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「シンデレラ」から逃げ切りたい  作者: 良心の欠片
3/6

3、アカデミー



 時は流れ、私は10歳になった。

 え?いろいろすっ飛ばしてるって?

 まあ、恙なく暮らせていたから特に言うべきことがなかったというか。


 とにかく、平穏な日々を過ごしてはいた。

 両親にあのことを言われるまでは……。


「アカデミー……ですか」


「ああ」


(うわああ、行きたくない!!)


 鷹揚に頷いている父には申し訳ないが、私は意地でも行きたくない。


 なぜなら、あそこはアカデミーとは名ばかりの社交の場だからだ。

 学び舎と名乗っておきながら、実際は子供版の貴族社会。


 だいたい家で家庭教師を雇って勉学を済ませているのに、さらに学校に行くとか意味がわからない。家庭教師はただの予習ってことなのか。


「私が行く必要はあるんですか」


 今の私にも家庭教師はついている。そして、自分の評判も把握している。


『平均、あるいはそれ以下のお嬢様』


(勉強は得意じゃないんだよーー!)


 こんな不勉強な人間をよくも学校へブチこめるな。

 慈悲はないのか!


「貴族の義務だ」


「……承知しました」


 父である前に伯爵である彼にこう言われてしまっては、諦めるしかない。

 私だって恩恵には対価が必要だってわかっている。

 今までの衣食住の対価が、胃痛地獄アカデミーへ行くことだったわけだ。








「逝きたくないっ!」


 ドサッ


 部屋へ入って早々にベッドへと伏せた。

 2か月後にはアカデミーへ行かなければならなくなった。

 前世も今世も勉強は好きじゃないし、コミュニケーション能力なんて皆無だ。


「いきたくない……」






 2か月後。

 結局、私はアカデミー行きから逃れることはできなかった。






 





「こちらです」


 現在、私はアカデミーの職員に寮の部屋に案内してもらっていた。

 本当は屋敷から通うこともできたが、寮に入ることにした。

 

 話によると、寮と言っても個室扱いされており、勝手に部屋へ入られることもなくプライバシーが保護されているらしい。使用人を連れてくることもできるから、もう寮とは名ばかりなほぼ自分の屋敷みたいなものだ。


 そんなことを思い出していると、部屋に着いたようだ。

 案内してくれた人にお礼を言って、ドアを開ける。


「わあ」


 屋敷の部屋よりもこじんまりとしていて、とても落ち着く部屋だった。

 どうやら私の希望を聞いてくれたらしい。

 屋敷まで説明にやってきたアカデミーの人に怪訝な目で見られても、希望を言っておいてよかった。


 のんびりと荷ほどきをしていると、外の方から声が聞こえてきた。

 2階にあるこの部屋の窓からは、寮の敷地内にある噴水広場が見える。

 そんな噴水の近くで数名のアカデミー生が一人を囲んでいた。


 遠目からでは状況がわからず固唾を呑んでいると、囲まれていた人が地面に伏した。周囲はその人に手を貸すことなく、むしろ面白がっている様子だった。


「……うわ」


 すぐに窓から離れ、私は寮の事務室まで急いだ。









 例の騒動を目撃した日からそれなりに時間が経った。


「………はあ」


「何々、どうしたの~?」


「いや、何でも」


「ちょっとー、気になるじゃん」


 午前の授業が終わり、寮で作ってもらったお弁当を取り出す。

 隣でブーイングしているのは、パーソナルスペースがおかしいクラスメイトだ。

 巻かれたピンクブロンドの髪を揺らし、健気そうにこちらを見つめてくる瞳は蜂蜜色だ。このように容姿が良いからこそ、諸々の行いが許されているのではないかと疑心暗鬼になる。

 

「無視しないでよ~」


「話しかけないでもらっていいですか」


「うわーん、マリアちゃんショック!」


 かわい子ぶっている変人、もといマリアを放置してご飯を食べる。

 相変わらず美味しいサンドイッチだ。自分でも作れるようになってみたい。


「セリルはほんとに内気だよね」


「急になんですか」


 やれやれといった顔を向けられ、額がピクつく。

 私が友人もつくらず、当たり障りなく話していても彼女には関係ないだろう。


「あのイビルヨー家のご令嬢っていうから、もっとこわ~いお嬢様かと思ってたけど」


「………」


「こんなに大人しい外見と性格だとはー」


 アカデミーに来てから時々突き刺さるような視線を感じていたが、その理由が目の前の人物によって判明したことは記憶に新しい。どうやら私の家門は、他の貴族に恐れられているか毛嫌いされているかの2択らしい。あとは例外的に、こんな風に面白がっているか。


