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「シンデレラ」から逃げ切りたい  作者: 良心の欠片
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5、気づけなかった罪



 アカデミーに入学してから半年が経った。

 相変わらず我が家の評判は悪く、その一員である私も白い目で見られることが多々ある。

 しかし、最初の頃よりはマシになった。


 なぜなら、私がある人物をイジメていると噂になったから。

 その噂によって、私は恐れられるようになったのだ。


「………」


「セリル様、手が止まってますよ」


 だがしかし、私がイジメているといわれている人物が目の前にいる。

 なんなら仲良く図書館で勉強している。


 彼女は、例のサンドイッチ事件で出会った人物だ。

 サンドイッチを見てどこかに行ってしまうくらい、彼女はサンドイッチアンチらしい。


 さて、そんな彼女をイジメているという噂がどうしてたったのか。

 実はよくわかっていない。 

 まあ、おそらくは彼女が私の周りをうろつき出したことも一因かもしれない。


 彼女は裏で、私のパシリだと囁かれている。


「可哀想に……」


「?」


 よくわかっていない様子が、さらに可哀想さを醸し出している。

 なぜか一緒に勉強するようになった仲だ。

 守れるところでは守ってあげようと思った。




 恐喝されていた生徒を見たあの日から、私は私を変えた。

 彼らが言う通りの“悪”になってみせた。

 どうやら私は、しっかりとあの家門の血を受け継いでいたようだ。


 そんな恐ろしい人間になったのにも関わらず、逆に近寄ってきた人物がいた。

 そう、目の前の彼女だ。


「アル、なぜ今日もここに?」


 孤立した私に近寄ってきた彼女は、自分を「アル」と呼んでくれと言った。

 庭で出会った時、図書館裏で虐められていたところを目撃した時、そして今。

 何かと彼女には縁があるみたいだ。


「理由が必要ですか?」


「……いや」

 

