俺の言うことをきけ
シャロン・テンプテートを呼び出したわけを聞かれて、俺は用意していた理由を答えた。
世界を滅ぼす大魔法を創った者の名として聞かされたのだから”優秀な魔術士だという話を聞いた”と言っても差し支えはない。”どれほどの腕か見せてもらおうと思った”のも嘘ではない。
シャロン・テンプテートを止めるために逆行転生したのは確かだが、一体どのような者が、どんな思いで、あのように機構が想像もできない破滅的な大魔法を残したのか知りたかった。
現れた女は自信満々で、大貴族のご令嬢然としていた。
試しにいくつか初歩的なことをやらせてみると、教科書通りの丁寧な魔力操作で、指示通りのきっちりとした魔法をオーソドックスに使ってみせた。いかにも幼少時から家庭教師がついて英才教育しましたという感じの整えられた……つまらない魔術士だ。
こういう貴族家で定型通りに作られる一山いくらの秀才は、前世でたくさん見た。
魔力量も多いし、小器用だが、型にはまり過ぎて応用に弱く、伸びしろがない。ちょっと無茶振りをすると、それは理論上不可能だとか、できないと言うのが定説だとか言い出す。
「”そんなことは魔法では実現できない”。それが答えですわ!」
高さの違う細い蝋燭をいくつか並べて、無詠唱で同時に火をつけろと言っただけでこれだ。
目の前の女が胸を張って堂々とそう答えるのを聞いて、俺は落胆した。
いくら時代が時代で、相手はまだ学院の高等部の新入生でしかないとはいえ、このような凡俗がシャロン・テンプテートだったとは……。
「なるほど。君の実力はよくわかった。学院でさらなる高みを目指し給え」
俺はおざなりな言葉を並べて、早々に彼女を退室させた。
経過観察は必要だが、人物に対する興味はすっかり失せてしまった。
ガックリしてソファーに戻ったが、冷めきった茶は不味かった。
隣でクリスとヒヨコが、ジンジャーベリークッキーについてキャッキャと楽しそうに話しているのが、気に障った。
俺の人生をかけた目標が消えたというのに、コイツラは……。
だいたい、なぜまだヒヨコの奴はここにいるのだ。しかも明らかに俺と話しているときよりもいい笑顔でクリスと喋りやがって。
「おい。お前もやってみろ」
無性に腹が立ったので、俺はヒヨコに無茶振りをした。
「は、はい?!なんでしょう」
聞いていなかったらしい。
ヒヨコ風情が、この俺のことを、無視するなど許しがたい。
「あれに魔法で火をつけろ」
「はいっ……あ、でもまだ着火の魔法の呪文を習ってません」
「詠唱はいらん。気合でつけろ!」
「はいっ!」
ヒヨコは細い蝋燭が並べて立てられた台の前に立つと、俺をちらりと見上げた。
「同時にそれ全部だ」
ヒヨコはなにか決意を固めたような真剣な顔でうなずくと、ギュッと眉を寄せて蝋燭を睨みつけた。
息を止めているのか、変な形に結んだ口元と握った拳がプルプル震えている。
「……真面目にやれ」
ヒヨコはガクガクうなずいて、一層変な顔になった。
なぜ口をああも突き出しているのだろう?