「私たちもう友達だよねっ!家に招待してくれたりとか!」


「ない」


「ケチー!」


 頬を膨らませるという子供っぽい行動をしている彼女ではあるけれど、油断してはいけない。彼女は情報を取り扱うことで成長してきた一族だ。初めて会った時、おかしいくらいに距離が近かったのはイビルヨー家の内情を知ろうとした可能性がある。


(はあ、永遠に神経戦をやってる気がする)


 アカデミー生活で気が休まるのは、自室にいるときだけだ。

 それ以外は気が抜けない。


 思った以上に、私はイビルヨー家の異端児だったらしい。

 落ち着いたとは言え、今でも刺すような視線にさらされることが多い。


「あれがイビルヨー家の……」


「紫をもたない……」


(噂するなら他所でやってほしい)


 昼食を静かにとっていると、人の声が嫌でも耳に入ってくる。

 席を立った私は、校舎裏にある庭園へ向かった。









「ここなら誰も」


 ガサガサ


「………」


 敷地内の探索に探索を重ねた上で見つけた、一目のつかないスポットだったはずが、それも今日で終わりらしい。


 先客がいた。

 私と同じ深緑色の制服を着ていることから、アカデミー生であることは間違いない。長い金髪を後ろで束ね、目からは涙を……涙?


(な、泣いてる?!)


 庭園のそばにある倉庫の裏で、オロオロとする。

 陰から盗み見た挙句、泣き顔までみてしまったことの罪悪感が半端ない。


 しかし、あの人は一体何者なんだろうか。


「……そこに誰かいるんでしょう」


「!!」


(バレてるーー!!)


 完全にこちらに意識を向けられていることを悟り、私は大人しく物陰から姿を現した。

 

「ご、ご機嫌麗しゅう?」


 なけなしの貴族マナーを絞り、なんとか挨拶をしてみる。


「………」


 すると、無言がかえってきた。


(ですよねぇー!泣いてたのにご機嫌なんて麗しくないですよね!)


 困った時の扇子である。

 そう思い鞄を探ろうとすると、手が空をきった。


(そういえば、教室に鞄置いてきたんだった!)


 この沈黙を打破する何かがないか周囲を見渡すと、そばにある木の下にバスケットが置いてあるのを見つけた。これは勝機と、それを指差しながら言った。


「あら、あれは何ですの」


 動揺のせいで変にお嬢様口調になってしまっているが、問題ない。

 沈黙よりも恐ろしいものなどないのだ。


「………私の昼食です」


「へえ」


(やった!会話のキャッチボール!)


 会話が軌道に乗ったと思った私は、そのままバスケットの近くまで足を運ぶ。

 怪訝そうな顔をするその人に、私はにっこりと言い放った。


「ご相伴にあずかっても?」


「……?」


(うわあぁあ!何を言ってるんだ自分ー!)


 緊張のあまり、初対面の相手にご飯をねだる厚かましい人間になっちゃったよ!

 撤回、撤回します!今の言葉を取り消させてください!


「……分かりました」


「よろしくてよ」


(誰か私の口を縫い付けてください!!)


 こうして私たちは木の根元に座り、昼食をとることになった。

 良心があり過ぎた人とテンパるとやらかす自分が生み出した惨状である。





「どうぞ」


「あ、ありがたくってよ」


(もうどうにでもなれー)


 口調が戻ることはなく、私はエセお嬢様語を生成し続ける。

 無の境地で受け取ったものがおもむろに視界に入る。

 その瞬間、目を見張った。


「これは……」


「?」


「これは……寮で作ってもらったサンドイッチ?」


「……!!……なぜあなたがそのことを」


 相手の警戒心が急速に高まったのを声色で感じながらも、手元にあるサンドイッチを見つめる。……やっぱり、さっき食べたものとそっくりだ。


「私も同じものを作ってもらってるんですよ」


「!」


 パッと表情が変わり、何かを察したような顔をする。

 一体何に気づいたのだろうか。


「どうされたんですか?」


「……いえ、用事があるのを思い出したので失礼します」


「え?」


 そして、謎の人物はさっと歩き去った。


「……え?」


 あの人は、サンドイッチが地雷だったのかもしれない。

 まさかサンドイッチの話題のせいで逃げられてしまうとは……。

 世の中とは地雷で溢れているようだ。


 とりあえず、新しい隠れスポットを開拓する必要があるようだ。









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