1、始まり
ここは呪いが存在する世界。
この力を使って、貴族たちは血みどろの劇を演じている。
親も子も互いに呪いあい、疑心暗鬼になっている地獄。
そんな呪いも陰謀も渦巻く社交界に、私はこれからデビューすることになる。
「彼女」をいびるために。
「すー、はー」
深呼吸をして、舞台となるホールの扉を真っ直ぐに見据える。
そして、門の横に立っている門番が私の名を告げる。
「セリル・イビルヨー様のご入場です!」
(大丈夫、いつものようにやればいいだけ)
颯爽と門をくぐると、シャンデリアの光が目を眩ませる。
色とりどりのドレスは、ここが花畑なのではないかと錯覚させる。
そのまま歩いて壁際に立つと、チラチラとこちらを見てくる周囲の貴族たちが目に付いた。
私は扇をパッと開き、視線を感じる方へ口元を隠しながら微笑んだ。
顔を一斉に背ける彼らを見て、私は凄まじい快感を覚える。
(そう……!これがやりたかった!)
私が今まで積み上げてきた行いによって、彼らからつけられたあだ名「伏するクロユリ」。
端的に言って、くそカッコいい。
ごほん、少し言葉が乱れてしまった。
とにかく、あの頃のように「彼女」をいびればいいだけだ。
「たとえ、今日が私のデビュタントだとしても」
そうぼやいてしまうが、それも仕方ないことだとわかってほしい。
デビュタントは貴族にとって、社交界での今後を決定する重大なイベントなのだ。
(そんな大事な日に他人をいびってる場合かって?)
私だって人に嫌われるようなことはしたくない。
しかし、「彼女」が幸せになるためには必要な悪なのだ。
(だって、「彼女」はヒロインだから!)
前世の記憶で妙に覚えている本の表紙。
死んだときの記憶は覚えてないのに、その本の表紙絵だけは覚えていた。
そこに描かれていた少女と「彼女」はそっくりだったのだ。
これは明らかに運命的なサムシングを感じる。
あの本の表紙通りなら、きっと今日の「彼女」は青いドレスにガラスの靴を履いているはず。だって、あの本はおそらく「シンデレラ」をモチーフにしている物語だから。
(表紙に描かれていた女性は、青いドレスにガラスの靴を履いていた。あと、背景にカボチャの馬車があったんだから、あれを「シンデレラ」だと考えない方がおかしい)
前世の記憶で妙に覚えている本の記憶とそれにそっくりな人物が転生先にいたら、「ここ小説の世界じゃね?」ってなってもしょうがないと思う。
でも、いびるのはなぜだと思われるだろう。
答えは簡単だ。私が「悪役」だから。
どうして「悪役」なのかって?
……私の家名を見てみるんだ!
『イビルヨー』家
明らかに誰かをいびりそうな家名だろう。
あと、シンプルに家族の顔が凶悪犯みたいな顔だったから。
わかっている!家族に対してそんな風に言うなって言いたいだろう。
でも、ほんとに悪役っぽい顔なんだって!
父親も母親も美形は美形なんだけど……なんというか、鋭い感じの顔立ちだから……。そんな両親に似た兄や弟も、まあ、おしてはかるべしという感じだ。
まあ、なんだかんだ考えた結果、私はヒロインである「彼女」を幸せへと導く「悪役」なんだと気づいたのだ。
いい感じに主人公を成長させる「悪役」。
とてつもなくカッコイイ。
今まで私がイジメてきた「彼女」だが、今日やっとその苦労が報われる。
なぜなら、今日のパーティーでは秘匿されていた「王子」が出席するからだ。
どうしてその王子が秘匿されてきたのかは知らないが、とにかくシンデレラである「彼女」と「王子」という組み合わせ。
これはもうくっつくしかないのでは!?
そう思い立った私は、「彼女」をこのパーティーに呼び出した。
これから私が「彼女」をイジメて、そんな「彼女」を「王子」が救い出せば物語は完成する……はず。私は「悪役」を完遂できるのだ!
(それにしても、なかなか現れないな……)
正直、数年前から「彼女」と音信不通だったけど、招待状は届いたはずだ。
そのはず、なんだけど。
(来なかったらどうしよう……)
返信で「ぜひ出席させてください」ってきたけど、社交辞令だったのかもしれない。
まあ、いじめっ子から届いた招待状なんて破り捨てるのが普通だよね……。
いやいや、「彼女」は来る!
ほら、いじめっ子に復讐するために大人になって再会する話とかあるし。
(……あれ?その場合って私、成敗されるのでは?)
「帝国の獅子、アルタイル殿下のご入場!!」
突然の仰々しい声と共に、オーラを放つ人物が現れた。
今日の目玉となる「王子」がもう来てしまった。
(まだヒロインの「彼女」が来てないのに……!)
主役は遅れてくるのだろうかとソワソワしていると、その噂の人物は誰かを探しているようだった。皆が見ている中で、周囲を見渡していた彼はパッと私と目が合う。
私は自然に目を背け、背中に走った悪寒に身震いする。
嫌な予感から逃れるために、バルコニーの方へと歩き出そうとしたその瞬間。
「見つけた」
耳元で誰かにそう囁かれた。
鳥肌の立つ腕をおさえ、後ろを勢いよく振り返る。
すると、そこには「王子」がいた。
嬉しそうにこちらを見てくる彼に、私は不信感しかない。
彼とは全くの初対面のはずなのに、どうして親し気に見つめてくるのか。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「そんな他人行儀にならないでよ。俺と君の仲じゃないか」
(知らないよ!そんな仲!)
心の中でツッコミをいれながら、この場をどう切り抜けるか考える。
おそらく彼は人違いをしているか、からかっているかの2択だろう。
王族なりのジョークなのかもしれない。
「いえ、そんな恐れ多い……」
「セリ、君は俺とあんなに情熱的な時間を過ごしたじゃないか」
「あばばば」
(ななな、なにを言って?!)
動揺を隠せない私をさしおいて、彼は胸ポケットからあるものを取り出した。それを見た瞬間、私は呼吸を忘れた。
彼が手にしている「お守り」は、確かに「彼女」にあげたものだったから。正確には、こっそり押し付けたというのが正解だけど。
「な、どうしてあなたがそれを……!」
(まさか……「彼女」に何かした?!)
「彼女」のお相手だと思っていたのに、まさか「彼女」の刺客だったとでもいうのか。
そうであるなら、私は目の前の人物を許すことはできない。
「セリー、俺だよ」
「は?」
「俺がシンデレラなんだ」
「え」
私だけの「彼女」の呼び方。
どうして彼が「シンデレラ」という呼び方を知っているのか。
(それは「彼女」だけの呼び名だ!著作権侵害だ!)
脳がとち狂ってしまったのか、下らないことが頭に浮かぶ。
どうやら私はこの状況を理解できないし、受け入れたくないようだ。
「大丈夫、説明はこれからじっくりしてあげるから」
「??」
目を白黒させたまま、私は「王子」に肩を抱かれる。
そのまま会場の出口へと向かう彼に、これだけは答えてほしいという質問をした。
「あの、シンデレラは女の子でしたよね……?」
「君にとってのシンデレラは女の子だっただろうね」
「………?」
「俺は今も昔も男だよ」
「王子」のなぞなぞのような答えに、私は脳がショートした。
そして、私の意識は馬車に乗せられたところで落ちた。
「やっと、やっとだ」
「王子」は腕の中で眠る存在を愛おし気に見つめた。