息を止めすぎて顔が真っ赤だ。
「息は止めなくていい。呼吸も魔力も開放しろ」
俺がそういったとたんに、ヒヨコはぷはぁっと息を吐き、同時に魔力を全開放して、暴発させやがった。
§§§
「こんの、おーばかものーっ!」
目を回して伸びていたシャロンは、目覚めるなり、怒鳴りつけられた。
「貴様は、限度というものを知らんのか?!俺が対処しなかったら部屋ごと吹き飛んでいたぞ!」
「ご、ご、ご、ごめんなさい」
冷静沈着なはずの白銀の美青年に、とてつもない勢いで詰め寄られて、シャロンは目を白黒させた。
顔が近い。輝きの強い宝石のような紫の目に、吸い込まれそうだ。
「まぁまぁ。幸い誰にも怪我はなかったんだし、そうキツく言うこともないんじゃないか」
御学友が間に入ってくれて、ようやくシャロンは自分がソファーに寝かされていることに気づいた。
「君、体調はどうだい?気分は悪くないか?」
「甘やかすな、クリス」
「でも、魔力暴走で気絶したんだよ。心配じゃん」
「心配なものか」
ウィルフォードはシャロンの頭、額、胸、鳩尾、下腹に順に手のひらをあてて「うん。なんともない」とのたまった。
シャロンは突然のことで、とっさには悲鳴も出なかった。
しばし硬直したあと、急速に赤面した彼女を見て、クリスはウィルフォードをたしなめた。
「君はもう少し女性に対するデリカシーを学ぶべきだよ」
「医者の診察と同じ行為だ。男女云々を持ち込むな」
「まったくもう、君ときたら。もう少し当たりを柔らかくできないのかなぁ」
「コンセプトから外れることはしないようにしているんだ」
「何のコンセプトだよ……ごめんね。こんな奴で」
「いえ…その……」
なんと答えて良いかわからず、まごまごしながら起き上がったシャロンは、ふと、蝋燭があった場所を見て声を上げた。
「あ、ちゃんと燃えたんですね。良かった〜」
上級生二人は、台座ごと跡形もなく焼失した黒焦げの一角を見て、しばし沈黙した。
「気絶した上に魔法まで失敗していたら、どうしようかと思いました」
「お前……アレを成功と?」
「えっ、失敗ですか?火が出ていませんでした?」
「えーっと、大火球は一瞬見たよ」
ちょっと室内で見たくないサイズの火球が膨れ上がりかけた光景を思い出して、上級生二人はなんとも言えない顔になった。
「お前、蝋燭に火をつけろと言われてアレはないだろう」
「え?蝋燭だけだったんですか?全部というから全部だと思っちゃって」
「お前に常識はないのか」
「君に常識を説かれなきゃいけない人がこの世にいるとはねー」
「やかましい。混ぜっ返すな」
「とにかく!」と、白銀の貴公子は思いっきり偉そうに、シャロンに指を突きつけた。
「貴様は魔法のなんたるかがまるでわかっとらん!効果範囲、効果時間、強度、使用魔力、何もかもが野放図でまったく制御できていないではないか」
「すみません!」
「一体、誰に何を教わってきたんだ。出力と発動時間以外は、基礎中の基礎すらまるでなっていないとは」
「ごめんなさい。今日の魔法学の授業は単位系と分類法の話で、実技の時間は初心者は見学でした」
「んんん?」
形の良い眉を寄せて、首を傾げたウィルフォードを見上げながら、シャロンは目をパチクリさせた。
なにかまた変なことを言ってしまったのだろうか?
「初心者?」
「はい」
「学院に来る前は?」
「町の算術教室や手習いの教室には行きましたけど、魔法は習ったことないです。あ、私、貴族じゃなくて平民のド庶民なんですよ」
たまたま測定したときに、魔力が多いらしいって話になって、親が張り切って学院に通えるようにしてくれたのだ。
「え?でも、君、魔法で火球出したよね」
「はい。できて良かったです」
「魔法習ってないんだよね?」
「はい。頑張りました」
「どーやって?!」
「気合?」
開いた口が塞がらない様子の友人の隣で、ウィルフォードは思案げにシャロンをジロジロ眺めてから、1つうなずいた。
「よし。ヒヨコ。俺がお前に基礎を教えてやる」
「はい?」
「はぁっ?!お前が?!!」
目を白黒させる友人を無視して、ウィルフォードはシャロンにこれから毎日、授業後にここに来るように命じた。
「授業中に今日みたいな暴発をやらかして怪我人を出したくないだろう」
「はい」
「だったら俺に従え」
「はいっ!」
ソファーから立ち上がって、ビシッと直立して返事をしたシャロンは、そのまま立ち眩みを起こして倒れた。
「あー、まずは体調管理と体力づくりからか」
朝練もいるかな……などと呟いてニヤニヤしながら、抱きとめた小柄な女の子を、もう一度ソファーに寝かせている男を見て、クリスは小鳥を捕まえた猫を連想した。




