表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

Providence-Observer

「──お久しぶりです。海姫博士」


 海姫 空。”超プラトン的ブレーン連鎖仮説”や”ロジカルスケール”を考案し、魔法研究の第一人者でもある少なくとも今世紀最大の天才。哲学や魔法どころか物理方面にも優れた才能を持っていた彼女は十三歳という若さでタルタロス計画の最高責任者をこなすはずだった。そう、はずだった。タルタロス計画の最高責任者に任じられてから数ヶ月後、突然彼女は何の痕跡も残さずに失踪した。失踪後彼女の自宅や研究所が調べられたが、そこにあったのは文字通り転移したかのような使用中のままの研究資料と書きかけの論文だけだった。


「……ええ、久しぶりね……アーノルト博士」


 精神的に消耗したような一目で疲労がわかる表情をしながら、空は取り繕うように返答する。


「……二十年前、貴方はタルタロス計画が告知されてから数ヶ月後に突然失踪しました。一体何があったのですか?」

「ええ……待って、二十年前?およそ二年前じゃなくて?」


 アートマンは空の失踪が二十年前、空は自身の失踪が二年前と考えているのに、両者は違和感を感じた。


「──時差というには十倍、あまりにも差がありすぎる」

「……ええ、私の思考速度が人のおよそ十倍あるのを考慮して二年という結論よ。……おそらく、”あれ”の影響でしょうね」


 そうして空が顔を向けたのは、太陽が存在する方角。


「……なるほど、太陽系の何かしらの運動に巻き込まれ、ここに来てしまったと」

「その通りよ。私は突然あの大渦に巻き込まれ、そして逆方向へと流されていった。そして気が付いたときには既に私はここにいた」

「大渦?」


 二人の博士の久しぶりの対談の中にステラが割って入った。彼女が太陽系を見ても特に何も見えなかったことから彼らの会話に違和感を覚えたのと、疲労がたまっているであろう空を気遣ってのことだ。


「ええ、さっき貴方……ええと、ごめんなさい。名前は?」

「ステラ、ステラ・ヴェルト・ブラフマン・アーノルト。私はこのミドルネーム嫌いなんだけどね」

「そう、ステラ。貴方はさっきアーノルト博士から超プラトン的ブレーン連鎖仮説について聞いたわよね?」

「うん」

「それを進行方向が逆の黄金長方形のようなフラクタル──巨大な渦として考えてみてちょうだい。そうしてから太陽系を見れば、太陽系が持っているものが見えるわ」


 ステラは言われた通り目を瞑り、深く思考する。最初のブレーン、それを長方形になるように重ねる。そしてその長方形を更に巨大な長方形になるように九十度回転させて積み重ね、それを続ける。そして彼女の心の中で永遠に続く大渦が完成したとき、ステラは太陽系を再び見た。そこには、大渦の形をした宇宙の階層があった。そして確かに、渦は内側ではなく外側に向かって広がっている。大渦は常に拡張されている。なるほど”ボルテックス理論”。仮説を正しく理解している誰かが大渦理論と言いたくなるのもステラにはわかった。そしてステラの眼球に巨大な渦が映ったのを確認して、博士は喋りだす。


「──私はあのとき、仮説をよりよいものにしようとしていた。より正しい宇宙の形に近づこうと。でも、多分それがよくなかった。私は宇宙の法則のあり方を理解してしまった。私はもはや人間の精神ではないと宇宙の法則に判断されて、この真の太陽系の外縁部に島流しにされた。貴方たちも、多分そう」


 彼女たちの会話を聞いたアートマンはその通りで宇宙の法則を理解すると追放されるのだろうと考えた。自身は二十年かけて当時の空と同等の領域までたどり着き、ステラはおそらく非常に優れた素質を持つからこそ無意識下で宇宙の構造に気づき、キュクロプス号を使って彼らを自発的に追放した。そこに突然新たな声──肉声を学習させたわけではない完全な電子による合成音声──が耳に入った。


『歓談中のところよろしいですか、博士』

「……大丈夫よ、ミレニアムK-O」


 空にミレニアムK-Oと呼ばれた巨大な眼球とそれに繋がれた血管あるいは神経系のように見える配線群がステラたちに近づく。アートマンは少しだけ顔を顰めるとすぐに元の表所に回帰させ、ステラはたっぷりと脳細胞をフリーズさせたが、よくよく観察すると眼球というより望遠鏡に近いことに気が付いた。


「──ああ、驚かせて申し訳ないわね。この子はミレニアムK-O。ここにたどり着いた私を含む知性体たちによって作られた太陽系最高のコンピュータ兼観測装置よ」


 空の紹介によろしくと言いたげに瞳孔らしき部品の角度を下に向け、元の方向に直す。


「ミレニアム?博士たちは千年かけてこれを作ったの?」

『正確には違います。私の原型となる機械がここの時間で千年前に製作されました。それを基として私を開発したからこそ、ミレニアムと』

「でも他の生命体らしき姿は見えないが?それともケイ素生命体だったりするのかい?」

『私自身を製作なさったのは空博士のみです。それ以前にここに追放された知性体たちは太陽系に戻ろうとしたり、私のような観測装置を作ろうとしたみたいですが、すべての場合でここに耐えきれずに自害を選択しました』


 ステラはそれを聞いて空の状態に納得する。おそらく空も彼らのように発狂する寸前だったのだろう。


 それを理解しつつもアートマンは疑問ができた。ミレニアムK-Oは自身が製作されるより前のことを知っているかのように話す。それに違和感を持った彼は空に質問を投げかける。


「海姫博士、なぜミレニアムK-Oは製作されるより前のことを?」

「ああ、そんな難しい理由じゃないから安心して頂戴──この子を使った大宇宙に対してのハッキングが成功したの。だからこの子は大宇宙が持つすべての情報を保有しているわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