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「シンデレラ」から逃げ切りたい  作者: 良心の欠片
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2、アヒルの子




 私が「シンデレラ」に出会う前。

 つまり、私が「悪役(キューピット)」を目指すようになる前のこと。



「お嬢様~?どこにいらっしゃるのですかー!」


(うわ、もう来た)


 彼女は私の専属のメイドだが、いかんせん過保護なのだ。

 今も、私が少し姿を消しただけで大騒ぎしている。


(いや、まあ小さな子どもが姿を消したらそうなるか……)


 自分のミニマムな体を見て、思わずため息をつく。

 心は大人であるのに、体が子どもだと不便極まりない。


 客室の一室の隅でぼやーっと寛いでいたが、自分を探している声のほうへと向かうことにした。本当は、他人がいる空間で寛げないからいきたくないのだけど、こればかりは仕方ない。


 自分がリラックスするために、他の人へ迷惑をかけるのは嫌だ。


 ガチャ


「まあ!お嬢様、こちらにいらしたのですね!」


 部屋から出てきた私を見て、彼女はパッと微笑んだ。

 バツが悪くなり、無言のまま俯く。


「さあさあ、お部屋に戻りましょう」


 彼女の手をとり、日向ぼっこに丁度よかった部屋を後にした。

 あそこは暫く、私のお気に入りにしよう。






 私が生まれたイビルヨー家は、伯爵の位を王家から賜っている。

 貴族の上下関係的には中の中だ。

 これといって可もなく不可もない家柄だ。


 しかし、我が家にはある悪名があった。


 『徘徊するサソリ』


 なぜか、私の家族は夜な夜な人を消しているという噂があるのだ。

 やれ毒殺だ、やれ呪い殺しただと物騒な噂極まりない。

 だが、私はその噂がささやかれる理由を知っている。


(そう、彼らの顔だ)


 とにかく彼らは悪人顔なのだ。

 美形だよ?顔は整ってるよ?

 でも、パーツ一つ一つが鋭いのだ。


 吊り上がった目に、口元は一つに結ばれていて不愛想にみえる。

 そして、笑っても何かを企んでいるようにしか見えない表情筋。

 

 我が家族ながら、初めて父親と母親を見た時はびびった。

 「あれ、自分って悪い人へ売られたのかな」って。

 まあ、この凶悪な顔の方々が両親だったわけだが。


(その事実を認識するのに軽く一か月はかかった……)


 危うく生まれ落ちて早々に、生死をかけた脱出ゲームをするところだった。

 一か月無事だった事実から、やっと彼らは家族なのだと認識できた。


 ソファーで横になって今までの軌跡を整理する。

 すると、廊下からバタバタとした足音が聞こえてきた。

 嫌な予感がする。


 バンッ


「おい、チビ!オレがきてやったぞ!」


(うわ、うるさいのが来た)


 紫色の短い髪をぼさぼさにしたまま、その子どもはソファーにドカッと座った。

 こら、人が横になってるソファーに飛び乗るんじゃない。

 眠りの妨げになるでしょうが。


「おい、お前また寝てんのか?寝すぎだろ、赤ちゃんみてー!」


 ケタケタと笑うこのクソガ……ごほん、お子ちゃまは私の弟だ。

 しかし、こんな無礼な奴と血がつながっているのかと思うと非常に遺憾である。


 心頭滅却すれば火もまた涼し。

 奴の言葉を右から左に聞き流し、目を閉じ続ける。


「オレをむしするな!……ブサイクのくせにッ!」


「………」


 諸々の暴言を喚き散らしている弟をスルーしていると、部屋のドアが開いた。

 ここ私の部屋なのに、全く遠慮がないんだけど。


「テイル」


「に、にいさま……」


 勝手に私の部屋に押し入ってきたのは、私たちの兄。


 寡黙な兄に怯えている弟が視界に入る。

 弟は騒がしいのに、兄の方は全くの真逆だ。

 なにを考えているのかわからない。


「………」


「………」


「そ、その……」


 兄と私が互いを見つめ合う。互いが決して口を開かないため、耐えきれなくなった弟がおずおずと口を開いた。しかし、続く言葉を見つけられなかったようで、部屋に重苦しい沈黙が流れる。


