダムは必死に疑いを晴らそうと喚くがレオナルドは彼の言葉を即座に肯定出来なかった。アレクサンドラに例え動機があろうとあの場で疑いの目を向けられるような行動をする必要は無いと気付いてしまった今、彼の言い訳は全て嘘に聞こえてしまうのだ。

 

「殿下、騙されてはいけません。貴方様の恋を応援してはいましたが、アイラ様に毒を盛ってまで叶えようなどそんな恐ろしい事は決して……」

「あら、あの時使用された毒の購入履歴が飛ばされてしまいましたわ」


 どうにか言い募ろうとするアダムだが2人の間に用紙がヒラリと割り込む。レオナルドがその紙を掴み内容を確かめてみると、届け先がアダム宛ての毒の購入履歴が記載されていた。

 

「これはどういう事だ?アダム大司教……?」

「なっ!?確かに処分した筈……っ!!」


 慌てて口を噤むがもう遅い。「見せて!」とアイラがひったくるように購入履歴をレオナルドの手から奪い、目を通すとみるみるうちに手を震わせた。

 レオナルドは今まで信じていたものが足元から崩れ去るような恐怖を覚えた。アダムは常に清廉でこの国の安寧と平和を願う人物であった。まさかその裏で卑劣な手段を平気な顔して企てていたなんてちっとも知らなかった。ファティア公爵夫妻にしたって、アレクサンドラと仲が良いとはお世辞にも言えなかったが、それでも実の娘を自分達の欲の為に売るような人間だとは思わなかったのだ。


 だからこそ事件の時、全く悪びれようともしないアレクサンドラの態度に腹が立ったし、怒りを見せたアダムや公爵夫妻の姿にアイラを心配してくれているのだと感激さえしていた。

 ところがどうだ。実際には彼等は邪魔な彼女を貶めようとしている悪人だったし、彼女は己の誇りに賭けて潔白を態度で示しているだけだった。

 

「さぞかし扱いやすかったでしょうね?頭の中はどう考えていようが言葉と態度でその人の人となりを判断してしまう殿下ですもの」


 今まで相手の考えを見抜けずまんまと踊らされてしまったからこそ彼女の言葉に心が抉られる。

 自分は最低だ。無実の罪を着せられた彼女を庇うどころかアダムの言う事に簡単に従って追放してしまった。彼女に全く信用されていなかったのも民衆が自分をアダムの傀儡だと主張するのも当然である。だって自分は彼女の言う通りに態度と言葉だけで信用してしまったのだから。


「ですが私も悪魔ではありません。この場に居る全ての方の命と引き換えに瘴気を永久に祓ってあげようではありませんか。革命の波は止まらないかもしれませんが、腹が満たされれば民衆も貴方達を悪くは扱いませんよ」


 アレクサンドラは歌劇女優のように大げさに両腕を広げて天を仰ぐ。

 魔術があろうともそんな事が出来るのは神の御業だ。しかし彼女の言葉には何故だか抗いがたい説得力があった。自分が節穴なばかりにここまで追い込んでしまった民を助けられる手段があるのならば責任を取って彼等諸共生贄となるしかない。けれどもこの事態と何の関係も無いアイラだけは見逃してもらえないだろうか。


 レオナルドが懇願しようと口を開きかけたその時。


「ガッ……!?」


 ドンッと何かがぶつかる音と同時にくぐもった声が聞こえて来る。

 声がした方を見ればアイラが背後からアダムに抱きついていた。いや違う、抱きついたのではなく背中を刺したのだ。彼が前のめりに倒れる様子がスローモーションのように全員の目に映り、ドサリと背中に短剣を生やしたまま床に伏すと音で我に返った侍女達から絹を裂くような悲鳴が挙がった。


「アイラ!一体何を……っ!?」


 急いで近寄り短剣を抜こうと苦心する付き人達。彼女の突然の凶行に顔を青ざめさせるレオナルドと侍女。魔術の所為で動けないながらも事態を把握し驚愕する公爵夫妻。

 それでも惨事を引き起こした本人は、周囲の視線もお構いなしに息を荒らげながらアレクサンドラに詰め寄った。


「言う通りにしたでしょ!?早く家に帰して!」


 アレクサンドラは苦しそうに喘ぐアダムの顔に満足そうに頷くと手を横にかざす。すると何も無かった空間が歪み人1人が優に通れるくらいの大きさの穴が開く。穴の向こうには直方体の建物がひしめき、灰色の円柱が何本も地面から伸びている今まで全く見た事の無い景色が広がっていた。


「確かに確認したわ。約束通り日本に帰らせてあげる」

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