4、沈黙の罪
アカデミーの授業は順調だった。
……授業の進み具合は。
断じて、授業に追いつけているとは言っていない。
「まずい、まず過ぎる」
放課後の図書館は人がポツポツといる。
アカデミーの敷地内にあるこの図書館はとても広く、豊富な本たちで溢れている。
そんな充実した場所で嘆いているアカデミーの一年生。
そう、私だ。
「脳が……脳が焼けしぬ……」
机の上にあるのは教科書と、自分が興味がある分野の本だ。
ちなみに教科書が1冊に対して趣味の本が3冊だ。
もう勉強したくないことが見て取れる。
歴史の教科書をパラパラとめくっては、幻獣が記された本を読む。
もう幻獣の名前しか覚えられていない。
そもそも、昔の人の名前なんて覚えなくていいと思う。
しかし、イビルヨー家の者として落第するわけにもいかない。
渋々、幻獣や絵画が描かれた本を本棚へ返しに行く。
「うん、確かここに……」
そう本棚へ本を戻そうとした時だった。
ゴンッ ドンッ
「ん?」
本棚の裏の壁に何か重い物があたる音がした。
この壁の先は外だ。
どうやら外で何かあったようだ。
「………」
勉強に身も入らないし、外の空気を吸おうと思っていたところだ。
丁度いい、野次馬根性で行ってみよう。
すぐに本を元に戻し、机から鞄をかっさらった。
「地べたがお似合いね」
「ほんと、野良犬みたい」
「大人しくしていればいいのに」
「「「アハハハッ!」」」
図書館の裏では一人の生徒を複数の生徒が囲んでいた。
壁にもたれてうずくまっている生徒の服はひどく汚れていた。
そして、そのボロボロな生徒に見覚えがあった。
(庭で会った……)
あの庭で泣いていた人。
サンドイッチを話題にした途端、どこかへ行ってしまったあの人だ。
木の影から様子を覗う。
ガサッ
(あ、しまった)
「誰?!」
動いた拍子に足元にあった落ち葉を踏んでしまった。
仕方なく、木の影から姿を現わす。
「あなた……」
「イビルヨー家が長女、セリルと申します」
場違いなほど丁寧なカーテシーをする。
その異様な雰囲気に呑まれてくれたのか、彼女たちは気圧された顔をしていた。
「あ、あらセリル様!ご機嫌よう」
動揺した様子の彼女たちに視線を向け、うずくまっている彼女に視線を移した。
「これは?」
「ああ、これは躾をしてただけよ」
責め立てる様子がない私に対して、彼女たちはだんだん調子を取り戻してきたようだ。
言い分を聞いてみると、「下級生に礼儀を教えていただけ」とのことだった。
彼女らの制服には黄色い紋章がある。
あの紋章は一年生が赤、二年生が黄色、三年生が青だ。
つまり、彼女らは二年生の集団ということだ。
「……そうですか。先輩方、私はその人に用があるのですが」
「あ、あら。では、わたくしたちはここらへんで……」
そう言って二年生の集団はそそくさと去っていった。
そう、このアカデミーは年功序列がありはするが、何よりも家門の影響の方が大きい。まったく、純粋な平等はないのだと思い知らされる。
高貴な家門は敬われるし、嫌われ者の家門は嫌われる。
そういうものだと無理やり自分に言い聞かせ、この惨状をどうするか考える。
ボロボロの生徒に、傷がついた壁。
……これらの報告はするとして、修繕費とか誰負担になるのか気になるな。
取り敢えず、怪我の確認をしようと壁にもたれている彼女に手を差し伸べる。
「大丈……」
バシッ
「!」
差し出した手を振り払われた。
目の前の彼女は、清廉な顔に見合わない激情を瞳にうつしている。
……一体、何が逆鱗だったんだろう。
「同情はいらない」
(そっちかー)
どうやら、彼女は同情を侮辱と捉えるタイプらしい。
これは下手に慰めの言葉をかけたら宣戦布告と思われるな。
「私も同情より他のものがいいですね」
「……はあ?」
彼女が謎の発言に混乱している間、周辺に散らばっていた教科書や文房具を拾い集める。
正気を取り戻した彼女も、慌ててそれらを拾い集めた。
そんなに必死に集めなくても……。
奪ったりしないよ。
「それじゃあ、ここの報告はしておくので医務室へ行ってください」
「なんで―――」
「医務室の場所がわからない?」
「いや、知っているけど……」
何かを言おうとした彼女を問答無用で医務室の方へ押し出す。
しかし、彼女は納得がいっていない様子でこちらをジッと見つめてくる。
「目撃者には報告の義務があるので」
彼女にそう言いおいて、このことをアカデミーの事務に報告へ行った。
その事件の後、ある噂が出始めた。
「ねーねー、あなたがある生徒をイジメてるって聞いたんだけど」
「………またそれか」
クラスメイトのマリアは、最近出回っている噂について聞いてきた。
その噂の内容は嘘だが、いかんせん我が家門には信頼がない。
そう、だから否定しても逆に信憑性が増すだけだった。
「嘘なら嘘って言わないと~」
「言った結果がコレ」
一応、そんな話をしていた人たちに言ってみたが、逆効果だった。
むしろ火に油を注いだ。
しかし、こんな風に誤解されることはよくあった。
まあ、「徘徊するサソリ」とか言われる家門だから悪者扱いされるのも仕方ない。
そうやって諦めていたツケが回ってきたのだろう。
いつの間にか、アカデミーで起こる諸悪の根源は私のせいだと言われるようになった。
虐めも、物品破壊も、風紀の乱れもすべて。
自分について決めつけられることは慣れていた。
だから、人と群れず勝手気ままに過ごしていた。
でも、ある日、許せないことを目の当たりにしてしまった。
「おい!さっさと金出せよ」
「ひいぃ」
校舎の裏で恐喝されている生徒を見つけてしまった。
大人に仲裁してもらおうと、その場を離れようとした時だった。
「イビルヨー家に目をつけられてもいいのか?」
(うわぁー)
この言葉を聞いた時は、「ああ、こうやって悪の親玉にされてたのか」と軽く思っただけだった。名前で好き勝手されることをすべて取り締まることは難しいな、なんて思っていた。
「……ッ!」
恐喝されている生徒の顔を見るまでは。
(!)
蹂躙される弱者の顔があそこまで悲惨だったとは思わなかった。
恐怖に顔を歪め、自分の身を切るように財布を差しだす生徒。
今までこんな行為を黙認していた……?
でも、別に私がやったことじゃない。
そう、あんな悪行をしたのは私じゃない。
……いや、違う。
何もしないことも罪だった……?
今もなお、罪を塗り重ねている?
「………」
この日から、私の日常は平穏から遠ざかった。