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Hyperplatonic Brane chain Hypothesis

 人類は宇宙に対して様々な考えを常に抱いていた。大昔は世界の広さを知ろうとして未踏の地へ冒険家たちが次々と旅立って行った。そうして地表のすべてを制覇し未知という概念を空想のものとした人類は、しかしその空想が未だ実在する領域を目指した。雲と鳥すら寄り付かない山脈の頂点、暗黒に支配された地下世界、肉を拒む黄泉の国たる深海、そしてそれまでの人類史の世界と比較して比較不可能なほどに広大なフロンティア。人類の世界は常に広がってきた。そしてフロンティアを前にして、世界の拡張が突然遅れ始めた。今までのようには成功しないであろう領域に、人類は想いを寄せた。一体宇宙はどんな世界なのだろうと。理論物理学者は泡であると考え、未知の角度が存在すると信じ、数学者は宇宙は数学の下にあると公表し、哲学者は宇宙は板の重ね合わせではないかと議論し、それを見た作家たちは物質に疑問を持ち、巨大な塔を作り上げた。だがまったくもってそれは宇宙を表すことができていない。正確には宇宙の無限小より小さな側面にしか人類は到達できていない。アメリカの哲学者は人類の総意は高い現実性を持つと考え、その正当性は海姫 空が証明した”ロジカルスケール”によって証明されたことによって、人類全体の総意は宇宙の矮小な側面であると判明した。ロジカルスケールが画期的な発明品なのは確かだったが、同時に学者たちは混乱した。どのようにして宇宙の真理を突き止めればよいのか。その答えの一つが、ほかならぬロジカルスケールを発明した張本人である海姫 空によって提唱された”超プラトン的ブレーン連鎖仮説”だった。



「それでそのプラトン的ブレーン仮説ってなんなの、今のこの状況には関係性はあるの?」


 宇宙空間だと思われる空白の世界にキュクロプス号ごと転落したステラは、この状況についての知識を持っていそうな態度をしていたアートマンに詰め寄った。


「”超プラトン的ブレーン連鎖仮説”だ、それぞれの単語にはしっかりとした意味があるから短くしてはいけないよ」

「わかったから、それは一体なんなの?」


 アートマンの言葉に顔を横向けたステラは、先ほどまでいたはずのオールトの雲と、その隙間から薄っすらと見える惑星群を眺めながら、再びその仮説の内容を問う。


「最初に、この仮説を理解するのに必要なのは、プラトニズムとブレーン宇宙論なんだけど、そこは理解しているよね?」

「大丈夫、グノーシス主義は?」

「まぁプラトニズムが前提にある以上無関係とは言わないが、それはあまり考慮しなくていい」

「わかった」

「まずこの仮説で一番重要なのは、学問……というより法則と知性の扱いについてだ」


 プラトニズムとブレーン宇宙論への理解が必要だとわかった直後にそれらとは関連性の低そうな話題を出され、懐疑的な表情を浮かべるが、これまでに見たことがない真面目な表情をしているアートマンの様子を見て、ステラはおとなしく清聴することを選択する。


「あらゆるアイデアや理論は元々それぞれの法則が持っていて、僕らが見たり考えたりできる事象はすべて法則の一部から投影されたものだ」

「イデアってこと?」

「間違ってはいないが正確には違う。イデア……プラトニズム自体も形而上学と、その母体である哲学の側面だ。だから法則はプラトン的でありながら、プラトニズムではその形態を表せないんだ」


 イデアというプラトニズムに関わるアイデアから、ステラは法則に対する知性のあり方を理解する。既にいずれかの法則のどこかに存在する事象だからこそ、人類はそれに対して言及できるのだと。つまるところ、それは学者から作家まで、様々な人々が考案してきた宇宙や現実の在り方がすべて真実であり、極わずかな部分であるということに。しかし、矛盾点がある。


「あれ?でも、矛盾してる理論とかだとどうなるの?」

「それについては、単純にまだ人類が知らないだけでそもそも矛盾になっていないというパターンがあるのと、そもそもレイヤーが違うんだ。数学的宇宙が真であるレイヤーもあれば、それが虚偽であるレイヤーもあるんだ。この辺は形而上学の平面のアイデアに近いかな?」

「そうなると、フェルミのパラドックスは?」

「それらもすべて、レイヤーが違うことで成り立っている」

「──その法則と知性のあり方が、超プラトン的ブレーン連鎖仮説?」

「いいや、超プラトン的ブレーン連鎖仮説を説明するための第一段階だ」


 ステラは長くなりそうな説明にめまいがし、宇宙船から流れ出ていた椅子を魔術で自身の後に移動させ、そこに座る。


「まずそれらの無限の法則は──」

「ちょっとまって、無限?」

「……ああ、説明してなかったね。例えば、数学といっても様々なバリエーションがある。僕たちの宇宙で考案されたものや、平行宇宙の僕たちが考えたもの、あとは宇宙人の数学なんかもある。法則も同じで、同じ種類の法則でも別バージョンが存在するんだ」

「な、なるほど……」

「それで、無限についてだけど、まぁ数学と哲学の法則に登録されてる様々な概念より上とだけ理解してればいいよ」

「……了解」

「話を戻すと、それらの無限の平行バージョンを持つ無限の法則は一塊になるんだ。さながらブレーンのように」

「そのブレーンはバルクに該当するものに埋め込まれてるの?」

「そうさ。バルクには無限のブレーンが埋め込まれていて、それぞれのブレーンは自身の法則を無限に積み重ねたとしても自身より上のブレーンには到達できないんだ」


 仮説に含まれているブレーンの名称の伏線の回収が為されたが、あと一つ回収されていない伏線が残っている。この仮説──真理は確かにプラトン的でありながら、プラトニズムを越えているから超プラトン的と命名され、法則の集合群もブレーンの部分で解消された。ただ一つ、連鎖とは何を示しているのだろうか。そしてそんなステラの心の内を読んだかのように、アートマンは喋りだす。


「連鎖はブレーンとバルクの関係性を表してもいるんだが、すべてではないんだ。わかりやすくメタと付けよう。無限のブレーンを保有するバルクは、より大きなバルク──メタ・バルクが持つより巨大な無限の数のブレーン──メタ・ブレーンの一枚にすぎないんだ」

「……」


 ステラが脳内で描いていた高層ビルが崩壊する。


「そして、メタ・バルクも単なるパタ・ブレーンの一枚で、メタ・バルクよりも遥かに多くのパタ・ブレーンによってパタ・バルクが形作られる。連鎖は、バルクがより上位のバルクのブレーンとして機能する関係性を示しているんだ」

「そして、それをわかりやすくして絵に描いたとき、渦巻きのように見えたことからボルテックス理論とも一部の私の賛同者は言っていたわね」


 超プラトン的ブレーン連鎖仮説の内容の説明が終ったタイミングで、彼女らは聞き覚えの無い──いや、アートマンにとってはおよそ二十年前によく聞いた声が、彼らに割って入った。二人は驚いて声の方向を見ると、タルタロス計画が告知されたのちに行方不明となったはずの宇宙学者である海姫 空が当時の姿のままでそこにいた。

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