 アルが、恐れられ孤立している私の傍にいる理由は不明だ。

 しかし、人が一切近寄ってこなくなった身としてはどうしても嬉しかった。


「そんなことより、早くこの問題を解いてください」


 一人で図書館にいた時に彼女と出会ってから、こんな勉強会が開催されるようになった。

 少しだけ、雑談もするようになっていった。

 そして、アルも人から煙たがられていることを知った。


 彼女は、その特出した容姿と頭脳のせいで人から嫌煙されている。

 私は、家門の力とこうなることを望んだ自分によって嫌煙されている。


 独りぼっち同士、惹かれるものがあったのかもしれない。


 この交流はお互いが三年生になるまで続いた。

 そして、私はこのままアカデミーで研究することを選び、アルはそのまま卒業した。


 卒業した日のことは……思い出したくもない。

























 数年が過ぎ、私は二十歳になった。


「ゴホッ」


 書籍の埃っぽいにおいに咳が出る。

 与えられた研究室の窓を開け放ち、春の温かな風を入れる。


 その風によって、机の上の書類が揺らめく。

 椅子に座り、揺れ動く紙を手で押さえた。

 ふと、手に触れたものが手紙だと気が付く。


 赤い封がされた手紙をあける。


『帰ってきなさい』


 最初の文を読んだ瞬間、手にあった紙を机の引き出しにしまった。

 しかし、引き出しがしまらない。

 その手紙がひっかかって入りきらず、引き出しがしまらないようだ。


 もう一度引き出しをあけると、大量の手紙が溢れてきた。

 この手紙の差出人は全て家族から。


「………」


 パサ


 適当に手に取ったものを読んでみると、卒業式の日に送られてきた手紙だった。

 祝いの言葉と、今後のことを問う言葉が綴られていた。


 私は、卒業した日のことを思い出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「アル、卒業おめでとう」


「ありがとう」


 卒業証書をもったアルは、なぜか浮かない顔をしていた。

 あの時、アルの顔色をもっと気にしていれば何か変わっただろうか。


「家族は―――」


「来ないよ」


 アルは家族と折り合いが悪いらしく、卒業式という晴れ舞台にも来ていないようだった。

 家族と確執があることは、互いの共通点として仲間意識があった。


「そっか」


 言及はできなかった。

 この三年間、アルとは長い時間を過ごした。

 でも、彼女の核心的な部分は触れさせてもらえなかった感じがした。


 他のことはたくさん共有し、分かち合った。

 でも、あの時の私はそれが寂しかった。


 だから、あんな言葉を口走ってしまった。


「ねえ、私たちは友人だよね」


「………」


 この友人は隠し事をしているような気がして、念押しのために言った言葉だった。

 アルは、その言葉に対して沈黙していた。


 静かな拒絶を受け取った私は、すぐに話題を変えた。


「アルはこれから―――」


「そういうところ」


「え?」


 アルに空気をかえようとした言葉を遮られた。

 嫌な予感がした。

 そして、それは的中する。


「そういうところが嫌いだったよ」


「………え?」

 

 今まで友人、いや親友だと思っていた人に言われた言葉が理解できなかった。

 私は彼女に何かしてしまったのか。


「ご、ごめん。どういうところがダメだった?」


 引きつる頬を無理矢理釣り上げる。

 きっと、あの時の顔はひどいものだっただろう。

 ああして笑うことは、現実が受け止められなかった私のせめてもの抵抗だった。


「友人だと思ったことはないよ」


「………っ」


 堪えきれなくなった私はその場から逃げ出した。

 校舎裏で息を整え、もう一度アルと話してみようと思った。


 校庭に戻ると、彼女は誰かと話していた。


 こちらに気づいていない彼らにそっと近づいた。

 そして、その会話を聞いてしまった。


「今まで大変でしたね」


 礼服をきた紳士がアルにそう言った。

 

「まあ」


 気のない返事をする彼女を、紳士は微笑ましそうに見つめている。

 言い知れない不安を覚えた。

 私を置いて、アルだけ遠くへ行ってしまうような不安。


「あなたを三年間も虐げてきた者を傍に置くなんて」


「………」


(え?)


 アルの傍にいたのは私以外にいなかった。

 だから、私が“アルを虐げてきた者”だ。

 その紳士の言葉を、彼女は否定しなかった。

 

 つまり、アルは私に虐げられていたと感じていたということだ。

 三年もの間。


 どうやら、私は友人ではなく加害者だったようだ。


「ははっ」


「………!」


「おや」


 思わず漏れた笑いに、アルと紳士が気づく。

 最後に見た彼女の顔はもう思い出せない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 友人ではなく、自分がいじめっ子だったという事実に気づいた卒業式。

 あの日から、自分が信じられなくなった。

 触れたものすべてを壊してしまいそうな気がするのだ。 


 ガコッ


 無理やり引き出しをしめる。

 そして、開けていた窓も閉める。


 麗らかな春とは対極にある自分の心境に、静かにため息をついた。
















 論文に追われる日々を過ごしていた時。

 ある手紙が研究室に届いた。


 差出人のところに“S”と書かれた手紙。

 普段であればいたずらだろうと放置するが、その手紙は不思議と読もうという気になった。


「え」


 何も書かれていない便箋に驚いたわけではなかった。

 私は、便箋の裏に書かれていた差出人の名前に愕然とした。


『シンデレラ』


 アカデミーでの三年間の思い出がフラッシュバックする。

 二年生に上がった頃、互いにあだ名をつけようとなった。

 その時、アルは私を“セリー”と呼び、私は彼女を“シンデレラ”と呼んだ。


 あの頃の思い出に胸が痛む。

 黒く塗りつぶされてしまった絵画を見ている気分だ。


 手紙をゴミ箱へ捨てようと手を伸ばす。

 ……そして、伸ばした手はゴミ箱に届かなかった。


「………」


 手紙を机の端に置く。

 さらにその上に、重ねて書類を置いた。






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