巨神崩壊
少女が幾度となく見上げ、見渡しても、空には雲一つ存在しない。遮るものは一切なく、どこまでも青のみが続く有様は、清々しいのを超えて、ひたすら重苦しい。
溜息一つ残して、少女は再び一歩を踏み出した。その表情を苦々しく歪めたまま。
「待ってて……父さん」
天には太陽すらどこにも見えず、地上には、一面の白い砂漠が広がっている。
少女は、どれだけ彷徨ったのか数えるのを諦めていた。もっとも、自分は飲まず食わずで生きている。一日は経っていないはずだ。
身体中乾ききって、血はこびり付き、汗は少し前から出なくなっていた。少女の纏う衣服は特殊な素材とデザインのようで、全身に密着し機能を重視した作りだが、全体的に破損していて、破けた部分からは褐色の肌と傷が露出している。素肌の上に直接身に着けるタイプらしく、破損だけでなく、あちこち血が滲み、赤黒く変色して空色の生地を汚していた。首元から肩までは軟質装甲が装着されているものの、ひび割れ、剥げ落ち、本来の役割を果たせそうにはない。
砂を踏んだにしては軽い音を立てて、少女は歩き続ける。
「必ず……救けるから」
どんな姿になろうが、どれだけ傷付こうが、自分にはやることがある。足を止めてはいけない。
唇を硬く引き結び、進み続ける少女のその背後には、巨城が聳え立っている。数多の白い丘より高く、しかし少女と同じぐらい傷つき、黒く汚れ、ひび割れ、崩れている。
熱によって歪んだ、鋼作りであろう壁面に小さな火花が走ったと思う刹那の間に、それは爆炎と咲き乱れた。炎と黒煙が乱舞し、轟音と爆風が白砂を巻き上げる。大鉄塊は引きちぎられて、破片の豪雨と共に地へと叩きつけられる。
遠方の破壊すら、我が身へ伝わるほどの衝撃の伝播、少女の足が止まった。急がなかければならない、振り返らないという誓いはいとも簡単に破られた。
「父さん!」
絶叫は悲鳴そのもの、短く刈り込んだ金髪が揺れ、深い青色の瞳に映るのは、城が落ちる様であり、巨神が崩れゆく惨劇。連鎖する爆発が、炎と黒煙の拡散が少女の目に否応なく焼き付けられてゆく。
城に見えたのは、その現実離れした威容と、強大なる体躯ゆえ。全長50mを越え、二足歩行を可能にした機体など、常識で図るならば、この世界のどこにも存在しないはずだった。
少女にとっては、かけがえのない家であり、憧れの巨大ロボットであり、父であり、相棒だった。戦いに敗れてしまったとはいえ、力尽きて蹲っているならば、まだ救えた。なんとかなった。
炎にとって、そんな事は感知するところではない。立ち尽くす少女などお構いなしに、己が仕事を遂行する。即ち、爆発と共に、この胡乱なまでに大きいだけの残骸を焼き付くし、吹き飛ばす。
青みがかった銀色の装甲が大好きだったのに、ドロドロに歪み、熔け落ちてゆく。太くたくましかった腕も、頼もしい脚も、力なく崩れていく。関節部が爆散したのだ。
頭が落ちた、胴体も原型を留めていない。もうあの中に籠ったり、一心同体として戦う事も、できない。帰る場所も、ない。
遠くの爆発音に混じって、お腹のそこから震え、底冷えする声が少女の鼓膜に滑り込んでいる。頬に水が滴る感触を覚える。
手を伸ばそうとして、震えている事に気が付いた。それでも、腕に力を込めて
触れてみると、少女は自分が涙を流している事に気が付いた。同時に、あの、恐ろしく悲しい声が自分の喉から来たという事も解ってしまった。