「………ようじがあるのでしつれいします」


「あ、おいっ」


「………」


 背中に視線を感じつつも、私は部屋を後にした。

 自分の部屋に帰れなくなった今、私が目指すのはさっきまでいたあの部屋だ。







「ひなたぼっこ、さいこう」


 この客室には、シーツが大量に置かれている。おそらく、ここは物置として使用されているのだろう。少しタンスの匂いがするシーツの上をゴロゴロする。


 さっきの様子の通り、私は自分の家族に馴染めていない。


 いや、あの兄と弟の様子を見る限り、私が馴染めていないのではなく家族自体が親しくないのかもしれない。母親と父親は赤子時代以降、目にすることはなかった。

 世話はすべて使用人の人たちがやってくれている。


「………」


 ある時、廊下で耳にした話が脳裏をよぎる。


(私は彼らに似ていない)


 弟も、兄も、両親も、皆が鋭いながらも整った顔で紫の髪色をしている。

 一方で、私は丸っこいパーツの平凡顔で黒髪だ。


 あの廊下にいた人たちの「お嬢様はこの家の子じゃ……」という言葉の続きは、聞かなくてもわかっていた。だから、その日から私は家族と距離をおいた。


(いや、そもそも距離をおく必要すらなかったか)


 もともと、私に関心がない人たちだった。弟は例外的に絡んでくるが、両親も兄も私と会うことは滅多にない。私は基本的に、一人で食事して一人で過ごすから。


 バンッ!


「いた!おまえこんなところにいたのか!」


(うわっ)


 足音など一切しなかったにも関わらず、突然ドアから例の弟が現れた。

 ワープ?もしかしてワープしてきた?

 「呪い」はあっても「魔法」はないはずのこの世界で?


「ほら、さっさといくぞ」


「………どこに」


「はあ?きょうはかぞくでしょくじする日だろ!」


(そういえばそうだった……)


 基本的に私を放っておいてくれる家族だが、どうしても月に一度だけ家族で食事することだけは約束させられた。一度、それを忘れて書庫で寝ていたら、屋敷が臨戦態勢になったことがある。あんな大捜索劇を繰り広げられるくらいなら、大人しく食事を共にする方がいい。


 しぶしぶシーツの上から立ち上がる。

 弟はそんな私の手を捕まえ、顔を背けたまま廊下へ引っ張られる。


(無理して手を掴まなくていいのに)


 こちらを一切見ることのない弟に、無理をさせてしまっているなと申し訳なく思う。

 どこの馬の骨かわからない人間と手をつなぐなんて嫌だろうに。

 せめてもの思いで、私は彼に大人しくついていった。






「とうさま、かあさま!つれてきました」


「………ごくろう」


「………そう」


(うへぁ)


 相変わらず冷ややかな空気をまとっている両親をみて、私は気が滅入った。

 かつては愛想良く挨拶したりもしたが、それも無駄だと気づいた時にやめた。

 彼らが私に微笑む日は来ない。


「おくれてしまい、もうしわけありません」


「「………」」


 両親がさらに暗い空気をまとったのを感じた。

 そんな様子も今では慣れてしまい、私は彼らと少し離れた定位置に座った。

 複数の視線が刺さるが、私は一心にカトラリーを見つめた。


(はやく、はやく食事もってきて……!)


 針の筵にいる気がしていた私は気づかなかった。

 イビルヨー家の者全員が、彼女の一挙一動を目に焼き付けていたことを。










 無言の食事が終わり、セリルが部屋に戻った後の食堂にて。


「……今日も駄目だったか」


「あなた」


「とうさま、かあさま、オレにまかせて」


「………テイル、お前には無理だ」


「なっ、にいさまはだまってて!」


 深刻な顔をした紫髪の一族は、さっきまで彼女が座っていた席を見つめる。


「どう接せばよいのだ……」


 「徘徊するサソリ」と恐れられている家門の当主は、そう弱音を吐いた。



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